玉依姫(五年) 2017/12了
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もう冬の入りも過ぎ、学校も冬休みを待つ幾日前になった。
推薦入試枠は全員終わり、後残すはセンター組ばかり。
このときになれば、私に憂さ晴らしをしてくる人も少なくなってきた。
小松君はあれ以来何かと私に構ってくるけれど、今の時期そうも言ってられないようで彼は必死にセンター対策を講じていた。
私は初対面のとき以降、兵助様には何度もお会いしに行き、ついこの前は深海のように澄んだ紺色の小さな珠が白の絹糸に通された腕飾りをくれた。
「俺の加護を込めておいたのだ」なんて言われてしまえば着けるのが勿体無くて貰ったときのまま机の引き出しにしまってあるのだけど。
いや、しまっておいたはず、だったんだけどなぁ。
おかしいな。
どうしてそれが今目の前の三郎様が持っていて、真顔で私に距離詰めしてきているのだろう。
ちら、と視線をずらせば雷蔵様が私の部屋のストーブ前で幸せそうに目を細めてらっしゃる。
「聞いているのか」
ぶらん、と飾り珠を目前にぶら下げられて私は思わず後退り、拍子でドサッと椅子に腰を下ろした。
「すみません三郎様。何故それを? と言うより、どうしてそんなにも不機嫌なんですか?」
見上げた先の三郎様の片眉がピクリと動いた。
すると雷蔵様がのほほんとストーブに手を翳しながら呟く。
「三郎はねえ、嫉妬してるんだよ。初めて湧く感情だから扱いが難しいね。僕も多少嫉妬してるけどね、でもそれ、兵助からでしょ? それなら僕は何も言わないでいいかなぁと思って黙ってるんだけどね。三郎はそうもいかないみたいで」
「おい雷蔵!」
「荒げない荒げない。本当に解りませんって顔してるんだから、ちゃんと弥咲に教えないと」
雷蔵様に窘められ、三郎様は低く唸り声をあげてから腕飾りを私の掌へぐいっと押し込んで握らせた。
全くなんなんだろう。
不思議に思いながら私は手の中の紺玉を握り締める。
「……兵助が水を使役する神であり龍であるのは、知っているだろう」
「え、あ、はい。存じてます」
何度もお会いしてお話ししている中でも話題に出てきたし、一度だけ額から龍の角を二本、にょきりと生やしているのも見た。
わあ、ファンタジーだ、と思った。
私の間抜けな返事が駄目だったようで、三郎様は溜め息をついてゆっくりと空中に座った。目線は私と同じくらいだ。
「龍神は、というより、神と呼ばれるものは大抵宝物と呼ばれるものを持っている。それは形は異なれどその神にとっては命の次に大事なものだ。御神体と謂われる依代物だったり、櫛、宝石、刀、弓、着物、琵琶……まあ神によって色々あるが兵助は龍玉が宝玉だ」
「はあ……。じゃあ三郎様達は何が宝物なのですか?」
「僕達は
雷蔵様は腰にぶら下げた組紐を引っ張って、その先にぶらりと下がった小さな金色の稲穂を見せてくれた。
ストラップのようなそれは、キラキラと煌めいてまるで風に打たれてさざめく稲穂そのものだ。
三郎様も同じ様に指先で組紐をぶら下げている。
「綺麗ですね。その宝物がなくなったら、どうするんですか?」
「そうだなぁ、無理に奪われたら荒御霊になる。僕達の力の源でもあったりするから、何がなんでも奪い返そうとするだろうね。けど、荒御霊になってしまえば理由がどうあれ最悪討伐対象だよね」
「反対に、自ら差し出す、もしくは分け与えることがある。それは慈しむ相手だったり、愛しい相手だったり、加護対象、伴侶、我が子、悪い意味では自分に縛り付けておく為や神隠し対象だったり様々だな」
三郎様は手の中の錺稲穂を撫でてから、ゆっくりと水干の中へ戻した。
それを見ながら頭の中で二方の言葉を噛み砕き、はた、と手の中の紺玉を握り締めたまま固まる。
兵助様は龍玉が宝物であると、先程三郎様が言っていた。
それがどの様なものか見たこともないから解らないが、想像はできる。
かぐや姫が所望していた中にも、龍の珠があった。それは龍が持つ綺麗な宝玉だと。
恐る恐る手の中の紺玉に目線をやる。
キラリと輝くまぁるい珠は、紺と青を混ぜたような深く静かな水の色を湛え、私の手の中に収まっている。
「…まさか、此れが、兵助様の宝物だとか……そんな」
「……実際、私達は兵助の宝物を見たことがない。宝物なんてそう見せびらかすもんじゃないしな。だから其れがそうだという確証はないが、水神が持っていた珠で、且つ其れには何かしらの加護が働いている。宝物でなくてもそれに近い、それこそ分け与えられる宝物なんじゃないのか」
「ひえっ……」
思わず小さく悲鳴をあげれば、雷蔵様がくつくつと笑った。
「大丈夫だよ。兵助は正直でとても良い神だからね。友である僕も、三郎もそこは保証するよ。けれどそうだね、兵助には、仮とは言え弥咲が僕らの玉依姫だと言うのは伝えてあるの?」
「い、え……それは、言っていませんけど…御二方が私に憑いていらっしゃることは伝えてます」
他の神の気配がする、と兵助様から言われたのだ。
別に隠すことでもないと思って家系の事や御二方の事を伝えれば成る程と頷いて顔を綻ばせていた。
雷蔵様がストーブの前で首を傾げて黙りこむと、三郎様がふよふよと座ったまま距離を近くして、私の顔の近くでコホンと咳払いをする。
前置きのようなそれに、話が長くなるのを感じ取った私は何と無く居住まいを正した。
「まず諸々と話そうか。いいか、お前は私達、
「…つまり、私が三郎様達以外を選び、そちらが良いと言ったところで意味がないということですね」
ふ、と頭の中に兵助様が浮かんで消えた。
どうして今? そう思ったが今は三郎様からのご教授の時間だ。
「…まあ、そうだな。だが、弥咲は暫定的に私達の玉依姫なんだ。私達はまだ、弥咲に
少しだけ眉を寄せて、ほんの少し不機嫌になりながら三郎様は淡々と言葉を吐き出した。
視界の端で、漸く雷蔵様が揺れ動いて私達の側に寄ってきた。
考えが纏まったのだろうか。
雷蔵様は考え込むと御自分の中で纏まるまで一切起動しなくなるから、最初は怒って黙ってしまったのかとオロオロしたものだった。
「ねえ弥咲。兵助はきっとね、何と無く弥咲を、護りたいなぁと言ったフワフワした感じで弥咲にその紺玉の腕飾りを渡したんだと思うんだ。だから今は深く考えなくても良いんだけど、やっぱり神が一人の人の子に何かをあげるっていう意味合いは理解しておいてね」
にこにこと、普段通りの笑顔を浮かべて雷蔵様は喋りながら三郎様の頭を撫でる。
「やーめーろー」と言いながらも、三郎様は嬉しそうだ。
「それから、三郎も僕も、本当に弥咲が気に入ってるんだ。玉依姫だと名付けたけど、口約束だから僕達の方から破棄してしまえる位の縛り。勿論、さっき三郎が言った通り人からは破棄できないんだけど。…本当ならこのままゆるーく、じんわりと本当に妻にしてしまおうと思っていたんだけど、やっぱり弥咲の意思は尊重したいんだ。弥咲はこれ迄僕達にとても良くしてくれていたから」
ふんわりとした笑顔で、三郎様の頭から手を離して今度は私の頭を撫でてくる。
雷蔵様の言葉は酷く怖いものだけど、とても優しい言葉で、私は腹の底が痛くなった。
こんなにも優しい神様に気遣われて、護られて、その恩を返すこともできないだなんて、私はなんて罰当たりなのだろうか。
「雷蔵様、三郎様。私は……」
ゆるりと、兵助様から頂いた紺玉を撫でる。
本当に、雷蔵様が言うような意味で兵助様は私にこれを下さったのだろうか。
兵助様は優しいし、初見から私の自殺を止めたり、慰めてくれたり、それから人の世界にとても興味を持っていた。
だから、兵助様からこの腕飾りを頂いたこともさして特別な意味を見出だしたりしなかったし、そもそも考えようともしなかった。
けれど同じ神様である御二方が此処まで気にされると言うことは、やっぱりそういう意味、が含まれているのだろうな。
私は、兵助様からそういったお気持ちを向けられたことに関して、嫌悪感は抱かなかったし、なんならそれが嬉しいとも感じた自分自身に驚いた。
「私は、……多分、兵助様が好きなんだと思います」
雷蔵様はこくん、と頷いた。
三郎様が鼻を鳴らして、荒々しく空中からきちんと床に座り込んだ。
「……最初に見つけた。稲荷の加護を授けた。お前も私達に長年施しをしてきた……。横からかっ拐われるとは思っても見なかった」
低い小さな声で呟く三郎様は、完全に拗ねた顔だ。
雷蔵様が「あはは! ややみたいだね!」と笑い飛ばせば、三郎様はとうとううつ伏せになってふて寝のように動かなくなってしまった。
「……すみません、三郎様」
私が謝れば、ピクリと肩が動いたが、うつ伏せのまま起き上がることはしなかった。
「じゃあ、これが弥咲の、お願いだね。僕達じゃなく、兵助の玉依姫になる。僕達の希望を却下する」
それがお願いでいいのだろうか。
本当は別にあった。優しい神様が、今後も私を見守ってくれたらありがたいなんて、そんなお願い。
けれど、それよりも雷蔵様が言うようにそちらをお願いしたほうがいいのだろう。
しっかりとお二方の目を見て、そして重く頷いた。
「お願い……やっと言ってくれたね。……ありがとう」
寂しそうに、残念そうに笑って呟いた雷蔵様の声は、いやに私の狭い部屋に広がって消えた。
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