玉依姫(五年) 2017/12了
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多分、俺の勘が正しければ飯綱はきっとなにかを持ってるんだろうなぁと思う。
それは、俺と同じ様なもの。
なんとなく入学した時からうっすらと感じていた。
だから俺から声をかけて、徐々に仲良くなっていった。
うっすらと感じていたものは段々と強くなって、飯綱の祖母が死んだその次の日、飯綱が学校に現れた瞬間ガツンと心臓と言うか、体の真ん中の内臓を掴まれた感覚に陥ったのを覚えている。
俺はその日バタバタと家に帰って、直ぐにハチに報告した。
それから暫くはなんともなく過ぎていたのに、もう少しで卒業と言うとき突然飯綱が苛められ始めた。
俺は隣のクラスだからよくわかっていなかったけど、どうも旧家の子供であるクラスメイトの
途端にそれは広まり、今や受験のストレスの捌け口にするやつや面白半分で蔑む奴らに飯綱は見事に言葉でボコボコにされていた。
「やだよなぁー、こう言うのが田舎の悪いとこだよなー。今時狐持ちっつー理由から苛めが始まるとかさあ、何時代だよっつーんだよ」
俺は部活で使う籠手を手入れしながら庭先に居るハチに話し掛けた。
「この辺旧家ばっかりだろ? 仕方無いんじゃないのか? まあ、俺はソイツに罪があっても
そう言いながら庭に居る柴犬のゴンの顔をムニムニと弄るハチは、犬神だ。
俺の家計は代々続く犬神憑きで、先祖がまあ所謂犬神降ろしという呪いの儀式をやってくれたもんだから、そこからこのハチがうちの家を呪ってきた。
ボサボサと広がる灰色の髪は長く、荒々しく頭頂部で縛られている。
笑えば長すぎる犬歯が見えるし、黄金色の目に黒い縦筋のような瞳孔、長く鋭い爪は布を簡単に切り裂く。
ヒトガタを取っているのは俺がその方が話しやすいからだし、ハチ自身も器用に手が使えるのが嬉しいらしくよくヒトガタを取る。
寝るときは山犬のような灰色の大きな犬に戻っているけど。
「だから俺や父ちゃんは呪わんかったんか」
「ああ。もう十分だろ。誠二も桑
籠手から目を離してハチを見れば、少しだけ首を擦って物悲しい顔をしていた。
その首には、赤とも茶色ともいえない妙な色の線がくっきりと首を一周している。
それは犬形の時も勿論あって、灰色の少しごわついた首回りに赤茶の太い線がぐるりと回っている。
その線は曰く、犬神降ろしの際のものらしい。
犬神は色々な種類があるけど、ハチは餓えた犬の頭を切り落として造られた、人造の呪い神様だ。
その線を見るたびに、俺は居心地が悪くなるし、腹の底が熱くなる。
先祖に嫌悪しか湧かないが、その先祖もその次もその次も、ハチが呪い殺したからもうどうでもいいけど。
「なあハチ。飯綱はさあ、ほんとになんかあると思ってんだ。それが狐憑きなのかなんなのかは解んないけどさ、同じ様なもの持ってる
籠手を隣に置いて体を反らして縁側の天井を見れば、にょきっとハチの呆けた顔が現れる。
それに驚いて少しだけ体を揺らしながら「な、んだよ」と呟けば、ハチは「んー」と言ってからするすると頭を下げた。
「おし。お前が協力したいって言うなら俺も協力するぞ。まずは一緒にその飯綱に会いに行くか。流石になんか憑いてるなら俺はわかるからなぁ」
「マジで!? じゃあ今から行こう! あいつバイトしてないっつってたし、家か神社にいんだろ!」
言うが早いが、飯綱にメッセージで今から行くわと送りつけ、剣道道具をバタバタと片付けてから慌ただしく俺は家を出る。
自転車を漕ぎながら、隣をちらりと見れば大人一人は乗せられるような大きさの犬の姿になったハチが走ってついてきていた。
***
「どうしたの? いきなりだったから驚いたよ」
飯綱はやっぱり家にいて、庭の垣根から驚いた顔で俺を見つめ、直ぐにその視線をすすすと横にずらしてから、またゆっくり俺を見た。
飯綱のずらした視線の先にハチが居る。やっぱり飯綱にはなんか見えてるんだ。
自転車を垣根のすぐ横に止めて、開けてくれた柵から飯綱家の庭に入る。
ハチものそのそ入ってきて、すぐにヒトガタに変わった。
「ごめん、ちょっと飯綱に言いたいことあって!」
「え。うん、なんだろ」
きょろ、と目線を動かした飯綱は、不安げな顔で俺を見てくる。
多分、学校で色々あったからトラウマみたいになってんだろうなあ。
「あのさ、単刀直入に言うけど! …お前、なんか見えてるだろ」
「いや桑、その言い方はどうなんだ?」
横からハチが呆れたように呟いた。
すると飯綱はやっぱりハチの方を見て、それから俺を見ると今度は不安げな顔から一転、可笑しそうに笑った。
「ふふ、なにそれ。今私も知ったけど、小松君も何か憑いてるんだね」
「ハチのことやっぱ見えてんだな! こいつは犬神! 俺は全く霊感的なのも霊力みたいなのもないんだけどさ、ハチだけは見えるんだ!」
初めてハチを他人と共有認識出来た嬉しさで、俺は少し興奮して飯綱に近寄った。
途端に、ハチが急いで手を伸ばして俺を引っ張る。
なんだと思っていたら、今度は目の前にバチン! と静電気のデカい版と言うか稲妻の小さいやつみたいなのが落ちてきた。
それは地面を少しだけ黒くさせ、俺をゾッと青ざめさせる。
「ご、ごめんなさい! ごめんね、小松君。怪我は、怪我、なにもない!?」
慌てたのは飯綱で、泣きそうになりながら必死に俺へ怪我の有無を聞いてくる。
じゃあさっきのは飯綱のせいじゃない。
早鐘を打つ心臓を落ち着けさせながら、飯綱に「大丈夫…」と言うと、ホッと安心した顔になった。
「良かった……。すみません三郎様! 物申しますけど、どうしてあんなことするんですか?! 私だって怒りますよ!」
飯綱は何もない空間に怒鳴る。
俺はなにも見えないけど、そこに何か居るんだろう。
ハチはやっと俺を離して、今度は飯綱の左隣に視線をやってひらりと手を振った。
「なあハチ、俺なんも見えない」
「あ、そうか。この飯綱って人間は本当に狐憑きなんだな。そこに雷蔵と、あっちに三郎がいる。二神供、俺の友だ。久し振りだなあ」
「え! そうなの?!」
「そうなんですか!?」
ハチの言葉に、俺と飯綱の声が被った。
飯綱は何かに掴まれたような腕の形をしていて、首だけをハチに向けて驚いた顔をした後、直ぐにまた空中に向き直って「どうして御友人様の犬神様が憑いている人間に雷を落とすのですか!」と吠えた。
「なあ、ハチ。あいつ案外平気そう?」
その元気っぷりに俺は何をしに来たかわからなくなる。
確か、あの学校でのショボくれ具合に励ましと俺は味方だぞアピールをしにきたつもりだったはず、だけど。
滅茶苦茶元気じゃないか?
「あの、ごめんね小松君。三郎様……あの、私の家は所謂狐憑きの家系なんだけど…。その、私に憑いているような形であの稲荷神社の神様がいらっしゃるんだけどね、その神様が小松君が私に危害を加えるかと思ったみたいで……護ってくれたみたいなの。だからといってやりすぎなんだけど、本当にごめんね。私が不甲斐ないから…」
辿々しく言うその内容はやっぱりと思うものだったけど、そうかあ、飯綱に実際憑いてるのは管狐とかそういうのじゃなくて、稲荷神か。
え、ガチの神様じゃん。その加護受けてんの?
そんで俺、その加護で滅されそうになった感じ?
え、こわ。ハチの友人こわ。
「…そ、うか。そっかー。いや、あのな。俺、お前が学校でのことで気を落としてんだと思ってたから……元気そうで良かった。隣のクラスだから助けらんなくてごめんな。本当はさ、俺も犬神憑きだからお前一人じゃねぇぞ! って励ましに来たんだけど…ぶふっ…ごめ、なんか、平気そうだな」
思わず笑ってしまったが、仕方がない。
だって飯綱は怒ったり顔を赤くしたり青くしたりキョトンと今みたいに呆けたり、楽しそうだ。
俺にはその神様達は見えないけど、ハチの友人なら飯綱に悪さをすることもないだろうし。
「こ、まつくん。ありがとう……凄く嬉しいよ。心配してくれて、ありがとう。私ね、ちょっと色々あってね、だいぶ吹っ切れたの。前は鬱々としてたんだけど……ある方にね、君は十分頑張ってるって言われてね、なんだか軽くなったの」
ふふ、と笑顔になる飯綱は、確かに清々しい。
なにがあったのかは詳しく聞こうとは思わないけど、飯綱本人が楽しそうで幸せそうだから良しとしよう。
「おほー、これは……桑、出遅れたな!」
「は!? 意味わかんねぇこと言うな!」
俺をちょっと馬鹿にしてから、ハチがすん、と鼻を鳴らして飯綱の方へ一歩踏み出す。
ピクリと飯綱は一瞬強張ったが、俺を視界に映すとその強張りも解いて大きな目でハチを見上げた。
「初めまして飯綱とやら。俺は桑……小松家の犬神、名は初代から奪った八左ヱ門だ。今は呪いもなにもなくのんべんだらりと過ごしてんだ。宜しくな」
ここで今更な自己紹介かよ! と驚いていると飯綱も素直に頭を下げて名乗るから驚きだ。突っ込んで良い空間なのかなんなのかわからん。
「飯綱弥咲です。三郎様と雷蔵様と御友人なんですね。宜しくお願い致します」
「んー……どうもお前、こいつら以外の匂いもすんな? しかも俺の知ってる奴。顔広いなぁ!」
ハチは快活に笑うと飯綱の横を見ながら「え、そうだったのか!? だー、なんだよ俺一番最後かー」と声をあげる。
なんなんだ、俺見えないし聞こえないからマジでわからん。
飯綱も「皆さん御友人だったんですか!?」と驚いてるし、完全に蚊帳の外!
居たたまれなくなってきた俺は、そろりとハチの後ろに近寄って、そーっと肩から顔を出して飯綱を見た。
またあの稲妻みたいなのされたら怖いからかなり慎重だ。
「あの、飯綱。俺もう帰るな。マジでお前を励ましに来ただけだったし…ほらハチも!」
「あ! ごめんね! …小松君、本当にありがとう、私ねやっぱり同じ人間で話が解る人欲しかったの。だから…凄く嬉しいよ」
「……そっか! それなら良かった。力になれたみたいで俺も嬉しい。じゃあ、また学校でな」
飯綱の顔は晴々としてるし、本当に大丈夫みたいだ。
ハチには出遅れたとかワケわからんこと言われたけど、でも人間の理解者が欲しかったと言われたんだからこれで万々歳だろ。
俺は万々歳だもんね。
自転車のスタンドをがしゃんと音を立てて直し、庭を振り向けばそこには来た時とは違い、ニコニコした飯綱がいた。
うん、やっぱり俺はこれで十分だ。
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