姉上御楼上 2017/04了
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ちょうど昼時の食堂。
滝夜叉丸と時友はばったりと会ったので隣に座って食べながら話をしていた。
内容は主に委員会のことや滝夜叉丸の自慢だったが。
基本的に深く考えず、ほわんとした性格の時友は「先輩の話長いんだなぁ」くらいにしか思わず、話の腰も折らずにフンフンと頷いていたので、滝夜叉丸はそれは気持ちよくグダグダと語り尽くしていた。端的に言えば時友は話を聞いていないともいう。
食堂に入ってきた川西達二年生は近くに座り、一部始終を見ていたが、同級生がだんだんと首振り人形に見えてきた。
しかし、助け出そうものなら今度は自分たちが犠牲になると考え心の中で合掌した。
つまりは見捨てたのである。能勢は最後まで手を出そうか迷っていたが。
他の忍たま達もいるガヤガヤと煩い空間で、滝夜叉丸と時友の間は少し空間ができていた。
みんながみんな長口上に巻き込まれたくなくて遠巻きだ。
そんな中、食堂の外の廊下で女の怒声が響いた。
一瞬食堂にいる忍たま全員がびくりと肩を震わせる。
その怒声の後、凄まじい足音が聞こえてくると、それは段々と近付きとうとう食堂の入り口にこれまた凄まじい勢いでブレーキをかけて、蘇芳色のくのたまが現れた。
肩で息をするその人は六年生の平五月だ。
眼孔鋭く食堂内を見渡し険しい顔が一変、弟の姿を捉えれば満面の笑みになる。
「滝ちゃん!」
語尾にハートマークでも付けているのではないか、と思えるほどの猫撫で声で奥の方に座っていた滝夜叉丸目掛け、文字通り飛びついて滝夜叉丸の肩口に顎をぶつけながらぎゅぅうううっと抱き締める。
最早其れはオトす勢いなのではないかと、隣にいる時友はドン引きだ。
それに加え、周りの忍たまもあの滝夜叉丸が美人なくのたまに抱き締められているという状況に困惑し、中には大事な大事な豆腐に箸を突き立て、それに気付いて滝の涙を流す忍たまもいた。すぐさま持ち直して隣の同級生から冷や奴を掠め取ったが。
しかし豆腐を奪われた、髪がボサボサの同級生は滝夜叉丸達に目を奪われていて気がついていなかった。なんともしあわせである。
「あ、姉上! 食事をしているのですから、飛びかかるのはやめてください! もし私が箸を咥えていたら喉に突き刺さって死んでしまいます! 例え生きていてもこの美声が失われるのは確実で、そんなことになればこの滝夜叉丸、それこそ物言わぬ美しすぎる生き人形になってしまいます!」
「ああ、嗚呼、そうよね。滝ちゃんの綺麗な喉を傷つけるのは忍びないし寧ろそんなことになったら私喉欠き切って詫びるしかないわ。ま、待って滝ちゃん咥えるってなんかやらしい……!」
姉上発言にも驚きを隠せなかったが、滝夜叉丸の発言にうんうん、と優しく頷く女にも驚いた。
変装の達人は驚愕のあまりそのお面が外れかかり、川西は思いっきり味噌汁を吹き出して目の前の池田の顔にぶっかけた。
池田はブチ切れて怒鳴り散らすが、川西は目を丸くしたまま賑やかな平姉弟を見ていてどこ吹く風だ。余計に池田はヒートアップしてしまった。
「あ、あの、五月先輩……ここ、一応食堂ですので、も、もう少し静かにしてほしいんだな……!」
川西は、見るからに中身が可笑しい五月に話しかけた時友に心の中で拍手喝采だ。
「……そうね。あなたは体育委員の二年生ね?」
ゆるりと五月が滝夜叉丸から離れて横に座っていた時友を見る。
その眦が下がった大きな目で見られた時友は多少なりとも緊張する。なんと言ったって初対面でショッキングな映像をお届けしてくれた先輩なのだから。
「は、はい! 僕、二年生の、時友四郎兵衛です」
「そう、四郎兵衛君。可愛いわね……滝ちゃんの次に」
「やめてください姉上。四郎兵衛に手を出してはいけませんよ!」
滝夜叉丸に咎められ、五月はぶすーと膨れるが、直ぐに食堂の入り口を見て舌打ちをした。
時友は条件反射のように肩を震わせる。
その舌打ちの後すぐに、先ほど聞こえていた女性の怒鳴り声が食堂の直ぐ近くで響くと五月と同じように整った顔のくのたまがブレーキをかけて入り口で止まる。
そして滝夜叉丸の背後に立つ五月を指さして、その眦を上げた。
「こらぁ!! 五月!!! あれほど昼間の食堂に出入りするなって言ったでしょう!? って滝夜叉丸君?!」
「ちょっとツツジ! 私の滝ちゃんを気安く呼んだ上に指さしてんじゃないわよ!」
「うるさいわ! あたしが指さしてんのはアンタにだ! このど変態どアホが!」
ツツジと呼ばれたくのたまは、素早く五月達の横に来て五月を後ろ手に捕縛した。
流れるようなスピードで、四年生以下は何をどうしたのか見えず、いつの間にか五月が腕を後ろ手に縛られたようにしか見えなかった。
男女問わず喧しい六年生達に、忍たま達はげんなりしながらもゆっくりと食事を再開し始める。
しかし耳はしっかりと渦中の人間達へ向けて。
時友は「静かに……って言ったのになあ……」としょぼくれた。
ツツジは滝夜叉丸へ向き直ると、頭を下げる。
当然下げられた滝夜叉丸は目を白黒させ、慌てて立ち上がり「やめてください」と手をあわあわとさせる。
「離せ! 滝ちゃんに触れないでしょう!」
「ごめんね、滝夜叉丸君。あたしがしっかりと目を見張らせておかなかったからこんなことに……この間滝夜叉丸君に久々に逢えてからと言うもの、このアホが調子乗ってて……あたし一人じゃ捕まえられなかったのよ」
「い、いえいえ! いいんです! 私も姉上に逢えたのが凄く嬉しかったので。それに、また会いに来てくださいと言ったのも私ですから、ツツジさんは気にせずに」
「ツツジ! 聞いているの!? 滝ちゃんに話しかけないでよ!」
「あ、そうなの? でも、本当にごめんね? ご飯中だったのに……あ、二年生の後輩君? あなたも騒がせてごめんね。ほら!! 五月! 謝ったの!?」
今まで喚く五月をガン無視していたのに、突然ツツジは腕の縄を引っ張り五月の頭に手を当てて下に下げた。
悪いことをした子供を無理矢理謝らせる母親の図に、弟の心境は複雑になる。
「痛いのよバカ! 首の骨無理矢理下げんじゃないわよ! 四郎兵衛君じゃましてごめんなさい」
「え……や、……べ、別に気にしてないです……」
頑張れ、四郎兵衛……と川西と能勢は心の中で涙する。
池田は早々に部屋に戻ったようだ。
「ツツジさん、いいですから……あの、もうやめてあげてください」
色々限界になった滝夜叉丸が、眉を下げてツツジを見れば、その声に反応して下げていた頭を無理矢理上げた五月が潤んだ瞳で見る。
「っ……滝ちゃん……! 私の心配をしてくれるのね……! はぁぁあん、もうマジ天使……!! 聞いたの悪魔! 離しなさいよ!」
「黙れ。つーかあんた二年生君だけじゃないでしょ? 聞いたわよ、七松にも胸倉掴んで罵詈雑言浴びせたんだって? 今度謝んなさいよ。可哀想に理不尽の極みみたいなことしたんでしょう」
すらりと言ったツツジの言葉に、再開していた食事を止め食堂全体が凍り付く。
忍たま達には「なにそれ怖い」と連帯感が生まれた。
そんな空気を知ってか知らずか、五月はやさぐれた声を出して滝夜叉丸から目線を外す。
「嫌よ。何で私があんな海栗野郎に謝罪をしなきゃいけないのよ! あいつ私の滝ちゃんに手を出したのよ!? まるで嫁の扱いよ!? 殺すしかないわ……ああそうよ卒業を待たずにやはり殺すしかないわ……そうよ殺そう」
ぶつぶつと言い始め目も据わった五月に弟ですら若干引き始めた。
そこにツツジが、バシン! と頭を叩くと予想外に音が響く。
なんせ食堂にいる生徒全員が箸を止めて聞き入っているからだ。
一口大で入れた豆腐なんて咀嚼しすぎて口の中にはもう唾液しかないというのに、まだもぐもぐと壊れたおもちゃのように動かし続ける忍たまもいる。隣の同級生は「それもう離乳食なんじゃねぇの……」とこっちはこっちで引いていた。
「やめろ! あんたが言うと洒落になんないわよ! 寧ろその妄想癖やめなさいよ! そのせいで歴代の体育委員長から扱いに困るって苦情が入ってたのよ!」
「そんなこと知るもんですか! 私は滝ちゃんの貞操だけが大事なのよ! おいそれとどこの馬の骨かわからない奴に奪われた日には一族郎党根絶やしにしてやるわ」
食堂でなんて会話をしてくれるんだ、と滝夜叉丸は頭が痛くなる。
姉の友人はまともかもと思っていたが、やはり類友、まともなのは少しだけで結局似た人種なのだ、と目眩すらする。
憤慨しつつも根の底から這うような声を出した五月に口の端を引きつらせながらも、ツツジは縄を引っ張り体格差を利用して五月を無理矢理引きずり歩き始める。
「行く! わよ!! ほら!! 任務が! あるんだから!! ……滝夜叉丸君、お騒がせしたわね!」
「いやぁ! 離して行かない! 滝ちゃんといるの!」
駄々を捏ねる五月をまたもやガン無視して、ツツジは後ろ手に手を振りながら食堂を無理矢理後にした。
滝夜叉丸はせめて、と力無さげにゆるゆると手を振っておいた。
「……た、滝夜叉丸、先輩……ご飯……食べましょう……?」
しぃんとした、まるで嵐が過ぎた食堂に時友が小さく呟き、ほぼ放心状態だった滝夜叉丸もすとんと元の席に座った。
漸く、ぎこちなくだが食堂全体の空気も元に戻りつつ下級生はその場でわっと五月達のことについて語り出す。
「……すまない……四郎兵衛……」
「! だ、大丈夫、です……」
滝夜叉丸が謝るという、珍しいシーンもさっきの後では軽く流されてしまったが。