玉依姫(五年) 2017/12了
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学校の帰り道、何と無く双子稲荷の社へ足を向けた。
其処に彼らがいないことは知っているのだが、神様が宿らない空っぽの神社というのはどういう感覚なのかという好奇心だった。
多分、雷蔵様にばれたら「好奇心は猫をも殺すんだからね。危機感持ってよ、か弱いんだから!」と叱られそうだ。
考えてから笑えてきてしまって、それを堪えながらも神社の階段を登り切ると、鳥居の前に一人の男の人が此方に背を向けて佇んでいた。
長い茶色の髪をポニーテールにした、緑と紺色を基調にした着物のようなものを着ている。
腰には太い
私の足音に気付いた彼は、下げていた頭をピクリと上げて、すぐに後ろを振り向いた。
ばち、とその大きなドングリ目と視線が合う。
「……」
私が呆然としていると、男の人はすっ飛ぶように此方の目の前へ来て私の鼻っ面近くで口を開いた。
「わあ、君、誰かの玉依姫? なーんて聞かなくても解るけど! だって
「ぇ、あ、あの」
男性が言った言葉に、私は目を白黒させる。
だってこの人、絶対一般人が知ってる情報以上のことを。
て言うより、なんだって?
白御食津の匂い??
あのお二方の匂いってなに!?
気付かなかったんだけど。
慌てて腕を自分の鼻に持っていったが、なにもわからない。
すると男性はケラケラと快活に笑った。
「人間だもん、わかるはずないよ! 俺は同属のようなものだから解るだけ。初めまして、
そう言って勘右衛門、さんは私に手を差し出す。
雷蔵様と三郎様の事を御存知だし、同属のようなものとも言っていたから、悪いものではないのかな。
神の名前だけでなく、愛称も出したから本当にお友達、なのかも。
恐る恐る手を差し出して握れば、勘右衛門さんはにこお、と崩れるような笑顔を見せる。
「警戒心がないのか、好奇心が強いのかわからないけど、あんまり言葉巧みな奴をするっと信用しちゃあいけないよ。化かされたって知らないからね」
そう言うと勘右衛門さんは左手を口許へ動かし、二本の指をたてる。
ぽん、と音を立てて煙が出たと思えば、私の右手首には手錠がかかっていた。
じゃらりという音と冷たい金属に、さあ、と血の気が引く。
方輪だけ私の右手首に確りと嵌められ、もう方輪はぶらりと下を向いて浮いている。
「な、っあ…! これ!」
「あっははー、雷蔵達から知らないものは用心しろって言われなかったの? 馬鹿正直は痛い目見るからね、気を付けな」
なんとか手錠を取ろうと引っ張ってみたり無駄にガチャガチャ言わせたりと悪戦苦闘する私を見て、とても満足げな表情の勘右衛門さんだったが、何かに気付いたようにハッとして頭上を見上げる。
そしてその直後、勘右衛門さんは凄まじい音を立てて地に伏せた。
「え……」
もくもくと土埃が舞い、それが晴れたときには勘右衛門さんの背中の上に三郎様が座っていた。
勘右衛門さんの左手を背中に回して捻り上げ、右手は右足で踏みつけ、三郎様の右手は勘右衛門さんの後ろ首を鷲掴みしている。
「さ、三郎様……!」
「弥咲、大丈夫? 全く、弥咲にはもう少し警戒心を覚えてもらわないとね」
「ら、い、蔵、様」
三郎様の行動に驚いていると、すぐ隣に雷蔵様が現れた。
雷蔵様は、私の手首にまとわりつく手錠に人差し指で触れると、あっという間に消してしまった。
「あー! もー! やめてよ二柱がかりなんてさー! 卑怯でしょ!」
押さえ付けられたままの勘右衛門さんが叫ぶと、三郎様がフンと鼻で笑う。
「他神の玉依姫とわかってちょっかいかけたんだ、首を跳ねてもいいってことだろ」
その言葉のあと徐々に首に掛かる手が動きだし、勘右衛門さんが苦しい声をだし始める。
私は思わず、勘右衛門さんの首を絞める三郎様の手にすがり付き、やめてあげてほしいと懇願する。
すがり付いた腕の筋肉や筋が出張っていて、三郎様が何れ程力をいれているのかが解ってしまい、ゾッとした。
「あのねぇ弥咲。優しいのはいいけれど、本当に憑け込まれるからね」
「……ほんと。こんな危うい子を仮とは言え玉依姫にしていいの? いつか黄泉の国に引っ張られるよ」
「僕達が護るし、その前にちゃんと今から教えていくよ」
雷蔵様が私の肩に手を置くのと、勘右衛門さんがパッと立ち上がるのは殆ど同時だった。
驚いて見上げていると、三郎様が私の手をほどいてからそのまま手を握って隣に立ち上がり未だにしゃがみこむ私の頭をポンポンと叩く。
「ハナからそんなつもりはないさ。ちょっとお灸を据えただけだ。…なあ勘右衛門。もうバカなことはしないよな?」
「……はー、もー。しないよ。わかったわかった。ごめんね弥咲ちゃん」
「気安く名前を呼ぶな」
「なんでさ! いいじゃん別に。ね、弥咲ちゃん」
神様のものにはもう手を出さないよ、なんて笑った勘右衛門さんは、左手で首の後ろを覆い私に右手を差し出した。
今度は流石の私でも警戒する。
じっと勘右衛門さんを見詰めたら「ほんとに何にもしないよ」と困った風に眉を下げられた。
そろそろと右手を差し出して握れば、先程とよく似た軽い音がした。
三郎様がバキッと拳の骨を鳴らす。
「勘右衛門、死ぬか」
「待って待って! 弥咲ちゃんよく見て!」
そろそろと音が鳴った右手を開いて見てみれば、掌の上にビー玉より大きなサイズの硝子珠のようなものがあった。その中で桜色の
「わあ……! 可愛い、綺麗!」
「本当だ。綺麗だね」
「さっきの御詫び。ね、三郎拳下ろして!」
雷蔵様が私の右手を覗いて同じように感嘆の声を上げれば、三郎様も物凄く冷たい目のまま拳をゆるゆると下げた。
その目はまるで「紛らわしい事してんじゃねぇよ」と語っているようで、首の裏が少し冷たくなる。
普段私には優しいからこんなに感情を露にしているのも初めて見た私は、なるべく神様の逆鱗に触れないようにしようと肝に命じた。
「……勘右衛門さん、有難う御座います」
掌の上にある花弁が閉じ込められた水珠は、触ってみても硬く、まるで硝子のようだ。
揺らせば綺麗に花弁がくるくる回って桜色と紫色が混ざる。
「どーいたしまして! 三郎と雷蔵の玉依姫なら心配はないと思うけど、何かあれば俺も力になるからね」
にこおと丸い目を溶けさせるように笑った勘右衛門さんの横で、三郎様がぼそりと「化け狸の名に懸けてー」とか呟いていて、何だかそれがとても仲が良く見えた私は思わず吹き出していた。
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