玉依姫(五年) 2017/12了
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あの日出逢ってから、二人の神様は私の家に居着いている。
小松くんとバッタリ会ったあの時にはいつの間にか居なくなっていたが、家に帰れば当たり前のように茶の間でテレビを見ていたのだ。
ただそれは私にしか姿が見えないようで、三郎様や雷蔵様の顔の辺りに視線をじっとやっていると、母に気味悪がられる事になったため、今では誰もいないときにしか話し掛けることもしなくなった。
私がリビングで食事をしていて、父が冷蔵庫からビールを持って来るときに、雷蔵様が興味深げにその後ろをついて覗き込んでいたが、プシュッと音を立てて開けられた瞬間に盛大に顔をしかめていたのは思わず笑ってしまった。
思い出し笑いで事なきを得たが、二度とやめてほしい。
そうして二人が来たことによって、初めて知ったこともある。
家の敷地内の北東の隅に、小さな祠があった。
そう言えば亡くなった祖母が半年に一度くらいの頻度で手を合わせていたような気がした。
その祠に、雷蔵様と三郎様は住み着いている。
いないなぁと思えば大体その祠の周辺にいるので、帰らなくてもいいのか聞けば、私が願い事を言えばまたあの稲荷社に戻るのだと言う。
願い事をと言っても特にない私は、未だに考えあぐねているのだ。
じゃあと言って花が欲しいとか綺麗な蝶が見たいとか言ってみても、簡単に叶えられたうえに「そんな事では願い事とは言えないよ」なんて言われる始末。
全く神様は難しい。
「雷蔵様? 三郎様?」
稲荷寿司を持って祠へ赴けば、お二方は祠の横で雀相手に何か文句を言っていたが、直ぐに私の元へ歩み寄ってくる。
「御食事です。今度はお肉にしますね」
「ありがとう。でも供物はそんなに豪勢でなくていいよ」
「そうそう、勿体無いからな」
そう言うと、お二方は稲荷寿司の上に手を翳すと薄い透明の靄を集めてそのままその靄を口許にやって吸い込む仕草をする。
これでお食事は終わりだ。
稲荷寿司はまだあるけど、もう味はない。
香りと味だけを神様は
特段食べ物自体はいらないそうだが、何と無くそれでは悪い気がして3日に一度運んでいる。
満足そうに三郎様が笑うと、雷蔵様も幸せそうに頷いた。
「御馳走様。さて、弥咲はお願い事決まったかな?」
「えっと……いえ」
稲荷寿司を祠の前に置いて返事をすると、雷蔵様は困った顔をする。
しかし今日は三郎様が顎に手を置いて何かを考えてから、うん、と声を出した。
「なあ弥咲。このまま願い事無く過ごすのも良いが、一つお前に教えてやろう。お前は私達と言葉を交わし、笑い合う。とすればもうお前自体が依り代となっているのだが、それはどう思う?」
三郎様がにんまりと笑んで訊ねる。
私自体が依り代?
それはつまり、神様が私の中にいるということでいいのかな。
「光栄、なことかと、思いますが…? 何かいけないことなのでしょうか」
雷蔵様が「うーん」と声を漏らす。
「このままでもいいんだけどね、弥咲は
「たまよりひめ?」
三郎様が立ったまま地面に向かって指を動かせば、土がちょうど指先分抉れ、ザリザリと文字を象る。
玉依姫と書かれたその文字を見ていると、三郎様が「お前のことだ」と呟いた。
「私……? 私は姫とかではないですが」
「ふふ、身分の意味ではないんだ。女性のことを総じて姫と呼んでるだけ。それでね、突然なのだけれど弥咲は玉依姫なんだよ。僕達と一緒にいて加速したと言うのも事実だけど、元々素質があった。霊力が強い女性に神や
雷蔵様がつらつらと説明してくれている間に、ふわふわと三郎様が浮いて、祠の屋根の上に座り足をぶらつかせて私を見下げる。
「じゃあ、私は玉依姫という立場ということなんですね。それは何かしなければいけないのですか?」
玉依姫はわかったが、それが何をするのか全くわからない。
三郎様が小さく笑う。
「なにもしなくていい。玉依姫はその身で神に奉仕したり御霊の力や言葉を伝えたり、様々だが……一番はその身に神との間の神子を宿せるということか」
「みこ……?」
「神の子供で神子だよ。つまり、神の子供を身籠る事が玉依姫の役目でもあるんだ」
雷蔵様が補足をしてくれて、私は初めて意味を完全に理解した。
それはつまり、私が神様の子供を妊娠できるようになったということか。
それは人間の性交渉と同じような感じで出来るのか、それとも聖書のように受胎告知的な感じなのか。
神気を受けて身籠ってしまうなら、私はあまりお二方に近づかない方がいいのでは。
様々な思考がぐるぐると回る。
「弥咲の考えって、手に取るように解るよね。安心して、僕達が弥咲を孕ますことはしないから」
「割りと気に入っているから、死ぬ前には連れていきたいと思っている。が、無理に孕ますつもりも連れていくつもりもないからな」
雷蔵様は私の手をとってニコニコし、三郎様は相変わらず祠の屋根の上で頬杖しながらニマニマしている。
「連れていくって……」
「人間はすぐ死ぬから。けど、それは弥咲が死んだら、だからね。嫌がるのを無理強いはしたくないんだよ」
「そうそう。お前のばあさんとの約束でもあるからな」
「え?」
祖母は、私の守護以外に何を祈っていたんだろう。
この祠も、何を祀っていたんだろう。
雷蔵様が長い爪で傷付けないように、ゆっくりと私の頬を撫でた。
「不安にならなくてもいいよ。可愛い弥咲のために、教えてあげる。僕達は遥か昔からこの家に憑いている。始まりは先祖の当主のくだらない欲望だったけれど、子孫はきちんと畏れて祀ってくれた。僕達も君の五代前でもうそれは赦したんだ。そろそろのんびりしようかと思った処で君がお祖母さんと一緒に現れた」
私の目尻から顎までのフェイスラインを、雷蔵様が優しく撫でる。
三郎様が音も立てずに祠の屋根から雷蔵様の横へ降り立ち、雷蔵様の肩へもたれ掛かるようにして腕を組んだ。
「悪いものも良いものも惹き付けるのは魅力的でな。その上その娘は私達に優しい。可愛かったぞ、小さな体を揺らして階段を登り、きつねしゃん、と手を合わせる姿は」
三郎様がにんまり笑いながら私を見る。
幼少の頃を語られた私は一気に恥ずかしくなり、顔が熱くなった。
雷蔵様が「今も可愛いからね。まさか玉依姫となるなんて思ってなかったけど」と爽やかに笑って私の頭を撫でていく。
ほんのりと前髪の辺りに暖かさを感じた。
「私…、お祖母ちゃんがそこまで頼んでいたことも、先祖が何をしていたのかも、全く知りませんでした」
「だろうな。何百年も前の話だ。人間にとっては長い期間だろうし、内訳詳細を知っているものも弥咲のばあさんで最後だからな」
三郎様が大きなあくびをする。
口の中に鋭い犬歯が見えた。
「……私が死んだら、雷蔵様や三郎様が一緒にいてくださるということですか?」
「…………その前にお前を孕ませるかもしれないぞ?」
「こら三郎」
悪巧みをしていそうな目でこちらを見てきた三郎様の頭をぽこんと雷蔵様が叩いて叱る。
そのやりとりの様子に、何と無く詰めていた息がすっと通った。
「ふふ、お二方は優しいから、信じています! なんせ毎日参拝していた神様なんですから」
願い事は、なんとなく決まったけれど、私はまだ伝えることはしない。
いつかのときのため、それは大事にとっておこう。
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