姉上御楼上 2017/04了
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いつもの食堂なのに、そこはいつもの食堂ではなかった。
五月が鉢屋との会合を終えて秋穂ととツツジと部屋の掃除を行い、一息入れた時だった。
廊下からしおり達がやってきて、あれよあれよと花塗れにされ、そのまま下級生と合流してくのたま全員で食堂に連れて来られた。
秋穂は目を白黒させたまま、ツツジは終始賑やかに笑い、五月は頬を緩ませてシゲと六月と手を繋いで歩いていた。
「じゃじゃーん!」
ユキとトモミが食堂入り口で左右に分かれ、手を広げてお披露目をするその先には、天井から千代紙で作られた花輪が下がり、長机は纏めて二つに分けられ大きな机となってその上に贅沢な食事が様々乗っている。
「…これ」
五月が呟くと同時に、腰に軽い衝撃が走る。
見れば、ツツジや秋穂にも何人かの下級生が群がっていた。
「先輩方、ご卒業おめでとうございまぁす!」
「僕たち頑張って飾り付けしたんですよー!」
「タダ働きしたのは先輩方の為なんスから喜んでくださいよ~」
「しんべヱしゃまは摘まみ食いしてらしただけでしゅ」
「ええー!お、おシゲちゃんそんなことないよぉ」
猪名寺と摂津の、そして福富と大川が五月の下で笑いあえば、五月の胸の底に何かが広がる。
「さあ、五月先輩、秋穂先輩、ツツジ先輩!いっぱい美味しいもの食べてください!」
「六年間お疲れ様でした!先輩方は私達くノ一教室のみんなの憧れです!」
ユキとトモミが笑いながら言えば、その言葉の後にソウコやしおりが背中を押す。
「ささ!どうぞ」
「五月先輩、本日は忍たま教室の先輩方とも共同ですがどうぞお許しを」
「…ふふ、仕方ないわ。もう、皆の心遣いの前では私、今日くらいはあいつらに寛容になるしかないじゃない」
五月が困ったように笑えば、背を押していた二人はほっと笑う。
机の横に発てば、次々と各委員会の後輩に連れられた上級生たちが集まり始め、いつの間にやら食堂は人で溢れ返り、ぎゅうぎゅうとなる。
全員が一堂に会したか、と思えば、窓や扉に黒幕が一気に降ろされ、辺りは真っ暗となる。
ざわざわとすれば、パ、と食堂のカウンター部分が明るく照らされた。
「レディースエンドジェントルメーン!紳士淑女の皆々様!ご卒業される六年生諸氏!お集まりいただきありがとうございますー!」
つくしを握るのは尾浜だ。
五月は不思議そうに首を傾げる。
「ねえツツジ。あれどうやっているの」
「あーあれ?多分、太めの蝋燭の周りに板とかを継いで光を集中拡散させてるんじゃないの」
「なるほど」
五月が納得すれば、秋穂はくい、と袖を引く。
「五月ちゃん、お腹減った」
「駄目よ。尾浜が何か言っているから」
頭を撫でて諫めれば、秋穂は唇を突き出しつつ仇でも見るかのようにペラペラ喋る尾浜を見る。
途端、五月が何かに反応して凄い勢いで斜め後ろを見た。
「滝ちゃん!」
「ああ、バレてしまいましたね」
こっそりと近付いていた滝夜叉丸は、苦笑しながら姉の元へ歩み寄る。
そうして横の二人に小さく頭を下げてから、五月に向き直り、ふわりと笑む。
「姉上、先輩方。ご卒業、おめでとうございます」
「…ありがとう、滝ちゃん。好きよ」
「ちょっとそこー!!姉弟でいちゃついてないで俺の話聞いてくださいよー!!」
五月がぎゅうっと滝夜叉丸を抱き締めれば、すぐに尾浜が大きな声で二人を諫める。
しかし周りはやれやれと肩を竦めるだけで、誰も何も咎めない。
「煩いわね尾浜、話が長いのよ。お腹を空かしている子もいるのだから、もう切り上げなさい」
「酷い!必死に昨日の晩に考えたのに…でもまあいっか!ではみなさーん!卒業を祝ってかんぱーい!あんど、いっただっきまーす!」
尾浜の溌剌な声の後、食堂全体に「いただきまーす!」の声が響く。そして、降ろされていた黒幕が教師陣によって引き上げられ、一気に食堂は明るくなる。
秋穂は待ってましたというように近くにあった皿へカボチャやら白菜の朧煮やらを次々盛り付けた 。
ツツジはふらりとその場を離れて、生物委員会の許で何やら談笑をしている。
「姉上、その鮑の煮しめ、私がお手伝いをしたのですよ」
「まあそうなの?!では全部食べなければ!」
「いえ、姉上そこまで食太くないでしょう」
息巻く五月に、呆れたように滝夜叉丸が笑い、皿を持って五月のために野菜や豆腐などを盛っていく。
「五月」
背後からかけられた声に、五月は一瞬眉を潜めたが、ソウコ達に約束したことを思い出して、不快感を飲み込む。
「なんだ」
「なに、明日で皆と別れるからな。一人一人に挨拶をしているんだ」
立花は笑いながら五月の前で滝夜叉丸の肩に手を乗せる。
それを乾いた音を立てて叩き落とし、五月は立花をじろりと見上げる。滝夜叉丸は一人おろおろするが、ずっと横で食べ続けていた秋穂に引っ張られて少し離れた。
「五月は継ぐのだろう」
「何が言いたい」
「先日の区分けでな、お前は人に成っていただろう。確かに当主は人だからな」
立花の言葉に、五月は嫌な顏をする。滝夜叉丸が秋穂に連れていかれたことも相俟って。
「だとしたらなんだ。貴様なんぞ雇わんぞ」
「私とてお前に食わされるのは気に入らん。…私は近江に行く」
立花が呟いた言葉に、五月は僅かに反応する。
何故、こいつは私に雇用先を知らせるようなことを言うのだと、不信がる。
近江と言えば、甲賀も近い。何処に就くのかは小指の先程も興味がないが、立花の火薬知識が甲賀、もしくは近江の領主か豪族に伝われば大きな戦力となる。
出来るだけ可愛い弟のため、二年後に火種を残したくない五月は、ぐるりと思案する。
「…お前は上総だったか?」
「そうね」
正確には、違う。
五月が卒業後、家督を継ぐに当たって本家である北条から相模に邸を構えろとの通達があった。
父の将継は渋ったが、母の喜美が是としたのだ。
裏の思惑は解った上だった。
二年後に当主は嫡男になる。その折で五月と北条の当主と婚姻させ、本家と分家で結びを作っておこうと言う魂胆なのは見え見えであった。
しかしなにか思うことがあったのか、五月もその話に頷いた。
なので、現在の上総の家には将継の一の家来である間宮を置いて、平氏は相模に移ることとなった。
しかしそこまで言ってやる義理もないと判断し、五月は曖昧に返事を返す。
立花の後ろへ視線を向ければ、図書の後輩に絡まれる中在家がこちらを見ていた。
視線は様々なものを物語っている。
一度だけ、五月は小さく頷き、立花の様子を伺い、此方を見ていないときに口を動かす。
ありがとう、と。
すると中在家はいつも動かない表情を柔らかくし、ほんのり笑んだ。
五月はそれで満足だった。
家の話も全て中在家にも話したが、ただコクリと頷いて一言、「頑張れ」と言っただけだった。
物分かりが良すぎるのも、困り者だなぁと苦く思ったのも新しい。
とかく、未来の布石のためにはコイツは面倒だ、と目の前の立花にやっときちんと向き合う。
「私が上総であろうが何でも良いが、お前のところが我が領地に押し入ると言うのであれば、平家忍軍、心してかかってやろう」
腕組みをして、何時ものように高圧的に言い放った五月に、立花は一瞬キョトンとしたが、徐々に肩を震わせる。
そして、空気の抜ける音ともに、耳を真っ赤にして笑った。
(卒業後も、お前はそのままなのだろうな)
(清々しいくらいに、お前が好きだと再認識したよ)
(戦場で会えたら、伝えてもいいやもしれん)