姉上御楼上 2017/04了
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梅が終わり、桃が終わり、桜が白い蕾を付け始めた。
梅よりも芳香が少ないため、見上げなければ気付かなかった、と五月は目を細める。
そうして空と桜の蕾を眺めて数秒後、視線を自分の前に戻したら、そこには呼び出しておいた鉢屋がいた。
「お待たせいたしまして、申し訳ございません」
「どうせ狸にでも絡まれたのでしょう」
狸、と聞いて、すぐに鉢屋の頭には同級生で五月に傾倒している尾浜を思い浮かべる。確かにそうだった。
卒業される先輩方へ、と在校生全員で食堂を飾り付けていた所を、秋穂に呼ばれて抜け出した。何かに感付いたのか、尾浜は最後まで引き留め、最終的に唸りながらジト目で鉢屋の背中を見ていたのだ。
天然で抜けているように見えて、アレは割と鋭く聡い。
「まあ、可愛い狸、ですかね」
「何がよ。可愛げなんて何もないわ」
ふん、と鼻を鳴らした五月に、鉢屋は苦笑する。
弟の関連で、尾浜の印象は大分悪いスタートなんだろうなぁ、と他人事の様に考える。まあ実際他人事なのだが。
「…鉢屋」
「はい」
五月が、顎に手を当ててから、ゆっくりと腕組みをする。
「私は卒業後、平家当主と相成る。…まあ期間限定だけれど。お前、以前言っていたわね。平家に従事したいと」
「だいぶ、端折りましたね。まあ、事実そうなんですけどね」
「端的に言えば、私の一存では今は何も言えないわ」
五月が腕を組んだまま、鉢屋に真顔で告げれば、知っていたかのように鉢屋はこくりと頷く。
「でしょうね。今現在の当主は先輩の父上ですから」
「そう。けれど、私が当主に就くのは早くても四か月後。それまでにお前の話を詰めておく」
「…色好い返事と期待しても?」
不破の、柔らかい顔で不敵に笑った鉢屋に、五月は頷く。
「ええ…お前が卒業する前に、お前へ書状を送るわ。その後話を詰めて使者を」
「は、有難う存じます」
その言葉に、鉢屋はその場で片膝を付ける。首を垂れるその姿は、従者のソレだ。
その姿を見て、五月はゆっくりと瞬きをし、同じようにゆっくり息をつく。
「…但し、条件があるわ」
鉢屋の肩が、ピクリと揺れる。
「して、その条件とは」
「一つ、お前だけを召し抱える。一つ、お前の働きによって一族郎党の処遇を検討する。一つ、鉢屋衆が尼子からの叛逆離軍については平家は一切手を貸さない。そして最後に一つ、不破の顔を外すこと。以上よ」
淡々と言った五月に、鉢屋は真顔のまま、地面を見つめる。
自分だけを召し抱え、その働きによって一族を引き入れるのは解る。
叛逆に手を貸さないというのはつまり、平氏は尼子氏と戦をするつもりがないという事だ。勿論、関東と西国の遠方領主同士、間にいる尾張や羽柴を無視してまで戦事をしても、メリットがないからであるが、尼子から離れて平に就けば、要らぬ火種になるのが目に見えている。
つまり一切手を貸さないということは、引き抜いたと火種をかからない様に時期を考えろ、ということだろう。
鉢屋は瞬き一つの間にぐるぐると考える。
「畏まりました」
素直な返事に、五月は思わず目を丸くする。
勿論、条件を呑めなければ蹴るつもりではあったが、まさか顔のことまであっさりと返事をするとは。
「…五年も不破の顔に化けておきながら、執着はないのね」
「仮、と言えば仮ですので。あれは優しいので、忍にはなりますまい。なれば卒業後そのまま私が雷蔵の顔を使用していれば、迷惑千万。そのまま使用できぬことは、考えておりましたから」
不破の顔に執着はなくとも、不破自身には依存しているようだ、と五月は思うが何も言わずにおいた。
であれば、どうするのだ、と五月が訊ねる。
「面を、使用するのを許していただけませんか。忍は武器であり人ではありません。顔は特に関係ないでしょう」
「…いいわ。面でも布でも好きにしなさい」
五月はふう、と息をつく。
これで準備は揃う。
緩んだ気配を感じ取ったのか、鉢屋が漸く顔を上げた。
「五月先輩」
「お前、私の事を名字で呼んでいなかったかしら」
「何れ五月様とお呼びすることになりますので、慣れておこうかと思いまして」
眉を顰める五月は、何とも言えない顔をしてから、続きを促す。
「私以外に、何方が平氏に就職するのですか」
「それを聞いて、何があるの」
「深い意味は御座いません。ただ、先輩方の何方が就職して同僚になるのかで、私も戦い方云々を考えて今から修行しなければいけませんので」
一匹狼かと思っていたが、意外や、鉢屋は連携行動を意識しているのか。五月は再び驚く。
そうして、段々と恥じてきた。
自分が召し抱えると言っておきながら、今まで突っ撥ねていたツケが回り、上級生諸氏の戦闘方法や得意分野を把握していない。性格なども。
上に立って彼らを使う心算なのであれば、そこを鑑みないといけないのに、と内心で頭を抱える。
「在学中に情報を売ってみなさい。お前の親族皆殺しよ」
「怖いですよ五月先輩。大丈夫です。心配ご無用。未来ない場所から移ろうとしているのに手離すことは致しません」
「まあ…いいわ。私の武器となるのは、長次君と秋穂よ。侍女としてツツジが入る」
「三人衆はそのままなんですね。…と言うか…立花先輩は、いらっしゃらないのですか」
意外だ、と目を丸くした鉢屋に、五月が怪訝な顔をする。
「何故あいつを私が養わないといけないのよ。敵であれば徹底的に交戦してやるわ」
「…ああ…五月先輩らしいですね…」
鉢屋は心の中で報われない立花に合掌をしておく。
何が嫌なのかわからないが、卒業後も隣に引っ張られた中在家との扱いの差に、少しだけ同情した。
「まあ、解りました。そのお二人であれば、私もやりやすい。他に平家お抱えの忍軍に特徴は」
「鉢屋」
「は」
遮った五月の目は、冷たい。
鉢屋の背筋が少しだけ伸びる。
五月の後ろに、白い花弁が数枚舞う。春風が五月の後ろ髪を浚って花弁と同じように流れる。
ああ、幻想的だなと思うが、五月の言葉も顔も鬼のようだ。
「それ以上知りたくば、忍び込んでみるといい。五体満足の保証はしないけれど」
何事もないように呟いた五月に、鉢屋は思わず身震いをする。
死に急ぐようなことはしたくない。
現当主である五月の父上は、忍の出で当主を張っているのだ。強くないわけがない。
慌てて深入りしすぎたことに謝罪をし、頭を下げれば、ざりざりと足が近付いてくる。
「…好奇心は猫をも殺すの。覚えておいて損はないわよ」
ふわり、自分の頭部に違和感を感じて、慌てて頭を上げれば、指の先で花弁を摘まんでいる五月がいた。
「ちゃんと滝ちゃんを護りなさい。これは現当主と次期当主からの、先んじた命令よ」
そういって、鉢屋の手を掴んで開かせ、そこへ無理やり花弁を置いた五月は、先程とは打って変わって柔らかく笑んで去って行った。