姉上御楼上 2017/04了
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薄明りのある一室に、深い緑の衣を纏った大勢の人間がいる。その中に、紅の衣が三名。
「…どうして一緒くたにされなければいけないのよ」
「毎年こうらしいからねー。ここは我慢よ五月」
「こいつら全員プロになるの?」
忌々し気に眉を顰めた五月に、ツツジは笑いながら宥める。秋穂はきょろりと周りを見渡して、その犇めく緑を何の感情もない丸い目で見ていたが、直ぐに何かに気付きピクリと肩を揺らす。
直後、煙玉の音と白い煙が室内を覆うが、それも直ぐにはけた。
「…相変わらずの目立ちたがり屋さんね」
「あの爺さん、寿命ってもんを知らないんじゃないの?」
「がくえんちょーって、殺しても死ななさそうだよね」
秋穂の前にいた忍たまは、物騒な言葉に一度後ろを振り返ったが、それが秋穂であると認識するとすぐに前に向き直った。
「ちゅうもーく!!!」
「していますよ、学園長先生」
「うん?なんじゃそうじゃったか!よしでは、これより上級生諸氏の報告を行う!」
あっけらかんと進める大川に、山田は深い溜息を吐いてから、一度だけ手を叩く。
乾いた音の後に、土井と木下が現れ、二人は大川の前に出て左右に距離を開けて立った。
「例年のことだが、卒業を控えたお前達はその後どうなるのかを同級生に対して大まかな発表を行っている。勿論、人か忍かの話であって、就職先などは発表しない。まずは忍たま、い組からだ」
例えばここで発表した就職先が、対立先の城だったとすれば、そこへ就職する忍の一人であっても手の内が知れていれば戦が有利に運ぶのを危惧してだった。
そして、人と忍を分けるのも、人になった同級生は忍になった同級生の情報を部外に漏らさない様に、城付きの者や軍に入るものは、その統制地域に住むであろう同級生に釘を刺しに行くことが出きる様に、お互いに顔を覚えておくためだ。
「左の土井先生が忍、右の木下先生が人だ。忍術学園のような技を伝授するところに配属の者は忍だ。では、出席番号順に…い組、安達」
「はい」
山田によって忍たまが呼ばれ始めると、秋穂は隣の五月の腕に抱きついて、体重をかける。
「なーんであいつらからなの。私達三人しかいないのに!」
「そうね。忍たまがこんなに残っていたとは少し驚きね…と言っても…」
文句を言う秋穂の頭を撫でながら、五月は二手に分かれていく男共を見る。
い組は7人、ろ組は10人、は組は15人。い組は全員土井の前、忍の場所におり、続いて始まっていたろ組は既に6人が忍の場にいる。
そこには、忍たまの中でもよく話していた立花、潮江、七松がいる。
五月の懇意の相手である中在家も、勿論土井の前であった。
「あれ、中在家は人じゃないんだね。てっきり主夫かと思ったわ」
ツツジは驚いた顔をしながら横にいる五月に目を向ける。
「…そのうち、ツツジと秋穂にも話すけど、長次君は私に就いてくれるのよ」
ぽつりと呟いた言葉に、ツツジは笑む。
「そっか。いいことだわ。卒業後も面倒見てもらいなさいな」
「何よそれ、私が子供みたいじゃないの」
「子供よあんたはね」
にやにやと笑うツツジに、五月は至極面倒そうな顔を浮かべる。
「次!くのいち教室!」
大川の声が響いた。いつの間にやらは組も終わっていたようで、少ないながらも人が何人かいる。
そしてそこには、驚いたことに食満がいた。そしてお前こそ人であろうというような善法寺が忍にいたのだ。これにはツツジも五月も目を丸くしたが、一先ずは自分達の番だと並び直す。
「秋穂」
「はい」
呼ばれた秋穂は、すたすたと歩いて行き、山田の前で一礼してから左に折れる。
「ツツジ」
「はい」
ツツジは、山田に一礼してから右に折れた。誰かの「えっ」という声が聞こえ、その後にざわめきが広がる。
「静かに!」
山田の一喝で一気に静まり返ったが、未だ密やかな声は止まない。
それもそうか、と大川は片目を瞑って思案する。
誰もが皆、くノ一三人衆の話は周知の事実、秋穂や五月は勿論、ツツジの実力も知っていたからだ。三人寄れば一国さえ落とせるやもと言われた実力の一人が、忍ではなく人に成るのは、奇妙に思えた。
しかし山本も五月も秋穂も、知っていたようで驚いた顔も何もない。
「…次、平」
「はい」
最後、呼ばれたのは平五月。最上級くノ一の中では唯一名字帯刀をしている、四年滝夜叉丸の姉だ。
さらさらと髪の音をさせながら、五月は山田の前まで歩き、ゆっくりと一礼をする。
そしてゆっくりと、右に歩いて立ち止まった。
再びどよめきが室内を襲う。
それも先程よりも大きく。
「お、おい!平!お前ら向こうじゃないのか?!」
声をかけてきたのは、同じ人と成った食満だった。五月は鬱陶しそうに眉を顰める。
「煩い。貴様こそ向こうではないのか」
「てっきり善法寺がこっち側かと思ったけど食満がこっちとはね」
「俺は、実家を継ぐことにしたんだ」
なんとなくスッキリした顔で言った食満に、五月は用具の委員会の面々を思い出した。そうか、だからあの時、「卒業後も使っていただけるように」と金槌を贈ったのか。
自分の知らないところで、色々な事が進んでいるのだな、と五月は周囲を再認識する。
自分だけが世界の中心ではないのだ。隣の人や道を擦れ違う他人にも、色濃い人生があるのだ。
最後であった五月が別れたことによって、山田は一通りその生徒の名前を書き記す。そうしてすぐに、大川へそれを差し出して後ろに控える。
「うむ。今年は二十五名が忍、残る十名が人と成った!学園生活もあと二日じゃ。各々何も残すことの無いようにな」
立つ鳥跡を濁さずじゃ、と片目を瞑って茶目っ気たっぷりに笑った大川は、来た時と同じように煙玉を投げ付けて消え去った。
「はあ…あの人の奔放さには参るねほんと」
「では、お前達ももういいぞ。明日は荷物の整理を行い、明後日には卒業だ。ゆっくりするんだぞ」
山田と土井、木下が頷き、部屋を出ていくと、山本もそれに倣い、静かに障子を閉めて出ていった。
途端、わ、と声が広がる。
お前、人なのか。忍なのか。地元に戻るのか、城付きか、そんな会話が飛び交う。
「五月ちゃーん!!」
忍の方から、秋穂が駆けてきてそのまま五月に飛びついた。よろける五月の背中を、ツツジが困ったように笑いながら支える。
「五月」
じゃれつく秋穂を相手にしていると、秋穂の後ろから中在家と立花を筆頭に、よく喋るいつもの面々がぞろぞろ現れる。
「長次君!」
ぱ、と顔を明るくして笑う五月に、立花は腹の底が重くなるが、顔には出さずに素知らぬふりをする。
中在家の後ろから、善法寺がひょこりと顔を出し、五月に申し訳なさそうな表情をすると、先程まで明るかった五月の顔はみるみる曇る。
「…何か用か善法寺」
「え、と…五月ちゃん、人、なんだね。その…もしかして」
「変な勘違いをするなよ善法寺。私は私の意志で、人に成った。それに、別に一般人になるわけでもない」
善法寺が何を言おうとしているのかなんて、五月には解り切っていた。どうせ食満との任務で刺傷した後遺症のせいだ、とか訳の分からない同情をするつもりだろうなと思っていれば、案の定だった。
暗に、ここにはそのことについて知らない者がいるのだから慎めと言った意味で被せたが、善法寺はきちんと汲み取って口をぱくつかせた。
それを拾うように、立花が口を挟む。
「家を継ぐのか」
「家?なんだ、五月。お前の家は何かしているのか?」
「なんだ文次郎、知らなかったのか?」
立花の言葉に、潮江がきょとりとすれば、中在家がもそもそと呟く。
「…武家だろう。五月は」
「あ。そうか。確かそうだったな。五月が継げば安泰だな」
「そうだな!五月は強いしなぁ!どうしよう、就職先の城と戦になったら!五月、手加減してくれるなよ!私は楽しみたいからな!」
「誰が貴様なんぞに手を抜くものか。もし戦となったら全力で貴様一人を叩き潰す。楽しむ暇なんぞ与えてやらんわ」
「お、穏便に。穏便にいこうよ~」
いつも通りに、五月が勝手に七松に対してバチバチと火花を散らすが、七松は何が嬉しいのかにこにことしている。
それを見ていたツツジは、途端に噴き出す。
「ツツジちゃん?」
秋穂が不思議そうに顔を覗き込めば、ツツジは泣きそうな顔で笑っていた。
ひゅ、と秋穂の喉が鳴るが、何事もない様に顔を戻してツツジの背中にぺたりと引っ付いた。
「ツツジ、何が可笑しいの」
「いや、だって…!この一年、なんかいろいろあったなぁと思って。滝夜叉丸君と学園で再会したのを皮切りに五月が色んな人と深く関わる様になって…なんか、変だなぁって。今だって、昔のままだったらあんた、七松と話してもいなかったでしょ」
「それ、は…」
ツツジの言葉に、五月は言い淀む。
確かに、怒涛だった。
家の事も含めて、何もかもがこの一年で一気に駆け抜けた。
謳歌したと言えば、そうなのだろう。泣いて笑って、悩んでぶち当たって。沢山あったのだ。
昔のままであれば、あのまますんなりと卒業し、母に言われるがまま家を継いで、戦忍となった滝夜叉丸を援助して何事も思わず死んでいったのだろう。
今は、どうだ。
沢山の仲間がいて、様々な感情を知って、将来を難く見据えることが出来た。
二年後のことまで、しっかりと決まっている。
五月は思わず、口元を緩める。
「…そうね。なんだかんだ、色々あったもの。楽しかったわ」
「やだ、五月ったら。卒業ムード出し過ぎないでよ」
「ツツジが先に出してきたくせに何言ってるのよ」
「でもでも、私、卒業しても一緒だから寂しくないね!」
「あ、こら秋穂」
思わぬ言葉に、立花達が揺れる。しんみりといい空気が漂っていたのに、秋穂によってそれは壊された。
「一緒とは?まさかお前達」
「ご想像にお任せするわ。ね、五月」
「貴様等に口利きなんぞ一切せんからな。精々敵か同盟国として来い」
「なんでお前は、そう喧嘩腰なんだ…」
項垂れる潮江に、五月はつんとそっぽを向いて「貴様に言われたくない」と零して、漸く部屋を出るために一歩を歩き出した。