姉上御楼上 2017/04了
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普段は静かな忍たま六年長屋の廊下から物凄い騒音が響く。
何人かが、なんだなんだと部屋から顔を出したが、音の原因がくのたまだと気付いた瞬間バシン!と素早く障子扉を閉めていった。
君子危うきに近付かず、だと部屋で書き物をしていた立花はその騒音を聞かなかったことにした。
猛スピードで走る五月は一直線に迷う素振りすらなく、ろ組の七松と中在家の部屋へ向かい、目の前の障子扉に手をかけスパーンと荒々しく扉を開ける。
「お?」
部屋の中にいたのは部屋の主でもある七松小平太と、体育委員会の三年生、次屋三之助だった。
突然現れたくのたま六年に次屋は目を丸くし、七松はぽかんと見つめる。
しかし、五月の顔をじいっと見つめた七松は、ぽん、と手を叩いた。
「お前五月か?久し振りじゃないか!どうしたんだ?」
一年、二年の合同実技以来だなあ!と、いつもの快活な顔に戻った七松に、五月はズカズカと部屋を踏み鳴らして未だに座ったままの七松に近付く。
「…どうしたんだ…?だと…?貴様七松小平太ァア!!」
五月は顔を般若にして、勢い良く七松の胸倉を掴み上げる。
くのたまからの、暴君に対する突然の暴挙に次屋は小さく悲鳴を上げた。
「おお?!なんだ五月!」
「なんだでもどうしたでもない!何故私がこのむさっ苦しい忍たま敷地の六年長屋にわざわざ足を運んだと思う!?其れ相応の理由があるからだろうが!それは何だと思う!貴様のその猪レベルの脳味噌でよく考えて見ろ七松小平太ぁああ!いいや考えなくても解るだろう!貴様私の滝ちゃんに何をしたァア!?」
五月からの言葉に、一瞬部屋はシーンとした。
響くのは雨の音と五月のゼェゼェという荒い息だ。
そして、次屋の小さな「…え?」と言う声で静寂は消えた。
「滝夜叉丸?なんだ五月、滝夜叉丸のこと知ってるのか?」
「滝ちゃん…?え?私の滝ちゃん…?」
胸倉を掴んだままだった五月は、其処で初めてへたり込んでいる次屋に視線を寄越した。
若干逃げ腰だった次屋はびくりと大袈裟なくらい肩を揺らして五月を見る。
胸倉はそのままに、五月は無表情で爪先から頭の先まで次屋を見て、口を開いた。
「君は誰なの?」
穏やかな口調で問われ、次屋は心底驚く。
「あ、ああ、えと。三年生の次屋三之助、です」
「私の後輩だ!」
「貴様は黙っていろ七松小平太」
七松と自分への態度の違いに、やはり五月への恐怖は拭えなかった。
其処へ、今度はゆっくりと扉が開かれ、残る体育委員が入ってきた。
「七松先輩、お茶が……ってぁぁああ!!」
滝夜叉丸の手にはお盆とお茶が、その横の時友と皆本の手にはお饅頭とお煎餅が抱えられていた。
しかしそれも突然の滝夜叉丸の大声で、どさりと落としてしまい、二人は慌てて拾う。
その間に下級生二人は、我等が暴君委員長がくのたまに胸倉を掴まれているというショッキングな映像を忘れようとした。
「滝ちゃん!滝ちゃん滝ちゃん滝ちゃん滝ちゃん滝ちゃん滝ちゃん滝ちゃん滝ちゃん滝ちゃん滝ちゃん!!!」
滝夜叉丸を認識した瞬間、突き放すように七松の胸倉から手を離し、五月は満面の笑みになる。
その背後には大輪の花でも背負っているかのようにオーラが明るい。
「滝ちゃん私の滝ちゃん久し振りね!凄く会いたかったのよでも中々会えなくて会えなくてマジで震えてたわあの歌手本当のこと歌ってたわ侮れない。あのね滝ちゃんに会えない寂しさを紛らわせようと大量に忍務を受け取った時期もあったんだけれど、やっぱり会えない辛さは拭えないし、何度も会いに行こうとしたのだけれど同室が許してくれなくて、でもねでもね、滝ちゃんが元気で無事で優秀で可愛さが断トツトップだって事は喜八郎君から定期的にお話しして貰っていたのよそれでね滝ちゃん私」
何処か遠くで「そんな報告してませーん」という声が聞こえた気がしたが、五月は無視した。
ペラペラと本物の機関銃のように話しまくり、あの滝夜叉丸ですら圧倒されている雰囲気に、七松達は困惑すると同時にどこか既視感を覚えた。
滝夜叉丸はお盆を皆本に渡し、がしりと五月の肩を掴む。
途端に五月の口が止まる。
「~っ、姉上!少し静かにしてください!」
「はい、滝ちゃん」
律儀にも自分の口元へ両手をあてがい、ぱたん、と口を閉じた。
静かになった五月に対し、今度は体育委員が騒がしくなる。
「「「「姉上ぇぇええええ!!!?!?!」」」」
ばかり、と全員の口が開き、皆本はお盆を取り落としそうになった。
五月はこくりと頷き、滝夜叉丸は溜息をつきながら「まず座りましょう」と促す。
全員が丸く車座になれば、滝夜叉丸は手際良くお茶を入れ、全員に手渡し、お茶請けの饅頭も一人一個渡し、五月の分は想定していなかったがよく食べる七松用にと余分はあったのでそれを渡す。
全員が取れる真ん中の位置に煎餅を置き、滝夜叉丸は変な空気の中、ずず、とお茶を啜り満足げに息をついた。
「…っていやいやいやいや!!滝夜叉丸先輩!どういうことですか!僕たちにも解るように説明してください!」
「そ、そうなんだな!姉上とかも、なんでくのたまさんが七松先輩のこと睨んでいたのかも、教えて欲しいんだなー!」
皆本と時友がわっと言えば、滝夜叉丸は「ああ」と頷く。
「この方は、私の姉に当たる、平五月だ。くのたま六年生でもある。しかし私も学園でこうして顔を合わせるのは実に久々であってだな……姉上?」
話し出した滝夜叉丸は、隣の五月が黙っていることに違和感を覚えた。
ちらりと見れば、忙しなく視線を動かしていたが、滝夜叉丸の視線に素早く気づき、滝夜叉丸のほうへ勢い良く顔を向けた。
話し掛けられただけなのに、五月の顔はぱぁああっと歓喜に変わった。
その顔は、よく滝夜叉丸がおねだりや可愛い子ぶった時の顔によく似ていて、体育委員のメンバーは姉弟という事実を納得した。
しかし滝夜叉丸はさらりとそれを受け流す。
「姉上、静かにしてくださいとは言いましたが、誰も喋るなとは言っておりません」
「あっ、そっか…!そうね!」
五月はゆっくりと話し出す。
滝夜叉丸はさして気にせず、また茶を啜る。
喋って良いという許可を出された(別に禁止されていたわけではないが五月の心持ち的に禁止だった)五月は、隣の滝夜叉丸をゆるゆるの顔で見ていたかと思えば、突然思い出したように滝夜叉丸の前に座る七松を睨み始める。
「姉上」
「ええ、私がここに来た理由は、この七松小平太を潰…問い詰める為よ」
「何ですかそれ」
呼んだだけなのに会話が成立した事に、次屋は心の中でどん引きした。
五月は物騒な単語を言い直したけれど、確実に全員が聞き取っている。七松はむすりと少し不機嫌になった。
「なんだそれ。私は何もしていないぞ!」
「ああ?さっき言っただろう!七松小平太貴様滝ちゃんを良いように扱っているのは解っているのだ!証拠も今まさに目撃したしな!滝ちゃんに茶汲みさせるってなんだ!女中か!?さっきの滝ちゃんの手際を見るに貴様いつもさせているだろう!嫁か!嫁扱いか!?周りにいた下級生が一瞬滝ちゃんの子供に見えたわ!滝ちゃん子供はまだ早いわよ!!絶対許さないからね!」
キャラ崩壊再び、と次屋は遠い目をする。
滝夜叉丸が横で五月の腰帯を掴んでいなかったら、五月は再び七松に掴み掛かって行っていただろう。
「よ、嫁…滝夜叉丸が、女中…?」
五月のせいで次屋は思考回路さえも迷子になってきた。
「ぼぼぼ、僕たち滝夜叉丸先輩の子供じゃないです!」
「滝夜叉丸先輩が母上なら…父上は誰なんだな…」
「考えないでください時友先輩!」
皆本と時友は五月の凄まじい迫力にお互いを抱き締め合って震えながらもケンケンと反論や疑問をとばす。
くのたま六年怖い、と二人の頭にはインプットされてしまったはずだ。とんだトラウマである。
「姉上、私は男です。子供は産めませんし、七松先輩の嫁だなんて体が持ちませんので遠慮させていただきます」
そんな中、さらりと何ともなしに告げる滝夜叉丸。
「滝ちゃんなら産めると思うのお姉ちゃんは。…ねえ、ちょっと待って滝ちゃん、体が持ちませんってどう言うことなの…?ま、まま、まさかもう致し済みとは言わないわよね?!七松小平太貴様ぁぁぁぁあ!!」
最早、滝夜叉丸の制止は利かず、手綱は放たれ、一直線に五月は七松へ突っ込んだ。
「なんだ!滝夜叉丸は子供を産めるのか?凄いな!見せてくれ!」
「貴様ァ!!見せてくれってなんだ!私の滝ちゃんのナニを見るつもりだそこへなおれぇぇえ!!」
般若顔の五月に胸倉をガクガクと揺さぶられながらも、七松は七松のままで、それが余計恐怖を煽り、下級生達は半泣きだ。
「七松先輩も姉上も黙ってください。下級生がいるんですよなんというはしたない会話をなさるのですか!姉上は仮にもこの滝夜叉丸の実姉なのです、もう少し優雅に其れでいて美しくたおやかに振る舞って貰わないとこの滝夜叉丸の評判に関わります!」
お前も黙れ。最早無法地帯だ。なんだこの阿鼻叫喚地獄は。三人とも閻魔様に舌を引っこ抜かれて喋れなくなってしまえばいいんだ、と次屋は思う。
言葉には出せなかったが。
皆本の耳を時友が塞ぎ、時友の耳を次屋が塞ぐ。
次屋は腐りきった上級生達の会話に一時、尊敬の念を忘れた。
「そもそも致し済みとは何ですか!姉上の中で私はどういう立ち位置にいるんですか!?久し振りにお会いしたというのにこのような下品な会話はしたくなかったです!…それより、いきなりどうしてそんな考えに至って此方へ来られたのですか?」
滝夜叉丸がなるだけ穏やかな声色で訊ねれば、五月はどさりと七松の胸倉を離した。
そして近寄ってきた滝夜叉丸に促されてへたりと座る。
「だ、だってね滝ちゃん、私も毎日会いたかったのよ。入学してから数日後に、ツツジ達のせいで一時私動けないように腰を縄で縛られていた時があってね…見かねた喜八郎君が逐一私に報告してくれるようになったんだけど、それでね、それで、さっき喜八郎君が久々に報告に来てくれたと思ったら……滝ちゃんが七松小平太に手籠めにされてるって…」
またもや遠くから「いってませーん」と聞こえたが、五月は無視した。
「そ、そんなことあるわけないじゃないですか!ねぇ七松先輩!」
「うん、そうだな!滝夜叉丸は凄く気がつくしいいやつだ!私は好きだぞ!」
「ぎゃぁぁああ今そう言う発言したら姉上が…っ」
滝夜叉丸が慌ててへたりこむ五月を見ると、黒い靄が五月の背中に負ぶさっていた。
「…れ……ま…の…れ…つ…」
「…あ、姉上?大丈夫ですか?姉上?な、七松先輩の言った言葉は大概深い意味がないので気にしては負けですよ姉上!」
「なに!?滝夜叉丸お前、いつもそんなふうに思っていたのか!?」
滝夜叉丸の言葉に憤慨し、七松は滝夜叉丸の胸倉を掴む。
額をゴリッと押し付けて滝夜叉丸を睨みつける七松に、滝夜叉丸はひぃぃいっと情けない声を上げる。
「ちょっと、やめ、今は離れてください先輩!」
多分その言い方にも問題がある、と次屋は心の中で何度目かの突っ込みをした。
すくり、と五月が立ち上がり、首を擡げたままふらりふらりと揺れる。
かなり怖い。割と本気で幽鬼にしかみえない。
「…れ…つ……おのれ七松おのれ七松おのれ七松おのれ七松おのれ七松ぅぅうう…!!」
「姉上…!?」
「なんか滝夜叉丸の姉って感じがしないぞ!寧ろ五月と滝夜叉丸が姉弟だったなんて私初めて知ったんだけど」
「言ってないからなあ!?まさか貴様何ぞの毒牙にかかるとは思わなかったからな!まあ!?滝ちゃんが体育入ったって聞いてすぐに当時の委員長と上級生諸々の部屋の場所は把握済みだったけれど!」
「なにそれ怖い」
「金吾!しっ、なんだな!」
がばり、と髪を振り乱して七松を睨みつけた五月を見て、本気で怖いこのブラコンくのたま、と時友と皆本は魂が若干離脱気味である。
「とっ、と、ともかく!私と七松先輩は何もありませんし姉上が思っているような間でもございません!なんと言っても私の一番は姉上でございますれば!ああ、あと喜八郎のアホが何を言ったかは存じませんが、後で喜八郎にもキツく言っておきますし!」
「…本当…?」
さっきまでの威勢が嘘のように消え、五月は泣きそうな顔になる。
「ええ、勿論ですとも!この滝夜叉丸、姉上の悲しむことは致しません!」
「た、滝ちゃん……め、迷惑、かけないようにするから、ま、また、来てもいい?」
「はい!私も姉上に中々会えず、鬱々としていた時期もありましたから…、姉上が忙しくなければ、是非。学園でもお会いしとうございます」
滝夜叉丸のその言葉に、五月はとうとう鼻を押さえて崩れ落ちた。
下級生はそんな五月にドン引きし、七松はまだ納得いかないようなぶすくれた顔のままで、当の滝夜叉丸は何も見えていないのか満足げに頷いていた。