姉上御楼上 2017/04了
お名前を
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「…珍しい組み合わせ」
薬草園の入り口で、五月は立ち止まった。
五月は早朝から水仙を摘み取りに来た。
摘むといっても、必要なのは鱗茎なので、掘り返す気満々の装備で来ていた五月は手鋤を取り落としかけたが、必要なのだから、と気を取り直して畑へ進んだ。
多種多様な草花が入り乱れているようで整然と育てられているこの薬草園は生物委員会と保健委員会が世話をしている。
薬草も毒草も食用も、ごった煮状態になっているため、下手に触らない様に特定の人間だけが世話をするよう学園長が義務付けた。
結果、誤食誤飲や誤植などが激減したため、以来ずっとその体制のままだ。
その畑内に生えている草花の使用に関しては危険性がないものであれば自由に、毒性のあるものであれば校医の新野と教師の誰かに使用申請を出さなければいけない。
五月は前日の夜に手続きを済ませていたため、早朝から来れた。
ザクザクと霜の降りた土を踏み鳴らして奥の毒草区域へ向かえば、その手前の薬草畑で屯していた彼らが一斉に振り返った。
「あれ、五月先輩」
佐武があまり驚いていない声で名前を呼べば、五月はふわりと笑む。
「おはようございます、五月先輩!」
上ノ島が笑い、手に持っていたツワブキを放り出して五月へ駆け寄り、腰に纏わりつく。
五月の口はいよいよ抑えが利かずに吊り上がって緩み、蚊の鳴くような声で「可愛い…」と呟いた。
い組の中でも一番素直に甘える上ノ島に、自分の可愛さを理解してやっているのではないかと、見ていた佐武はジト目になるが、特段気にする相手でもなし、嫉妬の対象でもないのですぐに意識を切り替えた。
「図書室以外でお会いするのは初めてですね、平先輩」
上ノ島が手離したツワブキを苦笑しながらしゃがんで拾い上げ、不破はゆっくりと五月に視線を上げた。
五月は少し息が詰まるのを覚える。
コレは図書の方で、鉢屋ではないと理解はしているが、どうも顔が似過ぎていて眩暈がする。
嫌な顔をしている五月に気付いたのだろう、不破がしゃがんだまま頬を掻いて笑う。
「申し訳ありません。三郎が、…鉢屋が何かしてしまいましたか?」
少し、腰にしがみ付く上ノ島の力が強くなったことに気付き、五月は緊張の糸を緩める。
ゆるりと上ノ島の頭を撫で、小さく溜息を吐けば、詰まっていた息が崩れた。
そうだ、コレは鉢屋ではない。
顔を貸している不破である。
「…いいえ。なんでもないわ」
「五月先輩が上級生諸氏に複雑なお顔をするのは、茶飯事じゃないですか」
思わぬ援護射撃は、咲き誇る山茶花と椿の垣根からひょっこり出てきた伊賀崎だった。
相変わらず綺麗な紅色のジュンコを首に巻き付け、優しく撫でながら五月達に近づく。
「あら、孫兵君。相変わらず肌が白いわね。ジュンコちゃんとの相反が凄まじく美麗よ」
「ふふ、ありがとうございます…五月先輩にお褒め頂くと、ジュンコも一等嬉しそうなので僕も嬉しいです」
とろん、とした目をしながら、伊賀崎はジュンコに擦り寄る。
「五月先輩が、滝夜叉丸先輩とか僕達以外をそんな風に褒めるのって、珍しいですね。でも三年生って一応下級生の分類になるのか?だったら普通?」
「でも、あんまり褒めてるのは見たことないよ。優しく接していらっしゃるのは見るけど…」
佐武と上ノ島が驚いた顔で言えば、しゃがんでいた不破も立ち上がり、うんうんと頷く。
「そうかしら。…単純にジュンコちゃんとの並びが綺麗だから、というのがあるけど」
「僕も五月先輩を綺麗だと思います。五月先輩って蛇を思わす相貌をしていない?」
うっとりした顔のまま呟いた伊賀崎に、上ノ島と不破が微妙な表情をする。
佐武はじぃっと五月の顔を見てから、「蛇より滝夜叉丸先輩に似てる」と呟いたことで、上ノ島は「当たり前だよ、姉弟なんだからっ」と叫ぶ。
「どうして平先輩が蛇に似ているの?蛇顔じゃないと思うんだけど…」
「眼です。蛇の丸いのに切れ長に見える眼にそっくりです。まぁ…滝夜叉丸先輩も同じような眼なので滝夜叉丸先輩も蛇です。なんて言うんでしょう…雰囲気諸々、お二人は蛇のようです」
そういうと再びとろりとした顔でジュンコを可愛がり始めた。
残された全員は微妙な表情で、伊賀崎なりの誉め言葉だと五月は受け取ったようだが、不破は褒めたのか揶揄ったのかがわからず唸る。
ちょい、とくっついたままの上ノ島が五月を引っ張った。
「五月先輩、どうしてこちらへ~?」
その言葉に、五月は思い出したように上ノ島の頭から手を離し、片手に持っていた手鋤を持ち直した。
「忘れかけてたわ、あまりにも可愛い子が多すぎて…水仙を摘みに来たのよ」
思い出して言った五月に、不破は後ろに延びる毒草区域の境にある、白い花をつけた浅葱や野蒜に似た葉の花を見た。
その花は毒草区域の始まりに座して群生している。
見目はいいが独特の芳香が強いのに比例して、毒としてもかなりのものだ。
くのいち教室の生徒は花の見た目から冬や春になれば挙って水仙を使用するが、嘔吐性があり致死率は低い水仙の毒なぞどうやって使用するのかと不破には謎であった。
「水仙?僕も一緒に採ります!」
「嬉しい。けど一平君、手拭いを二枚ほど持っている?」
しゃがんで訊ねる五月に、上ノ島はへらりと笑う。
「持ってます!僕はこう見えてもい組なんですよ~!薬草園に来るのだから、用意はちゃんとしています!」
えへん、と胸を張って答える上ノ島に、佐武は難しい顔をする。
「手拭い?」
その質問に、上ノ島が眉を寄せて嫌なものを見る目で佐武を見る。
「…なんだよ」
「別にー?は組はこんなことも勉強していないのかな、なんて思ってないから!」
「思ってるだろその言い方!」
目を吊り上げながら怒る佐武に苦笑しながら、不破が自分の腰ひもに括りつけてあった手拭いを差し出して、優しく説明をし始める。
「まぁまぁ…ええとね、薬草園には毒草区域があるのは知ってるでしょう?薬草なら摘むにあたって何か特別な保護をしなくちゃいけない、という決まりはないけれど、毒草だと素手で触ると危険なものが沢山あるんだよ。だからなるべく手拭いなどを厚めにして手に巻き付けて摘み取るんだ。僕ら忍たまは頭巾で代用もできるね」
「へえ~!そうなんですか!」
怒っていたのが一転、キラキラとした目で不破を見つめる佐武に、上ノ島は「本当にわからなかったの」とげんなりしている。
どこか遠く、誰か若い男の声で「教えたはずだ!!」と叫ぶ声が聞こえたが、その場にいた皆は一様にスルーをした。
「流石、図書委員なだけあるのかしら。まあ五年生なら知っていて当たり前な知識だけど」
「はは…ありがとうございます」
褒められたのか皮肉なのかは解らないが、取り敢えずお礼を言っておこう、と不破は曖昧に笑って受け流す。
中在家がよく図書室で五月を相手にしていてやっていることだ。
それを見習ってきり丸も、五月の突拍子もない発言などには全て真剣に受け止めず、笑って切り返しているのをよく見ていた。
「さて、じゃお言葉に甘えて手伝ってもらってもいいかしら。虎若君もよければ一緒に」
五月は、きつい物言いから変わり、佐武へふわふわとした笑みを浮かべて自身の手拭いと頭巾を差し出した。
それに佐武は素直に手拭いを受け取り、頭巾は返す。
佐武が自分の頭巾を解いて手拭いを覆うようにして手へ巻き付けたのを見ると、五月は目頭を押さえて「男らしすぎてその可愛い外見との差にグッとくるわ…」と呟く。
「大丈夫です!僕もやります!」
「…はっ!…ええ、では行きましょうか」
歩みを一歩進めると、不破から声がかかる。
「先輩、私は孫兵と一緒に薬草園にいますので、終わり次第そちらへ向かいます」
「孫兵君と?まあ…別にいいけれど」
へらり、また眉を下げて笑った不破に、五月は「その笑顔はクセづいてしまっているのかしら」と思うが、特に口に出すこともなく、そのまま二人を引き連れて水仙の群生に向かった。
近付くにつれてその芳香は強くなる。
五月と手を繋ぎながら、上ノ島が何本ほど摘むのか訊ねれば、五月は7本程度、と答える。
それに反応したのは、1人駆け出して水仙の前でしゃがんでいた佐武だった。
「そんなに?!一本では足りないってことですか?」
丸い目をもっと丸くする佐武を見て、五月はニコニコと笑ってしゃがみ、水仙の根本に被る少量の土を優しく払いのけ、そこへ持っていた手鋤をザク、と差し込んだ。
「いるのは花ではなくて…」
ザク、ザクと掘り進めると、五月は手鋤を離して、頭巾越しに土の中へ手を差し込むと、中から膨らんだ根を引っ張り出した。
「この鱗茎が必要なのよ」
「りんけい??」
「根っこの事だよ馬鹿だなあ」
「いちいち一言煩い!」
「それを言うなら一言多い、だよ!」
佐武に教えるのはいいことであるが、上ノ島は妙に突っ掛かる物言いをして佐武を怒らせる。
一年生は特に担任の影響なのか、い組がは組を馬鹿にする気性の生徒が多い。
学年が上がるにつれて、それはあまり顕著にはならなくなるのだが、どうもこの世代を見ていると不安しか募らない。
五月は笑顔を浮かべながらも、ハイハイ、と二人の間に割り込み、「手伝ってくれるのでしょう?」と問えば、勢いよく頷き、我先にと手を動かし始めた。
先程の五月のやり方を見て学んでいたのだろう、上ノ島は五月と同じやり方で掘り返し、鱗茎を傷つけないように慎重にしている。
一方で佐武は先程見本を見せたにも関わらず、どしゃどしゃと土を掘り返し、水仙を引っこ抜く。
鱗茎に土が塊で引っ付き、一緒に持ち上げられた様は浮島のようだ。
慎重な動きはできない、と判断したが故のざっくりとした掘り返しだった。
性格が出るわ、と思いつつ、五月も掘り返し、あっという間に10本掘り返した。
「3本多く摘んでしまったけれど、まあ大丈夫でしょう!乾燥させれば次にまた使えるし、多いに越したことはないもの。二人とも、ありがとうね」
「いいえ!お役に立てたなら嬉しいです!」
「虫とかは良く触るけど、土いじりはしたことがあまりなかったのでいい経験になりました!」
ポンポン、と腰を軽く叩きながら伝えれば、上ノ島は嬉しそうに飛びつき、佐武は腰を反らして胸を張った。
微笑ましい一年生の喜び具合に、五月は自然と頬が緩む。
後ろから聞こえた足音によってそれは途端に無表情に切り替わったが。
「終わったのでこちらへ来たのですが、先輩達も終わったようですね」
「ふふ…ジュンコったら鬼灯なんて銜えて、お茶目さんだなぁ…どこで見付けたんだい?」
不破と伊賀崎が全く別の思考回路をしながら歩いてきた。
伊賀崎の首にするりと巻き付く赤蛇のジュンコはいつものようには鳴かず、だんまりを通している口には橙の鬼提灯をぶら下げている。
「肌の白い孫兵君に紅のジュンコちゃんに橙の提灯…絵になり過ぎて怖いわ…滝ちゃんに置き換えて想像すると、仏の元へ進んでしまいそうな程の身震いを覚えるわ…はあ…想像の美しさで昇天させられるだなんて私の弟はどこまで罪なの…」
ジュンコにうっとりする伊賀崎に、それを見ながら別妄想を立ててうっとりする五月。
先程まで腰に張り付いていた上ノ島も流石にこれには引いたのか、ひっそりと腰から離れた。
とても強くて綺麗で聡明で優しい憧れの先輩はどうも自分の弟が絡むと気持ちが悪くなる、と上ノ島は必死で憧憬の先輩の薄気味悪い現実を見ないようにするのに精一杯だ。
「はは…完全に自分たちの世界って感じだね。一平、虎若、作業は終わったの?」
「え…あ…はい!つい先程」
「五月先輩って、やっぱり変だよな…他はいいんだけどなー」
「ちょっと虎若!やめてよ五月先輩を悪く言うのは」
自分も少しばかり気持ち悪い先輩から現実逃避をしていたのは棚に上げ、言葉に出した佐武に上ノ島は食って掛かった。
「なあに?喧嘩はだめよ。孫兵君達も終わったのね。というより…何をしていたの?」
喧々という二人に気付いた五月は、妄想を終了させて仲裁がてら自分達と離れていた二人に訊ねる。
そもそも二人にくっ付いて佐武と上ノ島は薬草園来ていたはずなのに、自分の元へ来て大丈夫だったのだろうかと、引き連れておいて五月は心配になってきた。
薬草園には一年生のみでは入れないため、何か理由があって不破と伊賀崎についてきたのではなかったのだろうか。
「僕は孫兵にその毒蛇や毒虫の解毒薬、それと、毒虫や毒蛇たちへの毒になるものを教えてもらっていたんです」
「僭越ながら、先輩に僕の知識を伝えていました。生物委員である虎若と一平も朝の餌やり当番で一緒だったのでついでについてきた感じです」
不破と伊賀崎が、何の躊躇いもなく、穏やかに口を開けば、その内容はなんともあまり一年生にとって重要なものではなかった。
そのことに五月は少しばかり安堵し、次いで伊賀崎に教えを乞うていたという不破にチラリと目をやる。
「えっ、と…?」
五月にじっと見られて戸惑いながらもへらりと笑った不破に、あまり獲物を持っているイメージが湧かなかったが、その同じ顔をした鉢屋はやたら似合う。
五月は少し嫌そうに口を歪める。
「貴方の片割れが反り返った手持ち刀を使っていたと思うけど、それは使わないのかしら」
「反り返った…ああ、鏢刀ですか?一度だけ練習したのですが、どうも苦手で…僕は純粋に忍刀と手裏剣で実践任務に赴いてます」
五月と不破がその会話をしている下で、一年二人は目を輝かせて、自分達の得意武器について妄想半分で語っている。
「…でも、どうして孫兵君に…ああ」
「…わかっちゃいましたか?…そうなんですよ、今回ソレ系なので、毒虫野郎と言われている孫兵の力を借りたんです」
不破は頬を掻きつつ、下できゃいきゃい花を咲かす佐武の頭をポンポンと撫でる。
それを少しだけ気にしたが、五月は黙認し、伊賀崎の二つ名ともいえる「毒虫野郎」という単語に反応をする。
「まあまあ!孫兵君、毒虫野郎なんて言われてるの?!可哀想に…全く誰がそんな揶揄を」
最初に言ったやつを炙り出してやらないと、と息巻く五月を他所に、伊賀崎は少し頬を染めながら笑う。
「いいえ、五月先輩。僕、気にしていませんし、どちらかと言うとジュンコや大山兄弟達と同類だといわれているようで嬉しいです」
「…ああ、そう…それなら、いいのだけれど」
本人が嬉しいのなら、と少し毒気を抜かれた五月だったが、朝礼の鐘が鳴るのを聞くと、慌てて水仙を包み直し、佐武と上ノ島を目いっぱい抱き締め、伊賀崎とジュンコには頭を撫で、不破には少しだけ目で釈をしてその場を後にした。
「…ああ、戻られましたね。…さ、ジュンコ、僕達もご飯を食べに帰ろうか」
「旋毛風のようだったなぁ、誰かが平先輩を風に例えていたけれど、本当に風のような人だね」
「不破先輩は、綿毛のような人ですね!」
「え~?不破先輩は蒲公英だよ!」
「ええー…どっちも結局同じだと思うけどなぁ…」
後に残された四人はなんだか肩透かしを食らったような、少し寒々しいような、妙な気持ちのまま薬草園をのそのそと後にした。