姉上御楼上 2017/04了
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皆本へ会うために、珍しく一年長屋に向かっていた五月は、妙な音を一瞬聞いた。
ピン、や、ギリ、カタリ。
そのような音だった。
「……」
足を止めて、少しだけ耳を澄ませてみるが、特段何も聞こえない。
気のせいであったのだろうか?
そう思い、一足踏み込んだ。
ガチャリ。
金属と堅い木製具の重なる音がした瞬間、五月は一先ずその場から飛びずさった。
しかしそれがいけなかった。
飛び退いた先の床板が外れ、ポカリと暗い口を開けて待っているではないか。
その中に小さな光を見つけ、五月は慌てて空中で身を捩るが、そもそも浮いた状態での移動など妖怪でもない限り無理な話で、五月は少しだけ着地点からずれた先の板に腕を伸ばして支えようとしたが、結局床板の穴の縁に尻餅をつくように落ちた。
片足だけブラリと穴の中へ垂れ下がっただけに留めることができたのは不幸中の幸いだろう。
少し跳ねる心臓を静かにさせながら、ゆっくりと穴の底を覗いた。
「…落ちなくてよかった…」
その穴の中には高低差が様々な竹槍が無数に隆起していた。
しかも目を凝らさねば見えない程小さい針が、その竹槍の切り口から三本顔を覗かせている。
先程の小さな光は、これがたまたま反射したのだろうと考えた五月は、今度こそ本当に息をついた。
竹槍に突き刺さらず、切断面に器用に足をかけて逃げようものならこの針が足裏に突き抜けるようになっているのだ。
決して逃がさない精神の仕掛けは鑑とも言えるが、製作者の意地の悪さが見えているのは確かだった。
なんにせよ、本当に落ちなくてよかったと思う。
どうして学園にいるのにここまで肝を冷やさねばならないのだ。
「全く…悪戯の範疇を超えているわ」
一歩間違えれば、ではない。
完全に落ちた人間には死が待っている仕掛けを学園内、しかも一年生が通る一年長屋の廊下に作るだなんて、悪趣味だ。
こんなもの、かの大大名の屋敷でもあまり見たことがない。
「どうせ立花仙蔵に決まっている。こういった事には無駄に詳しいし」
ボソリと呟きながら立ち上がった五月の背後から、走ってくる音がする。
足音の軽さからして、下級生なのは確かだった。
くるりと振り返り、この仕掛けのことを教えてあげなければ、と五月は思っていたが、聞こえてきた言葉によって、瞠目した。
「さんちゃーん、ちゃんと作動したかなー!」
「どうだろー!でも、僕たちの設計に狂いはないし、きっと大丈夫だよ!」
五月は先程まで立花に心中罵詈雑言の嵐であったが、今度は一転、彼らが作ったのだと解れば彼らに対しての賛辞の嵐で忙しくなった。
バタバタと軽快な音を立てて、まず夢前が顔を出した。
「あれ!もしかして五月先輩がかかっちゃった感じですか」
驚いた顔をした夢前に、五月は口が上がってによによする。
次いで、笹山が現れて、これまた驚いた顔をする。
「え、無傷だ」
この言葉で、本当に彼らがアレを作ったのだと確信をした五月は、しゃがんで彼らより目線を下げる。
「…素晴らしいと思うわ。コレを作ったのは天才とも言える。けれど」
五月がするっと、横に並ぶ額に弱く弱くデコピンをした。
「い、たくないけど、気分的に痛い!」
「なんでですか~五月先輩~」
褒められると思い、揚々としていた二人は途端に眉を下げて五月へ訴える。
「ごめんなさいね。絡繰り罠自体は素晴らしいわ。作動床を踏んで、その場に仕掛けが来ると思った敵が逃げた先に、本来の罠を作るというのはよく考えたわ。実践であれば満点よ。ただの竹槍じゃないところも加点ね。ただね。作った場所が悪かったわ」
困ったように笑う五月に、二人は首を傾げる。
「場所?一年長屋の前?」
「何がダメ?だって僕らの部屋のすぐ前なんだし…」
「あのね、二人が絡繰りコンビなのは学園中のみんなが知ってる事実よ。だからと言って、避けきれるかもわからない一年生の長屋前にこんな危険な罠を仕掛けちゃいけないわ。避ける可能性がある六年長屋ならそれこそ私は何も言わずに花丸だったのだけれど」
そう言うと、五月は膝に手をついて「さて」と立ち上がる。
ぐるりと一度、先程ハマりかけた罠を見返していると背後から声が飛ぶ。
「でも五月先輩、僕たち絶対に避けれないような罠を作ろうって言ってこれを今回作ったんです」
「は組のみんなには作動板の目印も教えてあります。というより、は組のみんなは絶対に作動させることはないんです」
五月は、その高い声が叫ぶ内容に驚いてぽっかり空いた床板から目を外して振り返る。
「…え?」
「は組のみんなには、僕たちが危険な仕掛けを作ったら教えるようにしているんです。だから、本当に僕たち以外の…この長屋に住んでいる人間以外を排除するための仕掛けだったんです」
笹山が言う言葉はつまり、完全にこのは組の長屋を城と考えた実戦形式の仕掛け。
というよりも、自分達の根城を守るための仕掛けであり、つまりそれに五月が引っ掛かったのでこの仕掛け自体は大成功を収めたというわけだ。
敵である五月が穴に落ちなかったのは計算外だったようだが。
「五月先輩、五月先輩」
夢前がちょいちょいと五月の袖を引っ張り、穴に近付ける。
戸惑いながらも五月は大人しく従い、夢前と一緒に穴を見やる。
「仕掛けの設計とか発案は全部僕らです。けどこの竹槍は金吾と団蔵が。高低差を付けるよう提案したのは喜三太と伊助」
「その断面に仕込み針の提案をしたのは庄左エ門。その針にランダムに痺れ薬、眠り薬、毒薬とを浸み込ませたのは乱太郎ときり丸。それを手配したのはしんべヱ」
「実は先輩が後ろに下がったのでこの穴になりましたが、前に転がっていたら」
そう言うと夢前は笑顔で手前にある床板を勢いよく踏む。
すると数十歩先でダンっという高いくせに重く響く音がした。
「……まさか」
「そのまさかでーす。前に転がると仕掛け火縄銃が火を噴く寸法でした!」
「これは虎若が考えたんですよ~」
いえい、と全てを説明し終えて笑顔の二人に、五月は口元が引き攣る。
だってそうであろう。
なんせこの二人は今とんでもないことを話してくれたのだ。
二人の話から行くと、つまりこのとんでもなく殺傷能力のある性悪な仕掛けは、一年は組全員で作り上げたということになる。
まだ、一年生の彼らが、罠とはいえ敵を完膚なきまでの排除、つまり殺す目的で作り上げたのだ。
五月は彼らの将来が期待に満ちる反面、不安になる。
今でこの実践能力、団結力。
最上級生になった時にはどれほどの力をつけているのだろう。
彼らが卒業してプロ忍になった際には、どのような混沌が待っているのだろう。
「…凄いのね。一のはの将来が楽しみだわ」
その時、自分はどこで何をしているのだろうか。
皆目見当もつかないが、きっと彼らのように実践に近い生き方はしていないだろう。
先程の仕掛け罠も、避けるのでいっぱいいっぱいで、左腕じゃ自分の体重の安定も出来ず、縁に片足を突っ込んだ。
きっと秋穂であれば器用に避けたに違いない。
目を細めて、笹山と夢前の顔を眺め、なるべくなら安寧の日々を過ごしてほしい、と願いを込め、優しく頭を撫でる。
撫でられた二人は真意は解っていないだろうが、今度は褒められた事に喜び笑顔でその柔く細い掌を受け入れた。