姉上御楼上 2017/04了
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七日の安静を言い渡された五月は、長屋に返すと勝手に動くかもしれないということで七日の間は医務室で過ごすこととなった。
ツツジ達は納得したが、五月は不服を申し立てた。しかしそれは見事に新野と山本によって却下をされてしまったが。
七日目、やっと明日自室に戻ることになった五月は、冬も本番になった折り、綿を入れられた羽織を肩からかけ、医務室前の廊下でぼうっと庭を見る。
遠くからは男の子達の賑やかな声が聞こえてくる。
きっと一年は組だろう。昨日の保健担当であった猪名寺が今日は手裏剣術の授業があると言っていたのを五月は思い出す。
「…いいなあ…」
私も混ざりたいものだ、と五月は深く溜め息をつく。
「そうしていると老成したように見えるな」
「しね」
突然かけられた声に驚きもせず、五月は目線もくれずに辛辣な言葉を吐いた。
しねと返された立花は、苦笑をしながらも五月の左隣へ、少し距離を置いて座る。
勝手に座ったことに対して五月は眉をひそめたが、特に何も言わなかった。
「何をしにきた立花」
「見舞いに決まっているだろう。しかし保健委員は口が堅いな」
この七日の間、五月が医務室で寝泊まりしていることは、保健委員会と一部の人間しか知らなかった。
滝夜叉丸に知られるのを見越して、善法寺とツツジが箝口令を出したのだ。
その結託は堅く、見事に七日間誰も五月が医務室にいることはわからなかった。
五月も五月で気配を極限まで消して襖の向こうでじっとうずくまっていたので当たり前と言えば当たり前なのだが。
「誰が口を滑らせたんだ」
「伊作と言いたいところだがお前的には残念な知らせだな。下級生だ」
「そう。貴様が無理矢理聞き出したのだろうな。ほんと最低」
「…その、下級生が係わると全ての責を私達に押し付けるのをやめろ」
まあ、多少怖がらせたのはそうなのだがな、と立花は思うが口には出さなかった。
わぁわぁと一年生の声が聞こえる中、山田の怒声が流れる。
「山田先生も大変だろうな…」
五月が珍しく突っかかりもなく会話を繋げる態度を見せた。
立花は多少なりとも気分が上がる。
「そうだな。……腕はどうなんだ」
「…まあまあ」
「三反田が、頑張ってリハビリしていると言っていたが」
「貴様、数馬君に聞き出したのか。後で慰めてやらないと」
その言葉のあと、五月がゆるゆると左手を持ち上げた。
握ったり開いたりを繰り返して、立花へ掌を見せる。
「この通り。日常生活には何の支障もない」
掌を見せられ、きょとんとする立花へ、そのまま鼻っ柱にデコピンをする。
「いっ…!五月、貴様!」
「数馬君をビビらせた罰だ。それだけで済んでよかったと思え立花」
「…はあ」
鼻の頭を押さえながら、立花が溜め息をつけば、五月は眉を寄せる。
そこへ、すたん、と障子扉が開く音がして、二人は後ろを振り向く。
「五月先輩、あまり寒いところに出突っ張りは傷跡に障ります!」
ズカズカと川西が縁側に腰かける五月へ近寄れば、五月は困ったように笑った。
「左近君。ごめんね。少しのつもりだったの」
暗に、立花が来たせいだと含ましたが、当の立花はその言葉へ頷き、立ち上がる。
「私が長話で引き留めた。悪いな川西。ほら、五月、医務室へ入るぞ」
さり気なく差し出された手に、五月は素直に掴まる。
立花は瞬間的に口元が緩みそうになったが奥歯を噛みしめて何食わぬ顔を装う。
唯一驚きを前面に押し出したのは見ていた川西で、二人の顔を二往復ぐらい見比べ、目をまん丸にする。
当たり前と言えば当たり前だ。
普段から五月は親の敵のように、一部を除いて上級生には辛辣な態度で当たっている。
話し掛ければ喧嘩腰、寄ってくるようなら棒手裏剣を打つレベルの五月が、今、なんの嫌味も何もなく最上級生の立花の手を頼りに立ち上がったのだ。
川西の中で明日はとんでもない何かが起こるのじゃないだろうかという懸念がぐるぐるする。
「随分細くなったな」
立花は五月の手に視線を落としながら呟く。
確かに五月の手は以前と比べると筋肉が落ちてしまっていた。
「…当たり前だろう。リハビリ程度でトレーニングなんかしてないのだから」
「そうか…」
いいながらも、二人は目の前の医務室へ入っていく。
川西は二人の背中をじっと凝視する。
「左近君?」
「どうかしたのか?」
川西が入ってくるのだからと、障子扉を開けっ放しにしていた二人が、中々入ってこないのを気にして首だけで振り替える。
「あ、っ、い、いきます!はい!」
飛び上がるようにして正気に戻り、川西は医務室の入り口へ小走りになったが、慌てすぎて案の定、自分の足に引っ掛かり転んでしまったのは言うまでもない。