姉上御楼上 2017/04了

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滝夜叉丸の姉上
姉上





ぴゅい、と風が隙間を通った音がいくらか聞こえた。

ぴくり、と五月は反応し、素早くその場から跳び去る。
その寸瞬後、五月がいた場所へカカッと音を立てて棒手裏剣が打ち込まれた。


「…チッ」


五月は思わず舌打ちをする。

五月は歯を使って音を鳴らす。所謂矢羽根と言われる忍同士の会話だ。


『伝達が遅い』


その矢羽根に、数秒後、近くから返しがきた。


『仕方ないだろう。中々見分けがつきにくい』

『甘えたことを』


ざざ、と音を立てて、数本先の木から同じ学園の六年生、食満が現れた。

五月と食満は二人で、ある武家屋敷へ潜入し、巻物奪還の任務に就いていた。
陽動は食満、その隙に巻物は見事、五月の懐へ納められていたのだが、食満の陽動が思いの外長引き、数人の武家お抱えの忍に後を追われることとなったのだ。


「……っ」


五月が右斜め下へ短刀を投げれば、低い呻きが聞こえる。
これで残るは二人だ。

五月が目をぐるりと回して、一度木の幹へ落ち着き、音を聞いていると、食満の気配の方からどさりと倒れる音がした。

そちらの方へ向かえば、食満が立っている。


『残りは一人か』


矢羽根で確認をすれば、食満は無言で頷いた。

五月は口布を直し、気配を極限まで消して探る。
食満の息遣いが激しい。
学園までは後少し。
さっさと終わらせなければ体力も尽きる。


『食満、少し息を』


潜めろ、と言う言葉は繋げられなかった。

肩で息をする食満の背後、高い松の木から最後の忍が飛び出したのだ。
咄嗟に五月も駆け出し、ギイィンと鈍い音を立てて敵の忍刀を苦無で受け止める。


「っ、く」


重力を乗せた攻撃は思いの外重く、五月はズルリと下がる。


「たい、っ!」


思わず食満は名前を呼びそうになったが、寸での所で飲み込み、急いで体制を整える。


「邪魔だ!離れろ!」

「…くのいちか」


五月の声に反応し、敵の忍は一度距離をとってから再び踏み込んだ。
五月に怒鳴られ、食満は少し跳び退る。


「巻物は返して貰う」

「ふざけるな戯け!」


踏み込まれた攻撃を迎え撃とうとした五月は、何かに気付いて横一文字にしていた苦無を縦にしようとしたが、間に合うことはなかった。

どす、と音を立て、数枚の隠し手裏剣が五月の左肩と二の腕に食い込み、痛みに一瞬怯んだ隙をついて忍刀が五月を切りつけた。


「残念ね」


はらり、口布が舞い落ちる。

頭を引いて交わした五月は、忍刀を左手で握り止め、口角をにまりと引き上げて笑う。


「なに、を……!?」


くるりと回した右手の苦無を、そのまま忍の首めがけて突き立て、真横に引き裂いた。

びしゅ、と血飛沫が溢れ、断末魔もなく忍は生き絶える。


「平!無事か!?」


五月の後ろで様子を伺っていた食満が慌てて五月へ駆け寄れば、五月は呻きながら膝をつく。


「のろま……っ!い、た…」

「抜くな!血が溢れる!俺が担ぐから、大人しくしていろよ!」


こくり、無言で頷いた五月を抱え上げ、食満は急ぎ足で学園を目指した。



***



深夜の医務室で五月は綺麗に手裏剣を抜かれ、傷跡も縫われた。
縫合が終われば、新野は絶対安静を告げ、巻物を持って食満と共に学園長へ報告へ向かう。

医務室へ残されたのは五月と善法寺。

善法寺は巻かれた包帯を痛々しげに見つめてから、痛み止めの調合に取りかかった。


「…善法寺」

「うん?」

「動かしていいのは、いつからだ」

「…今は絶対ダメだからね。そうだなあ、……」


そこで、善法寺は少しだけ言葉に詰まった。

五月の腕に刺さっていた手裏剣には神経性毒が染み込ませてあったのだ。
それが左肩と左腕に刺さり、学園に帰ってくるまでの間に多少なりとも毒が回ってしまっていた。

傷自体は小さくなるとしても、後遺症が残るのは確実だった。
もしかしたら、と言う最悪の状態まで考えてしまい、善法寺は思わず唇を噛む。


「善法寺」


五月が促そうとしたとき、足音もなく、すたん、と障子扉が開いた。
そこには報告が終わったのであろう食満と、五月の同級生であるツツジと秋穂が立っていた。


「ツツジ、秋穂」

「怪我したって?」

五月ちゃん」


浴衣の間から見える、包帯が巻かれた肌を確認すると、ツツジは無言で五月の隣へ腰を下ろす。
秋穂は突っ立ったままだ。
食満が少し遅れて五月の足下へ腰を下ろしたかと思えば、がばりと土下座をした。


「と、留三郎?!」

「すまなかった!俺が、もっと周りを確認していれば攻撃に後れを取ることなく対処が出来ていたはずだった…!」

「やめろ」


額を床板にすり付けたまま、食満が謝罪をすれば、五月は不愉快そうに眉を寄せる。


「しかし!そのせいでおまえは」

「黙れ。私は任務を完遂したかっただけだ」


その言葉の後、突っ立っていたままだった秋穂がダンッと強く足音をたてて、土下座をする食満の襟首を掴み、無理矢理顔を上げさせた。


「秋穂!」

「おまえ、五月ちゃんに庇われたのか」

「…っ」


秋穂の目は瞳孔が開き、食満を睨む。
思わず五月が叫び、止めに入ろうとするが、ツツジに膝を押さえられて動けない。


「おまえが、五月ちゃんの怪我の原因か」

「…そう、だ…すまない」


呟くように、食満が謝れば、襟首を掴んでいた手を離し、素早く後頭部を掴んだかと思えば、勢いをつけて食満の頭を床板に叩きつけた。


「ぐ、あっ!」


食満の呻きが医務室に響く。


「留三郎!ちょっと秋穂ちゃん!」


慌てて善法寺が二人の間に入り、未だ床板に押し付ける手を外させる。
食満の額には薄らと血が滲んで、ぷくりと数粒の玉を作った。


「黙れ善法寺。私はこいつが許せない。五月ちゃん一人ならもっとうまくやれた。怪我だってしなかった。こいつを庇ったから五月ちゃんは」


食満を支える善法寺も押し退け、秋穂は食満の肩を掴んで首に手を伸ばす。


「やめなさい秋穂!」


響いた五月の声により、秋穂の手が止まり、食満の首を絞めることはなかった。
やりきれないような態度で、秋穂は荒々しく食満の肩を突き飛ばす。


「いい加減にして。仲間を護ることは当たり前のことでしょう」

五月、忍は任務を第一に考え、足手纏いは捨てるべきでしょ」


ずっと黙って聞いていたツツジが、ぽつりと言えば、五月はツツジを睨んだ。


「ツツジ、私が食満の立場だったら同じことを言うとは思えない台詞ね?」

「あんたと他は違うのよ」

五月ちゃん、男の忍は替えがいくらでもいる。でも優秀なくのいちは貴重だということを忘れないで!」


秋穂とツツジは、淡々と伝えるが、それに対して善法寺が反論する。


「…君たちにとって五月ちゃんがとても大事だということは良く理解してる。でも、僕にとっても留三郎はとても大事だ。替えなんて言葉で見捨てようとする発言は許せない」

「はあ?使えない奴を捨てて任務完遂するのは忍の本分だ!それが出来ない甘い奴なんていらない!」

「それだって、君達の言葉からしたら人によるって言ってるじゃないか!」


秋穂と善法寺が喧々と言い合う中、唇を噛みしめていた食満が、もう一度五月に頭を下げる。

五月は押さえるツツジの手を払いのけ、素早く膝付きで食満に近寄り、がん、と一発拳で頭を殴った。

その音に驚き、言い合う二人が思わず黙って食満と五月を見た。


「謝るなと言っただろう!私は貴様から謝罪が欲しいわけではないんだよ食満留三郎!一発殴った、これで相子だ!」

「し、しかし」

「黙れ!それとそこの二人!そういう話はプロになってから言い合いをしろ!今回のことに関して部外者が口を出すな!」


五月は肩を震わせ、荒い息で怒鳴り散らし終えると、右手で体を支えながら蹲る。

その剣幕に唖然としていた善法寺だが、蹲った五月を確認すると慌てて近寄り、体を支えて布団に戻らせた。


「だめだよ、動いたら!安静だって言ったよね!?これ以上毒が」


そこまで言って、善法寺はしまった、という顔で口を閉ざしたが、後の祭り。
秋穂とツツジ、そして食満までが身を乗り出して善法寺に詰め寄った。


「毒って何だ!!ちゃんと解毒はしたんだろうな!?」

「何毒なの!?痺れ?!神経!?それとも命に関わる…!」

「あの手裏剣だな!?あれに染み込ませてあったのか!?」

「わ、ちょ、ちょっと皆落ち着いて…!」


圧迫感から逃れようとした善法寺が仰け反り、一人でばたんと後ろ向きに倒れる。
その様子を見ていた五月が、息を整えてから、少しだけ笑った。


「…やはり。善法寺、腕は動くようには、なるのか?」

「いたた……え、やっぱり、って…五月ちゃん知ってて」

「当たり前だろう。私の体のことだ。…どうなんだ」

「そ、うだよね。うん、動くには、動くと思うよ」


善法寺の意味深な言葉に、五月は何かを感じたが、深く突っ込むことはやめた。

外野はまだぎゃあぎゃあと騒いでいたが、五月だけはじっと何かを考え、大きく深呼吸をする。


「食満、責任なぞ貴様にない。そういうのを持たれると私が重く感じてしまう。今まで通りに接しなさい。それと、ツツジも秋穂もこのことに関して食満を責めないこと」

「……」

五月ちゃんが、そう言うなら…」


ツツジは黙って目を瞑り、秋穂は渋々頷いた。


「あと…滝ちゃんには漏れないようにして。これだけは、最優先事項よ」


その言葉に、医務室はしんとし、誰ともなく深く頷いた。










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