姉上御楼上 2017/04了
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今日から学園は冬休みだ。
平姉弟は夏に帰れなかった分、三日間だけ帰省することになった。
荷造りの時と道中と、やたらと滝夜叉丸に構い倒して、五月はふくふくと幸せをため込んでいた。
途中で滝夜叉丸が疲れたと言おうものなら、駕籠を呼ぶだのと喚いた五月を窘めたり、山賊紛いがいちゃもんをつけてきようものなら問答無用で千切っては投げを地で行った五月を宥めたりと、滝夜叉丸は委員会時のような体力の消耗をしていた。
そんな二人がやっと郷へ帰り、馬鹿でかい邸へ足を踏み入れれば、父の従者がわらわらと現れ、五月達の荷物を運び、足を洗う。
そのまま奥座敷へ通された二人を待っていたのは、厳めしい顔をした父親だった。
「只今戻りました。父上」
「お久しぶりで御座います父上」
二人は正座をし、深々と頭を下げる。
こくり、と頷いた父、将継はもっと近くへ寄れと手招いた。
それに素直に従い、二人は腕一本ほどの距離に座り直す。
「よう戻った。変わりないな。二人とも相も変わらず綺麗な顔をしておる」
「大層なお言葉、身に余ります」
滝夜叉丸は慌てるように言葉を繋げるが、五月はふん、と鼻を鳴らした。
「当たり前です。滝夜叉丸の顔は世界で一等美しいのですから。滝夜叉丸を傷つける輩はこの手に掛けてしまいます故」
「あ、姉上!」
「はっはっは、そうだそうだ!滝夜叉丸の美貌はこの国一だからな!なんせ母の血を受け継いでおるのだ!」
「父上も!」
きっと学園の者がいれば、この親にしてこの子あり、だと思っただろう。
五月の滝夜叉丸の猫可愛がりは将継から培われたようなものだ。勿論、将継は娘の五月も猫可愛がりしている。
しかし弟の滝夜叉丸が生まれてからというもの、何を言っても「そうですか、でも滝のが可愛いです」としか返さなくなったため、五月を褒めることは少なくなった。
将継は、五月の性格は母の喜美に似たと嘆く。
「い、いいですか父上も姉上も!この滝夜叉丸、確かに見目が良く実技も座学も学年トップ、学園ではアイドルして君臨しておりますが、あまりそう諸手を上げて持ち上げられると困ります!」
「おお、やはり滝夜叉丸は学年トップか。流石は私の子だな。私も若い頃は」
「父上の話は結構です。滝ちゃん、心配しないで、持ち上げていても単純に滝ちゃんの素晴らしさについて喜んでいるだけだから、プレッシャーを感じることはないのよ」
「五月…」
語りたがりの将継は、五月に会話をぶった切られて打ちひしがれる。
「何を騒いでいるの?煩いわ」
そこへ、すぱん、と襖を開けて真顔で三人を睨みながら、母の喜美が現れる。
顔立ちは滝夜叉丸そっくりの、凛とした顔の喜美は、ぴしりと若紫の着物を着付け濡れ羽の艶やかな髪を高く一本で結んでいる。
さながら、滝夜叉丸が大人になればこうなるであろうと検討がつくような出で立ちだ。
「母上、ご無沙汰しておりました!」
「お帰りなさい滝夜叉丸」
「かか様、父上が鬱陶しいです」
「お帰りなさい五月。貴方、自分語りは止めなさいとあれほど伝えたはずよ」
すたすたと歩き、すとりと将継の横へ腰を下ろした喜美は、顔色一つ変えず淡々と言葉を発する。
それは滝夜叉丸が絡まない時の五月の性格や雰囲気にそっくりだ。
五月も喜美にだけは甘えを見せ、未だに母上とは呼ばず、かか様と子供時分のままだ。
「しかし、喜美…」
「いい加減に子供離れしたらどうなの。五月はもう大人、滝夜叉丸も通常なら元服の歳よ。学園にいる故遅らせてはいるけれど」
その言葉に、滝夜叉丸がぴくりと動くが、すぐに元の表情に戻した。
五月が横目でそれを見咎めるが、とりあえずは何も言うまい、と口を出さず、視線を両親へ戻す。
将継は情け無くも喜美の顔を伺うように話しているが、喜美はしゃんと真っ直ぐ子供たちを見たままだ。
「かか様」
「なあに」
「滝夜叉丸も私も、随分と歩いたので多少なりとも疲れています。故にご挨拶はこれくらいにして、自室へ戻らせていただいてもよろしいですか」
「ええ、そうよね。私には存じぬ世界。長旅だったのでしょう。夕餉まで自由にしていなさい」
その言葉を聞くやいなや、五月はさっさと立ち上がる。
「はい。滝ちゃん、行くわよ」
「あ、は、はい」
五月に促され、滝夜叉丸も慌てて立ち上がり、「失礼します」と頭を下げて奥座敷を出た。
***
自室、と言いながらも二人は同じ部屋に入り、くつろいでいた。
本当は別々に部屋が与えられているが、だだっ広い部屋に一人より、二人で一緒にいた方が安心するからだ。
「滝ちゃん」
「はい」
「何か、言いたげだったわね」
今度の実習で使う作戦の巻物に目を通しながら、五月は滝夜叉丸に問う。
戦輪を手入れしていた滝夜叉丸の手が止まり、数秒後にぎこちなく動き出した。
「気付いておいででしたか」
「滝ちゃんのことならなんだって気付くわ。きっとかか様の元服の話が刺さったのでしょう」
「…流石ですね、姉上は。私はいつも、姉上に見透かされている気がします」
溜息を吐きながら、滝夜叉丸は戦輪を床机の上に並べた。
「全然。見透かすことが出来ていたら私は苦労しないわ滝ちゃん。機微に気付くのは私が滝ちゃんを見ているからよ。可愛らしい眉が少しだけ不愉快そうに寄ったのを見たの」
「…母上は、やはり、未だ反対なのでしょうか」
滝夜叉丸はぽつりと呟く。
五月は巻物を放り出し、滝夜叉丸へ近付くと、後ろから抱えるように抱き締めた。
「かか様は正統な平家血筋の武家の出だし、父上も戦忍から突出した才によって大名取り立てされたわけだし、そりゃ平のお家を継ぐなら武家出世してほしいのだろうね」
滝夜叉丸の臍辺りでゆるく結んだ五月の手に、滝夜叉丸の手が軽く添えられた。
「華々しく散りたいわけではないのです。華々しく生きたい。散り際はひっそりと打ち捨てられて構わないのです。この滝夜叉丸は、生きて動いてこそ花があると、思っています。魂が抜けた肉体に用はありません」
「滝ちゃんの骸は打ち捨てることなんてしないわ。余さず私が持ち帰る。私は忍術学園で、戦う術を身に付けたのではないのよ。滝ちゃんを護るための術を身につけに行ったの」
添えられていた滝夜叉丸の手は、ぐっと力が入る。
「…姉上は、最初…侍となった私を護るために忍になるのだと仰っていたと聞いています」
「父上の口の軽さは異常ね」
「しかし、私が同じく忍になりたいと、言ったために、姉上は父上達に無理を通させたと」
滝夜叉丸の背中へ、額を押し付けながら五月は息を吐く。
「口が軽すぎるだろ父上。もう何も言ってやらんぞあのハゲ親父」
「私は」
「ねえ、滝ちゃんは忍として凄い才を持ってる。それは憎からず父上の血よ。持て余すのは勿体ないわ。滝ちゃんが戦忍として華々しくいくのであれば、私は陰から護りたいの。滝ちゃんには滝ちゃんの夢をちゃんと叶えてほしいから」
そこまで、五月が伝えれば、滝夜叉丸がごそりと動き、正面から五月を抱き締め返した。
五月は驚いた顔をするのも束の間、すぐに緩みきった顔になる。
「わた、しは、私は、姉上が一等好きです。だから、私も、姉上には姉上の夢を叶えてほしい。卒業後、姉上は私にばかり構っていられるわけではなくなるのでしょう」
緩んだ顔から一転、すぐに五月は滝夜叉丸の肩を掴み、引きはなす。
滝夜叉丸の目は、不安に揺れている。
「なにを」
「以前、姉上は中在家先輩とのお話をしてくださいました。それ以来私は何も聞こえぬ知らぬふりをしてきましたが、卒業後はきっと、中在家先輩と一緒になるものだと思って過ごしていました」
「た、滝ちゃ」
「それに関して文句は言いません。寧ろ姉上が女の幸せを掴むのであれば何も言いません。私が言いたいのは…私に遠慮しないでください。私を幼子のように扱わずとも私は大丈夫です。それと、例え戦が多い城へ就職したとしても、私の預かり知らぬ場で死なないでください。必ず中在家先輩の前で、最期は遂げてください。私の前でなくとも…いい、のです」
すらすらと話していた滝夜叉丸は、徐々に言葉尻を弱くし、終いにはふるりと泣き出した。
「滝、滝ちゃん、…滝夜叉丸…私の可愛い弟、最愛の半身。私は滝夜叉丸が大事。これは依存だと、よく理解している。貴方が生まれたとき、何故か私は三日三晩寝込んだらしいわ。初めて貴方が笑顔を見せたとき、私は目覚めたらしいの。憑き物が落ちたかのようにすっきりとした顔で、開口一番、滝は何処と訊ねた。貴方と私は不思議な縁で結ばれている」
五月は、落ちる涙を親指で掬い取り、滝夜叉丸の頬を優しくなでる。
「私たちが普通の姉弟じゃないことくらい、理解していたわ。そもそも家が異常ですもの。本来であれば後北条の姓を分けていただいて分家筋になるはずなのに、かか様の勝手で先祖返りをして姓を平に改めて奔出した。私達はみんな、異常だと周りから言われていても、それを止める術なんて知らなかったの」
「あ、ねうえ…っ」
「でもね、家のことは一先ずとして、あの学園で初めて、長次君が、姉弟仲について口を出さなかったのよ。それも一つの愛情だろうって。それからゆっくり時間をかけて、私は長次君と仲良くなった。きっと世間では恋仲と言われる間柄なのでしょうけど、学園にいる間は三禁を護りたい。だから私たちは恋仲じゃない。別にそれを補うために滝夜叉丸に対して引っ付いていたわけではないことも、理解してね」
こくり、こくりと滝夜叉丸は頷く。
五月は穏やかな顔つきで滝夜叉丸の頭をなでた。
「前ね、風邪を引いたとき、滝夜叉丸を一心に求めた時があったでしょう。朦朧としながらも、私、長次君に後ろめたさを覚えたのよ。けれどね、その時お見舞いに来てくれたとき、長次君は何にも怒ってなかった」
「ふつう」
「ええ。怒るでしょうね。長次君はね、…弱っているときは身内に甘えたくなるものだろうと…私が依存のことを伝えたときも、二人だけで落ちてしまい、どうにも這い上がれなくなった時は私が助けるって…底に落ちるまで依存しあってしまっても必ず手を差し伸べると」
五月はその時のことを思い出したのか、少しだけ目を潤ませながら、ふにゃりと笑った。
「…っ、な、かざいけ…先輩は、っ、…ぅ…」
「ふふ、馬鹿よね。本当、大馬鹿者で、甘やかしたがりで、男らしい。私には勿体ないくらいよ」
滝夜叉丸の言葉を受け取り、五月が繋げて笑えば、滝夜叉丸も薄く笑みを浮かべる。
やっと笑った滝夜叉丸に、五月も一段と笑みを深める。
「滝夜叉丸……私が卒業しても、貴方は貴方のままでいてね。私も絶対に変わらない。何処にいても、心の一等は滝ちゃんのものよ」
「姉上、そこは、…いつかは、中在家先輩にしてあげてくださいね…」
ころころと笑う滝夜叉丸に、五月も一呼吸置いて珍しく快活に笑い飛ばした。
(さて、かか様達にちゃんと伝えなければね)
(中在家先輩のことですか?)
(それもだけれどね)
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捏造回。父は平将門から捩り、平将継(まさつぐ)。母は正室の君の御前から捩り、喜美。
滝が五月姫をイメージされていますので、この設定も平将門家を引き継いでいます。
戦国期になれば将門の息子が後北条の血筋になっていくのですが、喜美様はどうにも高祖父の影響を色濃く受けているようで、先祖返りして苗字を平に改めて分家別れをいたしました。