姉上御楼上 2017/04了
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今食堂に噂の平五月さんが来た。
本当言うと前も一回見てるけど、その時は同級生に味噌汁ぶっかけられた事でくのたまの事なんてぶっ飛んだ。
彼奴マジ許さない。不運なのは彼奴の方な筈なのに何故俺が。
今度落とし穴にハマっても助けてやんねえ。絶対。
いや、味噌汁事件とかどうでもい…いやよくないけど、今はいい。
話題は五月さんだ。
名字から連想も出来るけど、本気と書いてマジと読むレベルで本当に滝夜叉丸先輩の姉らしい。
確かに顔立ちは血筋なのか、綺麗な顔してる…あれだ、滝夜叉丸先輩の顔を垂れ目にさせてほんわかさせた感じ。うん、そんな感じ。
似てるんだけど反対の顔というちょっと面白い感じだ。
あれ、俺感じ感じうるせぇな。
決してこれは俺に語彙力がないんじゃない。
今ちょっと眠いから働かないだけだ。
朝早くから伊助のアホが「大掃除ですよ!」とか言うから悪い。何処のって、煙硝炉のだよ。しかも二人で。本気でアホかと思った。
曰く、「わざわざ朝早くから先輩達を起こすだなんて悪いじゃないですか!もしかしたら夜は忍務だったかも知れないですし」とか言ってた。
おいちょっと待て、俺は。俺も一応先輩なんだが。いや、一応じゃねぇ、かなり先輩なんだが。
あれ、かなり先輩ってちょっと自分で言ってて意味が分からない。これ俺ダイブやばい。
そんなアホの伊助と渋々落ちてくる瞼と戦いながら大掃除を終えて、朝の授業も実技も受けて、やっと昼飯!って時が今まさに。
割と本気で眠いし、何でアホの伊助はわざわざ俺を巻き込んで今日大掃除とかし始めたのだろう。
もうすぐ年の瀬だからか。知るかよ俺の部屋ですらまだなんもしてねぇっつーの。
あっ、だめだ今悪寒。これ伊助の悪寒。伊助のオカンじゃない、彼奴はオカンだけどオカンじゃない。
これその内俺の部屋も大掃除ですとか言って殴り込みに来そうなパターンだ。
全力で迎え撃たなきゃいけない奴だ。
くっそ、頑張れ俺!
「五月さーん、一緒にご飯食べませんかー?ここあいてまーす」
「食べないやめて近寄るな、ちょっと滝ちゃんは何処なの」
自分で自分を鼓舞してると、その五月さんがトレーを持ってウロウロしているのを見つけた。
どうするんだろう、と見てれば、五年生の尾浜勘右衛門先輩が五月さんを呼んだ。
あ、箸持った方の手を振って呼んだからか、奥の席の立花先輩が睨んだ。あの人そういうの、煩そう。
呼び込んだ尾浜先輩に凄い拒絶を露わにして、五月さんは踵を返すが、一足遅く尾浜先輩に手首を掴まれていた。
トレーががたってなって五月さん今舌打ちした…やばい弟好きってことしか知らなかったけど、五月さん案外黒いのか…?
いや、四郎兵衛からの話じゃそうでも、ないはず。多分。
でも四郎兵衛のことだからなぁ、あいつ悪い人でも「話せばいい人なんだな」とか言いそうだ。
だからやっぱり四郎兵衛の五月さん像は打ち消そう。
「滝夜叉丸はおつかいでいませんよ。席には俺と八と兵助がいますし、食べましょうよ」
「おつかい?何それ聞いていない。此処最近学園長は滝ちゃんにおつかい頼み過ぎじゃないか。此処に暇そうにしている奴らがいるというのに。そもそも、今挙げた名前全部五年生だろう。むさ苦しい癒しがない考えられない」
「おっと、忘れてました生物委員会の後輩、一年の初島孫次郎もいましたね」
「何処よ案内しなさいな尾浜君」
「はーい、こっちでーす」
俺は今とんでもない誤解をしていたのかも知れない。
あの五月さん、弟盲目だとは思っていたが低学年好きっていうのも事実だった。
だから四郎兵衛が「いいひと」発言したのか。低学年には優しい人なのか。
現に見て見ろ、一年がいるって聞いた瞬間に尾浜先輩への扱いがころりと変わった。
つーか席!俺の前の長机!!
竹谷先輩と孫次郎が並んで座っていて、竹谷先輩の前に久々知先輩が、そして隣に五月さんを無理矢理座らせてその隣に尾浜先輩が座った。
途端に五月さんの横顔が険しくなる。
「…何で貴方達が隣なの」
「えー?初島は人見知りするから同じ委員会の八の隣のが落ち着くでしょ」
「ならば私が孫次郎君の右隣に行くわよ」
がたりと立とうとした五月さんの肩を押さえて尾浜先輩は笑う。
先輩に挟まれると緊張しちゃうでしょーとかなんとか、さも当然みたいな顔であっけらかんと言った尾浜先輩。
なにあの人怖い。俺絶対敵に回したくない、いや、そんな予定もないけど。
すると今まで黙っていた久々知先輩と竹谷先輩が、「あの」と声をかけた。
おい、なんか久々知先輩すげー緊張してない?カチカチじゃない?
頑張ってください我らが委員長代理!
「ご、御存じか図りかねますので、一応自己紹介を…五年い組の久々知兵助です」
「五年ろ組の竹谷八左ヱ門です、よろしくお願いします」
「そう、五年生って事しか知らなかったから助かるわ。名前は聞いたことはあったのだけれどね、顔と一致しなくて。そう、貴方が久々知…と竹谷」
意味ありげに小さく久々知先輩達の名前を繰り返した五月さんは、二人をジロジロと見る。
それは何処か値踏みをしているかのようで、多分その視線を浴びせられたら居心地悪いんだろうなぁ、って思った。他人事だからさして同情しないけど。
「…貴方が、ねぇ…まあ、顔はいいのかしら。よくわからないけれど。私の基準は滝ちゃんだから、滝ちゃん基準で言ったら久々知は上の方かも知れないわ。それでも滝ちゃんの足元にも及ばないけれど」
「あ…はあ…え?」
「兵助褒められてるんだよ。五月さんの中で滝夜叉丸は絶対不動だから」
いや、判りづらいと思います尾浜先輩。
久々知先輩の反応普通だと思います。
「ろくちゃんに手を出したら殺すから覚悟しなさいよ久々知。それより孫次郎君相変わらず可愛いわね…私の小鉢あげるわ。なにがいいかしら」
「え、あ…いいですよう…もうお腹一杯ですう…」
「ろくちゃんって誰なのだ勘ちゃん…」
「くのたま二年で俺の後輩のむつきちゃんだよ。六月って書くからろくちゃんって呼んでるんだと思うよ」
「ああ、六月ちゃんか…兵助手ェ出したのか?」
「出す訳ないだろ!」
初島が口を手で押さえながら断れば、とてつもなく残念そうな声で五月さんは手のひらに乗せていた小鉢二つをトレーに戻した。
ぎゃいぎゃい騒ぐ五年生は途中でガタッと言う音ともに三人とも机に顔を近付けて黙った。
なに、なにがあったんだ。
五月さんが多分何かしたんだろうけど、こっちからはよくわからなかった。
初島もキョロキョロしている。
「…、五月さん、挟んで騒いだのは悪いと思いますけど…脛はダメですってば…!」
「貴方達の声で孫次郎君の囁かな可愛らしい声が聞こえにくかったのよ。自重しなさい」
竹谷先輩は目の前だからか、諸に入ったんだろう、涙目だ。そもそも一瞬で三人の脛蹴るってどういうことなんだよ、上級生怖い。
つーかなんで六月のこと尾浜先輩知ってんだろ…って、あっそうか、六月は学級委員長委員会だったか。久々知先輩に釘を刺すって、五月さんはどんだけ六月のことが気に入ってるんだ。
あと、誰も突っ込めないから心の中で言うけど、自重するのは五月さんだと思う。
「孫次郎君孫次郎君、ねぇ……五月さんは本当に低学年好きなんですね」
尾浜先輩のボソリとした声が聞こえて、初島はびくりと肩を震わせて、ちょっと湯飲みをキツく持った。
俺もちょっと怖かった。だって尾浜先輩声低かった。
竹谷先輩もびっくりして目が真ん丸だし、久々知先輩も…ごめん、久々知先輩は普通に冷や奴と戯れてた。
全然尾浜先輩の話聞いてなかったんですね、久々知先輩…いや!此処は我らが火薬委員会委員長代理!聞いてなかったのではなく、あえて聞かなかったんだ!
そうだそうだ!やめろ、涙目なんかになってない!
「…何が言いたいのかは知らないけれど、寧ろ知ろうとも思わないけれど、誤解しないでほしいのは一番は滝ちゃんだって事よ尾浜」
「そこは、さすがに念頭にありますって」
「あ、あのう、…五月先輩…ボク、今日風呂焚き当番なんです。だから、もう行きますねえ」
初島が会話をぶった切って言えば、五月さんの顔もぱあっと明るくなった。
あのタイミングでよく横入りしたな…初島お前はすごい、かもしれない。
一年だけどろ組だし、まあ、うん、生意気じゃないだけマシだな。
「行きましょう!私が手伝ってあげるわ、薪割りは終わったの?まだなら私もやるからね」
「え、ええー…ありがとうございまぁす…」
五月さんは立ち上がると、片手に食べ終わったトレーと、片手に初島の手を引いて、揚々と出て行った。
少し静かになる五年生だけが取り残された席に、見計らっていたかのように立花先輩が現れて、空いた竹谷先輩の隣にすとりと座った。
竹谷先輩は突然の立花先輩に顔面蒼白で、凄く面白い顔になっている。いや、俺も同じ立場だったら喉にこんにゃく詰まらせてた。
立花先輩はにんまりと口だけ笑ってて、目は全然笑ってない。
その顔を目の前の尾浜先輩へ向けて、腕組みをした。
「楽しげな会話が聞こえてきてな。尾浜、私も貴様が何を言いたいのか判らないので、教えてほしいと思ったんだが」
すげー怖い立花先輩に、尾浜先輩も姿勢を正さずゆるゆるの体制のまま答える。
「…盗み聞きとか立花先輩らしくないですね。私の言った意味、立花先輩なら判ると思うんですけど。あえて知らないふりですか?それとも、私に言わせたいんですか」
「…ほお、貴様、私相手にのし上がるつもりか?」
「言っときますけど、私も立花先輩もスタートライン同じですからね。寧ろ、中在家先輩がいる限りほぼ勝ちは見込めませんけど…まあ、つけ込む隙はあるかなってくらいで」
「ふん、長次は行動に移すまい。押せば落ちる奴でもないのは判っているが、奴の場合押さねば何も始まらないからな、低学年をダシにして誘い込むほかないのが気に食わないが…それよりも、それが貴様の手口と同じという方のが気に食わんがな」
「私は戦線同盟なんて組みませんからね。嫌ですよ、敵が増えるの」
「私とて貴様なんぞと手を組むつもりはないわ」
ヤバイヤバイヤバイ。
立花先輩と尾浜先輩の攻防戦マジ怖い。
尾浜先輩の顔は判らないけど、立花先輩ずっと口角上がったままで目はマジって本当怖い。
久々知先輩は、あ、流石に二人のやりとりは聞いていたよかった。でも竹谷先輩と一緒に真っ青になってる。
そりゃそうだろう、だって同級生があの立花先輩に真っ向から口争いしてるんだもんな。
俺なら土下座する。いや、俺達二年は上に逆らうことは中々しないけど。
お二人はなんの会話をしてるんだろうか。
なんかふわっと五月さん絡みな気はするし、一瞬中在家先輩の名前も聞こえた。
それと物騒な、低学年をダシにしてって言葉が怖すぎる。
俺達なにされるの、いや、立花先輩も尾浜先輩も実質俺の直属の先輩じゃないから其処まで気にはしないけど、それでも怖すぎる。
だって五月さん絡みなんだろ?多分だけど。
それなら、ほら、滝夜叉丸先輩の流れで四郎兵衛は絶対巻き込まれる。
そうなると俺達二年も流れて巻き込まれそう。マジ怖い。
「な、なあ、勘右衛門…なんの話…」
「た、立花先輩もちょっと雰囲気が、その、食堂には似付かわしくないと思います…が」
恐る恐る声をかけた久々知先輩と竹谷先輩。
くるりと、同じタイミングで立花先輩達が二人をみると、すっと重い空気が発散した、気がする。
「ハチにはまだはやいかなーってか、追々判ってくると思うよ。なんだかんだハチも兵助も鋭いし」
「悪かったな。無駄話をした。私はこれでお暇するが、…尾浜、言いっこ無しでいくぞ」
立ち上がりながら立花先輩が言えば、尾浜先輩もこくりと頷いた。
「おい!三郎次!何してんだよ早く手裏剣とりに行くぞー!」
上級生をずっと観察していれば、ふいに開け放してあった食堂の勝手口の方から左近が声を張り上げた。
「ああ!今行くから待ってろ!」
俺は急いで残っていた煮っ転がしをかきこんで、食器をかたして駆けた。
煮っ転がしは冷たくなってしまっていたし、上級生達の会話で俺の背筋も少しひんやりしていた。
だってよく考えたら、さっきの先輩達のやりとりって、つまりそういうことだろ。