花車

名前変換

なまえせってい
無変換だと本名は千鶴(ちづる)、審神者名は花車(はなぐるま)になります。
審神者名
本名
審神者あだ名



――文月某日



いくつかの駅を過ぎてようやく、花車達は目的の駅に降り立った。

駅前は祭りの雰囲気でどこか浮足立っているように賑々しい。ロータリーから延びる主要道路沿いに立ち並ぶ家屋を見ると、確かに小京都と称されることはあって、昔ながらの中二階のような日本家屋が並ぶ。駅前のレンタル自転車の看板を視界に入れつつ、花車が地図看板で現在地と方向を確認する。


「このまま南に行けば小学校につくっぽい」


腕時計で確認すれば時間的にもよいころ合いで、周囲を見渡しつつも早々に足を進めて学校を目指す。

鶴丸がどうしても撮ると言うので、蒸気機関車と並んだ鶴丸を携帯のカメラで撮った。鳴狐も大倶利伽羅も別にいいというので、蒸気機関車単体をもう一枚撮って駅から離れた。

ここから数十分でつくとはいえ、土地勘がないのだからその通りとは言えない。
時折行き交う地元住民の車をじっと見ていた鶴丸が、今度はぼそりと「運転してみたいもんだぜ」などと言うのが耳に入ったが、花車は聞こえないふりをしてズンズン進む。
運転免許がないのは勿論、今は大人しいが基本的に楽しく派手で驚きのある日常が好きなスタンスの鶴丸に、運転をさせるなどと恐ろしくてできない。乗るならセグウェイぐらいにしておいてくれ、と思いつつそんなことを提案しようものなら「本丸に取り寄せてくれ」など言われかねないので黙っておく。

街中から祇園祭の音が聞こえるのは、博多や京都と同じだと花車は思う。
こうやって祭り行脚ばかりしているからか、ここ最近は耳にお囃子の音がこびり付いている気がするが、嫌な気はしない。

森鴎外の墓という標識を見つけて、「最近読んでないなぁ」と花車が呟けば、「作家さん?」と鳴狐が訊ねた。


「そうそう。大正か明治か忘れちゃったけど、その辺りに活躍した文豪さん。舞姫とかは学校の教科書に載ってたなぁ…内容忘れたけど」

「なんだ、その割には名前を憶えているじゃないか」

「舞姫は記憶に残ってないけど、高瀬舟はちゃんと読んだっていうか、買ったもん」


鶴丸がなるほどと頷くと、鳴狐が内容を訊ねる。
それにざっくりとしたあらすじと個人的な感想を添えて話していると、いつの間にか景観の素晴らしい橋に差し掛かり、大倶利伽羅と鶴丸が自動販売機でこれまたいつぞやかの光忠のように、スムーズに全員分の飲み水を購入した。

500のペットボトルなどすぐに飲み切ってしまうほどの暑さの中、中身が半分以下になった頃に、なまこ壁で囲まれた小学校が見えた。
人もたくさん増えて、狭い道のいたる所でカメラを構えている人たちがいる。年配の人々が多いなか、若い人もちらほらいるが、それが地元住民なのか花車達と同じ観光旅行者なのかは判別はつかない。


「結構人がいるもんだな」

「ね。私、今の仕事し始めて検索して初めて知ったけど、結構大きいお祭りだったんだね。知らなかったのヤバいかなぁ…恥ずかしいなぁ…」

「…興味がなければ、そんなもんだろう」


大倶利伽羅の素直なフォローに感激していれば、子供たちの声が賑やかに聞こえてきた。

慌てて校門まで走り寄り、校庭を確認すると数十名の女児達が白い鷺に扮して整列し、お辞儀をしている。
パチパチという拍手の後、静かにお囃子が流れ始め、子鷺舞が始まった。

ちょこちょこと動くたびに頭の鷺頭が揺れる様がかわいらしい。
夏の日差しの中、白と赤の千早姿が眩しく光り、袖や裾についた小さな鈴達がしゃんしゃんと軽やかで高い音を奏でる。


「かわいー…鷺の羽より、蝶々の羽みたい…かわいい…しんどい…ヤバいなんか涙腺死にそう」

「白と赤はやっぱり映えるなぁ…なあ、どうして鷺なんだ? 鶴じゃダメだったのか」


鶴丸の素朴な、というよりだいぶ個人的干渉が入った疑問に、鳴狐が自分の携帯を操作しながら答えた。


「…調べた。カササギが本当らしいけど、コレの始まりだった京都にはカササギがいなかったから、サギのことだろうってなって鷺舞になった、らしい」


鳴狐のざっくばらんな答えに、鶴丸は鼻を鳴らしながらお礼を言うが、いまだ納得しきれないのか不満げな顔だ。
「鶴のほうが縁起がいいだろ、なあ?」と大倶利伽羅に絡んで「うるさい」と一刀両断されている。


「へえー! ありがとうナキくん。私も知らなかった。そっか、カササギ…ってことは七夕が関連するのかなぁ」


校門付近で静かにやりあう二人をしり目に、鳴狐と花車が携帯を二人で見つつ子鷺舞に視線をやっていると、隣のテントにいた老女が近づき、缶に入ったお茶を二本、差し出してきた。


「え、あ、ありがとうございます」

「……ありがとうございます」

「どうぞ。あつぇだらあ、おえなおえな来てくれてだんだんなぁ」


老女の言葉の大半が花車には聞き取れなかったが、何となくで察して「いえいえ、こちらこそ」と返す。
鳴狐は横で静かに気配を消して、なるべく自分に話しかけられないようにしようと、花車の陰に徐々に隠れていった。

缶に出来た汗に手を濡らしつつ、貰って飲まないのも悪いので、プルタブを開けて一口飲む。
見たこともない缶のデザインで聞いたことのない社名が入っていた。この地方の地元企業のものだろう。


「鷺舞見に来てくれたんだらぁ? わけぇんしは中々興味がなぁのに珍しぇわねぇ」


随分早口、に聞こえるだけで、多分話す速度は通常通りなのだろう。
方言は文節を略す傾向にあるため、ワンセンテンスが短く聞こえるせいで早口に聞こえてしまう。
博多の時も方言だったが、今回はあまり聞き馴染みのない山陰の、しかも高齢者。若い人の使う方言はまだ判りやすかったりするが、高齢相手だとそうもいかない。

曖昧に笑う花車に気付いた老女が、「すまんなぁ」と困ったように笑った。


「話すんがちがぁのよねぇ。孫からもよう、わからん言われぇのよ」


老女の気遣いに、心のどこかが突かれた気がした花車は「こっちこそ、すみません」とほんの少し大きな声で返事をした。


「鷺舞を見たいと思って津和野に来たんです。こちらの方言を少しでも勉強してこなかった私が悪いんです」


老女の目を見て、しっかりと言い放った花車に、老女は目を丸くする。
そして寸瞬後、その目じりの深い皴を濃くして「ええ彼女やなあ」と大らかに笑った。

驚いたのは花車のほうで、「彼女?」と繰り返すと、老女も「恋人同士で来たんだら?」と首をかしげる。

その言葉にようやく合点がいった。
花車の後ろに潜むように立つ鳴狐と花車の二人で来ていると思っているのだ。老女には少し後方で会話をしていた大倶利伽羅達が連れ合いだとは思わなかったのだろう。
鳴狐が首を横に振ったのと同じくらいに、花車達のもとへ二人が寄ってきて、鶴丸が花車の肩を組んだ。


「うわ、ちょ、あつい!」

「ようお姉さん。俺たちも一緒に観光に来たんだ。なんだ、ほら」

「……大学仲間だ」


鶴丸の言葉を引き継いで大倶利伽羅が答えれば、驚いていた老女も納得がいったように何度も頷いて、鶴丸達にも缶のお茶を差し出した。


「お姉さんやなんて恥ずかしぃえ。あんたからすらぁ、おばあちゃんだが」

「お。そうか、確かにそうだった」

「ははは、なんね面白い人だなぁ」


鶴丸と老女は和やかに話しているが、ボロが出そうで出ない会話に花車は内心冷や汗が止まらない。

子鷺舞を心に留めておくつもりが、鶴丸のせいで冷や冷やしてなんにも入ってこない、と花車が思っていれば、ひっそりと大倶利伽羅が動画を回していた。帰宅したらゆっくり見させてもらうことに決めて、少しだけ心が落ち着いた。


「あれ、ほら、あそこにおぅのがうちの孫だが。えっちかわえぃだらぁ?」


指を向けた方向には子鷺舞の後方端で踊る女の子だ。
暑い中、隣の女の子よりも一回り程小さい体格で顔を真っ赤にして頑張っている。


「わしのほんそごよ。かわえかろ」

「お孫さん、子鷺舞に参加されてたんですね…確かにめっちゃくちゃ可愛いです!」


もう意味が分からない方言は聞き流すことにした花車は、聞き拾える範囲の単語だけでスムーズに会話を再開する。

鶴丸に回された腕が暑いのなんので、無理矢理にどかせば「つれないな」などとうそぶくので、初めてここで腹辺りに軽い肘鉄を食らわせた。
本当は肩パンがしたかったが、身長差のせいで肩パンはわざわざ腕を上げてすることになるため、そんな無意味な労力は使いたくなかったが故の肘鉄。
痛くもないくせに「いたいいたい」と笑う鶴丸に、眉を寄せて「いー」と口を横にした花車を見て、老女が楽しそうに笑う。


「ほんまに仲がええのねぇ」

「そうだろう。俺たち今はめちゃくちゃ仲良しだぜ」

「ねぇやめて、含みのあるっぽい言葉使わないで。…子鷺舞って参加自由なんですか?」


無理矢理に会話を軌道修正した花車に、ほんの少しだけ背後にいた鳴狐と大倶利伽羅が「ふ」と笑いをこぼした。

花車からの質問に、老女が丁寧に子鷺舞のこと、大人がやる鷺舞のことなどを詳しく方言言葉で解説してくれたが、話の半分は意味が理解できず、花車は自分の不勉強を呪った。
老女も最初はなるべくわかりやすい言葉を選んで話していたようだったが、どんどん話が進むにつれて訛りが強くなり、最後は少し離れたテントから友人も混ざっての地元民による講習になってしまい、なおさら訳が分からなくなった。

なんにせよ、地元民にとってはこの鷺舞神事は誇りのようで、京都では廃れたがこちらではまだやっているという自慢があるのだとか、そういった話がちらほら何度も会話に混ざっていた。
そのおかげで大半方言ではあったが、鷺舞神事について最初よりもグンと理解した花車は、何度もお礼を繰り返した。

子鷺舞が終わるのと同時に、彼女たちが先導の神輿と男衆達とともに津和野の町に駆けていく。
後方列にいた孫が老女に小さく手を振ったかと思えば、自分の祖母の横にいる若い男女グループに驚いて目を丸くし、恥ずかしそうに顔を下げて過ぎ去っていった。

その恥じらいの姿に花車が可愛い可愛いと褒めそやせば、老女も自慢げににんまりと笑顔になって何度も相槌を打った。

今からは街中10地点近くで子鷺舞を披露し、親鷺も一緒になって舞う。そして本命の神社での舞奉納が行われる。

花車達は舞奉納まで津和野をのんびりと巡りつつ、親子鷺に合えばラッキーぐらいに思っていることを伝えれば、老女達も「楽しんできてごしなぃよ」と送り出してくれた。


「めちゃくちゃ何言ってるかわかんないの悔しかった!」


小学校から出て、狭い道路にウロウロと観光客がいる中を通り抜けて、ひとまず大通りに出た。
すぐに和菓子屋が目につき、キツネが強請っていたことを思い出して、ふらりと和菓子屋に近づく。


「ま、お国言葉はそんなもんだろう。俺は東北訛りはわかるが、西はまったくだ」

「…正直、琥珀のところの陸奥の…が何を言っているかわからない時がある」


鳴狐の言葉に、本当に小さく大倶利伽羅も頷いた。
花車の本丸には陸奥守吉行はいないが、頻繁に通信をする琥珀の本丸には彼がいて、そして太鼓鐘と同じくらいの頻度で画面に現れては凄まじい勢いで、方言全開で話しかけてくるのだ。


「確かにね。うちにきたら大変だろうなぁ…まず土佐弁辞書みたいなの作るわ。ていうかそれ考えると、みんなそれぞれ元の…えっと、うーんと、あ、地元のアレが色濃いと会話成り立たなかったかもしれないね」


元の主の逸話、そんな単語をこんな観光客だらけのところで言えば、変な目で見られるのは請け合いだ。
年配が多いため、若者にはやっているなんらかの話題か、でスルーはされるとは思うが大っぴらにすべきではない。

そもそも陸奥守らが土佐訛りなのは元の主の逸話が色濃いからだ。
元の主のどの逸話がどれほどのレベルで付随してその神格を形成するかは、完全にその主と刀の関係性に他ならない上に、刀剣男士達が己で決められることではない。

そんなあれこれは露ほど興味がない花車は、この話題に関してはそこまでに留め、老舗和菓子屋の外から、看板商品を眺め、営業終了時刻を確認した。


「鷺舞奉納終わったら、ここでみんなにお菓子買ってこ。あと個人的に和紅茶レモンか梅ミルクのジェラート、どっちか食べたい」


花車が手書きの文字を読みつつ、中にいた受付の女性と目が合うと、にこやかにお辞儀をしてくれたので、花車も笑顔で小さく頭を下げて扉を少し開くと「またあとで買いに来ます」と伝える。
「お待ちしております」の声を背中に、和菓子屋から遠ざかって、行きも通った津和野川を目指して歩いていく。


「じぇらーと…」

「大まかにいえばアイスのことだよ」


鳴狐に花車が答えれば、鶴丸が「じゃあ」と手を打つ。


「かき氷も食べよう。さっきのところにうまそうなのがあった。な、加羅坊もナキも食べるだろう?」

「うん」


大倶利伽羅もこくりと頷いたため、やはり文句は言わないながらも暑かったのだろう。

山裾にあり近くに大きな清流もあるとはいえ、この茹だる様な暑さは確かに堪える。
ジェラートとアイスの違いについて検索を駆使しながら中途半端な論評をしつつ、大きな川を見下ろす橋につく。

橋の中腹辺りから殿町通り方面を見ると、すでに親子鷺舞を行っていた。
しゃんしゃんと鳴る舞手の鈴の音と、お囃子の音、盛り立てる浪曲の声とが、交通規制のかかった津和野の街に響き渡っている。


「…なんかさ、所々信号機とか現代建築物があるけど、いい景色だよね」


大きな松、鴨川も思わせる広く穏やかな清流に、瑞々しく揺れる柳。
江戸とは言えないが、橋からの360度の景色だけだと大正や昭和のような古く懐かしいノスタルジックな景色が広がる。


「ああ、いい景色だなぁ。絶景、とまでは言い過ぎだが、確かにいい景色だ」

「……腹が減った。どこかメシを食べる場所はないのか」

「おいおい加羅坊、花より団子を地で行くじゃないか。と言っても確かに俺も腹が減ってきたな」

「俺も」


三人からの言葉で花車がそうだなぁと唇に手を当てて悩む。
津和野駅周辺にあるという飲食店は電車内でチェックしてきた。このまま橋の袂にある石の大鳥居をくぐれば本命の弥栄神社ではあるが、まだそこでの奉納舞には時間がある。それならば駅方面へ戻りつつ目についたところへ入るべきか、花車が悩んでいれば、「…神社方面に行くぞ」と大倶利伽羅が呟いた。
呟いた矢先にすたすたと歩きだすので、全員で大倶利伽羅の後を追うことになり、橋を越えて大鳥居をくぐるり、古い商店を過ぎて参道を歩く。


「ね、加羅さんどこ行くの」

「…メシ屋」

「そりゃわかってるぜ。…あ、思い出した。タブレットで見てた情報で、神社横に古い食堂があったな! そこだろう加羅坊」

「そうなの? 見てない知らない」


花車がそう話しつつ後をついていけば、確かに境内から少し入り組んだ道をいったところに小さな平屋の食堂があった。
一見営業しているのか疑わしい見てくれだったが、いなりずしののれんがかかっており、少しだけ引き戸も開いていたので営業中だろう。

臆することもなく大倶利伽羅が先陣を切って扉をスライドさせ、中に入っていくので慌てて花車も店に入る。
涼しい店内は案外広く、そして太陽光が広がって明るい。中年の女性が「好きな席にどうぞ」というので四人は窓際の席についた。


「稲荷ずし有名なのかな。こぎさんやこんちゃん喜びそうだね」

「お土産できる?」

「聞いてみよっか」


鳴狐と花車がメニュー表を見ながら話していれば、壁にかかったメニューを見ていた大倶利伽羅が、「そば」と一言。
タイミングよく水を持ってきてくれた女性に、鶴丸が「俺とこいつはあの割子そば定食ってやつを頼む」とスムーズに注文をした。


「え、え、はや。え、じゃあ私わさびそば!」

「……稲荷ずし」


各々頼めば、女性はにこやかに頷いて厨房へ戻った。


「案外渋いの頼んだな」

「いやめっちゃ急だったもん。気になったやつ吟味する暇もなく頼んじゃったじゃん。ていうかよく覚えてたねここ」


ぐるりと店内を見渡して、花車が天井にある古めかしい扇風機を見て「おおー」と小さく感嘆の声を上げる。


「こう見えて加羅坊は優しいんだ。きみも疲れてきていただろう?」

「余計なことを言うな」

「バカだなぁ、加羅坊。はちゃんと言葉で言っておかないと察せない人間だぜ?」


飄々と言いつつ水を飲む鶴丸に「お? 買うぞ?」と花車がファイティングポーズをするが、鳴狐からの「足、痛くない?」と言いながら絆創膏を差し出す姿に熱は削がれた。

確かに言われた通り足がジンジンしていたからだ。
ここ数週間休みなく歩きっぱなしになっていたからか、京都の祇園祭でもだいぶしんどくはなっていて、事実小狐丸に脹脛のマッサージをしてもらったほどだ。

特段庇って歩くようなそんな歩き方はしていなかったが、大倶利伽羅は花車の足の痛みに気付いたようだった。
だからあえて駅方面まで行かず、先程いた場所から近いこの食堂に来たのだろう。

不器用な優しさに、花車が感動したのは言うまでもない。が、あまり過度にして照れを通り越して不機嫌になられると困るので、小さく「ありがとう」と呟くにとどめた。



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