無変換だと本名は千鶴(ちづる)、審神者名は花車(はなぐるま)になります。
花車
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――文月某日
三回目の祭り遠征は泊りではなくなった。なんせ場所が近くて日帰りで行けるからだ。
津和野祇園に行くことが決定していたメンバーの内、鶴丸だけが「つまらん!」と大騒ぎしたが、帰りに夕食を食べてくることで何とか収まった。
大倶利伽羅が「…長時間拘束される」などとぼやいたが、鳴狐のお供狐が恨めしそうな声で「いいじゃありませんか、一緒に行けるだけ…わたくしめは留守番…鳴狐たった一人で大丈夫でしょうか……ああ心配ですどうか大倶利伽羅殿、鳴狐をよろしく頼みます」などと恨み言の様な文言を、大倶利伽羅の肩口で呟き続けてゲンナリさせていた。
「…ごめんねキツネくん…連れていきたいのはやまやまなんだけど、やっぱり狐を肩に乗せてウロウロしてるのは目立つし…かと言ってカバンの中にいてもらっても、やっぱりどこかで休憩するときに見つかったらやばいし…」
悲しそうに花車が言えば、鳴狐が「気にしなくていいよ」と淡々と呟く。
その顔にはいつもの黒い面頬ではなくて、現代的な黒マスクがかかっている。
「ええはい…大丈夫です。主様は何も気にしなくて大丈夫です…ええもちろん大丈夫です……あっ…お土産は美味しいお饅頭を所望いたします……」
「…んふっ…んんっ……! ごめん。うん、わかった。めっちゃおいしいの買ってくる…!」
キツネのしょぼしょぼとした可哀想な様ながら、それでも土産を強請る姿に思わず笑いが零れた花車。ほっこりしつつ、荷物もさほどない、ぺちゃんこのバックパックを背負い、三人を見る。
最初は宿泊旅行ではないことにがっかりしていた鶴丸も、意気揚々とカーキ色のキャップを被り、一緒に購入していた薄いグレーの丸いサングラスをかけ、パンパンになったショルダーバッグを胸に下げて玄関ドアに寄りかかっている。一体何をそんなに詰め込んだのだろうと花車は思うが、しょうもないものだと思って聞くことはしない。
大倶利伽羅もなんだかんだと準備は万端で、いつもよりもオーバーサイズでなるべく入墨を見えないようにした白Tシャツにスキニーパンツ、鶴丸と同じショルダーバッグをして一人先に外に出ていた。
靴を履いて土間で待っている鳴狐の手を借りて、花車も厚底のスニーカーを履いた。
「じゃあ行ってくるね。……おーい、清光君、行ってくるよー!」
廊下の先からほんの少し見えた黒い毛先に呼びかけると、ビクつくように動き、そろりと顔を出す。
小狐丸と相部屋となった報告をしてからと言うもの、どうも挙動不審になってしまった。
安定も最初は「はあ?」などと戦張りにドスの効いた声を出したが、花車が誠心誠意何もなかったことの報告と、沖田総司の肖像画を渡せばそれ以上言及してこなかった。
というより肖像画を見て「沖田君はもっと目が近かった。輪郭も細い。肩も張ってたし、もう少し肌も濃い。別人じゃないの」などと言うので、花車が滾々と沖田総司の写真は一枚も残っていない為、似ていると言われた孫をモデルに描かれたものだと説明した。
なんだかんだと文句は言っていたが、沖田総司の血縁者がモデルと言うことと、やはり雰囲気が似ているということでマジマジと見てから落ち着いて、結局部屋に持って帰って飾っていた。
堀川から同室の加州が引いているということだけ報告で貰っていたが、加州本刃からは相談報告どころか、花車に近寄りもしない為何も聞いていない。
花車の行ってきますの呼びかけに、ほんの少しだけ顔を出して、遠慮がちにヒラヒラと手を振った加州は、どことなく浮かない顔だ。
「……主、行こう」
「…うん」
鳴狐に促され、後ろ髪を引かれる思いで本丸の玄関を後にする。
見送りに来ていたキツネと、玄関横の庭から前田、膝丸が手を振ってくれていた。そのほかは遠征や出陣が急遽舞い込んだため、現在本丸に残っているのは僅かだ。
宿泊がない分、出陣している皆にはいい土産を渡そうと決めた。
鳥居から認識札を持って出れば、瞬く間に万屋の店内に足を踏み入れており、いつも通りにしれっと店を出て市駅を目指す。
七月も半ばになって蝉が合唱の声を大きくしている。
相変わらず車の少ないロータリーを抜けて、存外大人しい鶴丸に驚きつつ、会話と言った会話もないままホームに立った。
夏休みに入ったのか、学生と思しき姿がちらほらと駅にいて、今までよりも活気がある。
花車が若干そわそわしていれば、トントンと肩を人差し指で鶴丸が叩いてきた。おくれ毛はピンで纏めてキャップの中にしまい込んでいるため、いつも見えない項が涼しげだ。
「どしたの鶴さん」
「…いやあ、どうしたは君の方だぞ。やけにソワソワしているじゃないか。一体どうした? それともなんだ。君からしても物珍しいものでもあったか?」
「え、そんなわかりやすかった? 別になんかあったわけじゃなくて…今までよりも人多いなって思ってたの。ほら、カラさんとかナキくんは人込み好きじゃないじゃん?」
ちらりと花車がベンチに座る鳴狐と、鉄柱に寄りかかる大倶利伽羅を見る。
鳴狐が不思議そうに首を傾げて、「別に何とも思わない」と呟く。
いつもキツネのやかましいとも言える甲高い声に邪魔されてよく聞き取れなかった低めの声が、今日はしっかりと聞こえることに多少なりとも花車は感動した。
「…家とさして変わらない」
「確かにそうだな! ウチも大所帯になったからなぁ…」
感慨深げに鶴丸が頷き、馴れ馴れしく大倶利伽羅に肩を寄せる。
数名の女学生達が携帯を弄りつつ、小さな声で「アイドル? モデル?」などとささやいているのが聞こえた。
話しかけられると面倒だなぁと思って花車が余計にそわそわしだすと、鶴丸が先程よりも大きめの声で「今の課題はどこまで書けたんだ?」とワザとらしく花車に語り掛ける。なるほど、ゼミのメンバー設定にしたいのか、と合点し、花車も便乗して話を合わせていると、ホームに電車が流れ込んできた。
これ幸いと急いで乗車して席を探し、ひと息つく。
このままこの本線に乗り続け、約2時間半かけて益田まで行かねばならない。
急行でも特急でもないので指定席もなく、ひたすらのんびり10以上の駅を通過する。と言ってもほぼ1分ずつ通過するのでわざわざホームに降りて駅構内を見る時間もない。ひたすら座席に座って窓の外を眺めるだけだ。
向こうにつく頃には昼になっているので、何を食べたいか全員で意見を出して、結局目についた店に入ることになった。
「世界のファストフード店がないのは誤算だった…まじか津和野…」
「でも蒸気機関車があるぞ」
「蒸気機関車食べれないじゃん。え、鶴さん見たい? 写真撮る?」
「撮る! な、加羅坊」
「……勝手に言うな」
イケメン二人が和気藹々、かどうかはさておき、会話を交わす様は仲良さげで、夏休み中の普通電車ということも相俟ってちらちらと視線を集めている。
もう気にしては負けだと思った花車は、女子の強烈な視線を無視して鳴狐にタブレットを見せる。
「レンタル自転車あるけど、ナキ君乗れる? てかみんな乗れる?」
「乗ったことない。…できそう?」
「うーん…どうだろう」
「俺は乗ってみたい」
「…転ぶのがオチだ」
「言ったな加羅坊」
「ほいほい。鶴さん怪我しても自己責任だけどオッケー?」
鶴丸が「手入れ」と言いかけてハタと気付き、口を噤んで「じゃあ却下だ」とボソボソ呟いた。
「うん、そだね。やっぱ折角のプチ遠出なんだし怪我しない方向でいこっか。目的は鷺舞なんだけど、結構町中でやるのね。そうなるとわりと歩く……ごめん。聞かなかったことにして」
彼らの日々の運動量と自分の体力を同列に語ってはいけないことは、もう学んだ。二キロ歩こうが三キロ歩こうが、彼らにとってはなんでもないのだ。
気を取り直して、タブレットで鷺舞をやるポイントをの地図を順番に見せ、歩くルートをそれぞれ覚えていく。全員が何となく方角を解っていれば無駄にウロウロせずにすむからだ。
「…楽しみだね。どんなものか、わからないけど」
「私も見るのは初めてなんだよね。でも小さな女の子達が最初にやる子鷺踊りは可愛いって聞いたから絶対見たいんだよね」
「へえ……花は、子供が好きなの?」
「子供可愛いから好きだよ。育てるのは大変そうだけど、見る分には癒しだよね」
「…じゃあ、粟田口のみんなも好き?」
黒いマスクと黒いキャップの間から覗く金の瞳が、何かを窺うかのように花車の瞳を見る。
何か試しているのかなぁ、などと思いつつも花車は素直に頷いて「みんな頼もしくて可愛くてかっこよくて好きだよ」と言えば、鳴狐は満足したように目じりを下げた。
「なんだ、加羅坊も可愛いだろう?」
「……うるさい」
「ううーん、加羅さんは可愛いって言うかかっこいい方なんじゃないかなぁ…ほら、よく光忠さん言ってるやつ、カッコよく決めるを地で行く感じ」
花車の言葉に若干だが大倶利伽羅の口角が緩む。
目敏く気付いた鶴丸がそれを見てニヤニヤしたが、それ以上は突かなかった。あまりぎゃあぎゃあ騒ぐと機嫌が悪くなるというのを理解しているゆえだろう。
「一番最初はどこへ行くんだ」
何かを誤魔化す様に大倶利伽羅が訊ねる。
花車が素知らぬふりをして「小学校かな」と返せば、鶴丸と鳴狐がほぼ同時に「小学校?」と聞き返した。
「そう。子鷺舞は小学校から出発するらしくって、それに合わせて電車の時間も調べたの。子鷺舞を見てからのんびり街を回りつつ、大人の鷺舞を神社で見ようかなって」
「結構ちゃんと計画を立てて考えていたんだなぁ…それで、街を回ると言うが観光地なのか?」
鶴丸の言葉に、花車がううんと首をひねる。
喜色満面で観光地かと問われれば何とも微妙なラインだからだ。山陰の小京都と言われてはいるらしいが、花車が見るに小京都というのは言いえて妙だ。
「うーん。一応津和野城っていうお城の跡もあるし、街並みも観光地然という感じ…だけどやっぱ、のどかな田舎っていうのが大きいかなぁ…」
「ははあ…なるほどなあ…ウチと大差ないかもしれんのか」
「うん。田舎暮らしならそんな感じかもね」
津和野城は観光ルートに入れたほうがいいのだろうか、と悩んでいれば、鳴狐が「別に、俺は行かなくていい」と呟いた。
「え、いいの?」
確認するように他の二人の顔も見れば、二人とも頷く。
鶴丸も大倶利伽羅もあまり興味がなさそうだ。
「俺は基本的に東から北、しかも仙台を重点的にいたからなあ、あんまり西はわからん。加羅坊もそうだろう?」
「…ああ。ここにいるメンツで、西に詳しいのはいないだろ」
「そっかぁ、そういうことね。じゃあお城まで行かなくていいね。パンフ見た感じ遠かったから逆に良かったかな」
地図上で見ても駅から約20分近くと花車にとっては長距離に感じるものだったので、もし行くとなれば心の中でゲンナリしていただろう。それを考えればクジの結果とは言えこのメンバーでよかったと、クジ運の采配に感謝した。
車内のアナウンスが鳴り、到着駅を告げる。
タブレットをしまって移動する準備を始めて立ち上がると、チラチラ見ていただけだった女性たちの視線がガッツリ集中した。
主要の駅ではあるので降りる人も多いが、立ち上がると等身の良さが際立つせいか、他の人達よりも目立っていることは確かだった。
早く乗り換えて目的の駅に到着し、祭りの喧騒の中に溶け込みたいと花車は人知れず思った。
電車のドアの先頭に立ち、その横に鳴狐、背後に鶴丸と大倶利伽羅が並んで立つ。目立つ三人に囲まれた形で立つ花車にも、興味の視線は突き刺さる。
それが何となく刺々しいもので、潜められた会話も嫌な気配を纏っている気がして、花車は知らぬ内に小さく溜息をついた。
「…気になる?」
「え?」
鳴狐が呟いて、思わず花車は目を丸くする。
すると後ろにいた鶴丸が背を屈めて、花車の耳元に顔を寄せた。
「見も知らぬヒトの小さな悋気に心を乱すこともないだろう」
冷たく聞こえるセリフだが、声にはどことなく温かさが滲んでいた。溜息を聞かれていたことで出された言葉だろうと花車が苦笑いをこぼす。
タイミングよくドアが開いたのでそのままホームへ流れ落ちるように進み、乗り換えの電車に急いで乗り込めば目的の駅まであと数駅だ。普通電車なので先程よりも人は少なくなったが、祭りに行くのであろう団体や、三脚を抱えたカメラマンなども乗車していた。
「なんかごめんね、気使わせちゃって」
若い人が極端に減った安堵感からか、花車は申し訳なさそうに笑った。
「いやいや、きみもだいぶ外から離れて時間が経っているからなぁ。衆人環視も久々だったろう」
「また難しい言葉使うなぁ……私がバカってバレるじゃん」
「なるほど、意味が分からなかったか」
「あっ、確実に馬鹿にした。ひどいと思わない?」
同意を求めるように花車がドアを背にして腕組みする大倶利伽羅に視線を送ると、ちらりと鶴丸を見て鼻を鳴らしただけでまた視線を窓の外に向けた。
その態度に「わーん冷たい」と花車がお道化れば、鳴狐が花車の手を取って「よしよし」と単調に呟きつつ手をポンポンと撫でたたく。
「…優しい…このメンツ飴と鞭が混在している……情緒が不安定になりそう…」
「まあまあ。あまり手はかからないようにするから安心してくれ」
「…確かに、鶴さんはもっとあっち行ったりこっち行ったりすると思ってた」
以外にもおとなしくじっと窓の外を見たり、電車内を見たりするくらいで興味津々というほどでもない。
「いやあ、だいぶ家で見たからな。ほら、携帯じゃないな…きみがくれた…タブレットだ! あれで光坊達といろいろ検索したからな」
確かに花車が祭り行脚を決行する辺りくらいに、各刀派ごとに一台のタブレットを支給した。携帯は各自に一台ずつ。
全て、審神者が申請すれば政府から支給されるものであり、通話などの通信はその本丸内のものにしか繋がらず、番号などはないが、ネット回線は生きているようでフィルタリング機能はあるものの、ある程度は検索がかけられるようになっている。詳しい仕様は花車には全く理解不能だが、とりあえずみんなに連絡が取れて費用が政府持ちくらいの感覚でしか思っていない。
「あー、そっかそれね。じゃあナキくんも?」
「うん。みんなで見た。今度の五虎…もあんまり驚かないと思う」
五虎退の名前をぼかした鳴狐の機転に内心で拍手を送りつつ、ほんの少し残念そうに相槌を打った。
そう考えると花車との勉強会があったとはいえ、今までの祭り組が妙に大人しかったのも頷ける。確かにテンションが高いメンツではなかったが、もう少し新しい反応があってもよかった程だ。
「みんななんだかんだ、きみの迷惑にならないように気にかけてるってことだ」
そう言われれば嫌な気もしない。単純でもある花車は嬉しそうに笑うと、大倶利伽羅にならって窓の外を流れる風景に視線をやった。