無変換だと本名は千鶴(ちづる)、審神者名は花車(はなぐるま)になります。
花車
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――文月某日
四条烏丸のホテルについてからのチェックインはスムーズで、2部屋分の鍵を花車が受け取って長谷部に一つ渡す。ロビーから少し離れた場所で、周囲を窺ってから潜めた声で部屋割りについて話した。
結果全員が頷いたために、一先ず荷物を降ろすために分かれて隣同士の部屋に入る。
「あー暑かった。流石の盆地…もう帽子脱いでいいよ小狐丸さん」
「ああ、疲れました。髪はまだでしょうか」
「それはね。今からまた街中降りて祭りだから、もう少し頑張って」
結果部屋割りは花車と小狐丸。蛍丸と長谷部になった。単純明快、小狐丸の髪の毛をどうにかできるのが花車だけだったからだ。
風呂に入って次の日帰る際に、また纏め上げなければならない。けれどそれをするにもわざわざ部屋を訪問して、などとするよりも朝早くに起きてさっさと花車がやっておけば帰宅がスムーズだと言うだけの理由だ。
「それにしても京の都も随分と様変わりしたようで。単純に人口が増えたということもあるのでしょうが」
窓から四条の街並みを見下ろす小狐丸が静かに呟く。
荷解きをしていた花車も一度手を止めて、同じように窓際に行って外を見る。人の頭ばかりで、間に長鉾のある山車があり、そして少し向こうには屋台が連なっていて、歩行者天国になっている。
車の行きかわない車道にこれだけの人間が密集していれば、様変わりしたというのもさもありなんというべきか。
「祇園祭だからいつもの倍多いとは思うけどね。私も学生の頃は長期休み利用してよく京都来たけど、いつも人多かったよ。それでも夜にはみんなさーっといなくなるの。案外夜と早朝の京都は穴場だよ。勿論場所によっては昼間ががらんとしてるとこもあるけど」
「時代と言うのは随分進んだものですね。政府の人間なぞ殆どが人体の半分が機械だとか」
「…それってアンドロイドってことかな」
もしや内定説明会のあの会場にいた政府の人間もアンドロイドだったのだろうか。
花車がいる時代にわざわざタイムリープをして、政府の人間が来ていることは知っていたが、全員生身の人間ではない可能性があるとは思わなかった。
200年以上も先の未来になるとそんなにも発展するのかと驚くとともに、うすら寒さも覚えた。
「あー…そっか。合致した。なるほどね。だから別時代の人間引っ張ってるんだ!」
「?」
小狐丸が不思議そうにする中、花車がひとりでうんうんと頷きながら再び荷解きを開始する。
何故政府が自分たちの時代から審神者を選出しないのか不思議ではあったが、そういうことであれば納得する。
審神者とは、付喪神の心を蜂起させ神として降ろし、実体化のために
ところが、時の政府の時代の人間ほぼ全てが人体の半分、ないしは脳味噌以外全体がアンドロイドであれば、審神者になるのは不可能だ。
花車は漸く腑に落ちた。
けれども別時代にリープしてその人間を選び、近未来の時代の流れの中で働かせるというのは、どこかで齟齬が発生しないのだろうかと思うが、それもこれも審神者や刀剣男士というもの達は特異点なのだろう。
「よし、そろそろ長谷部さんたち迎えに行こっか」
荷解きを終えた花車が、窓枠に腰かける小狐丸の頭に再び黒キャップを被せて手を差し出す。
小狐丸はじっとそれを見ていたが、「…わかりました」と呟くと手を優しく取って立ち上がり、今度は花車を見下ろすと廊下迄エスコートをするように花車を促した。
隣の部屋のドアを叩いてから「長谷部さん」と花車が小さく声を出せば、素早くドアが開き、危うく花車は額をぶつけかけたが、寸でのところで長谷部が気付いて開く力をとどめ事なきを得た。
「も、申し訳ございません! どこかぶつけてはいないでしょうか!」
「へーきへーき。近すぎた私も悪かったもん。気にしないで」
「ですが…」
「花さんがいいって言ってんだからもういいじゃん。早く行こうよ。俺お腹減った」
蛍丸にぐいぐいと押されて、長谷部がエレベーターまで歩かされ、それに苦笑しながら花車と小狐丸も後ろを歩き、ホテルを出る。
夕方に差し掛かっていたので人の出は来た時よりも増えていて、押し合いへし合い、鉾の廻りを歩いている。明確な意思を持って動かなければ流されていくと思い、花車は再び小さい蛍丸と手を繋ぐ。
「何食べたい?」
「たこ焼き」
「わあ、即答。長谷部さんもこぎさんもそれでいい?」
「はい、なんでも大丈夫です」
「ええ。私も構いませんよ。欲を言えば油揚げが良いですが…あるでしょうか」
「油揚げは…どうだろうねぇー…」
花車が引きながらも屋台に向かって歩き出し、蛍丸が冷めた声で「あるわけないでしょ」などと言うのを雑踏で聞こえないようにする。
三人とも祭りの雰囲気にほんの少し顔の筋肉がほぐれ、浮ついているようにも思える。
小狐丸は屋台や露店から出る様々な匂いに顔を動かし、眉を顰めたり興味深そうに眉を上げたり忙しない。長谷部もきょろきょろと視線を彷徨わせて、人間の顔を窺ったり聳えるビルを見上げたり、はたまた昔の趣のままの家屋を見て目を細めたりしている。
市内全体に流れているのではないかと思えるほどの祇園の囃子音に、花車は自然とワクワクしてくる。
屋台でたこ焼きといちご飴、ペットボトルのお茶とはし巻きを買うと、花車と蛍丸を先頭に八坂神社の方面へ歩いてく。
若い人などは屋台を楽しみに来ているが、この日のメインは八坂神社の石見神楽だ。時間的に余裕はあるが、もう五時過ぎになる。
神楽舞が例年通りであれば18時半頃には始まってしまうので、人込みをほとんど押しつつ真っ直ぐに東へ向かって早歩きをする。
「八坂神社?」
「そうだよー。蛍くん知ってる?」
「一応…と言うか来一派は京都が活動拠点だからね。俺自体は行ったことないけど」
「そっか、じゃあやっぱ明石さんとか来たかったかなぁ」
「いや、ないと思う。こんな人込み見ただけで帰るって言うよ」
蛍丸と和やかに会話をしつつ、寺町まで来ると俄然人が増える。
花車のすぐ後ろにいた長谷部が「人が急に増えましたのでスリなどにお気を付け下さい」とぼそりと囁き、小狐丸には花車の右側につくように言う。
「…囲まれている…」
「安全だよ。俺の見た目だと侮られるかもだけど、後ろに長谷部さんいるし、まあ大丈夫でしょ」
「万が一にも花さんを危険な目にあわすわけにはいきませんので。暑苦しいでしょうがどうかご容赦ください」
「そうですね。もし花さんに何かあれば…相手をどうにかしてしまいそうなので、お気を付けくだされ」
「……こぎさん、はし巻きのソース口についてる。残念ながらカッコよさ半減です」
「おや」
花車が指摘すれば全く意にも返していない顔のまま、ごしごしと口元をティッシュで拭く。長谷部が歩きながら食うからだと小言を漏らしたが、それすら聞こえないふりで涼しげな顔のまま、四条河原町の賑やかさを堪能している。
そんな小狐丸をマイペースだなぁと思う反面、本丸にいる時よりも羽を伸ばしているように見えて花車は安心した。
いつもどことなく緊張感があって距離を置いているように見えていたからだ。加州らからすれば存外そんなことはないと言われそうだが。
四条河原町の大交差点を抜けて、木屋町、先斗町、四条大橋を渡れば、八坂神社の参道に入る。
歩き疲れてないかと花車が三人に訊ねれば、不思議そうに否定をされたので、運動不足の自分とは比べてはいけなかったと確信した。
長い長い屋根付き参道を歩き続け、花見小路辺りで出勤する可愛らしい舞妓達を視野に入れつつ、前方に八坂神社の西楼門である朱塗りの鳥居が見えてきた。
「おー、見えてきた」
「ね、やっとだよー! 八坂さんの中にも屋台があるから、混雑してそー…」
「ふむ。狐の眷属もいるようで」
「え…」
信号で止まった時に小狐丸のしれっとした物言いに花車が口を引き攣らせる。
幸い周りは外国人に囲まれていたので、何を言ったかまでは知られていない。そのことにホッとしつつも、発言の不穏さが後ろ髪を引くので意図を聞いた。
信号が青になって再び一同が動き出す。
「こ、こぎさん…それってどういう…」
花車が恐る恐る聞けば、長谷部が溜息を吐いて小狐丸を軽く小突く。
「そういうことは見えていても言うべきじゃない」
「そーそー。言い出したらキリがないしね」
楼門下の石階段に辿り着いてから、花車はぴたりと止まって三人をそれぞれ見る。
「待って待って意味わかんない。なにそれどういうこと、そこら中に実はそういうのいるとかいう」
青い顔をしながら花車が蛍丸にそっと寄り添うと、蛍丸はサファリキャップのつばの下から翡翠の目を瞬かせて、にっこりと頷いた。
「いるよ、そこらじゅうに。普通に紛れてる神もいるし、こぎさんが言う様に眷属系もいる。中には人形取って楽しんでるのもいるかな」
「…蛍」
「だって花さんが聞いてきたんだし、これくらいいいでしょ」
「長谷部さんは堅いですね。…花さん、祭りと言う目出度い時には必ずいるものです。別に悪さはしないので、お気になさらず」
ここの狐は
特段なにも気にしていないのが物凄くわかり、花車はここでも人間と人外の差を思い知らされた気がした。
蛍丸や長谷部が言うには先程から擦れ違っている集団にも紛れていたというのだから、全く持ってどこで神々が見ているかわからないし、そもそも人以外のモノが気安く歩いていることに驚きが隠せない。
「霊力と霊能力ってまた違うのかな……私全然見えない…」
「え、多分一緒だよ。花さんの場合は俺達がいるから、悪いものに関しては見えないようになってるだけじゃないかな」
「俺達がいる限りは低級の怪異は近寄ることすらできません。花さんがお一人で出歩かれるときだけ、充分にお気を付けください」
「ねぇえええ! 祭りなんだけど! 怖い話しないでよおお!」
ぎゃーぎゃー騒ぐ花車に、前方を歩いていた小狐丸が揚々と戻って来て手を引いた。
「ぬしさま! 油揚げです! 油揚げを売っている屋台がありました! さあ早く!」
「呼び方! 興奮しすぎで戻ってる!」
キラキラした顔で屋台のところまで引っ張て行く小狐丸に、足を縺れさせながら花車がついて行き、その後ろを二人が「怪我させるなよ」と監視しながらものんびり歩く。
花車は油揚げの屋台とは一体なんだろうと思っていれば、五目稲荷を売っている屋台だった。
祭りの期間であり、八坂神社には稲荷神社の分社もあるため合点は行く。珍しいのは珍しいが。
小狐丸の催促によって、五目稲荷を4人分とオマケでもう一つ購入し、境内の隅で食べた。
「おぬしにはやらんぞ」などと何も見えない場所に向かって話している小狐丸に関しては見て見ぬふりを貫く。そうしている間にも着実に人は増え、能舞台の方角で準備が始まる。
「わ、もう前の席埋まってる」
今回も一番最後まで食べていた花車が急いで口の中に詰め込むと、長谷部がごみを纏めて捨てに行った。
それに感謝しつつ能舞台に向かって、観客から少し離れた位置で石見神楽を今か今かと待つ。
ドドンと大太鼓が腹の底に響き、観衆のざわめきが水を打ったかのように静かになると、神楽の舞台が上がった。
朗々と口上が述べられ、演目の大蛇に対してスサノオが現れると、あらすじになる語りが述べられる。そこから様々、姫や翁らが現れて大蛇退治に行くことになると、まずは二対の大蛇が現れて、篠笛や太鼓、銅拍子に合わせてぐねりと舞い、その相貌があらわになると、目前で見ていた幼子がギャアと泣き出した。
つられて何人かの小学生低学年たちも怖くなったのか、家族連れが少し後ろに下がると、別の観客に入れ替わる。
大蛇の数が増えると、スモークや火花が飛び交い、大迫力の中、白い面のスサノオ役が剣を用いて次々と大蛇を退治していく。
その迫力たるや、大蛇の口から火が噴き出ると、ワァと歓声とも悲鳴とも取れる声があたりに響く。調子に合わせて舞が激しくなると、見ているこちらも心拍数が上がってくるような、会場が一体になったかのように熱気に包まれる。
ついに終盤、姫を救って最後の大蛇の首を打ち取ったスサノオは草薙剣を取り出し、姫と祝言をあげて一件落着、終結となった。
誰もが圧巻の神楽舞に呆けていて、パチパチと疎らに拍手が鳴りだしてようやく、ワアァと歓声と拍手が割れんばかりに境内に響き渡った。
「…凄い。凄かったね…!」
興奮した面持ちで花車が自分の腰辺りで見ていた蛍丸を抱えるように感想を述べれば、蛍丸も見上げて頷く。
その頬は紅潮していて、彼なりに楽しめたことが伺えた。
「うん。凄かったね。神楽舞ってこんなにも迫力があったんだね」
「凄いよね。私も初めて見たとき感動しちゃってしばらく動けなかったもん」
「本当ですね。古典と言いますか、古来よりの神楽舞は知っておりましたが、演目によってここまで違うとは」
「海外受けを狙っているようにも思えましたが…今を生きる日本人こそ、こういう派手な演出が好みのようですね」
長谷部が火照った顔をしたまま帰路につく観衆を横目で見ながら、さらりと述べる。
案外トゲがあると言うか、言い回しが不穏になりがちな長谷部に、花車は咳ばらいをしつつ「みんながみんなではないけどね」となぜか見も知らぬ他人をフォローする羽目になった。
「一先ず最大の目的は見れたし、あとはホテルに戻りつつご飯を調達して祭りを楽しんでいこう」
「そうだね。俺さっき売ってたケバブサンド食べたい」
「可愛い顔してガッツリな蛍くん、いいよ。でも、私は遠慮しとこっかなぁ…みんなは?」
「私はフルーツサンドを」
「俺はイカ焼きをお願いします」
それぞれ好き勝手に好きなものを言うので、この後全員が屋台エリアを隅々まで歩き回った結果、クタクタになった花車を小狐丸が背負ってホテルに戻ることとなった。