無変換だと本名は千鶴(ちづる)、審神者名は花車(はなぐるま)になります。
花車
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――文月某日
「ほんっとーにごめん!!」
新幹線の乗り換え駅について新幹線に乗り込んだ後、花車は山伏に何度も手を合わせてぺこぺこ頭を下げる。
結局あの後、山伏の肩に頭を預けられて本格的に深い眠りに落ちてしまい、新幹線のホームで車両を待っているときに山伏の肩で花車は目を覚ましたのだ。
目を覚ましてからは自分の場所にまず驚き、おんぶではなく子供の様に正面から抱きかかえられていたこと、その体勢のまま2番ホームから新幹線の乗り口ホームまで三人が案内板を見つつ歩いてきたというのだから、成人女性の花車の羞恥心たるや計り知れない。
そもそもその状態の女を抱えた180㎝超えの男達を異様に思わなかったのは、旅行鞄とキャリーケースのおかげか、はたまた愛染と言う見た目だけは子供の連れ合いが一緒に仲良さげにいたのが幸いだったのかはわからないが、連れ去りだなんだと通報されなくてよかったと心底思った。
「カッカッカッ! いやいや、修業にもならん軽さで驚いたのである」
「いやもう、ほんと…すみません……みんな叩き起こしてくれてよかったのよ…。ぶっ叩いたり座席から落とすなりしてくれたら絶対起きるから」
「乱暴だね。僕たちが花ちゃんにそんなこと、できるはずがないだろう?」
光忠の言い分にぐっと言葉を詰まらせ、またしおしおと小さくなって指定席に埋まり、小さく謝る。
「そもそも10分しか時間がなかったんだから、起き抜けの花さんと一緒に行くより、山さんに抱えてってもらったほうがよかったぜ」
「ぐう……御尤もです……。足を揃えて抱えてくれてたのが本当気遣いの極みで、ありがとうございました…」
「もうあまり気にするな。些事であるぞ、花殿」
三人も初めての平成時代で気疲れしているだろうに、慣れているはずの自分だけが寝こけてしまったことが妙に罪悪感をもたらすのか、花車はしょぼしょぼしたままだ。
「にしてもさっきの電車とはぜんっぜん違うな! まずすげー速い」
「そうだね。揺れも殆どないし、車内販売もあるって先程アナウンスで言っていたよ。ああ、それと手洗い場も綺麗だったよ」
「座席も心なしか広く感じる。先程よりも人は随分増えたようであるが」
話題を切り替えるためか本心か、三人が新幹線について談義し始める。
今度は通路側に座った愛染がキョロキョロと周囲を見渡し、身を乗り出して通路を見たりしていれば、そのキラキラした表情で何かを察したのか、通路反対側斜め前方に座る婦人が穏やかに微笑んで「良かったわね」と話しかけてきた。
固まったのは愛染で、会話をしてもいいものなのかと戸惑った表情で窓側に座る花車を振り返ると、花車は笑顔で会釈をして返答した。
「新幹線、初めてなんです。ご迷惑をおかけしたらすみません」
「いいえ、うちの孫も同じくらいなんですよ。お子さんも、小学校2年生くらいでしょう?」
「あー…ええ、はい」
婦人の言葉に曖昧に返答しつつ、愛染もコクコクと頷いたりして会話に入る。
「いいわねぇ、家族旅行かしら。うふふ、どちらがお兄様でご主人なの?」
「え゛っ…」
思わぬ方向の質問に花車は固まる。
このまま孫談義でも始まるかと思っていたのに、と嫌な汗を掻きながら、ちらりと視線を正面に座る二人にやると、光忠がにこにこと愛想のいい顔で婦人に頭を下げた。
「僕が兄で、こちらの彼が妹の夫です。因みにこの子は二人の子供じゃなくて彼の弟です」
「えっ」
「お?」
「む」
光忠の華麗な嘘に花車の顔は引き攣り、愛染は目を丸くし、巻き込まれた山伏は眉根を寄せたが頷いた。
頷いている場合ではないと花車が山伏の膝を軽く叩く。
「あらそうなの。いいご主人ね。さっきホームであなた、抱き上げられていたでしょ? あんまりに軽々しく歩いているものだから最初お子さんかと思ったのよ。寝ているあなたを起こさないように配慮してくれたんでしょう? 私、湯田から一緒だったから見ていたのよ」
「あっ、あはは、そうだったんですね…あはは…お恥ずかしいところを…」
顔を赤くすればいいのか冷や汗を掻けばいいのか、花車の感情はぐちゃぐちゃになる。
婦人の夫談義は続き、自分は今山口県と鹿児島県での別居婚なのだとか、娘夫婦と近くがいいのにあの人は頑固だからだとか延々と話し続け、花車と光忠がそれを振り込人形のように相槌を打ちながら聞いてやる。
あまり口を開くとよくないと思ったのか、山伏は終始だんまりで、新幹線にまで持ってきていたパンフレットを読むふりをしており、愛染は視線を三人に忙しなく動かし続ける。
「でも本当、兄妹仲がいいのは良いことだわ。うちなんてね」
壮年の女性とは言うものは得てして話が長い。
話題がコロコロ変わり、かつまた戻ってきたりするので長くなる。大抵話の中身もないのだが、女は話すことでストレス発散をし、脳の整理にも繋がるので長話が全くの無駄と言うわけではない。
それを知っているからこそ花車は無理に話を切り上げることはせず、ふんふんと話を聞く。光忠も花車に倣って同じように相槌を打ち、それに気を良くした婦人はなお口が回る。
気付けば30分などあっという間で、もう降りる駅が迫っていた。
「あー…えっと…姉ちゃん、兄ちゃん、もう博多駅つくぞ」
「ぐ……うん、そうね。そうだ、降りないとね」
「ああ、そうだね。では僕たちはここで。失礼いたします」
「あらそうなのね。楽しかったわ、ありがとう。いい旅をね」
「ご婦人こそ、道中お気をつけ召されよ。妻と弟達が世話になりました。…行こうか」
愛染が声をかけたことで漸く婦人のお喋りが止み、せかせかと用意をして降車する。
最後の最後で声を発した山伏に、婦人は「あら」と若干浮足立ったようになり、花車も花車で不意に腰に添えられた大きな手に驚いて顔を赤くしたままコクコク頷き、足を縺れさせながらホームに降りた。
「だ、ダメだ…持たない…持たない……! 愛染くんからの姉ちゃん呼びもダイレクトアタックだったのに、山…さんからの妻扱いなんて心臓貫かれたかと思った……ダメだ…しぬ……帰りたい…なんかもう帰りたくなってきてしまった……」
ブツブツ呟く花車を見て愛染がゲラゲラ笑い、山伏が困ったように眉を下げて「あの状況では致し方なかったのである、すまない」と謝るが顔を覆っている花車には見えることがない。
「ふふ。僕も弟扱いは初めてだったから新鮮だったよ。ま、確かにあの状況下だと山さんのやりようが一番好手だったと思うよ。もし今後もああいうことがあればさっきのような設定で行くのが便利だと思うな」
「うう…そうね…そうだよね……切り替えよう……」
「でも、加州君達にバレると煩そうだから、黙っていよう。勿論、愛染くんもだよ。いいかい?」
「おう、勿論だぜ!」
話がまとまり、漸く花車もブツブツ言わなくなったので、一先ず駅から出てホテルに向かって歩き出す。
ガラガラと大きなキャリーケースを光忠が引き、大きな旅行鞄を山伏が背負うように持ち、手荷物サイズの旅行鞄を花車が持って、愛染がタブレットでマップを広げて先頭に立って歩く。
出発地点の駅とは打って変わって大都会の賑やかさと眩さに、四人とも目を瞬かせた。
「うわぁー…すっげぇ! 人もめっちゃくちゃ多いじゃん! これもう祭りだろ!」
「祇園山笠の開催期間中だから、強ち間違ってはないんじゃないかな。普段も人は多いんだろうけど…ほんと、多いねえ。はぐれないようにしなきゃね」
「お、そうだな!」
タブレットを片手に、ぎゅっと愛染が花車の片手を握って手を繋いだ。
当然花車はぽかんと口を開けたが、すぐに真一文字に口を引き締めてにやけないようにする。
「あ、愛染くん…これは…」
「こうしときゃ、花さんはぐれないだろ? 二人はでっかいから目立つし大丈夫だけど、花さんがはぐれたら危ないからな」
「う、…うん……うん…!」
「そうだね。愛染君の意見に賛成だよ。繁華街のようだし、悪いことを考える輩もいないとは限らない」
「うむ。俺達と一緒にいれば問題はないであろうが、はぐれてしまうと困るからな。宿につくまでそれでいいであろう」
「…はいいぃ…。うちの男士達がかっこよくて目がつぶれそう……」
言われるがままに花車は誘導され、タブレットを見つつ愛染がこっちだあっちだと道を案内する。
道中の美味しそうなもつ鍋やハンバーグ、ラーメンの文字が躍る看板を名残惜し気に見つめつつ、承天寺通を抜けて暫くすると目当てのホテルにたどり着いた。
ホテル前の看板に明日のランチの紹介、朝食の紹介がかけてあり、それが物凄く美味しそうで思わず喉が鳴る。
換金額を考えて思わず悪態が出そうになったが堪えて、愛染と手を繋いだままフロントへ挨拶をすれば、スムーズに鍵を受け渡してくれた。アメニティの紹介をされたのでいくつか持ち、館内設備の案内などを聞いてから部屋へ向かう。
エレベーターがひとつな上、すでに待っていた人がいたためどうしようかと言えば、三階程度と三人ともが口を揃えた結果、階段で上がることになった。
目当ての部屋について漸く肩の荷が下りてほっと息を吐き、全員がベッドに腰かけると、誰もが暫く音を発さなかった。
「……疲れたー! 無事についてよかったー!」
花車が叫んだあと、ボフリとベッドへ後ろ向きに倒れ込む。
それを皮切りに全員が腑抜けた声を出す。愛染と山伏がキャップを取り、ぐしゃぐしゃと二人して髪をかき混ぜた。
「あー、蒸れた! てかさっきなんか主さんどもってなかったか?」
部屋についた途端、本来の呼び方に戻っている愛染に、さすがの切り替えと順応さだなぁと感心する。
「いやぁ…ファミリールームって言われたのがなんかこそばゆかった…。予約取るときはフォースルームだったから…」
四つのベッドが部屋の左右で二つずつに分かれ、真ん中にテーブルがある部屋は思ったよりも広い。
一先ず充電器を差し込んでタブレットを充電し、その間に汗を流すため山伏と光忠をバスルームに促す。バスルームが二つ付いていてよかったと花車は思った。
主を差し置いてと渋っていたが、本丸への報告を先にしたいと言えば大人しく引き下がり、二人はそれぞれバスルームへ消えていく。
「愛染くんもどっちか出てきたら行っておいでね。…っとコレでいいのかな?」
タブレットを色々タップし、管理画面から自身の誕生日を入力すれば画面が通信中に切り替わり、すぐに見慣れた広間が画面に出てきた。
隣に座っていた愛染も「おお」と声を出す。
ひょこりとこんのすけが現れ、口を開こうとした瞬間に吹っ飛んでいき、画面いっぱいに加州が現れる。
「お…おお? こんちゃん飛んでった……やほー清光くん」
『主! 元気? ご飯食べた? 嫌な目に合ってない? 疲れたでしょ、ああっちょっと気持ちやつれてるよ!』
怒涛の質問攻めと涙目に、花車は通常運転より少し激しめだなぁと呟く。愛染は隣で「うへぇ」と引いていた。
「元気だよー。今ホテルついたから連絡したとこ。そっちはどう? 本丸離れるのなんて初めてでちょっと心配だけど……安定くんは?」
聞いた途端にタイミングよく安定が廊下から顔を出して手をひらひらと振った。
そのまま加州に近付いて、隣を陣取る。
『お疲れ主。そこが泊まるところ? なかなか良さそうだね』
「うん、老舗なんだけど思ってたより部屋は綺麗。フロントの人も対応良かったし、ここで正解。ね、愛染くん」
「おう! すっげーんだぜ、滅茶苦茶人多いんだよ!」
一先ずは無事を報告できたからいいかと思い、愛染が安定たちに感想を話すのを尻目に花車は部屋をうろついて冷蔵庫にフロントで貰ったミネラルウォーターを突っ込む。
アメニティも並べ、ベッドも先程座った場所でいいかと、旅行鞄から着替えやらを取り出してそれぞれのベッドへ置いていく。窓際に花車と愛染が、そして花車の隣のベッドに光忠、愛染の隣のベッドの山伏が寝ることになる。
「ね、遠征のこと伝えていい?」
「ああ、そうだった! 独占しちゃってごめんな主さん!」
愛染が話を切り上げて、自分のものが置かれたベッドへ向かうと、今度は花車が安定へ遠征について話す。
一通り伝え終わると黙っていた加州がきょろりと視線を彷徨わせてから、『主の横に誰が寝るの』と呟いた。
その声がいつものトーンよりも低くて花車は一瞬言葉に詰まる。
安定が溜息を吐いて『あのさ』と机に頬杖を突いたのが見えた。
『四人部屋なんだから仕方ないって落ち着いただろ。それに同じ布団で寝るわけじゃないんだし』
『同じ布団とかだったらそもそも泊まりなんて絶対に許すわけないでしょ。わかってるよ主に限ってとか。でも……』
ぶつぶつ言う加州を見れば寂しそうで、花車は鳩尾がグと詰まるような感覚に陥る。不思議に思いつつも宥めるために光忠であることを伝えて、心配であればタブレットをつないだままにしておこうかと提案する。
加州は首を振ると、へにゃりと下手糞な笑顔で『大丈夫』と笑った。
『主の事も、みんなのことも信用してるから。ごめん、俺がちょっと感情を抑えられなかっただけ。…土産話、楽しみにしてるよ』
そう言うとさっさと広間から出て行ってしまう。
安定が仕方ないなと言う風に息を吐くと、『ごめん主。休暇楽しんでね』と言い残して追いかけて行った。罪悪感に見舞われた花車がこの後こんのすけとやりとりをして通信を切ったが、どうしたのかは覚えていなかった。