花車

名前変換

なまえせってい
無変換だと本名は千鶴(ちづる)、審神者名は花車(はなぐるま)になります。
審神者名
本名
審神者あだ名



――文月某日



いつぞやかの言葉通り、花車は万屋の場所を確認してから立地、交通条件などを調べ、こんのすけにお願いをして給金から必要分を平成後期の貨幣に換金してもらい、切符など必要なものを無事購入した。
その間にも出陣をする最中、第一陣の愛染、山伏、光忠の分の服を発注したり、ルールを教えたりと忙しかった。

いよいよ当日が近付く中、博多祇園山笠の追い山を見るため福岡市まで行くことになるが、どうしても現在のいる場所から福岡市までの入りの時間が合わず、仕方がなく前日入りをすることになった。

そこで問題が出たのが、素泊まりではあるが宿泊になるということだ。

花車は最初、部屋を二つ取って自分と刀剣男士三名とで分けることを考えたが、金銭的なものと三人を一つの部屋に押し込めて自分だけ一人部屋ということに傲慢ではないかなど頭を悩ませた。
結局うんうんと悩む花車に、愛染が「みんな主さんと一緒の部屋でいいじゃねぇか!」と言うあっけらかんとした言葉によって、他二人にも許可を得てフォースを取ることにした。二つに部屋を分けるよりもお得なプランを選んで、素泊まりにすれば一万円近く浮いたのは僥倖だった。

加州あたりが騒ぐかと思えば案外大人しくしていて、意外だと思っていれば安定から「信じてるから大丈夫らしいよ。僕も間違いなんてないって信じてるし」というセリフで花車も腑に落ちた。

そして前日の夕方、本丸からの見送りを背に平成後期軸の万屋へ向かい、万屋から出るとなんとも静かな街並みだった。
駅前に近く、人通りの少ないところを四人で歩く。


「だぁれもいないんだな」


愛染が黒のセットアップを着て、赤い髪を隠すように山伏と合わせた黒いキャップのつばを少しだけ上げて周囲を見渡す。

周囲は夕暮れというのもあってか、人通りは少なく、店の明かりと住宅の明かりがついていること、車が時折走ることで人の気配を感じるくらいだ。


「あれ、自動車だよね」

「うん。そうだよー」

「うむ。思っていたより速いものであるな」


光忠と山伏が若干目を瞬かせる。
本丸での勉強会で散々色々なものを教えたので、極度に驚くことがないのはありがたかった。

人通り少ない田舎とあって、時折反対側の歩道を歩く人から怪訝な視線をぶつけらているというのに、ここで「あれはなんだ」「これは」と騒いでいれば不審者待ったなしだっただろうと花車は胸をなでおろした。

アースカラーで纏めたTシャツとコーチジャケットを羽織る光忠は、眼帯だけよく流通している白いものに変えた。これで何かしらの眼病でつけているのだろうと察してくれるはずであるし、そもそもそんなことをいちいち言ってくるものは酒が絡んだ輩ぐらいだと花車は思う。

替わって山伏はその青い髪が珍しいので、一先ず夜になるまでは黒いキャップを被って移動してもらうことにし、また上半身にある刺青もあまり見えないようにと、七分袖のアイボリーカラーの麻シャツを羽織っている。
揃いも揃って股下が長いので結局パンツはオーダーになってしまった。

駅につけば買っていた切符をそれぞれに渡して改札を通り、特急電車が来るのを待つ間、愛染が興味深そうに路線図を見ている。


「何か気になる?」


顎に手を当てて、愛染がううんと唸る。


「ややこしい地図だな。これ、書いてあるの駅名だろ?」

「うん。そうだよ。今私たちがいるのがココ。で、電車に乗ってこの駅まで行くの」


山伏と光忠も一緒に覗き込み、ほうと感嘆の声を上げる。


「随分と道中の駅名が多いのだな」

「これ全部停まるのかい?」

「んーん。今回私達が乗るのは特急だから停まる駅は少ないよ。といっても10以上は停まるんだけどねー…3時間強乗ってる予定だから」


もう少し本丸の拠点が都会よりであれば交通の便が良かっただろうが、如何せん花車の拠点が田舎寄りだったのが仇となった。と言っても審神者の意思で本丸拠点が選べるわけでもなく、花車に限って言えば引継ぎでもあったのでそれ以前の話だ。

山口まで出てしまえばあとは新幹線なので40分弱で博多駅につく。
それからすぐに駅近くのホテルへチェックインをすれば明日の深夜までのんびりとできるプランだった。

そうこうしている間に電車がホームに入って来て、指定席を探して乗り込む。
夕暮れの時間に、この駅から乗る人数はまばらで、石見銀山に行っていた団体であろう集団と花車達くらいだった。

四つ分の指定席の座席の2つを反対にさせてボックス席のようにすると、押し問答の末花車と愛染が窓際、山伏と光忠が通路側に座ることになった。

動き出した電車の中で、暫くは無言で三人が窓の外を見ていたが、特急の速さや景色も見慣れたのか花車が取り出し始めた飲み物やお菓子に目を向ける。


「主殿、…ではなかったな。殿、これは何だろうか」

「んふふ、今は全然人いないからまだ大丈夫だよ。でも慣れてかないとね」

「おお、あいわかった」


言い直した山伏国広に花車はフフと笑いつつ、自分も人が多くなれば間違えないようにしなければと気を引き締める。

本丸内であれば、主であろうが主君であろうが問題はないが、主君制度のほとんど消えた平成以降はその名称は相応しくない為、審神者名を呼んでもらうことにした。それに伴って呼び名として違和感がある刀剣男士も愛称程度に変更している。

こうやって人通りが少ない場所や室内であれば通常通りで問題ないが。


「そしてこれはねぇ、ノンアルコールビールです! 本・・・ンン゛ッ…家では缶ビール系出さないからね。こう言うときくらいはさ。旅行って感じするじゃん?」

「…なんだか、慣れるまで気疲れするね。仕方がないけれど」


審神者だの本丸だの刀剣男士だの、周囲が聞いて不信感をいだくというよりも、変な目で見られないために単語を言い換えてはいるが、日常生活に溶け込んだものはなかなか難しい。光忠が眉を下げるのも納得だ。


「それって俺も飲んでいいのか? 確か未成年どーたらってあるんだろ?」

「そうなんだよー。いくら中身年齢オッケーでも神様でも妖怪でも人外でも人形ひとがたとってる以上は、見た目年齢に合わせて行動しないといけないの」


万が一にも職質などをされたら、身分を証明できるものがない花車達はたまったもんじゃない。
良い子すぎるくらいにこの時代の法を遵守して、かつ周囲に溶け込まなければならないのだ。

愛染は恨めしそうにプルタブを開けた光忠を見つめつつ、山伏が開けてくれたコーラの缶を受け取る。


「でもそれ純粋なお酒じゃないから、ただの炭酸飲料だよ。苦みとかがビールっぽいだけで。でしょ、光忠さん」


聞かれた光忠は一口飲んでから頷く。


「仄かな苦みが広がるけど、これでアルコールが入っていないとは思えないな。人の技術力には相変わらず驚かされるよ」

「へえー…酒じゃないなら俺が飲んだっていいんじゃねぇの?」

「ダメでーす。ほら、私とコーラ乾杯しよ。山さんはお茶でいいの?」

「うむ。酒は好きだが炭酸は苦手でな。それに明日は明朝から出るのであろう?」


博多祇園山笠は通常月頭から月半ばまで行われるが、全てを見ることは叶わないので今回一番賑やかな追い山を見ることにした。
追い山は例年日が昇る前から櫛田神社入りを見るために大勢の人間が集まる。豪勢な山笠を男衆が引き、櫛田入りを披露するのだ。そこからすぐに博多へ繰り出し、町を練り歩き、最後はその豪勢な山笠を解体する。そ
れが全て午前中までには終わってしまうので、どうしても前乗りが必要だった。


「うん。明朝って言うか、深夜かな。とりあえずホテルについたら仮眠取った方がいいかも。桟敷席はもう諦めたけど、少しでも櫛田神社に近い方が迫力あるし、ホテルは午前1時には出たいなって思ってる」


そのため山口につくまでの3時間の間にしっかりと夕飯代わりの弁当を食べなければならない。
山口について新幹線に乗り込めば博多はあっという間だからだ。


「そんな夜更けとも言える時間帯なのに人が集まるのかい?」

「おいおい光忠さんよぉ、祭りとあっちゃあ時間帯なんて関係ないぜ! 俺としちゃ、いつ何時なんどきだって祭りをしてたいくらいだ!」

「あはは…愛染くんは元気だね。行く前も貞ちゃんと祭り談義をしてただろう?」


光忠と愛染が隣同士でワイワイ話す中、誰もいない通路向こうの席を見ている山伏の腕をちょいちょいと突く。


「どーしたの」


花車に話しかけられた山伏がハッとして顔を花車へ向ける。
照れくさそうに頬を掻くその目元はいつもの赤いラインが引かれていない。此方へ来るときに魔除けだというその化粧をしなくてもよいのかと聞いたら、何が迷惑になるかわからない為、万が一にも花車へ負担がかからないように引かなかったと言った。


「ああ…流れる景色を見ていたのである。…殿は田舎だと言っておられたが、…拙僧……俺からすればとても明るい」

「…ふふ、なんか山さんの“おれ”って新鮮だなぁ…。でも、山さんの実家は大阪でしょ? 都会じゃん」

「ああ、いや……うむ、そうであるな」


あまり、山伏は自分のことを話したがらないが、やはりここでも濁した。
花車はそれに対して何を言うでもなく、ましてや無遠慮に「話してよ」などと言うこともなく、シュワシュワと缶の中で音を立てるコーラを一口飲んで話題を変えることにした。
いつの間にかもう3つ目の駅を過ぎている。


「ねえ、お弁当、何食べる? 次くらいでちょいちょいっと売店に走ってくるから。ほら、二人もどういうのがいいか教えてよ」


本当は作って持ってくる方が良かったのだが、不在時の本丸城代を安定にお願いするのと荷造りとなどで終始バタつき、結局作ることは叶わなかった。
出る直前に出陣についてだけ教えただけで、遠征については話せていなかったが、こんのすけより本丸広間と通信がつながるタブレットを渡されたので、一先ずホテルについたら繋げてみるつもりだ。

花車に食べるものを聞かれたところで、そもそも売店に何がどんなようものが売っているのかもわからない為、三人はううんと悩む。


「そもそも何が売っているんだい」

「あ、そか。えっとお握りでしょ、サンドイッチ、飲み物、お菓子、あとは多分ご当地系のお弁当に、定番ののり弁やシャケ弁、唐揚げ弁当とかそのあたりかなあ…。あ、海じゃん」

「おお、すげー! 明るかったらいいのになあ」


窓から向こう、もう日が落ちて暗くなった海が悠然と揺蕩っている。
指定席の前方の方から「わあ」という女性の声が聞こえた。同じように海を見たのだろう。

結局次の駅は停車時間が短いため、益田を越えてから少しだけ停車時間が長くなる駅で買うことに決めた。
花車はシャケおにぎり、愛染と光忠は海鮮系弁当の何か、山伏はパンフレットラックにあったパンフレットからアナゴ飯があればそれにしたいと言う。


「…ていうかさんはそれだけしか食べないのか?」


お握りだけを選択した花車に、愛染が心配げに訊ねると少しだけ唸ってから小さく両手を合わせる。


「ダイエット中なんだけど…みんなのお弁当、美味しそうだったら一口貰ってもいい…?」


弁当一個を食べるのは腹具合的に問題はない上にダイエットでも何でもないのだが、如何せん換金した持ち金的に少しでも余裕を作りたい。
かと言ってここで節約のためになどと言えば三人とも同調してお握り一つに収めるのが目に見えているので、それだけは明かしたくなかった。

こんなことならば、もう少し余裕を持って換金すべきだったと花車は溜息を吐く。


「もちろん! いくらでもやるよ!」

「ああ、僕もそれくらい全く構わないよ」

「うむうむ。殿も日々言っているが、食こそ肉体の資本である。満足されるまで俺の弁当を食べてもよい。俺は残り物を頂こう」

「だー! それじゃ本末転倒…じゃなくて、いいのいいの。ほんと、一口だけもらえたらそれでいいの。ごめんね気を遣わせちゃって…」


四人がわいわいとしている間にもどんどん駅を通り過ぎ、県を超えると二両しかない車両はほぼ満席になった。自由席の車両では立っている人もいる。
益田を越えれば指定席は全て埋まり、山口に向かってひた走る。

その間に売店でお目当ての弁当も購入することが出来たので、カニ飯やアナゴ飯やらを一口貰って花車は大きめのシャケお握りを頬張った。

前日からの用意の疲れが出たのか、花車は食べ終わるとすぐに電車の揺れによって眠りに落ちてしまう。


「寝たな」

「うむ。寒くはないだろうか」

「ちょっと空調が効きすぎているからね。ある…ちゃんの用意していた旅行鞄に掛物とか入っていないかい」


窓に身を預けて寝入る花車を愛染がじっと見つめる。
光忠と山伏がごそごそと周囲の迷惑にならないよう、最小限の動きで旅行鞄を広げてブランケットを取り出してそっと隣の山伏が花車へかけると、少しだけ身動ぎをした。


「愛染くん、そんなにじっと見つめてどうしたんだい」

「いやあ……疲れてんだなぁって思って。国行もよく寝てるってか、あいつはただの怠けだけど、…さんは違うんだよな。いっつも家のどっかで忙しなく動いてる」


愛染は頬杖をして正面の花車から視線を外さない。
花車は窓枠に側頭部をつけているが、電車の揺れが割と荒いのもあってゴツゴツと時折痛そうな音を立てている。

それでも起きない花車を見兼ねたのか、愛染が立ち上がってそっと体の向きを変え、山伏の肩に頭をつけるようにした。


「悪ぃけど、駅に着くまで頼むぜ山さん!」

「あいわかった。山が如く動かず、殿を起こさないようにしよう。これもまた修業よ」


二人してニコニコと笑顔を零す様を見て、光忠はどこか羨ましくなった。

この二人は花車が顕現した刀剣男士であり、前任の事など露程も知らない。
勿論光忠も人間すべてがあの女のようではないことは把握しているが、元の主を含め、全て男の手で大切にされてきた身からすれば、初めて受肉し相対した女というもののイメージが全てあの女のようだと思っても無理はない。

近寄れば毒に侵され、触れればこの身が腐ってしまうような生き物だと思った。元の主はこのような生き物のどこが良くてあんなにも大切にしていたのだろうかと疑念さえ懐いた。

それが今度相対した別の女はどうだ。
正反対の心根であり、元の主が大切にしていた御正室のようだと思った。

誰隔てなく優しく、自分でできることは自分で行い、相手を尊重し慈愛を持って接する。
女にもこのような二面性があるのだ、あの女が女の全てではないのだと理解した瞬間だった。
触れることは、こわいことではないと。


「…降りる駅は把握してるからね。ゆっくり寝させてあげよう」


上手くメイクで隠しているが、明るい車内光の下だとうっすらと隈が見える。

この半年、殆どゆっくり休む暇もなく、最初に至っては神経をかなりすり減らしていただろう。

加州や小狐丸が過保護に世話を焼くのもわかる気がするな、と幸せそうに間抜けな顔で眠る花車を見ながら光忠は笑った。





38/45ページ