無変換だと本名は千鶴(ちづる)、審神者名は花車(はなぐるま)になります。
花車
名前変換
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――文月某日
朝から遡行軍出現の知らせが入り、朝礼途中にそのまま享保年間の酒井家へ第一部隊を派遣した。
基本的に各国に五つの山城を築いて本丸とし、そこに審神者が城主として本丸を守りつつ、時代は様々だが近隣地区に現れる遡行軍を討伐する。
花車の本丸は石見国を任される一つだが出雲にも近く、出雲国に出現する遡行軍討伐も担う。
同期の琥珀がいる場所は大和国でも河内国寄りなので和泉国と紀伊国に出現する遡行軍討伐も担っている。大和国はその広さもあって五つの本丸では多忙すぎる国ではあるが、そこは山城国と手を取り遠征出陣などを交互に行っているらしい。
しかし今回の花車達が引き継いだように審神者不在の本丸もあり、実質五つの本丸のうち稼働が二つなどで手が足りなければ、遡行軍討伐に政府所属の審神者が派遣される。
菫のいる豊前などはその例で、菫が引き継いだ本丸と、以前から稼働している本丸の二つだけが現在稼働しており、残る地区は政府所属の審神者が担っている。
まだ豊前は筑前、肥前、豊後にも本丸があるため、自国と筑後の区域を賄うだけで事足りるため二つ稼働でも構わないが、松のいる相模は激戦区であり、武蔵国とわけても伊豆や駿河、甲斐、安房と地区が幅広く、かつ戦国期の改編を目論む遡行軍が大挙を成して出現する。鬼のような場所だと花車に琥珀が漏らしていた。
それでいけば花車は随分とのんびりさせてもらっていた。
近隣諸国は伯耆と備後があり、しかも花車の居住区が
安芸に近ければその分仕事量が増えていただろう。そう思えば、なぜこの本丸の審神者が衰退し狂ったのかも予測がついた。
「第一部隊が帰還したら、暫く平和な現世出張します! 比較的遡行軍が出現しにくい平成期辺りに!」
朝食後にそう高らかに宣言した花車は大きな筒を持っており、それを太郎太刀に持ってもらい、しゅるりと紐を解く。するとずらりと日付順になにやら書いてある。
「……全国お祭り、スケジュール?」
乱が不思議そうに文字を読み上げると、花車が鼻息荒く頷く。
用紙を持っている太郎太刀が興味深げにその紙を覗き込み「祭りに行くんですか」と金色を瞬かせる。
「そう! 夏になってきたので全国的にも祭りの活性時期! 東西南北自由自在…とはいかないけど、この本丸拠点の万屋から時代を平成にしてどこに出るか把握してから、電車で行ける範囲に限って行こうかなって」
愛染が雄叫びを上げて隣の蛍丸に「うるさい」と叱られる。
五虎退の虎に向かってビー玉を転がしていた鶴丸が「なあ」と手を上げた。
「随分と楽しそうで結構だが、全員は行けないだろう? それに、確かきみは特別調査任務とやらに行くんじゃなかったのか?」
「問題はそこなんです! 調査任務はこの祭り行脚終わったら出発するよ。けど鶴丸さんの言う通り、全員はいけないから、ここは神聖な阿弥陀籤を行います!!」
その上で所在地が石見国出雲付近なので、そこから電車や新幹線を乗り継いでできるだけ一日、もしくは一泊素泊まりで帰れるところをピックアップするというのだから、このスケジュールに書かれている祭りを全員が制覇することは不可能だ。
「博多の祇園山笠と、京都の祇園の宵山は行きたいのでそこだけは絶対に日時死守します。審神者権限でここは意見聞けません!! ごめんね! だから、15日と16日開催以外でお祭りを選んでほしいの。投票多数で籤の中に入れて、そこから行くメンバーも籤です! 因みに完全に業務外、私のポケットマネーなので行く人数も限られます。一緒に連れていける人数は3にんまで。できれば全員連れていきたいけど、私の財布の紐的にそんな大盤振る舞いは許されない…」
所在地が石見国大田だとして主要駅から博多や京都までの往復で4人で約10万以上はかかってしまう。
交通費でそれだけなので、実際行ってみれば屋台での飲食、駅での移動中の飲み物や弁当、お土産など細々出費が嵩むのは目に見えている。勿論行くメンバーに短刀が入れば子供料金になるので、もう少し予算が下がるとは思うがそこは籤運に任せるしかない。
太郎太刀から大判用紙を受け取り、それを大机いっぱいに広げて全員に目を通す様に言えば、わらわらと集まって来て用紙に書き連ねてある文字を見て何やら議論を交わしだす。
やれ懐かしい祭りがあるだの、これは聞いたことがないだの字面を見て選んでいるだけでも随分楽しそうだ。
そうしている間に朝早くから出陣していた第一部隊が帰還し、隊長を任されていた加州が広間の騒ぎに目を丸くする。
後ろに続く安定に背を押されて姿勢を崩しながら広間へ入ると、花車が「あっ」と破顔して労いの言葉をかけつつ近寄った。
「おかえりなさい、誰も怪我はしてない?」
「うん、大丈夫……この騒ぎは、なに?」
「今度の調査任務前にちょっと平成期のお祭りに行くために場所選びしてもらってるの。行ける人は阿彌陀籤なんだけどね」
花車が笑って言えば、加州が「え」と固まったあと、少ししてから悲し気に眉を下げる。
「それって、俺も行けるの…?」
「え? もちろんだよ。どうして?」
普段であれば何がなんでも花車が係るイベントには引っ付いて行こうとする加州が、いったいどうしたのだろうと首をひねる。
土間で足裾についていた泥を落としていた小狐丸が遅れて入って来て、安定からこの賑々しさの経緯を聞き、ちらと加州の表情を見止めて固まる二人に近付いた。
「ぬしさま、加州は見た目を気にしているようで」
「見た目…なんで? いつも通りかっこよくて可愛いけど、気にするとこある? そんなこと言い出したら私の方こそみんなを引き連れて歩くの見劣りして嫌なんですけど」
純粋に褒めた花車に、加州の顔が赤くなって何事かを言おうと口を開くが、それよりも先に一緒に出陣していた今剣が「ぼくは あるじさまといっしょにあるきたいです」と岩融の肩にしがみついたまま大きな声で言う。
「お、俺だって歩きたい……でも」
加州の悩みがなんとなく察せた花車は、ポンと手を叩く。
「角のこと気にしてる? それなら問題ないよ。なるべく髪色とか自由な平成後期辺りに行くつもりだけど、やっぱ目立つだろうから、小狐丸さんや一期さんとかの髪色派手勢が一緒に行く場合はキャップ被ってもらうからね。全員強制的に平成後期の流行の服を着てもらうし、清光くんのその可愛い角もキャップで見えなくなっちゃうよ」
それにお祭りだから若い人は普段よりそれなりに派手にしているのと、他ごとに目が向いているため大丈夫だと胸を張ると、漸く加州の肩が下がり、安定と連れ立ってスケジュールを見に行った。
「小狐丸と…あるじさま、ぼくもきゃっぷとやらをかぶるんですか?」
「被るよー。もし今剣くんが一緒なら、髪形もアレンジさせてね。平成後期とは言えその見た目で白銀ロングは中々…」
小学低学年の見た目の今剣にその髪型をさせているとなれば、一緒にいる大人組、もしくは短刀ばかりであれば花車に非難の目が集中砲火になるのは目に見えている。それだけは避けたい。
今剣の場合上手くいけばアルビノということで何とかなるかもしれないが、そもそも他の刀剣男士もその見た目の美麗さから別の意味で視線を集める結果になるだろうなと、計画をしたものの若干の面倒さが首を擡げてきた。
「わかりました! あるじさまをこまらせたくないですしね」
「うむ、そうだな。ほら今剣、我らも選びに行こうぞ」
ふたりして広間の真ん中へ向かったので、残された小狐丸に花車が「選ばないの」と訊ねる。
「…随分思い切られたと思いまして」
「ああ、お金かかるのにって?」
「はい」
小狐丸の素直な感想に、花車は思わず吹き出す。
「そうだよね。でもさ、みんなに…知ってほしくて。人間の世界ってまだまだ楽しいことたくさんあるんですよって。勿論23世紀まで現存してて保管されてる組は知ってることもあるだろうけど、やっぱり自分の目で見て肌で感じるものとは違うじゃん?」
盛夏前のまだ雨の水分が残るむわりとした空気も、夜の暗さと祭りの明るさも、人々の笑顔と喧騒、
もちろん今回で全員が行けるわけではないので、今後も折を見て計画をしていくつもりである。
「…そうですね、見ていた酒の味と実際の味は随分と乖離がありました」
「ふふ、でしょ。だからみんなには日本のお祭りをぜひ体感してほしいの。御神刀として奉納されてたことがあっても、体感したことはないだろうから」
そうでしょ? と小狐丸を見上げる花車はとても楽しげだ。
紙の前では、祭りの名前の横に開催地も記されているからか、その土地に思い出があるそれぞれがなにやら祭りそっちのけで話している。
そろそろと花車が近寄って見れば、誰かが飾り棚から鉛筆を持ってきており、行きたい祭りに全員の印がつけられていた。移動距離を考えての事だろうか、あまり東北や関東の方の祭りには丸がなく、西日本ばかりチェックされている。
気遣いに花車がほっこりとし、そしてうんうんと頷きながら目を一通り通す。
「じゃあ、発表するね。日程順に……祇園山笠、京都祇園祭、津和野祇園、天神祭、以上です! つまり四つの祭りなので今回の同行人数は12にんになります! 勿論、来月以降もあるから今回の籤に外れても落ち込みすぎないでね」
花車が声高らかに宣言しつつ、紙を引っ繰り返すと置いてあった鉛筆で長さ適当な44本の線を引き、ランダムに梯子をかけていく。そしてその紙を縁側まで引きずっていくと、広間にいる全員に見えないようにハズレと祭りの名前をこれまた適当に綴ってから二重に折りたたむ。
「ほい、じゃあ私が名前書いてくから、指さして! 順番はお互いに話し合いでも譲り合いでも何でもどうぞ」
そういうと祭りと聞いてソワソワしっぱなしだった愛染が我先にと挙手をして花車の元に走り寄り、一本選んだ。それを皮切りに続々と和やかに線を選んでいき、あっという間に全員が選択し終わる。
「よし、じゃあ結果発表ね……えっと…ちょっと待って、数多すぎ。ちょ、別の紙に書き出すわ」
もたもたとしつつも素早く梯子をなぞり、数分後にやっと結果が出る。その間、全員が若干そわそわしていた。
「えっと、はい。出ました! 読み上げまーす。まず、祇園山笠は、愛染くんと山伏さん、それから光忠さんです。京都祇園は長谷部さん、蛍丸くん、小狐丸さん。津和野祇園は鶴丸さん、鳴狐さん、大倶利伽羅さん。天神祭は江雪さん、国広さん、五虎退くん、以上です! 今回外れでも、また次回あるし、次回は今回いけた方は除外です!」
名前を呼ばれて一喜一憂する面々を見て、出来れば全員連れて行きたかった花車の心はぎゅっと痛くなる。
それでも全員を連れて本丸を留守にするわけにいかない上、いくら高級取りで預貯金があるとは言え、
「今からは現世、かつ平成後期軸に行くにあたって、その辺りのマナーやルールを教えるよ。私にとっても完璧な時代じゃいけど、近いからまだわかるし! それから服だったり小物を用意するから、サイズも図るね。カタログを後で渡すから、そこから着てみたい服選んでください」
刀剣男士の服飾に関しては経費で落ちるものなので花車の懐事情を組まなくてもよい。
勿論過度に買い込むのは問題だが、今回の場合、20世紀時代に調査に行くとでも銘を打てば1着2着なら余裕で経費扱いになることは、こんのすけに聞き及び済みだ。
諸々注意事項や当日残るメンバーの出陣について話せば、午前ももう終わり掛けで漸く解散となった。
「いよっしゃぁ! 祭りだ祭り! 国行は残念だったけどまた来月あるしな!」
「国行は大丈夫でしょ。なんならあんまり気乗りしてなかったんだから、外れてラッキーくらいじゃないの」
「ひどいな自分ら…。寧ろ自分らが行くんやったら俺も行きたかったんやけど…」
「でも、行けても一緒の祭りとは限らないぜ? 俺も蛍も違うしな」
「それや。主はんのいけず…」
来派が大騒ぎしながら二階へ行けば、粟田口派も五虎退と鳴狐の服を選ぶのだなんだと騒ぎながら広間を出て行った。太鼓鐘も、光忠や大倶利伽羅が行くのであればかっこよくしなければと笑い、鶴丸もそれに便乗して出ていく。
大勢のものがそれぞれの場所へ散り散りになる中、加州があからさまに落ち込んだ溜息をついて机に項垂れた。
それに対してそろそろと花車が近付き、座り込む加州の隣に腰を下ろす。
安定はそんな二人を見て、任せたとアイコンタクトを送ると和泉守の背中を堀川と一緒に押して出ていき、賑やかだった大広間はとたんに静かな二人きりになる。
「清光くーん」
「……なに」
「落ち込んでるねぇ……。来月もあるんだよ?」
「知ってる」
「…でも今回行きたかった?」
「……うん。今回行ったら次行けないのもわかってるけど…でも、俺は主とずっと一緒にいたい」
俯せになっていた顔を花車の座る方向に向けると、その赤紫のオッドアイが悲し気に揺れる。綺麗な顔でそれは卑怯だと、花車が眉を下げつつよしよしと加州の髪を撫でた。
こうやって甘やかす様なのも本来はいけないのだろうかと思うが、落ち込む加州を一人にしている方が危険思想になりかねないと花車は思う。
「ありがと。そう言ってくれるの嬉しい。…ね、清光くんのさ、ずっと一緒にいたいってどこまで?」
いい機会だと思って花車が加州と同じような体勢になって聞いてみる。
加州の目がうろ、と彷徨ってから、静かに目を閉じて細い息を吐いた。
「……ごめん。俺のこの感じのせいで主に迷惑が掛かってるの、理解してる。俺重い。ほんとごめん…でも、俺…主のこと好きなんだ」
声を震わせてそう話す加州に、感情移入の激しい花車も若干鼻がツンとする。
「…うん。ありがとう。…ね、その好きって、この前言ってた神隠しの話に繋がっちゃったりする…?」
「…わからない…わかんないんだ……」
眉を寄せて、落とした声量は小さかった。
安定が言っていた通り、加州は自分の気持ちに自分が追い付ていなかった。今度こそ捨てられたくない愛されたいが主張しすぎて、主である花車に盲目的に執着してしまっている。
そしてそれを、自分自身でもちゃんと戸惑っていることに花車はほっとした。
「清光くん。心配しなくても、私は清光くんのことを捨てたりしないし、可愛くないとかカッコ良くないとか思わないし、愛さないなんてこともないよ。勿論、みんな平等に仲間として愛してる」
いつか、その平等な博愛が消える時が来るかもしれないことは伝えなくともいいだろうと判断する。今必要なのはこの自分の気持ちに振り回されて疲弊してきている加州を癒すことが先決だ。
「清光くんは私のことを主として慕ってくれて、好きでいてくれる。本当にありがとう。私も、清光くんのこと、大事な仲間として、そして烏滸がましいけど友人として、とっても好きだよ」
「……す、き…?」
「うん。清光くんのこと大事だよ。不安なら毎朝毎日言ってあげるよ。捨てないよ大事だよって」
ふにゃふにゃした笑顔で花車が答えれば、加州の目がじんわりと滲みだす。
鼻の頭を赤くしたまま、加州がうんうんと小さく頷く。心なしか、額の角が小さくなったように見えたのは、気のせいではなかった気付くまであと少し。