無変換だと本名は千鶴(ちづる)、審神者名は花車(はなぐるま)になります。
花車
名前変換
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※刀剣男士の神隠しについて独自解釈あります。
※私としては実際は拐かし、間引、家出などの説を推してます。神隠しはファンタジー的にあると幸せです。
――文月某日
『……――…繋がりました。あらましをお伝えいたします』
静かな広間に瑠璃の声が落ちる。
花車と大和守安定、小狐丸、加州清光が画面に相対して座し、瑠璃からの仔細報告を聞いた。
蕨審神者本丸の特別調査任務を受けることは、本丸の全員に周知をし、全員から許可を得た上でこんのすけへ取り次いでもらった。蕨審神者との確執や相手方の本丸についてもきちんと全員へ説明をすれば、だれもが快く頷いてくれた。
今回はこんのすけより受諾した通知が上官へ行った結果、瑠璃からの入電が入ったのだ。
調査対象は越中国の蕨審神者が治める本丸。
機能停止はしていないが、審神者は現在行方不明、神隠しを行い常世 に雲隠れしていると思われること、現在顕現している短刀9振は全て修行明けであり、練度も高い上に主への忠誠心共に結束力も高い。
なお、初期刀であるはずの小夜左文字だけは存在が確認されず。
瑠璃から淡々と紡がれる言葉は酷く事務的で、やはり遮音結界を張ってあったあの時だけが、素の瑠璃だったのであろうと花車は思った。瑠璃の後ろに控え座す毛利藤四郎が面白そうに口元を歪めて居るのを見るに、彼はきっと普段の瑠璃を知っているのだろう。
「…かしこまりました。審神者並びに本丸の情報は確認しました」
『では次に、調査任務の内容です。蕨審神者の居住する本丸内部に赴き、その現状の把握と審神者並びに小夜左文字の居場所の確認。蕨審神者本人とコンタクトが取れた場合、今後の運営についての意思確認。また、審神者を離職するという場合は速やかに政府へ報告をし、蕨審神者により顕現している刀剣男士の刀解もしくは今回調査に当たる花車審神者の本丸での引取を行うこと、以上です』
「……はい」
瑠璃と、いや、上官と正式な仕事を請け負うための場故か、花車は珍しく常装を着こんでいる。
夏用で薄いといえど、ただでさえ普段着よりも着込むものであるため、広間のクーラーの設定温度はかなり下げた。それであっても、袴の紐部分がじとりと汗をかいて不快であり、少しきつく締めすぎたのか若干腰回りに苦しさもある。重襟もなるべく涼しげなものを選んだが、表着を羽織るためこれまた暑い。麻でできていても暑いものは暑い。
普段ノースリーブワンピに、出かけるときは薄手ジャケットしか着ない花車からすれば和服はマゾの着るものだと思っている。
審神者となった段階で特例の神職身分が与えられるため、その身分であれば全員が本来は、今回の花車のように常装を着ねばならない。
けれどもそこは政府も自由にどうぞというスタンスで、そもそも本庁とは何の関係もないので、花車のように普段着を着ようが、菫の様にゴスロリであろうが琥珀の様に和服であろうがなんだっていい。けれども政府内部に努める審神者は動きやすいようにと基本が袴姿、巫女装束である。
額当 の境目部分を少しだけ中指で擦りながら、花車が下げていた頭を上げる。
「瑠璃さん。一ついいでしょうか」
『なんでしょうか』
「もし、……蕨審神者の居場所を確認できない場合はどうすればいいでしょうか?」
『調査は一日限定ではありませんので、居場所がわかる…というよりは、花車審神者の気の済むまで続けてくださって結構です。ですが、その間いくら長期間であっても花車審神者の治める本丸近隣に遡行軍が出現した場合は討たなければなりませんので、花車審神者の本丸にいらっしゃる刀剣男士の皆様には出陣していただきます。また、調査を断念される場合は報酬の支払いがないだけであって何かペナルティがあるわけではございません』
「…わかりました」
花車が恭しく再び頭を下げれば、瑠璃は健闘を祈る旨と後日蕨審神者の本丸に繋がる座標札をこんのすけ経由で送ることを伝えると、ぷつりと通信が終わった。
あっさりした遮断に、他の政府職員の目でもあったのだろうかと思うが、一先ずはこの暑苦しい常装を脱ぎ捨てられることになって花車はほっとした。
「お疲れ、主」
「お疲れ様。僕お茶持ってくるよ」
加州が額当を、小狐丸が花車の表着を受け取り、安定が大広間を出て台所に向かう。
ようやく軽装になった花車はぐっと伸びをしたあとにそのまま大の字で畳に寝転がった。
表着を大衣桁にかけた小狐丸が片眉を引き上げるが何も言わず、少しだけ離れた位置に座して花車を見る。
「ぬしさま、調査任務が始まりましたらどのように隊分けをするのですか?」
「…んー……」
花鳥が描かれた天井絵を見つめたまま花車が空返事をすれば、額当を麻布の上に丁寧に置いた加州が、四つん這いで移動して仰向けの花車の顔を覗き込む。
「俺、絶対主と一緒に調査任務行く」
「……うーん、うん…清光くんは決定してる。向こうの練度が高いのは確定だから、打ち合いになった場合を想定してこっちも重装備で赴かないとだし…」
向こうは短刀のみ。
短刀は小回りが利くため室内戦を望むだろうから、こちらの戦力とトントンにするには、庭まで引きずり出すことが大前提だ。であれば、機動の低さや大振りになりがちな大太刀はまず除外する。槍も薙刀も短刀相手では分が悪すぎる。極端に言えば忍者を相手取る関取になってしまう。
平野戦であれば問題はないが、室内でなくとも庭には大立ち回りの邪魔をする花木や庭石があるため、彼らを動かすには荷が重い。であれば同じ短刀のがよいのは確かだが、まだ花車の本丸には修業明けの短刀はいない。
向こうからすれば相手にもならないだろう。かと言って、打刀や太刀で固めて庭で応戦をしたとしてもほとんど勝ち目はないが。
「きっと致命傷も与えられないだろうし……いや、そもそも、討ち入りにいくわけじゃないんだから、そんな大所帯部隊で行きたくないのが本音なのよ。だってこっちがおっしゃおらぁ!みたいなさ、やる気満々の感じだったら向こうも最高潮に警戒するじゃん?」
「どこかで聞いたセリフですね」
「…あ、確かに! ふふー、最初に母屋攻略しようとしたときにも私、一緒のこと言ってたかも」
懐かしいなぁと笑いながら言う花車はころりと転がって起き上がると、今度は机にだらんと体を預けて座る。
安定が全員分のお茶を持ってきて花車の前に置くと、「僕は残ろうか」と言いながら台所から勝手に拝借してきたミニバムクーヘンを小袋から出して食べた。
「あー! そのバウムクーヘン鯰尾くんのだよ!」
「そうだったの? 名前書いてなかったから主のかと思った」
「…え? 私のだったら食べていいって言う発想なの?」
「違う違う。主のだったら別に今だしてきて、みんなで食べても問題ないでしょってこと。だって本人いるんだし」
「…そうだけど! なんか釈然としない!! てかどちらにせよこれは鯰尾くんが楽しみにしてるやつだから没収。すいば堂のかりんとうにしよ」
言うなり、花車は立ち上がって、安定が持ってきたバウムクーヘンの大袋を持って台所に消えていった。
「…日に日に遠慮と言うものが消えているような気がするのは気のせいか」
「そんなことないよ。小狐丸さんだって、主に対して毛繕いしろだの構えアピールしはじめたじゃん」
「毛艶がいい方が、自分のやる気が違うだろう」
「あ、それはわかるな。爪上手く塗れた時は一日テンションが上がる感じ」
「……僕、ふたりの意見に同調できないな…」
ジャンルは違えどうんうんと頷きあっているふたりを見て、安定が顔を引き攣らせていると、花車が白い箱を持ってきて机に中身を広げる。
がさがさと数種類の味に分けられた小袋を出して、机から離れた場所にいる小狐丸と加州を手招きした。
「何味でも好きなの食べて。まだまだ箱で買ってあるからみんなの分気にしなくて大丈夫だよー」
「じゃあ僕これ」
ざらめのかりんとうを安定が開け、加州がわさびを、小狐丸がやさいかりんとうを選んだ。花車はミルクティー味を選んで各々袋を開けるとポリポリ食べ始める。
なんとも平和な時間ではあるが、花車の頭には今後どのようにするかの人選を行っていて、一本食べ終わったあとに「うん」と頷いた。
「決めた。蕨さんのとこ行くのは、清光くんと小狐丸さんと鯰尾くん、鳴狐さんにする。安定くんは私不在の間、本丸を任せるね。頼りにしてるからね」
「え、お…、ううん……うん。任せて!」
花車に力強い目で留守を任された安定は、咀嚼していたのを慌てて飲み込んでしっかりと頷いた。
加州は一緒に行くことに安堵はしつつも、安定への信頼感が垣間見えたやり取りに、少しだけ眉根を寄せて不貞腐れる。それを横目で小狐丸が見咎めて、小さく嘆息を漏らす。
「加州」
「……わかってるよ。俺より安定のがほんの少しだけど付き合い長いし、主の初期刀だっていうのもさ」
小狐丸と加州が声を顰めながら会話をしていれば、くるりと花車の顔が加州を見た。
「清光くん、よろしくね。また明日の午前中、鯰尾くんと鳴狐さんを呼んでどういう動きにするか話そうね」
「あ……うん……うん!」
「一先ずはさ、こっちに敵意がないってことをわかってもらいたいからちゃんと正面から入るつもりだけど、開けてくれるかな……」
急に弱弱しくなって花車が机に顔を預けて項垂れる。
ぽりぽりとかんりとうを食べ続けていた小狐丸が、「相手方の仔細はおわかりで?」と涼やかな表情で聞いた。
「仔細……ちょー強い短刀9振りいるのと、滅茶苦茶主への忠誠心が高くて結束力強い……で、多分だけど初期刀の小夜左文字が蕨さんを隠してる…で、ここからは私の憶測だけど、小夜左文字は何か、蕨さんに同調するものが強くあったんじゃないかな」
「同調…? ていうと、小夜左文字は復讐心の逸話だったから、それ関係かな」
「うん。私もそこだと思ってる。蕨さんの心の内に残っている復讐心と小夜左文字の成り立ちと、お互いの信頼関係が合致してさ。うちにいる小夜くんを見た感じでしかわかんないけど、小夜くんは復讐心を大切にしてるじゃん? それはまあ小夜左文字を形作るために必要だからだと思うんだけど、でもそれを他人に強要はしないし、なんなら自分以外は復讐なんて考えない方がいいみたいなとこあるから、きっと優しいんだと思う」
つらつらと挙げ連ねるのは小夜左文字に対しての見解であり、内容を聞く分には刀剣のことをしっかり見ているのがわかるが、頬杖を突きながらかりんとうを食べている姿では感銘もなにもない。
安定が「態度」と言えば頬杖はやめた。
花車の視線がすいと動いて、小狐丸に留まる。
「ね、よくわかんないんだけど、神隠しって実際のところなんなの? 一般的にだと神様によって人間が現実世界から消えるってことくらいの認識なんだけど。…あとは実家だと、誰かが亡くなった時に神棚を半紙で隠してるやつを神さん隠しって言ってたくらいかなあ…」
「……それで何故私の方を向いているんでしょうか?」
「いやあ、この中で一番生きてる…? え、生きてるであってる? まあなんだっけ年齢ていうか年数高いし、人間離れしてる見た目的にもそういうの知ってるかなぁって、安直な考え?」
花車にヘラヘラ笑いながら問われた小狐丸は、怪訝に眉を顰めるが、かりんとうを置いて次に茶を飲めばその眉間の皴を消し去っていた。
「神隠しとは、神だけが行うものではなく、鬼や狐、妖などに連れ去られた場合も等しくそう呼びます。…隠し方はそれぞれだと思いますが、高天原におられる神ならそれこそ指一つでその者をその場から消すことが出来ましょう」
「え、北斗じゃん…指先一つとか…こわ……。でもあれ? なんか政府からは本名と生年月日は出さないようにって言われたんだけど、指ひとつならもはや関係なくない?」
花車が慄けば、加州が頬杖をつきながら「呪いでしょ」と不貞腐れたように呟き、再び深緑のかりんとうを口に入れた。その後を小狐丸が引き継ぐ。
「…氏名と生まれ月日がなければ呪詛をできません。その制約は、私達からの神隠し防止というよりも、審神者同士での呪詛の制限とみてよいでしょう」
「勿論、名前を知っていれば本人を引っ張りやすいから、末端の神や妖なんかは名前を必要としているけど。指一つ意思一つで人を隠すなんて地神 くらしか無理だよ」
「俺達の場合、審神者から顕現する力を供給してもらってるからね。名前だけで問答無用になんて無理だね。だから名前でまず意識を引っ張って、それから依り代である刀を隠したい人間に突き刺せば完了。鬼だと無理やり自分の縄張り迄連れ去るだろうし、他の妖もそれぞれでやりようがあると思うよ」
次々に三振りが答えてくれるが、花車は一先ず審神者同士の呪詛という恐ろしい響きのものがあることにゾッとした。
確かに最初の説明の時に「呪詛で亡くなった」というセリフを聞いた覚えはあるが、その時は刀剣男士からのものだと思い込んでいたからだ。今考えてみれば、神の末席に数えられる刀剣男士達が審神者を呪うことはない。
祟ることはあろうが、それもそうそう審神者の力で呼び起こされ受肉しているのであればないことである。であれば、呪詛で死んだ審神者はよその審神者からの呪いによって死んだということだ。
審神者は遡行軍との戦いが目的だというのに、人間同士で何を空しく恐ろしいことをしているのだと思う。
「…色々と怖いことを教えてくれて、ありがと……」
げんなりとしていれば、小狐丸がぽつりと「審神者に適用するかどうか知りませんが、神隠しに会った人間は上手く帰ってこられる場合と、魂魄だけ永遠に常世に囚われ、肉体のみ見つかる場合、それからどちらも永久に見つからない場合があります」零す。
「…えと、それってつまり、見つからなければ死…」
「そーね。まあそもそも、人間の寿命って短いからその見た目で留めておきたいなら魂だけで充分なんだよ。常世だと魂だけでも人形は保てるし」
「妖も大体は肉体が現世 にあって、大事な核となる魂は常世にあるのが多いよ。地神とかになってくると肉体も何もかも常世だけどね。会ったこともないから知らないけど」
加州と安定が笑いながら会話をするが、花車は生きた心地が先程からずっとしていない。
口の中に広がっていたはずのミルクティー味も消え去って、今はもそもそと欠片が舌の上に転がるばかりだ。
普段は和やかに一緒に暮らしているからわからなかったが、こういう話をされると人間ではないと思い知らされる。
「え、じゃあ…私もみんなに名前を教えて意識引っ張られたら、そのあとその刀で刺されたら隠されるってこと…?」
審神者を簡単に神隠しなんてできないと加州はいうが、つまり条件さえ揃えばできるというわけだ。
名前の認知と体を突き刺す、言うなれば肉体と依り代の接触。それさえクリアすればできるということだろうと花車が三振りを窺えば、一様に笑う。
「ぬしさまの人となりを残して隠したいと思えば、お互いの意思も重要になります。ぬしさまが、いえ…審神者が一緒に居たいと思わなければ常世に連れて行っても意識が廃人になってしまいます故、もうそれは審神者本人ではありません」
「大体刀剣男士が審神者を隠したいと思うのなんて、男女問わず伴侶にしたいくらいでしょ。別に現世 で縁を結んでもいいけど、そうなると絶対人間のが先に死ぬし、そうあってほしくないからある程度のとこで常世に連れていくこと考えるんじゃない?」
小狐丸と安定の解りやすい答えに、花車は少しだけホッと肩を降ろす。
「あとは余程神や妖に好かれている者だと、見守っていたいがためにその者を助ける間、隠す場合もありますが…」
「それ、結局いずれは黄泉の国に行くんだからさ、ハナから常世に連れて行けばいいじゃんって思うんだよね、俺」
加州の物言いに、小狐丸が目で咎める。
安定も呆れた目で加州を見るが、何を言うでもなく茶を啜った。
「…まあ、それぞれの考え方はひとまず置いておくとして……神隠しの事ととかよくわかったし、小夜左文字もそれでいけばきっと、蕨さんを助けるために刺したってことだよね…あれ……これって肉体どうなってるの…蕨さん引きずり出すってわりと高難易度じゃ…」
花車が頭を抱えれば、小狐丸がかりんとうの咀嚼を再開してなんともなさげに「ぬしさまの力量次第です」と冷たく言い放った。
※私としては実際は拐かし、間引、家出などの説を推してます。神隠しはファンタジー的にあると幸せです。
――文月某日
『……――…繋がりました。あらましをお伝えいたします』
静かな広間に瑠璃の声が落ちる。
花車と大和守安定、小狐丸、加州清光が画面に相対して座し、瑠璃からの仔細報告を聞いた。
蕨審神者本丸の特別調査任務を受けることは、本丸の全員に周知をし、全員から許可を得た上でこんのすけへ取り次いでもらった。蕨審神者との確執や相手方の本丸についてもきちんと全員へ説明をすれば、だれもが快く頷いてくれた。
今回はこんのすけより受諾した通知が上官へ行った結果、瑠璃からの入電が入ったのだ。
調査対象は越中国の蕨審神者が治める本丸。
機能停止はしていないが、審神者は現在行方不明、神隠しを行い
なお、初期刀であるはずの小夜左文字だけは存在が確認されず。
瑠璃から淡々と紡がれる言葉は酷く事務的で、やはり遮音結界を張ってあったあの時だけが、素の瑠璃だったのであろうと花車は思った。瑠璃の後ろに控え座す毛利藤四郎が面白そうに口元を歪めて居るのを見るに、彼はきっと普段の瑠璃を知っているのだろう。
「…かしこまりました。審神者並びに本丸の情報は確認しました」
『では次に、調査任務の内容です。蕨審神者の居住する本丸内部に赴き、その現状の把握と審神者並びに小夜左文字の居場所の確認。蕨審神者本人とコンタクトが取れた場合、今後の運営についての意思確認。また、審神者を離職するという場合は速やかに政府へ報告をし、蕨審神者により顕現している刀剣男士の刀解もしくは今回調査に当たる花車審神者の本丸での引取を行うこと、以上です』
「……はい」
瑠璃と、いや、上官と正式な仕事を請け負うための場故か、花車は珍しく常装を着こんでいる。
夏用で薄いといえど、ただでさえ普段着よりも着込むものであるため、広間のクーラーの設定温度はかなり下げた。それであっても、袴の紐部分がじとりと汗をかいて不快であり、少しきつく締めすぎたのか若干腰回りに苦しさもある。重襟もなるべく涼しげなものを選んだが、表着を羽織るためこれまた暑い。麻でできていても暑いものは暑い。
普段ノースリーブワンピに、出かけるときは薄手ジャケットしか着ない花車からすれば和服はマゾの着るものだと思っている。
審神者となった段階で特例の神職身分が与えられるため、その身分であれば全員が本来は、今回の花車のように常装を着ねばならない。
けれどもそこは政府も自由にどうぞというスタンスで、そもそも本庁とは何の関係もないので、花車のように普段着を着ようが、菫の様にゴスロリであろうが琥珀の様に和服であろうがなんだっていい。けれども政府内部に努める審神者は動きやすいようにと基本が袴姿、巫女装束である。
「瑠璃さん。一ついいでしょうか」
『なんでしょうか』
「もし、……蕨審神者の居場所を確認できない場合はどうすればいいでしょうか?」
『調査は一日限定ではありませんので、居場所がわかる…というよりは、花車審神者の気の済むまで続けてくださって結構です。ですが、その間いくら長期間であっても花車審神者の治める本丸近隣に遡行軍が出現した場合は討たなければなりませんので、花車審神者の本丸にいらっしゃる刀剣男士の皆様には出陣していただきます。また、調査を断念される場合は報酬の支払いがないだけであって何かペナルティがあるわけではございません』
「…わかりました」
花車が恭しく再び頭を下げれば、瑠璃は健闘を祈る旨と後日蕨審神者の本丸に繋がる座標札をこんのすけ経由で送ることを伝えると、ぷつりと通信が終わった。
あっさりした遮断に、他の政府職員の目でもあったのだろうかと思うが、一先ずはこの暑苦しい常装を脱ぎ捨てられることになって花車はほっとした。
「お疲れ、主」
「お疲れ様。僕お茶持ってくるよ」
加州が額当を、小狐丸が花車の表着を受け取り、安定が大広間を出て台所に向かう。
ようやく軽装になった花車はぐっと伸びをしたあとにそのまま大の字で畳に寝転がった。
表着を大衣桁にかけた小狐丸が片眉を引き上げるが何も言わず、少しだけ離れた位置に座して花車を見る。
「ぬしさま、調査任務が始まりましたらどのように隊分けをするのですか?」
「…んー……」
花鳥が描かれた天井絵を見つめたまま花車が空返事をすれば、額当を麻布の上に丁寧に置いた加州が、四つん這いで移動して仰向けの花車の顔を覗き込む。
「俺、絶対主と一緒に調査任務行く」
「……うーん、うん…清光くんは決定してる。向こうの練度が高いのは確定だから、打ち合いになった場合を想定してこっちも重装備で赴かないとだし…」
向こうは短刀のみ。
短刀は小回りが利くため室内戦を望むだろうから、こちらの戦力とトントンにするには、庭まで引きずり出すことが大前提だ。であれば、機動の低さや大振りになりがちな大太刀はまず除外する。槍も薙刀も短刀相手では分が悪すぎる。極端に言えば忍者を相手取る関取になってしまう。
平野戦であれば問題はないが、室内でなくとも庭には大立ち回りの邪魔をする花木や庭石があるため、彼らを動かすには荷が重い。であれば同じ短刀のがよいのは確かだが、まだ花車の本丸には修業明けの短刀はいない。
向こうからすれば相手にもならないだろう。かと言って、打刀や太刀で固めて庭で応戦をしたとしてもほとんど勝ち目はないが。
「きっと致命傷も与えられないだろうし……いや、そもそも、討ち入りにいくわけじゃないんだから、そんな大所帯部隊で行きたくないのが本音なのよ。だってこっちがおっしゃおらぁ!みたいなさ、やる気満々の感じだったら向こうも最高潮に警戒するじゃん?」
「どこかで聞いたセリフですね」
「…あ、確かに! ふふー、最初に母屋攻略しようとしたときにも私、一緒のこと言ってたかも」
懐かしいなぁと笑いながら言う花車はころりと転がって起き上がると、今度は机にだらんと体を預けて座る。
安定が全員分のお茶を持ってきて花車の前に置くと、「僕は残ろうか」と言いながら台所から勝手に拝借してきたミニバムクーヘンを小袋から出して食べた。
「あー! そのバウムクーヘン鯰尾くんのだよ!」
「そうだったの? 名前書いてなかったから主のかと思った」
「…え? 私のだったら食べていいって言う発想なの?」
「違う違う。主のだったら別に今だしてきて、みんなで食べても問題ないでしょってこと。だって本人いるんだし」
「…そうだけど! なんか釈然としない!! てかどちらにせよこれは鯰尾くんが楽しみにしてるやつだから没収。すいば堂のかりんとうにしよ」
言うなり、花車は立ち上がって、安定が持ってきたバウムクーヘンの大袋を持って台所に消えていった。
「…日に日に遠慮と言うものが消えているような気がするのは気のせいか」
「そんなことないよ。小狐丸さんだって、主に対して毛繕いしろだの構えアピールしはじめたじゃん」
「毛艶がいい方が、自分のやる気が違うだろう」
「あ、それはわかるな。爪上手く塗れた時は一日テンションが上がる感じ」
「……僕、ふたりの意見に同調できないな…」
ジャンルは違えどうんうんと頷きあっているふたりを見て、安定が顔を引き攣らせていると、花車が白い箱を持ってきて机に中身を広げる。
がさがさと数種類の味に分けられた小袋を出して、机から離れた場所にいる小狐丸と加州を手招きした。
「何味でも好きなの食べて。まだまだ箱で買ってあるからみんなの分気にしなくて大丈夫だよー」
「じゃあ僕これ」
ざらめのかりんとうを安定が開け、加州がわさびを、小狐丸がやさいかりんとうを選んだ。花車はミルクティー味を選んで各々袋を開けるとポリポリ食べ始める。
なんとも平和な時間ではあるが、花車の頭には今後どのようにするかの人選を行っていて、一本食べ終わったあとに「うん」と頷いた。
「決めた。蕨さんのとこ行くのは、清光くんと小狐丸さんと鯰尾くん、鳴狐さんにする。安定くんは私不在の間、本丸を任せるね。頼りにしてるからね」
「え、お…、ううん……うん。任せて!」
花車に力強い目で留守を任された安定は、咀嚼していたのを慌てて飲み込んでしっかりと頷いた。
加州は一緒に行くことに安堵はしつつも、安定への信頼感が垣間見えたやり取りに、少しだけ眉根を寄せて不貞腐れる。それを横目で小狐丸が見咎めて、小さく嘆息を漏らす。
「加州」
「……わかってるよ。俺より安定のがほんの少しだけど付き合い長いし、主の初期刀だっていうのもさ」
小狐丸と加州が声を顰めながら会話をしていれば、くるりと花車の顔が加州を見た。
「清光くん、よろしくね。また明日の午前中、鯰尾くんと鳴狐さんを呼んでどういう動きにするか話そうね」
「あ……うん……うん!」
「一先ずはさ、こっちに敵意がないってことをわかってもらいたいからちゃんと正面から入るつもりだけど、開けてくれるかな……」
急に弱弱しくなって花車が机に顔を預けて項垂れる。
ぽりぽりとかんりとうを食べ続けていた小狐丸が、「相手方の仔細はおわかりで?」と涼やかな表情で聞いた。
「仔細……ちょー強い短刀9振りいるのと、滅茶苦茶主への忠誠心が高くて結束力強い……で、多分だけど初期刀の小夜左文字が蕨さんを隠してる…で、ここからは私の憶測だけど、小夜左文字は何か、蕨さんに同調するものが強くあったんじゃないかな」
「同調…? ていうと、小夜左文字は復讐心の逸話だったから、それ関係かな」
「うん。私もそこだと思ってる。蕨さんの心の内に残っている復讐心と小夜左文字の成り立ちと、お互いの信頼関係が合致してさ。うちにいる小夜くんを見た感じでしかわかんないけど、小夜くんは復讐心を大切にしてるじゃん? それはまあ小夜左文字を形作るために必要だからだと思うんだけど、でもそれを他人に強要はしないし、なんなら自分以外は復讐なんて考えない方がいいみたいなとこあるから、きっと優しいんだと思う」
つらつらと挙げ連ねるのは小夜左文字に対しての見解であり、内容を聞く分には刀剣のことをしっかり見ているのがわかるが、頬杖を突きながらかりんとうを食べている姿では感銘もなにもない。
安定が「態度」と言えば頬杖はやめた。
花車の視線がすいと動いて、小狐丸に留まる。
「ね、よくわかんないんだけど、神隠しって実際のところなんなの? 一般的にだと神様によって人間が現実世界から消えるってことくらいの認識なんだけど。…あとは実家だと、誰かが亡くなった時に神棚を半紙で隠してるやつを神さん隠しって言ってたくらいかなあ…」
「……それで何故私の方を向いているんでしょうか?」
「いやあ、この中で一番生きてる…? え、生きてるであってる? まあなんだっけ年齢ていうか年数高いし、人間離れしてる見た目的にもそういうの知ってるかなぁって、安直な考え?」
花車にヘラヘラ笑いながら問われた小狐丸は、怪訝に眉を顰めるが、かりんとうを置いて次に茶を飲めばその眉間の皴を消し去っていた。
「神隠しとは、神だけが行うものではなく、鬼や狐、妖などに連れ去られた場合も等しくそう呼びます。…隠し方はそれぞれだと思いますが、高天原におられる神ならそれこそ指一つでその者をその場から消すことが出来ましょう」
「え、北斗じゃん…指先一つとか…こわ……。でもあれ? なんか政府からは本名と生年月日は出さないようにって言われたんだけど、指ひとつならもはや関係なくない?」
花車が慄けば、加州が頬杖をつきながら「呪いでしょ」と不貞腐れたように呟き、再び深緑のかりんとうを口に入れた。その後を小狐丸が引き継ぐ。
「…氏名と生まれ月日がなければ呪詛をできません。その制約は、私達からの神隠し防止というよりも、審神者同士での呪詛の制限とみてよいでしょう」
「勿論、名前を知っていれば本人を引っ張りやすいから、末端の神や妖なんかは名前を必要としているけど。指一つ意思一つで人を隠すなんて
「俺達の場合、審神者から顕現する力を供給してもらってるからね。名前だけで問答無用になんて無理だね。だから名前でまず意識を引っ張って、それから依り代である刀を隠したい人間に突き刺せば完了。鬼だと無理やり自分の縄張り迄連れ去るだろうし、他の妖もそれぞれでやりようがあると思うよ」
次々に三振りが答えてくれるが、花車は一先ず審神者同士の呪詛という恐ろしい響きのものがあることにゾッとした。
確かに最初の説明の時に「呪詛で亡くなった」というセリフを聞いた覚えはあるが、その時は刀剣男士からのものだと思い込んでいたからだ。今考えてみれば、神の末席に数えられる刀剣男士達が審神者を呪うことはない。
祟ることはあろうが、それもそうそう審神者の力で呼び起こされ受肉しているのであればないことである。であれば、呪詛で死んだ審神者はよその審神者からの呪いによって死んだということだ。
審神者は遡行軍との戦いが目的だというのに、人間同士で何を空しく恐ろしいことをしているのだと思う。
「…色々と怖いことを教えてくれて、ありがと……」
げんなりとしていれば、小狐丸がぽつりと「審神者に適用するかどうか知りませんが、神隠しに会った人間は上手く帰ってこられる場合と、魂魄だけ永遠に常世に囚われ、肉体のみ見つかる場合、それからどちらも永久に見つからない場合があります」零す。
「…えと、それってつまり、見つからなければ死…」
「そーね。まあそもそも、人間の寿命って短いからその見た目で留めておきたいなら魂だけで充分なんだよ。常世だと魂だけでも人形は保てるし」
「妖も大体は肉体が
加州と安定が笑いながら会話をするが、花車は生きた心地が先程からずっとしていない。
口の中に広がっていたはずのミルクティー味も消え去って、今はもそもそと欠片が舌の上に転がるばかりだ。
普段は和やかに一緒に暮らしているからわからなかったが、こういう話をされると人間ではないと思い知らされる。
「え、じゃあ…私もみんなに名前を教えて意識引っ張られたら、そのあとその刀で刺されたら隠されるってこと…?」
審神者を簡単に神隠しなんてできないと加州はいうが、つまり条件さえ揃えばできるというわけだ。
名前の認知と体を突き刺す、言うなれば肉体と依り代の接触。それさえクリアすればできるということだろうと花車が三振りを窺えば、一様に笑う。
「ぬしさまの人となりを残して隠したいと思えば、お互いの意思も重要になります。ぬしさまが、いえ…審神者が一緒に居たいと思わなければ常世に連れて行っても意識が廃人になってしまいます故、もうそれは審神者本人ではありません」
「大体刀剣男士が審神者を隠したいと思うのなんて、男女問わず伴侶にしたいくらいでしょ。別に
小狐丸と安定の解りやすい答えに、花車は少しだけホッと肩を降ろす。
「あとは余程神や妖に好かれている者だと、見守っていたいがためにその者を助ける間、隠す場合もありますが…」
「それ、結局いずれは黄泉の国に行くんだからさ、ハナから常世に連れて行けばいいじゃんって思うんだよね、俺」
加州の物言いに、小狐丸が目で咎める。
安定も呆れた目で加州を見るが、何を言うでもなく茶を啜った。
「…まあ、それぞれの考え方はひとまず置いておくとして……神隠しの事ととかよくわかったし、小夜左文字もそれでいけばきっと、蕨さんを助けるために刺したってことだよね…あれ……これって肉体どうなってるの…蕨さん引きずり出すってわりと高難易度じゃ…」
花車が頭を抱えれば、小狐丸がかりんとうの咀嚼を再開してなんともなさげに「ぬしさまの力量次第です」と冷たく言い放った。