無変換だと本名は千鶴(ちづる)、審神者名は花車(はなぐるま)になります。
花車
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――文月某日
いつのころからかわからないけれど、思うことがあった。
「次に生まれ変わるなら、鳥になりたい、鳥になって自由に空を飛んで回りたい」
そんな非現実的なことを考えて、父に連れられて行った近所の寺で人間は人間にしか転生することができないのだと聞いて、願うことを叩きのめされた気がした。
しかも輪廻転生自体が苦行なのでそもそも生まれ変わるなどと言う輪廻からはさっさと抜け出さなければ、真の幸せは訪れないなどとも言われ、小6の頃べそをかきながら父と帰宅した思い出がある。
私があまりにも落ち込むものだから、今度は祖父母が奉公しているという神社に連れて行ってもらい、そこの宮司に神道では生まれ変わりは存在せず、代わりに死後は魂が浮遊し氏神となると説明を受けた。
「魂であれば自由に空も飛びまわれます」と目尻の皴を深くして腰を曲げて頭を撫でてくれた宮司によって、私は見事に仏教よりも神道に傾倒したのは言うまでもない。とは言っても特段普段の生活に変わりはなく、元々祖父母が神道教徒だったので家に仏壇はなく先祖の依り代祭壇があったし、霊祭もあった。
祖父が亡くなった時、母から学校の教師や友人には「霊祭ではなく、法事でお休みしますと言いなさい」と言われて、初めて神道はマイナーなのだと痛感した。
上空をゆったりと飛ぶサシバの腹の影を見ながら、花車は昔の記憶を思い出していた。
祖父の霊祭の時、当時付き合っていた彼氏も参列してくれると言うので仏教葬儀ではないことを伝えたうえで参列してもらった。
僧侶ではなく直垂の神職が多くいることに驚いていたが、玉串奉納もよくわからないのであたふたとして、終始大変そうであった。結局、兄の事件がバレて破局になってしまったが、あの人はいい人ではあったと思う。
「このような場所で寝転がっていると、熱に中てられますよ」
「あ、江雪さん。こんにちはー」
「……こんにちは」
仰向けになって楠の下で転がっていた花車の視界に現れたのは、縮木綿の作務衣を着た江雪だ。
冬の水面のような髪は綺麗に団子状にまとめられていて、ちらりと赤い組紐の先が下がっている。小夜がしたのだろうかと花車がぼんやり思っていれば、白い手を差し出してくる。
素直に掴まって身を起こし、木陰に入りつつ幹に背を預けた。
「なにをしていたのですか」
「鳥。鳥見てたの。ほら、あれ」
指さす先には上空を旋回しつつゆったりと飛んでいるサシバがいる。
その鳥の名前を花車は知らないが、随分優雅に、気持ちよさげに飛ぶものだと感心していた。
「ああ、…なるほど。大扇ですね」
「おーおうぎ?」
「大扇。元の主の影響か、多少なりとも話の
「へえ、そうなんだー…いいなぁ…あんなにすいすい飛べて」
ぼんやりと言い募る花車に江雪も隣に腰を下ろして空を見上げる。
道場から岩融の大きな笑い声と、厚の威勢のいい声、他にもそれらを応援するような歓声の様な声が聞こえてくる。
「主は鳥がお好きなのですか」
「好きっていうか、なりたかった、が正しいかなー」
「過去形ですね……」
「うん。今はもうそんな希望ないし、いい解決案教えてもらったからね。仏教はもう当てにせん!ってなったのもある」
「おや……私を前に言ってのけるとは、なんとも豪胆な……」
「わあ、ちがう! ごめんね。いいんだよ、人それぞれ信心があるのはいいことだし! ただ、私が仏教の教えで納得いかなかっただけというか」
自分の膝に頬を当てながらいじいじと足元の地面をいじる花車は、なんとなく幼く見える。
江雪は迷子の様に所在なさげな花車を見て、不安定な人間だと思った。
時に剛毅で、時に女性らしく、それでいて涙脆かったり感情に素直な人間に思えるが、それは子供っぽいとも評される。
けれど以前の審神者のように欲深さは見られず、それよりも加州からの執着のようなものに対して困ったように応対しているさまだ。
「何か説法に不満でもありましたか…」
「不満っていうか、昔、和尚さんに生まれ変わることは苦行なんだからさっさとそんな考え捨てなさいって言われたんだよね。鳥になりたいって言ったら。年端もいかない子供に朗々とよく言うなあって今になれば思うわ」
「なるほど……輪廻転生は苦行、そこからの解脱が仏への一歩であり悟ることでもありますから……」
「一緒のこと言ってたと思う。そもそも仏教は難しすぎたんだよね、私のポンコツ頭じゃ理解がおいつかないもん」
「…主は、生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終りに
「なになになに、なんて?」
普段ゆったりと夜の凪のように話す江雪が、ほんの少し口早に詩を唱える。
江雪と話すことに身構えていなかった花車は、大半を聞き逃して目を白黒させた。
少しだけ、二人の間に無言が流れ、空間を埋めるようにセミが鳴き喚く。
台所から「あっちーー!」と叫ぶ獅子王の声が聞こえた。
朝礼が終わってから、花車が買い集めた本わらび粉でわらび餅を大量に作ろうと勇んでいれば、有志が募ったので粗方作り方を伝授したあと、熱気籠る台所から涼むために花車は楠の下で寝転んでいたのだ。
今頃は小狐丸と獅子王、前田、歌仙と小夜が大鍋を奮闘しながらかき混ぜている頃だろう。
少量であれば問題ないが、全員分ということで大量に作るため、寸胴鍋三つを稼働させて鍋半分にわらび餅が入っているので、かき混ぜるへらも鉛のように重いはずだ。かと言って重さで怠ければ忽ちこびり付いて焦げてしまうので、満遍なく、休むことなくかき混ぜ続けなければならない。
「暗さは無知であり真実が見えていないことを言います……」
「復唱はしてくれなかった…。えっと、うん、ふんわりしかわかんないけど、暗いって先が見えないってことだから…見えないイコールわからない、で無知ってこと?」
江雪が頷くと、花車はほんの少しだけ安堵する。
会話について行くのに必死になってしまうため、あまりこの手の会話は苦手とするが、その腰を折ることが出来ない花車は久々に頭をフル回転させる。
「どこから生まれ、どこへ死んでいくのか…輪廻転生とはなにかを考えずに生き死にしていることを嘆いている大師のお言葉です……。輪廻は迷いとも捉えられ、その迷いから抜け出すことこそが救いなのです…」
「迷い、かあ……なんか、それって人間が生きてること自体がダメって言われてる気になるね」
「いえ……魂の救済が解脱です…。輪廻転生は無限ではなく終わりがきますので、そうなると魂は消滅してしまいます……その消滅を防ぐため、人間の魂を守るための解脱と、考えていただくといいかと……」
「あ、なるほどね。江雪さんのいい方ならわかりやすい! 生まれ変わるなんて下等な思考だーみたいな感じだったから余計に意味わかんなかったもん」
頬を膨らませて文句を言う花車は、足元にその僧侶がいるかのように砂をザリザリと指で押しつぶす。
それを咎めるでもなく、江雪はほんの少しだけ「当たりが悪かったようで」と薄く笑った。
「お、あ…初めて江雪さんの笑顔見たぁ…綺麗だねェ、羨ましい」
「ふふ、そうでしょうか…? あなたが来てからと言うもの、本丸にも私にも穏やかな日々が訪れて喜ばしい限りです……」
「それはどうもー。こちらこそ、みんなよくしてくれて嬉しい」
また再び、静かな時が流れる。
築山のほうから水音がしたため、池にカエルでも飛び込んだだろうか、と花車がそちらへ顔を向けると、今剣が枝とタコ糸を繋げて池に垂らしていた。その後ろに、見守るかのように大俱利伽羅と御手杵が佇んでなにか会話をしている。
何も泳がせていない為、釣れる魚はいないのに、と思うがわざわざ言うことでもない。
チリンと風鈴が鳴った。
小さく口を開ける。
「ねえ、江雪さんはさ、よく和睦って言うじゃん。あれってどういう意味なの?」
「……和睦とは、仲睦まじく平和で過ごせるように戻す行いを指します……私も日々和睦とは、と悩んでおりますが…主もなにか悩みがあるようで」
「…うーん。話し合って、仲直りと言うか、なんというか……そうしたい人がいるんだけど、相手の出方次第で迷うなって」
花車の脳裏には椿の後ろ姿が浮かぶ。今度の特別調査は受けることに認め、こんのすけを通じて瑠璃には伝えたが、やはり結果どうするかは決めあぐねていた。
そもそも、椿の出方次第でそれが変わる。椿が交渉に応じてくれるのであれば、刀剣男士は引き継がず、蕨審神者としてそのまま運営をしてもらいたい。
けれどそれには、何をもって常世に引きこもったのかを解明し、それを解消しなければならない。
万が一根底が花車の兄との事件につながっているのであれば、もうどうしようもない。できることはしたいが、死んだ兄の分はどうあがいても補うことが出来ない。
「なるほど……主のそれは、和解、ですね」
「…ん? 和睦と和解って違うの?」
築山を見ていた花車の視線が、きょとんとして江雪を見つめる。
その大きな瞳はオレンジががっているように見え、瞳に星が散っているようだと江雪は思った。
「個人間での諍いを解き、元の状態に戻す行いは和解です……和睦は基本的に国単位での行動を指します……」
「へえー…そうなんだ。え、じゃあ江雪さんはどことどこの和睦を願っているの? 政府と遡行軍?」
「正確に言えば……審神者率いる我ら刀剣男士の勢力を用いる政府と、歴史修正主義者側の審神者率いる遡行軍、ですね……お互いに信ずるもの、信念があるのはわかりますが……どうすればこの血で血を洗う戦がなくなるものかと思い悩む日々です……」
江雪の言葉には花車も思うところがある。
確かに歴史修正主義者の率いる遡行軍は本来の歴史を自分たちの都合がいいように改竄しようとしている。そして花車が所属する政府軍は“正統な歴史の維持”を求めている。
その正統な歴史は政府にとっての正統であり、歴史修正主義者からは正統ではないのだ。
実際、講義の時にもちらりと話されたが審神者の中には歴史に疑問を持ってそのまま遡行軍になるものがあるという。
花車としては、正統な歴史だのなんだのと言われてもピンとこない上に、守りたい歴史と言うものも特段ない。全てが教科書上の偉人の話で、八百万の神々の逸話とどう違うのか差異があまりないようにも見えた。
勿論、花車の直近の歴史である祖父母などが存在しなければ花車は産まれることもできなかったので、連綿と繋がる家系筋だけは守りたいとは思うが。
「教科書通りの歴史か、個人間での歴史かってとこだからそりゃ話し合いなんて難しいよね。かといって今みたいに斬った張ったで解決するのも違うって言うのはわかるなー…解決って言うか武力行使…?」
「そうですね……人殺しの道具がなにを、と言われればそれまでですが、本来であれば刀など佩かなくてもよい時代が訪れるのを…願うばかりです」
「うーん…でも、刀って斬るだけじゃないでしょ? 私の生まれた時代だと、刀は美術品の扱いだったし、あとは神様の依り代やご神体、武力の象徴で飾られているとか……色々あるけど、血を見る日本刀ってほとんどなかったと思うなあ」
「…そうですね……昭和以後平成期は確かに平和でした…私も実践刀として扱われることはありませんでしたし……まさかその後にこうやって呼び起され受肉をして自らを振るうとは……思いもしませんでしたが」
ぐぐっと伸びをして、花車が立ち上がる。
長く座り込んでいたせいか、若干ふらつくとすぐさま同じように立ち上がった江雪に支えられる。それに礼を言ってから、威勢のいい声を出す道場を背中に、母屋の台所へふらふらと歩きだす。
少しだけ迷ったが、江雪もその後をついて行った。
「江雪さんのいう和睦って、そもそも交渉しないと始まらないけど、遡行軍はおろか、政府側さえその交渉をしようとする姿勢がないのも考え物だね。今話してて思ったことだけど」
呟かれた言葉に、江雪はおや、と眉を上げる。
確かにその通りだ。
江雪一人が和睦交渉を願っていても、その上が話をする姿勢ではないのだから、そもそも始めることもできない。戦場でどれだけ声高に和睦を願おうとも、遡行軍は話ができる者たちではない。
であればその後ろにいるソレらを率いる者であれば、と思うがそもそもそこまで辿り着けず、そこでもたもたとしていればいずれ互いにとっての敵である検非違使が現れてしまう。そこで呉越同舟できればよいのに、遡行軍はそれが出来ないので結局互いにバラバラに戦うしかないのだ。
江雪は花車の背中に向けてひそりと口角を上げる。
少しだけ、何かが見えた気がした。
「…主…」
「なぁに」
「あなたが主で、よかったと…心からそう思います……」
「おおー? 急になになに?? 嬉しいけど!」
顔だけで江雪を振り向き、にこにこと歯を見せる。
その様子が江雪には酷く眩しく見えて、そして自分の思い悩む事柄について他人と意見を交わすことはこうも気が晴れるものなのかと夏の暑さだけでない、熱いものが腹の底から湧き上がる気がした。
花車と江雪が近付いてきたことに気付いた小夜が歌仙の裾を引き、わらび餅の出来具合を確認してほしいと頼んできたことによって、一先ずはこの政府軍と遡行軍の和睦についての諮詢は保留になった。