無変換だと本名は千鶴(ちづる)、審神者名は花車(はなぐるま)になります。
花車
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――水無月某日
朝から大雨が降っていたその日、花車は本日は一日休みとして朝礼で申し伝えた。
それから、近侍である大和守安定、三日月宗近、一期一振、小狐丸、加州清光、今剣を離れ迄来るように言うと、花車は難しい顔をしたまま足早に大広間を出て行った。
「…この間、政府の審神者が来ていたことと関係があるのか?」
茶を啜りながらのんびりと三日月が問えば、加州が小さく頷く。
花車の顕現鍛刀のおかげで短刀や打刀も随分と増え、今やほぼ全員の粟田口が揃っている大広間は賑々しく、朝礼は朝食後すぐに行われるのでその後片付けを笑いながらしている風景はなんとも和やかだ。
「多分、結構重い話だよ」
「ほう、そうか。とうとうこの本丸が解体されるのか?」
「じいさん、冗談キツすぎでしょ」
加州と三日月が軽口を叩きあうのを後目に、安定が花車の背中を追いかけるように大広間を出て行く。
真っ直ぐ離れに行ったのかと思えば、渡り廊下から降りて西側に作った温室に花車の姿があった。
この温室は本丸運営が通常通り再開を始めた折に、花車の提案で作り上げたものだ。温室は小ぢんまりとしているように見えてその実、天井は高く奥行きもあって広い。中は完全に花車の趣味で様々な草木花があり、基本的には薬草と呼ばれるものばかりだ。
常々四季を大事にしたいという花車だが、この温室の中だけは特別で、審神者の力を持って全ての草木花が毎日満開となっている。
「主」
黒いサッシで縁取られたドアを開けながら、入る前に声をかけると、花車はレオノティスの前に佇んでいた。
安定はその花がなにかは知らないが、随分派手な色だと思う。
「あれ、安定君。もしかしてみんなもう離れにいる感じ?」
「まだだよ。のんびり後片付けして、来るんじゃないかな。…随分明るい花だね。この時期の花じゃないでしょ」
レオノティスはオレンジのフワフワとした花火のような花だ。梅雨のうすどんよりとした今の時期にはあまり似つかわしくはない。
花車はそのオレンジの花の先端を指先でなぞりつつ薄く笑った。
「ふふ、うん。これは本当だと秋に咲く花だよ。秋色って感じだよね。夏でも綺麗に映えそうだけど。日本名だと火炎着綿って名前がついてるよ」
「キセワタ? それなら知ってるよ。五重塔みたいなやつ」
「そうそう、仲間。正確には違うけど。でもまあ、ちょっと似てるでしょ。こっちのはレオノティスっていう名前。レオノティスはこの赤い花びらを乾燥させてお茶にすると精神安定剤になるんだよ。使い過ぎ注意だけど」
「へえ…主は何でも知ってるね」
安定が感心したように言えば、花車は少しだけ照れ笑いをして「植物だけね」と呟く。
「大学時代、薬学部専攻してたんだよね。本当は、新薬の研究とかしたかったんだけど。…んーまあ、なんていうか審神者適正のハガキが来たから結局目先の金銭選んじゃった、ダメ人間だよ」
花車の脳裏には懐かしくなった研究室が浮かぶ。
新薬開発がしたくて4年制に進学しそのまま院に進むつもりだった。それなのに結局、口述試験対策を前にして政府からのハガキを目にし、色々と考えた結果審神者を選んだ。
勿論、教授や両親からも色々と言われたが、審神者を辞めた後でも院には進めると無茶な説得をしたのだ。奨学金も元々無利子の方を借り入れることが出来ていたので、審神者就任をすれば一括で元本返済をすれば今後、妹にかかる費用も楽になるなど、もろもろ口車に乗せた結果だった。
事実自分が苦労した分、妹には楽をさせたかったのもある。
国公立でも私立でも、大学卒業まで余裕になる分くらいは貯めておきたかったし、今後妹が結婚をする場合なども考えてその資金も貯めたかった。もう父は働くことが出来ないのだから、その分自分がめいいっぱい稼ぐことしか頭になかったのだ。
「薬学って、医者が勉強する奴だよね」
「うーん、そっか。江戸期辺りだとそうなのかな。私の時代は医者と薬を扱う人間は別の職業だったよ。私は医者になるんじゃなくて、薬だけを扱う人間に分類される感じかな。…まあ、結局院にも進まなかったからなんの資格もないんだけどね」
「へえ……後悔はないの?」
安定はぐるりと温室を見渡す。
基本的に花車以外は入室しなければ、花車がいないとそもそも誰も寄り付かない。この温室は「主」の聖域だとみながなんとなく、認識していたからだった。
所狭しと植物が植えられ、土から地植えしてあるものは背の高い天井ギリギリまで伸びている。どういう基準で植え分けているのかは安定にはわからないが、何となく順列というものはありそうだった。
温室に入ってすぐの右手には小さな小部屋があり、そこには低めの天井から多数の植物が吊るされて乾燥していた。広めの作業台もあることから、花車の小さな研究室のようにも思える。
「ないよ。今がとても充実してる」
そう笑った花車だが、とてもこの温室を見て言葉通りだとは思えなかった。
そんな会話をしているうちに、花車が安定に退室を促し、一緒に離れ座敷に入ると、既に大部屋にしてあった一の間と二の間を、花車の居室として使われている二の間を上座にして、呼ばれた全員が座っていた。
慌てて花車が謝罪をしながら、設けられた座布団に座ると、安定も花車の斜め後ろに控え座す。
「ごめんね、お待たせして。…この前、政府から新しい調査任務が言い渡されたんだよね。でね、まあ、断るのも承けるのも自由なんだけど、あらましをみんなにお話ししてから決めたいなって思って」
畏まって言う花車に、三日月が内容を訊ねると、花車は瑠璃から聞いた話を掻い摘んで重要な場所だけ話す。
別の本丸にいる、神隠しを行って運営放棄をしている審神者を断じること、その際、本丸を二つ率いることはできないのでそちらの審神者の本丸を解体するか、運営できるよう説得するか決めること、もし解体となった場合の刀剣男士引き受けをするかどうか、など。
話すにつれて、全員の顔が引き締まり、刀剣男士引き受けの話題で一期が手を挙げた。
「すみません、主様。引き受けと言うのは…全てでしょうか?」
一期が懸念していることは解っていたので、花車も素直に返事をする。
「うん。相手方…蕨審神者の本丸にいる全ての、短刀だよ」
一期は固まり、今剣が代わりに疑問の声を明るく上げた。
「たんとうしかいないんですか? ほかのとうけんだんしは ひとふりも?」
「うん。蕨審神者は特殊本丸だったみたいでねー、短刀しかいなかったんだって。だから、もし引き受けるなら短刀ばかりになるんだよね」
「ふーん、それってぼくもいますか?」
花車は文机に置いてある薄いガラスの様なタブレットを持って来て、操作をし、軽く頷く。花車にしか見えない仕様の画面には蕨審神者の本丸概要が記されていた。
「リストに名前があるねー。今剣くんは古参のひとりっぽい。初期刀は小夜左文字。それから…うん、なんとなくそうだろうなって思ってたけど、見事に粟田口じゃん。あとの刀派外は愛染国俊くらいかな」
それだけ言うと、タブレットを机に戻し、花車は腕組みをしてうーんと考える。
「私としては、…蕨審神者には言いたいことが沢山あってさあ、知り合いみたいなものだから受けてもいいかなって思ってんのね。でもそうなると蕨さんの神隠し解除して、引きずり出せたとしても、今後運営をするつもりが見込めないと引取しなきゃいけないじゃん? それってうちに短刀くんたちが来ることになって……」
「刀解か連結か?」
「そうそれ。勿論うちにいない刀剣男士さんだったらそのまま残留…かは
ちらりと花車の視線が向くのは、短刀の数が多い粟田口で兄と慕われる一期だ。弟たちを引き取ることに関して、どう思うのか、そこが懸念だった。
「一期さんはどう思う?」
「…私は、……その蕨審神者とやらの本丸で、弟たちが不利益を被っていないのであれば幸いですが、そうでないのであれば一刻も早く連れて帰りたいですな」
「一期さんの懸念は大丈夫っぽいよ。蕨さん、だいぶ短刀達を可愛がってったっぽいから」
花車は瑠璃から聞いたその日の夜には、様々な情報を収集した。
元々人脈が広く、演練参加以降着々とそのコミュ力で審神者同士の繋がりを強固にしている琥珀に夜間通信を行い、蕨審神者について調べてほしいとお願いしたのだ。
また、政府が監視している掲示板には期待はしないものの、ダメもとで検索をかけてみたりなどをしたが、後から琥珀が持ってきた情報にはやはりかなわなかった。
「色々調べたんだけどね。どうもあんまり他の審神者との交流も乏しかったみたいで、あんまりわかんなかったのが事実。それでも演練に出てた記録があって、当時を知ってる人からも琥珀くんが聞いてくれたよ。だいぶ練度が極まった修業明けの短刀たちばかりで、みんな主である蕨さんをかなり慕っていたみたい。演練相手の三日月宗近の首を短刀が切り落としたのが大事件って言われてるんだけど、それを最後に本当に演練に姿を見せなくなった…のと、政府からの音信不通の時期があってるから、そこでなにかあって引き金になったのかな」
三日月は自分の分霊の首が落とされたというのに「素晴らしい短刀たちだな」と楽しげに誉めそやす。
今剣も「ぼくもしゅぎょうにいけば、小狐丸くらいならとばせますね」などと言い小狐丸に思い切りげんこつを食らっていた。
「…でもさ、その状況なら俺たちの時より難しいよ。だって結託が凄いんでしょ? 主が行っても、隠してまで守りたい審神者のために、こっちの話なんて聞く耳持たないんじゃない?」
加州が涼やかにオッドアイで花車を見れば、花車も「そうなんだよね」と困ったように笑った。安定が後方から「行かなきゃわかんないだろ」と言えば、加州は首を振る。
「俺はその話の時、あの場にいたから聞いてたけど…主、その蕨審神者と遺恨があるんでしょ? 向こうの古参に修業あけの神格が上がっている今剣がいるなら、そんなものすぐにバレるよ」
「遺恨…?」
初めて聞いた、と安定の視線が花車の背中に刺さる。
花車は唸るような声を出してから、無言で頷いた。
「蕨さんは、私の…うーん……えっと、私実は血の繋がらない兄がいたんだけどさ」
「なんか話題転換した?」
「いや、なんかある程度筋立てて話さないと私がわけわかんなくて…」
花車はさらりと、養子の兄がいたこと、その兄が女性に強制性交をした挙句反撃されて死亡したこと、その女性に兄の子が宿ってしまったこと、その子供はちゃんと生まれて愛されて育っていること、その女性が、蕨審神者だということを丁寧に話した。
話し終えると、花車は「頭疲れた」と呟いて文机に向かうと伏せる。安定が背中を優しく撫で「大変だったね」と労わる。
「なるほど。人間とは難儀なものだな」
「難儀。確かに、難儀かもね……。私の兄のせいだと思うんだよね、蕨さんが短刀しか受け入れられないの。多分、怖いんだよ。男性に思える、見える、大人の姿の男が」
机に突っ伏したまま、もごもごと声を籠らせて話す花車に、室内はシンと静まる。
「トラウマにもなるよね、わかるよ。だって私も、アイツ怖かった。気持ち悪かった。なんで兄なのに、私の事をそんな目で見るんだろうって思ってたし、実際触られたときはこのまま殺してやろうとも思った。つ…蕨さんはそれが出来たんだから、勇気があった…んーん、無我夢中だったんだろうなあ……怖くて怖くて、また襲い掛かってきたらどうしようって思って、それで……」
「主。大丈夫だよ。わかったよ。話さなくても平気だよ」
安定が優しい声で語れば、花車は独白のように呟いていた言葉を止め、ゆっくりと起き上がった。
そして文机から体を反転させると、三日月たちに頭を下げる。
「ごめんなさい。私、ちゃんと話したい。だから蕨審神者の説得に行きたいです。勿論、運営をしてくれるように頼むけど、もし拒否されたらその時は向こうの刀剣男士の皆さんの意思に任せたい」
少しだけ無言の空間が続いたが、それもすぐに加州の頷きで消える。
「主が来てほしいって言うなら、勿論どこにだってついていくよ」
「返しきれぬ御恩がありますので、どこへなりとも。弟たちもその状況なら私が口を出すこともないでしょう」
「ぼくたちは あるじさまのかたなですから。ぼくもあるじさまのまもりがたなです。あいてにぼくがいるなら、ぼくだって あるじさまをまもるために たたかいますよ」
「うん、俺も主の刀だからな。血気盛んな短刀達も見てみたいものだし、ひとつ遠征と行こうか」
加州たちが口を揃えて花車の提案に同意する。花車は何か、胸の底が熱くなる思いになる。
「ぬしさま」
「はい」
「…ぬしさまは、私に無理強いはしたくないと、最初に仰いました。私の霊力の上書きは多少なりとも手荒だったと、思ってはいますが、今はまあいいでしょう。あれはぬしさまにとって、必要な過程だったと思いますし」
「ご、ごめん…」
「…ぬしさまも、随分ご苦労されたのですね。同意のものではない触れ合いとは、心底吐き気が致します故、……相手側ながらその審神者には少しばかり同情いたします………。ぬしさまであれば、その審神者の心を動かせると、私は信じております」
小狐丸は普段の
その様子に、完全に花車の気持ちが溢れ、ぺちんと音を立てて両手で顔を隠すと、手のひらから腕を伝ってぼたぼたと涙が流れていった。