無変換だと本名は千鶴(ちづる)、審神者名は花車(はなぐるま)になります。
花車
名前変換
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――水無月某日
遮音結界とはその名の通り、音を遮り漏れないようにするもので、張る方向で区切り、区切った方向で出る一切の音を遮断するものだ。そして諱秘匿の結界は審神者の本名を会話の最中うっかり漏れてしまわないようにと、霊力を用いて展開する術者が予め設定しておいた名前(単語)を定められた審神者以外聞きとれなくするものだ。
因みに全てにおいて「結界」と古めかしい術名がついてはいるが、全て政府の新興テクノロジーの賜物であり、媒介としている白い丸石の内部に組み込まれた電子機器に、使用者の霊力を流すことによって展開ができる科学と生命エネルギー能力の融合によって成せる「結界」だ。
使用用途によって多種多様な媒介物があるが、瑠璃はあまり物を持ち歩きたくない為、基本的に出歩く先によって必要なものを取捨選択している。金魚草などはそもそも持たない。どこかに出向する必要がある場合は、供であり唯一の金魚草の刀剣男士である石切丸に全て持たせている。
政府直轄審神者は本丸を持たない代わりに顕現できる刀剣男士も一人につき一振りのみだ。そして新たな分霊を刀剣男士として
「諱秘匿って、俺には聞こえないってこと?」
「はい。加州清光様にはとある審神者の本名に術が展開され、消音されます。私が予め設定しておいた花車審神者以外のものすべてに適用されます」
「ふーん。……主の本当の名前が聞けるかもしれないんだ。あーあ、俺がもっと上位の神格だったら関係なかったのに」
「物騒な発言はマイナス加点になりますよ。私は面倒なので報告しませんが。それにどの審神者の本名とは言っておりません」
「アンタって政府の犬な割に、けっこー不真面目だよね。俺の元主も幕府の犬とか言われてたけど、アンタほど不真面目じゃなかったな」
「政府の犬ですか。久しぶりに言われましたそれ。一昔前からいる審神者にはよく言われてましたね。まあ、私は政府の犬組織にはいますが根っこまで染まっていませんし、反骨精神の塊ですので忠犬ではないです」
加州が詰まらなさそうにしれっと花車の本名を知りたかったことを零したことで、花車は今まで以上に気を付けなければと気を引き締める。
うっかり重要書類でも部屋に置いたり画面が見えるようにしてあれば事だ。日に日に加州の執着依存が、花車の知らないところで強まっている気がしてならない。
「あの、瑠璃さん、それでお話って」
「ああそうでした。脱線してしまいました。お夕飯のお支度があると思いますので手短に致します。つまり花車審神者には、上が決めた本丸に赴いて頂きたいのです。今回のように瓦解したような本丸ではなく、少しばかり特殊な本丸です。何度か政府の使いが向かっているのですが、全て首を落とされて帰ってきまして」
「いやです」
「…あの」
瑠璃の言葉に被せるかのように、花車は食い気味で断った。
首を落とされて帰らされるような本丸、誰か好き好んで行くものか。生きていなければ意味がないと、この政府直轄の審神者には理解が出来ないのだろうかと花車は訝しむ。
「主に危害が加えられるの大前提? 俺が言うのもなんだけど、そんなとこ危なすぎてダメに決まってるでしょ」
「今までの政府の使いはただの役人です。審神者ではありませんでしたので攻撃されても防ぐ手段がないもの達でした。役人を派遣したのはミスだったと気付くまでに時間がかかったのは政府の悪いところですが、死んだ命は元に戻りません。元々素行の悪い本丸ではなかったところと、在籍している刀剣男士が短刀ばかりだったので上も正直に言って舐めてかかったところがあるんだと思います」
遮音結界が施されてから、若干瑠璃の言葉遣いが緩くなり、政府への悪口が出てくるようになった。こちらが本来の瑠璃だろうというのはなんとなく察せるが、それならばどうして政府直轄審神者に籍を置いているのか。以前演練会場で相対した時に金魚草が零した言葉は「志願した」とのことだったので、瑠璃本人がなりたいと思ったからだと容易に推測はできる。
「…短刀ばかり? 他の刀剣男士や、初期刀は?」
「彼女が審神者として活動を始めた時期は審神者不足が深刻でしたので、例外が認められ、比較的良識があって人間に好意的な厳選5振りではなく、短刀から選ぶことが許されたと聞いています。短刀ばかりなのも彼女の意思の元ということしか。…私も受持ち外でしたのであまり詳しくはわかりません。こういったことの噂は大体金魚さんから聞いたものばかりですので」
「…そんな特殊な本丸があったんですね。それで、どうしてその本丸に政府の人が派遣されたんですか」
「審神者が行方不明になったからです。というより、本丸や刀剣男士自体は変わらず存続していたようなので、実際には本人同意の元、神隠しが行われたものだと政府は推測しています」
本人同意の元の神隠し。その単語の意味は花車よりも加州の方が反応した。花車の後に控えていた加州がグイと身を乗り出して、瑠璃を何とも言えない気色ばんだ表情で見つめる。
「同意の元の神隠しってどういうこと? それをすれば本丸は継続したまま主はずっと自分のものになるってこと?」
「…花車審神者の加州清光様は、随分熱心ですね。その姿も相俟って、あまり過激な発言を公にしますと、問答無用で刀解命令が下される場合があるので気を付けてください」
刀解命令は、政府がこれ以上看過できないと見做した刀剣男士の本霊へ嘆願し、初代審神者であり常世入りしたことで絶大な力を誇る桜審神者が介入して、主である審神者の力を無視して強制刀解を行い、分霊を本霊へ昇神させることをいう。
嫌だ何だと喚こうが本霊が許可さえ出せば問答無用で行われる。特に、現存しない刀剣らは政府によって本霊が作り上げられ祀られているので、荒く言えば、なんとか丸め込むことはまだ容易いらしく、本霊が政府管理になっているものにとって刀解命令は嫌な単語だった。
加州清光もその一振りであり、記憶等を補完されていることは知らないが、本霊が政府管理なのは理解しているのでぐっと黙る。
「でもそれって、瑠璃さんが報告しなければこの場では大丈夫ですよね」
取り成す様に花車が助け舟を出せば、瑠璃も静かに頷く。
「そんな面倒なことしませんよ。私としては強制的に神隠しをしないのであればどうだっていいですし。なので加州清光様も花車審神者をもしご自分の伴侶にしたいというのであれば、どうぞ花車審神者の心をモノにして同意承諾を得てから、神隠しを行ってくださいね」
瑠璃のあっけらかんとした物言いに、花車は顔色が青くなるやら赤くなるやらで気持ちが悪くなる。
今現在花車にその気がないのもあって、もしここで加州がきらきらしたまま二つ返事をしたらどうしようと、恐々隣を窺い見れば、意外にも加州は難しい表情で「まあ、その時がきたらね」と呟くに留めた。
「予想外の反応でしたね。やはり神様は難しいですね」
「あの、瑠璃さん。先程の話でいけば、その神隠しを行われた審神者は行った刀剣男士の誰かと結婚をしたってことですか?」
「ああ、いえ。違います。神隠しと一言で言ってもその内訳は様々です。神婚説話のように婚姻するために神の常世に入る場合、それから自身の父母にするために常世に入る場合、はたまた永遠の遊び相手にする場合や、ペット、勿論鬼神であれば非常食用等様々な内情があり、それを一言で纏めて神隠しと言います。常世入りした人間は不老不死となるので非常食用等の場合永遠の生き地獄です……とまあ、この辺りは確か新人審神者研修の際に講義で行われませんでしたか?」
純粋に訊ねてくる瑠璃に、花車はさっと視線を逸らす。
審神者試験合格後の研修など、花車はどれもまともに聞いていなかったためだ。唯一ちゃんとしていたのが実技研修であり、後の神と人に係る講義や刀剣男士についての講義、審神者が籍を置く内閣陰陽古神道省の成り立ちなどの講義についてはほぼ聞いていない。
興味がなかったからであり、元々あまり日本史が好きではない花車は、誰それの持っていた刀やら、遡行軍がどうして各時代の要点に現れて偉人を守ったり殺したりしようとしているのかなど、本当に意味が解らなかったためでもある。
過去は変えられないのだから、起きたことは受け入れるしかないと考える花車は、何とかして歴史を自分たちの都合がいいように修正したい歴史修正主義者らの思考は全く理解が出来なかった。政府の審神者としては、その思考回路は正解なのだが。
「講義なんてつまらないですからね。私も真面目なふりをして内心鼻で笑ってました。とまあ、そこはどうでもよくて。件の審神者は伴侶などではなく、
「…ねえ、それこそ俺に言ったように刀解命令を下せばいいじゃん」
不貞腐れたような加州に、瑠璃は白い垂れ布を揺らして首を傾げ、ううんと難しい声を出す。
「あそこの本丸にいる刀剣は政府管理とそうでない刀剣とが混ざっておりまして、中でも古株の短刀達は本霊も癖が強く頑固ですので中々嘆願に骨が折れているみたいです。と言うのも、本霊からすれば
「…本霊さんが言っている意味は確かに筋は通っていますね。本丸として機能はしていなくとも悪さするでもないなら放置でいいんじゃないんですか?」
「まあ、そうなんですけどね。私としてもほっとけばとは思います。思いますが、政府としては税金を投資しているので放置はしたくないみたいですね。本丸解体をしたところで開拓資金が戻ってくるわけではないんですが、ケジメと言うやつですかね。政府の面子というか」
案外汚い言葉を使うものだと思う。志
願したのはなにか理由があって志願したのだろうかと花車は思うが、瑠璃は何か目的でもあるのだろうか。それを聞いたところで、特に何もないので聞こうとも思わないのが花車ではあるが。
「結局、私への依頼内容はどのようなものなのですか。……受けると決めてませんし、どちらにせよみんなに聞かなければ答えは出せないので、今すぐに返事はできないですけど」
ぴたりと閉められた障子越しにざあざあと雨音が聞こえてくる。遠く大広間の方からなにやら人の声らしき騒めきが聞こえるので、もう出陣部隊や近距離遠征部隊が帰還しているのだろう。
「椿」
瑠璃は正面を見据えたまま、特段感情も乗せずに呟いた。
花の名前のそれは花車にとっては聞き覚えがあるもので、少なくとも好きな単語ではない。この本丸区域には花車の趣味で沢山の花木が植えてあるが、あえてそれを外してあるほどだ。
瑠璃は何もこの場で単に花の名を呟いたわけではない。
意味があって呟き、それは加州の反応からもうかがい知れた。
鼻まで垂れた布の下に覗く口元が何かを象ったのに、音が聞こえなかった加州は形のいい眉を顰める。誰かの諱を、本名を呟いたのだとわかったからだ。けれどそれが花車のものなのか、それ以外のものなのかの判断がつかない。聞き取れないことが歯痒かった。
「花車審神者のお顔を見るに、やはり
加州は花車の本名ではなかった無音に、肩を落とす。対して花車はイラついた雰囲気を隠すでもなく、目を眇めて瑠璃を見た。
そのような花車は初めて見たので、加州は驚く。いつだってにこにこと笑顔を絶やさず、時に厳しく説教をする花車だが、そこには全てにおいて愛情がある。このように何か不快な虫でも見るかのように人を見ることは絶対になかった。
「好きですね、
「まあ、そうでしょうね。私も金魚さんとの会話で引っかかりがあったので、少し調べました。実は私、明宮様…ええっと、大正生まれなもので、あまり昭和以降の事件って存じ上げなかったんですよ」
女の名前よりも、瑠璃の出自のほうに驚いた花車は、一気に嫌な気配を霧散させて、驚愕にかえた。
審神者は長く務めれば務めるほど神域に長く留まることになるので、その体内時計も狂い、大抵が着任した時から歳を取ることが年々遅くなっていく。全員が長く務めることができる理由はそこでもある。
いざ退職したとしても、本丸から刀剣男士に関する全ての記憶を封じられて、元居た時代、元居た場所に、就職してから経った年数分の歳嵩で戻るか、全く知らない土地に今のままの見た目と体内年齢で戻されるかの二択を選択するだけだ。
勿論家族と繋がりがある者は大抵、前者を選ぶが、そうでもない孤児やあまりに過ぎた年数のためにすでに身内が死去した場合は後者を選ぶ。そもそも現世との繋がりが希薄になるにつれて、退職と言う考えは浮かばなくなるようだが。
「大正の人だったんですか…滅茶苦茶年上…」
「あはは、金魚さんなんてもう一つ上ですよ。テクノロジーが発展したお陰で様々な地域、時代から審神者になる素質のあるものをピックアップしていた時があったんです。ですがまあ、色々ありまして、結局現行している時代からの公募に落ち着いたんですけど。あまりにも時代が違うと言葉も違いますし意思疎通が難しいんですよね。私もかなり苦労しました。今は翻訳機があるので問題ないですが。まあ、他にも思想の違いで多々あったんです」
確かに現代の言葉遣いは過去の時代の人間からすれば意味不明だろうし、その逆もまたしかりで、鎌倉期以前、平安期に関しては話す速度も発音もすべてが今と違った。
瑠璃の様子から流石に明治以前、江戸前期以上からのピックアップはなかったようだが、桜審神者などは江戸期の人間の可能性がうんと高いな、と花車はぼんやり考える。
「ま、私が大正の婆さんだとかはどうでもいいんです。刀剣男士の皆様に比べれば赤子、とまでは言いませんが子供も同然ですし。まあ、和泉守兼定様とは近い…いや、それでも50近くは離れてますね。孫ですね。金魚さんは親子くらいかな……いやだから、それもどうでもいいんですよ。すぐ脱線するのは悪い癖ですね、見倣う先輩が悪かったです」
「あ、はあ…」
「私、現代のニュース全て浚いました。そしたらありましたね、やはり。審神者名を蕨、本名が廬山椿の名前。廬山さんは蕨審神者となっていたのでだいぶ頑丈にロックがかかっていましたが、依頼に必要だと言うことで解除させました。花車審神者との縁が見えましたので、もう少し詳しく調査させていただきました」
瑠璃の言葉が進むにつれて、どんどん花車の表情が険しくなる。加州は隣で聞きながら、名前部分は無音になるだけでその内容はちゃんと聞き取れるため、その内容がだいぶ不穏なことだというのはわかった。
「主、聞きたくなかったら聞かなくていいよ」
「……ううん、聞くよ。ちょっと色々、私も思うところあるし」
少しだけ深呼吸をして、しっかりと瑠璃を見据えた花車に、瑠璃も頷いて話を続ける。
「被害者と加害者、いや、どちらがという話になると感情論的に難しいですが、当時の裁判的に言えば蕨審神者が加害者ということで、情報は纏められていました。花車審神者のお兄様が被害者ですね」
「…その通りですが、兄とは血の繋がりがありません。彼は私の両親が引き取った養子です」
「ああ、そうだったんですね。なるほど…。蕨審神者はその事件で養子のお兄様から暴行を受け、結果反撃をして殺害。これにより裁判は難しくなったようですが、花車審神者側が蕨審神者を擁護したと記録にありました」
「……ですね。兄は、少しばかり問題があって、何度説いても母親より年下の女性は性欲を解消する物としか認識できなかったんです。その矛先は勿論両親実子の妹である私にも向きました。近々どこかへ入所させるべきか悩んでいたところで起きた事件です。当時私が…まだ9歳か10歳の時の話です」
声を震わせる花車に、そっと加州が手を取って気に掛ける。けれども内容があまりにも普段の花車とかけ離れていて、驚いたのも事実だ。
そんなものを背負っていたのかと思うのと同時に、この本丸で行われていた非道な行いに目を背けず、かといって過剰に慰めるようなことをしなかったのはこの背景があったからだと漸く理解した。
「…まさか主も何か酷いことされたの?」
「んーん。私は両親がしっかり守ってくれた。だから私も両親を最期まで守りたいの。親の務めをちゃんとする人たちだったから、誇らしいし…けれど、兄のせいで大切な両親は世間からバッシングを受けた。教師をしていた父も仕事を追われて、……正直、死んでくれて嬉しかったし、椿さんには殺してくれてありがとうという気持ちしかなかった。生きていればいずれ刑期を終えて出てくる。それを受ける皿にはなりたくもなかったし、再犯するかもしれない恐怖を考えることをしなくてよかったもん」
「……だから、蕨審神者に対しての無罪求刑だったんですね。事件はこれで終了ですし、情報もここ迄。けれどその後も、縁が濃いです。なんなら、その後の方が濃いですね。なにがあったんでしょうか? それをご存知の花車審神者は、現在神隠し中の蕨審神者本丸を説得できるでしょうか?」
畳みかける瑠璃に、目をぎゅっと瞑るのと同時に繋がれた加州の手を握る手にも力が入る。加州が労わる様に呼びかけると、そっと目を開けて、ふうと細く小さく嘆息を吐いた。
「……子供です。兄の子を身籠ったんです。私の両親も椿さんの両親も堕ろせと言ったんですが、子に罪はないと言い張って結局産んだ。…椿さんはちゃんと愛情をもって子育てをしていました。理想の母親でした。けれど、あの子が七歳になるころに、面影が見えるとか、わけのわからない理由であの子を捨てた」
「なるほど、それで縁が濃いのですね。通常裁判が終わればそこから薄れるはずなのに。それにしたって面影ですか…」
「私には何も見えなかったんです。なんなら椿さんの生き写しのように可愛らしい子でした。なにも、兄の様には見えませんでした。けど突然そう発狂しちゃって……私には審神者になるとだけ言って、翌月に姿を消したんです」
「なるほど……子供を捨てた……なるほど…」
瑠璃の中で何かが合致したのか、しきりに納得する声を小さく出す。
加州が「よく話せたね。頑張ったよ」と呟けば、途端に力が抜けたのか、瑠璃の前だというのに繋いだ手はそのまま、ばたりと仰向けに倒れ込んだ。
よほど精神疲労をしたのか、目元に腕をやって視界を遮り、何事かを口の中で呻く花車に加州も瑠璃も心配して近寄った。ついでに瑠璃は遮音結界などを張っていた丸石を片付けて、障子を開ける。
そこにはいつの間にか、大和守安定と小狐丸がいた。開かれた先に瑠璃がいたことにふたりは驚いていたが、それよりも奥で仰向けになっている花車の方が目に付いて、慌てて飛び込んでくる。
「ちょっと、何があったんだよ? 清光、お前またなんか困らせたんじゃないだろうな」
「はあ? 俺じゃないって。どちらかというと、あっちだよ」
そう指で示された瑠璃は「まあ、強ち間違いではないですね」とあっけらかんとしている。
「政府の者は信用できません。ぬしさまに酷い行いをしたというのであれば、いくらぬしさまの高官であろうとも、噛み付くことのひとつやふたつ、私は今更何ともありません」
牙を剥きだす様な勢いの小狐丸に気付いたのか、目元を覆っていた花車はゆっくりと腕を離し、加州の手を借りて体を起こす。
「ダメだよ小狐丸さん。これ以上戦外での刃傷沙汰は禁止でーす。それに、……瑠璃さんは悪くないしね」
座ったまま見上げてくる加州の頭を軽く撫でてから、瑠璃に近付き、軽く頭を下げた。それに対して瑠璃も軽い礼をする。
「ご足労頂きありがとうございました。お話は一度検討します。返事はこんのすけを通じればいいんでしょうか」
「そうですね。そちらで構いませんし、通信で私を設定してくださっても構いません」
花車は少し考えたが、「こんのすけのが勝手がいいので」と伝えると瑠璃も頷いた。
それから帰路を促す花車に続き、瑠璃が衣擦れの音をさせて玄関まで移動する。巫女服の政府の人間を、手入れ部屋や廊下の端などから顔を出して伺う刀剣男士はどれも全て花車を心配する眼差しばかりで、瑠璃は安心した。
本当にあの前任の行いから解放されたのだと、花車にこの本丸が救われてよかったと心の底から思った。