無変換だと本名は千鶴(ちづる)、審神者名は花車(はなぐるま)になります。
花車
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――水無月某日
演練での再会以来、菫からの通信が頻繁に入るようになった。
花車の本丸での通信は母屋に審神者部屋がないため、大広間に座標を決められており、花車だけが通信を見聞きするわけではない。そのため、本丸内の誰もが菫のことも認知していた。
時にはお姉さまと呼び慕い頬を染める姿、時には初期刀の蜂須賀と花車教への入信強要の果ての殴り合いをする姿(しかも八割型菫が勝つ)、時には真面目に出陣先での検非違使報告をする姿など、様々な菫を見てきたみんなは、菫は少しネジが外れた花車の侍女だと認識するようになってしまった。花車としては誠に遺憾ではあるが、反論するすべもないので黙っている。
そんな風にドタバタと審神者同士の交友関係が広がっていく中、相変わらず湿度の高い離れの部屋は、一の間と二の間の間を隔てる襖障子を開放して一つの大部屋になっていた。
そしてその畳の上には所狭しと反物が転がっている。
どこかの姫の部屋かと見紛う豪奢さに、部屋に入ってきた小狐丸と安定は瞠目する。
一先ず笊籠いっぱいの甘唐辛子を離れの台所に置きに行き、安定は反物を広げてうんうん唸る花車に声をかけた。
「ねぇ、主。これなに、なにがあったの?」
「もしやぬしさま、着物を仕立てるのですか?」
二人に話しかけられて漸く存在に気付いた花車は、驚きつつも「うん」と悩みながらうなずく。その手には正絹の豪奢な慶事柄の反物と、八掛用と思える薄手の淡い桃色の反物を持っている。
転がる反物を避けて、小狐丸と安定が近くに座り、よくよく見れば室内の反物は全て絢爛豪華な絵羽模様で、日常使用の着物を仕立てるとは到底思えなかった。
どこかに着ていくためのものを仕立てるのか、と合致したふたりが、何で悩んでいるのかを花車に聞く。
「悩む…うーん、まずは、大体の色合いは決まってるのよ。明るい色がいいの。で、一番悩むのは柄。どれもこれもいい柄ばかりでさぁ。それと裏地でしょ、で、全部選び終わってもそこからまた帯、半襟、帯締め帯留めと続いてきてなんかもう……放り投げたくなってきたような…嫌駄目だ! ちゃんと選ばないと。ってことでお知恵を拝借したいよお」
泣きつく花車に、ふたりはそれくらい、と頷いて早速転がる反物から明るい色合いのものを選り分ける。
黒や深緑、茶を基本としたものは避け、赤や橙、桃色、白、淡い色で発色が良いものを地色とする反物を何本も持ち寄って、花車の前にどさどさと落とす。
「うあーん。沢山だぁ、ありがとう……うん…」
「ぬしさまはどのような文様がお好みでしょうか? 吉祥文様にも様々ございますので」
「僕の感覚だと、友禅職人の着物は晴れ着として人気って感じだけど今もそうなのかな。松竹梅とか、熨斗柄とか祝い事だよね」
「あー、友禅ね。友禅は今も確かに高価な着物ってイメージかなぁ……とか言って、いまいち私は違い解らないんだけどね…そういうのはお母さんに頼りっきりだったし」
花車うろうろっと視線を彷徨わせて、ひとつの反物を手に取る。明るいオレンジの地色に流水文様と束ね熨斗が大きく描かれ、小菊が散っているものだ。
「おや、流水文様ですね。束ね熨斗も華やかでよいと思います」
「ね、なんか可愛いし。意味は分かんないけど。どういう意味?」
「流水文様は災厄を流し、清らかさなどを意味します。束ね熨斗は長寿や繁栄、またそもそも熨斗は祝いものを送る際につける縁起が良いもので、それを束ねていますので祝福などの意味を持っています。総じて言いますと、悪いことが起きず、それでいて数多の祝福があるように、くらいでしょうか」
「え、何それ。意味聞いたら俄然これが良くなってきた。これ、全部の聞いたらもう一つ悩むやつじゃん!!」
愕然とする花車に、安定が小さめの衣桁にかかる沢山の帯揚げ、帯締めを眺めつつ「じゃあさ」と提案する。
「ここにある柄の意味を聞いて、逆にそっちから選んだら? その方が選り分けやすいよ。あ、因みに僕はそういう文様の詳しい意味わからないから、小狐丸さんお願い」
「丸投げだと…。しかし、私もわからない場合があるかもしれません。ぬしさま、三日月宗近を呼んでも? あれはそういった造詣が深く、私よりも知恵があります。いえ、勿論私もそれなにり豊富ではございますが」
「うん、全然かまわないよ。じゃあ、安定くん三日月さんとバトンタッチね。あと数時間くらいで出陣部隊も帰ってくるから、母屋の台所のお握り渡してあげてくれるかな」
「はーい。じゃあ呼んでくるよ」
安定が部屋を出ていき、渡り廊下からそのまま母屋へ向かう。
今日は雨が降っていないからか、比較的過ごしやすく、渡り廊下を流れる風に乗って道場での威勢のいい声が聞こえてくる。
「…この着物、ぬしさまがお召しになるのですか?」
小狐丸は少し反物のラインナップに違和感があった。
花車が着るにしては少々年若く派手なのだ。まだ結婚をしていない、二十代前半の花車が絵羽模様の振袖を着るのは問題ないが、それにしては文机に転がるいくつもの帯留めなどが20を超えた女性がつけるには幼く可愛らしい。
不躾だとは思いつつも、ここまで悩んで反物を選ぶ様も相俟って余計に気になった。
「うーん。私じゃなくて、妹が着るの。本当はこの春に着る予定だったんだけどさ、ちょっと私が色々バタついちゃって。秋に変更になったのよ。妹が、全部私が選んだものじゃないと嫌だっていうから、こうやって選んでるの。お仕立ても3ヶ月って言われたから、早く選ばないと間に合わなくって」
「なるほど、妹君のでしたか」
「あ、この反物全部買ったわけじゃないよ?! 呉服屋さんに、仕立てる前金多めに出してちょっと全部取り寄せさせてもらったのよ。ほら、私気軽に現代に行けないし。選んだらまた返すし、万が一汚れがついてたら弁償するって伝えたら快く貸してくれたのよね」
金にがめつい花車が、賄賂の様に前金を多く積んだ事実に驚く。妹とやらは花車が金を惜しみなく使える唯一なのではないかと、小狐丸は思った。
「おや。これは豪奢な部屋だな。そうして華やかな反物に囲まれていると、主も一国の姫のようだな」
「…なるほど? 普段は姫らしからぬって言いたいのね。おっしゃ、タダで買うぞその喧嘩ぁ」
「うむ、そういうところだぞ、主。それで、大和守から聞いたが、何やら知恵を借りたいとか」
農作業でも眺めていたのだろうか、三日月の頭には芥子色の手拭が巻かれている。
それに気付いていないのか、それとも気付いていて面倒でそのままなのかは知らないが、その姿のままにこにこしながら反物を避けて、布に囲まれる花車の隣に腰を下ろす。
「三日月さんは初期の頃のが対応柔らかかった気がするなぁ…まぁいいけど。小狐丸さんが着物の柄について意味を教えてくれてるんだけど、わからないものもあるかもだから、三日月さんの知恵も借りようってことなの」
「ああ、なるほど」
ちらりと広げられた反物を見て、「懐かしさすら感じる雅やかさだな」と呟いた。
「流水文様? については教えてもらったの。あとは、これとか、これとか」
濃い藍色で彩られた爪先が指し示すのは、打ち出の小槌や橘、牡丹などわかりやすく象徴化されたものだ。
それらを見て、小狐丸が「それくらいならば」と手を挙げる。
「象徴化され、わかりやすい文様については私もわかります。小槌は宝尽くし、振れば宝物がでるので物に困らない意味もあります。橘は子孫繁栄や子宝、牡丹は高貴さや幸福などです」
「どれもこれも懐かしきかな、俺たちが生まれた頃より続く文様だ。小槌なぞは、よく宮中の女子が着ておったと記憶しているぞ。あれはいつだったか、足利の…義満だったかその倅かはもう忘れたが」
「教科書の偉人じゃん…生きている年数をまざまざと突き付けられてる…」
飛び出した人物の名前に若干ショックを受けていれば、三日月がポンと手を打った。
「これでは日が暮れる。主よ、どういった意味がいいか教えてくれないか。そこから反物を選んだ方が早そうだ」
「うーん、そうだなぁ。……幸せ……うん、一番は幸せ。それで、長生きしてほしい、何も怖いことが起きないでほしい。安寧に、楽しく、友達に恵まれて、男でも女でもいいから、いい人と出会って、パートナーと人生を支えあって生きていってほしい…」
網戸にしていた縁側から、黒南風が室内に吹き、一瞬むわりと雨の匂いが立ち込めた。
花車の後れ毛と小狐丸の高く結った髪の毛先が揺れる。
「随分、親のような目線で語るのだな。それはそうと、やはり贈り物であったか。自分に対しては守銭奴の主が自分のものをここまで大業にするとは思えなかったからだが」
「え。親? 守銭奴? 全部謎だわ。…それに、大事な妹だもん。私より幸せになってもらわないと、姉の立つ瀬がないでしょ」
ふん、と鼻息を荒くした花車に、小狐丸が穏やかに笑んで一つの反物を選んだ。
するすると反物を解き、その絵羽模様を綺麗に見せられるよう、座る花車の肩にかけて仮仕立てのように見せる。
上部から白染され、裾に行くほど紺に変わっていく裾暈しの色味はとても華やかで、襟元が白なので顔色も明るく見える。その裾から上に向かって、豪勢に牡丹やオナガドリが描かれ、青海波の模様が背後に染め抜かれている。
「わあ、凄い可愛い。ちょっと大人っぽさもあるし、いいかも」
「牡丹は富貴や幸福を、オナガドリも長寿や吉祥の意味があります」
「この裾文様は青海波と言って、源氏物語の段にもある名前だ。未来永劫幸せが続くよう、穏やかな波から平穏な暮らしを求めるという意味もある。他に小さく散らされている花も可憐さを出すためだな」
小狐丸と三日月がゆったりと説明をするなか、花車にはもうこれしか見えていなかった。
嬉しそうに手を叩くと、肩から反物を外して「これにする」と呟く。
「ならば次は帯、それと小物…ああ、八掛も選ぶのか?」
「八掛って内側の奴だよね。あれはこの着物に合わせて薄青にする。肌着もちょっと薄いピンク色で、袖の下の方は薄緑の色だったし、合うんじゃないかな」
「なるほど」
小狐丸が選ばれなかった反物を片付けて隅に寄せ、三日月が青海波の反物は一番豪勢な裾の絵羽模様が見えるよう広げ、八掛用の反物は綺麗に丸める。
今度は帯なので帯を広げるように空間が作られた。
全体的に青い着物に合わせる帯とはどんなものだろうと、花車は腕を組んで悩むが、そんなことを気にしていない小狐丸はさっさと合うであろう帯だけを見繕って持ってきた。
黄金色に鈍く輝く帯から、クリーム色のもの、白に金刺繍のもの。どれもすべてに柄が通っていて派手だが、振袖に合わせれば見栄えは良くなる。
帯を並べ終えると、今度は帯締めや帯揚げが下がる衣桁を3つ持ってきて、花車の近くに置いた。
「さて、ぬしさま。反物の上に帯を合わせてみましょう。複雑な結びはできませんが、太鼓くらいならお任せください。太鼓でも雰囲気はわかりますゆえ」
「うーん、じゃあ……」
小狐丸は花車が指さした帯を次々と太鼓結びのように畳直し、反物の上に合わせていく。
クリーム色はボケる。白地に金刺繍は切り返しの様になるがやはり締まらない。最終的に金と黒の糸で織りあげた、蝶が何羽も舞うシックでそれでいて可愛らしい帯が残った。
「うん、これかっこいいんじゃないかな。……でもちょっと大人っぽすぎるよね…」
「妹、としか聞いていなかったが、いくつなんだ」
「13」
「なるほど、十三参りですか」
小狐丸が帯を整えながら訳知り顔で頷けば、三日月が首を傾げる。
「十三参りは知らんな。十三と言えば元服だが…」
「私も今回で初めて知ったよ。関西の方では昔からあるみたいで、子供の数え十三で健やかに成長しますようにってお参りするみたい。七五三的な。最近全国に広まりつつあって、お母さんも知り合いから聞いて、やろうってなったの」
「私は西に本霊がいますので、聞き及んでおります。実際、近所の子供らは何度か十三参りに来ていましたね。…その辺りは石切丸の方が詳しいと思いますが」
「そうか。各地に様々なしきたり行事があるのも、また人間の面白いところだな」
楽しそうに頷きながら、三日月は帯を白地のほうを持ってくる。
「しかし、十三なのであれば、こちらのが可愛らしいだろう。そちらの金銀糸は成人の時にでも贈ってやるのはどうだ?」
確かに三日月の言う通り、十代前半の女の子が締めるには少々渋すぎる帯だ。
白地に金糸で雪の輪が織られているほうが、全体的に見ても可愛らしくなる。小狐丸が、薄緑の帯揚げと、帯締めの中から黒の平組を持ってきて、白地帯の上に乗せた。
「これなら、大人っぽさもありますし、子供過ぎず良いのではないでしょうか?」
小狐丸の提案に花車も大きく頷く。
メリハリの効いた帯になり、妹本人が可愛さが足りないと思えば帯飾りでも何でもつけてもらえばいいのだ。
帯留めは可愛らしい雪の妖精の小鳥があしらわれたものにして、秋口に着るにはいい塩梅になった。重ね襟も青系統で纏め、半襟は薄紫の刺繍で花を縫ったものにした。
「うん、うん。これでいいかも! わー、本当に助かったよ! ありがとうふたりとも」
「いえいえ。ぬしさまの妹君の十三参りが良きものになるよう祈っております」
「天気に恵まれるとよいな。まあ、主の身内なのだから、そう悪天候になることもないだろう」
選ばれなかったもの達を小狐丸と花車が片付け、三日月が選ばれたもの達を綺麗に畳直して花車の文机の近くに寄せて置いておく。
「え、私ってなんか太陽神的なそんなのの加護あるの? 初耳…」
「審神者なるものは須らく、八百万の神の加護が多少なりともかかっていますからね。天照大神、とまではいかずとも豊雲野神辺りくらいは、もしかしたら少しくらい雲を少なくしてくれるやもしれません」
「そっかぁ。ま、でもあんま期待しないでおこ。神様ってほら、気紛れっていうじゃんね」
「それは人間も同じだろうよ」
「あっははは、確かにー!」
さんにんで反物や帯締めを綺麗に大風呂敷にしまい込む。あとはこんのすけにお願いして政府経由で呉服屋へ返還し、使用する反物の見積書を出してもらえればそれで終わりだ。
費用は全て花車の口座から引き落とされるようにしてあるうえ、特別待遇の給与が破格の金額で振り込まれていたため、100万を前後しようが痛くもかゆくもない。
本来は神職なのだから給与も神社本庁の規定に則るのかと思えば、審神者は管轄外らしく、政府抱えなので本庁の規定は関係ない。なので審神者の給与はどこぞの神社の宮司よりも当たり前に多いのだが、正規の国家公務員のように福利厚生は整っていない。勿論所得税は取られるが、雇用保険や厚生年金的なものは一切ない。
そのため手取りがほぼ減らないのはありがたいのか、それも命の保障はないためありがたくもないのかは、人によるだろう。
死亡見舞金がないのだから、家族がいる者にとっては、審神者業もそうだが他にも沢山考えなければならないことがある。
花車も例に漏れず多数考えることがあるのだが、全ての給与を口座振り込み、そこから毎月10万円、母が引き出して花車へ仕送りにしてある。
本丸での必要な食費などは経費になるため、それで充分だった。花車からすれば家族のために稼いでいるので、守銭奴や金の亡者などと言われるのは心外と言えば心外だ。そんな内事情、皆が知る由もないのだから仕方がないが。
綺麗に結んだ大風呂敷達をまとめ、こんのすけがわかるように、大きく「転送用」と張り紙をした花車は、お礼の代わりにとふたりへ離れでの茶会を提案した。