無変換だと本名は千鶴(ちづる)、審神者名は花車(はなぐるま)になります。
花車
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
――水無月某日
「……うっしゃあ! 演練行くぞぉ! 目にもの見せてやるぞーー!! おー!」
演練会場の門前、花車が大きな声で叫べば、演練部隊の隊長をしていた加州が体を跳ねさせる。後ろにいた膝丸が何とも言えない顔で花車を見つめ、乱が「主さん、うるさーい!」と文句を飛ばす。
「いや、ごめん…なんか気合入れなきゃと思って。ほら、舐められたら終わりみたいな」
「おいおいおい、めっちゃヤンキーやんけ」
花車の背後から関西弁で話しかけたのは琥珀だ。
琥珀の請け負った本丸もつい先日、全ての刀剣と再契約、立て直しを完了し正常稼働を始めていた。そのため、花車が近々演練に出ることを通信で伝えれば、一度顔合わせをしようということで話が纏まり、日にちを合わせて参加した。
「やっほ、琥珀くん。今日は琥珀くんも部隊の一部?」
「ちゃうわアホ。演練は審神者参加厳禁やし。刀剣男士のみが石舞台下りたら怪我治るだけで、審神者は治らへんのやで」
「ああそっかぁ」
花車と琥珀が話していると、琥珀の視線がちらと花車の後ろに行く。
加州を見ているのがわかった花車は、加州に手を伸ばして繋ぎ、自分の隣に並ばせる。
「ちょっ、と、主…っ」
「琥珀くん、こちらがうちの加州清光くん。可愛いでしょ」
どや顔で紹介した花車に、加州は戸惑いながらも少しだけ嬉しそうに目尻を下げると、琥珀に頭を下げた。
琥珀は画面越しに見ていたとはいえ、やはり興味を引くのか、加州の角や目をじっと見る。少しだけ居心地悪そうに加州が視線を左右に揺らす。
「あっ! ちょっとあんまりじっと見ないでね。お金取るよ」
「ほんまがめついなあ。…ま、言うてオッドアイとかは全然わかんにくいな。元が赤目やし、赤紫になったところで至近距離でガン見せん限りわからへんで。つーか見た目なんざどうだってええねん。強ないと」
「…琥珀くんも松さんに負けず劣らずって感じするよぉ…」
「え? なんて?」
花車と琥珀がわいわい言いながら演練会場に足を踏み入れると、既にそこには沢山の審神者達が受付を済ませて自由気ままにしていた。
観覧席に座っているもの、石舞台近くで瞑想か何かをしているもの、飲食スペースで何かを頬張っているものや、邪魔にならない場所でお喋りをしているものなど実に様々で、どこかのキャンパス内やコンサート会場のようにも思えた。
審神者同士で固まっている処もあれば、刀剣男士と固まっている者など、そちらも様々で、会場に顕現している分霊の刀剣男士達もこれまた様々だ。
花車と琥珀もさっさと受付をすませ、あとは開始時刻になればランダムで審神者名を呼ばれるまで待つだけだ。
きょろきょろと周囲を見渡す花車に膝丸が「…色々と、大丈夫だろうか」と声をかけた。
「え、大丈夫だよ? ……あー。えっと、うん。薙刀デカーって思ったくらいかな」
一瞬どういう意味で声をかけられたのか理解が出来なかったが、すぐに思い当たる。
前任は演練で苛烈さに磨きがかかったので、膝丸はそれを杞憂していたのだ。花車が素直に本丸にはいない刀種の薙刀の感想を述べれば、どことなくほっとしたような顔をした。
硬い顔をしていた加州も安堵したように思える。
「薙刀でっかいよなあ。うち静形おんねんけど、これがまたでっかいのになよついてて…最初の総当たりんときギッタギタに伸したったわ」
「…こわ…」
「いやいや花ちゃん。あんなもん勿体ないやろ! 勝負に勝てる全てのもんを持っとるはずやのに、しかも刀剣男士やのにそれを使いこなせへんとか、宝の持ち腐れもええとこやで! ほんま、前の奴なんちゅう腑抜けにしてくれたんやっつー…!」
琥珀が凄まじい勢いで自身の見解を語っている最中、突如後ろを振り向いて腕をクロスさせ防御の型を取った。
まだ練度が低いと言っていた琥珀の刀剣男士らは反応できず、花車の乱と五虎退がいち早く花車の前に庇う様に動く。
琥珀が防御の型を取った直後、素早く何かが打ち込まれて琥珀が大きくあとずさる。
「ひっ」
「主さん、ボクたちの後ろにいてね!」
「なんだかわからないけど、主は大丈夫だよ」
琥珀を見て思わず小さな悲鳴を上げた花車に、乱と加州が声をかける。
周りの審神者達もなんだと視線をこちらへ向ける中、琥珀が「菫ぇええ!」と叫ぶと、友人同士のじゃれあいだと認識したのか視線は散った。
「す、菫…?」
「…さ、審神者さんみたいです……敵じゃなくてよかったぁ…」
「前、琥珀審神者が言ってた人でしょ。ほら、なんとかゴリラ」
加州の最後の一言に、菫と呼ばれる審神者が加州に睨みを利かせるが、すぐに琥珀へ戻して「アンタが言ったのね! 反省しろ!」ともう一発拳を入れようとして、今度は菫の刀剣男士である蜂須賀に止められる。
「ちょっとハッチー! やめてよ!」
「はあ…。止めるのは君の方だよ。いい加減その粗っぽさと服装を直したらどうかな」
面倒くさそうに菫へ語る蜂須賀は、花車と琥珀に視線をやると少しだけ頭を下げた。
「うちの主が失礼しました」
「あ、ああ、いや、おう。大丈夫や…会場で会うた時も、最後の方は割とこんな感じやったし…つーか、花ちゃんのがビックリしたやろ、ごめんやで」
「だ、大丈夫。菫ちゃん、最初の時とだいぶ印象が違うね…」
花車が加州の後ろからそっと声をかけると、白と黒を基調にしたモノトーンのゴスロリ衣装の菫が、にっこりと花車に笑いかける。
白く滑らかな肌に、深緑の瞳、審神者名通りの淡い白菫色の長い髪をツインテールにし、頭頂部を縁取るようにフリルが沢山ついたヘッドドレスをしている。
本当に西洋ドールのように完璧な少女だ。
この菫が、琥珀が称するゴスロリゴリラとは思いもよらないだろうが、花車は先程の凄まじい拳のうなりを至近距離で見てしまっているので、菫ももう取り繕うことはできないだろう。
最初の会場の時は、ひらひらしただけのシンプルなワンピースドレスだったからあまり気にはしなかったが、今の菫はだいぶしっかりとゴシックロリータの正装を行く感じに見える。
にこにこしながら蜂須賀の手を振り払うと、花車に靴音を響かせて近寄り、加州を避けてそっと花車の両手を取った。
「お久しぶりです、お姉さま」
「……おっ?!」
語尾にハートマークでもつくのではないかと言うほどの猫撫で声に、驚いたのは花車だけではない。
その場の全員が目をひん剥いて菫を見た。
特に琥珀などは顎が外れんばかりの勢いで驚いているが、彼女の初期刀である蜂須賀だけは、溜息を吐き苦悶の表情で頭を抱える。
「わ、私?! 私のことだよね?? え??」
「はい。実は初対面の時、お声がけするか迷ったのですが、とてもそんな雰囲気ではなくて…空気に流されるまま散ってしまった形で後悔していたんです。あの空気の中、率先して意見を通す凛々しさ、そしてとてもお洒落で可愛らしいお姿、頭の先から爪の先まで気を抜かない美容への意識、全てに憧れて一瞬で心を奪われてしまいました…! 不肖、菫、一生お姉さまについて行きます! ああ、お姉さまには本名を告げて名前を呼ばれたい…!」
恍惚とした表情でマシンガントークをし、花車を圧倒させた菫。蜂須賀は「ごめん」と花車へ、菫の背後から謝罪をする。
「立て直し中の本丸でもずっとこんな感じで…。あなたのことばかりを語っては古株連中を呆れされていてね。まあ、仲良く、とは言いにくいけれど、主もこう見えて腕がかなり立つから、そこを認めて一緒に歩んでくれている感じだよ。演練で会えばきっと迷惑をかけるだろうとは思っていたけれど…」
「い、いえ…びっくりはしたけど、大丈夫です。…あの、菫ちゃん、ありがとうねぇ、そんなこと言われたの初めてだから嬉しい」
花車の背後で乱と蛍丸が「主ってわりとズボラだよね」「そうそう、気を抜かない美容? とかなにそれって感じだと思うけど」とこそこそする会話はデコピンして黙らせた。
菫も菫で、花車から声を掛けられ、審神者名を呼ばれたことで、さらに興奮して顔を赤くしながら琥珀の肩を叩く。
「いった、痛いっちゅうねん! このクソゴリラ! つーかお前、花ちゃんのことそんな風に見とったんか? え、お前もしかしてそっちの気ある感じ…?」
「は? 黙れ豚。そういう低俗なレベルじゃないのよ。お姉さまは崇高たる存在なの。私を導く人なの、神なの。なんなの? アンタも信仰しろ!」
「おいおいおい、やっべー宗教開いとるやんけ! しかも物理説法タイプとかいっちゃん関わったらあかん人種やんけ! 近寄んな! 塩撒くぞ!」
琥珀と菫のやり取りに、花車は和やかな気持ちになる。なんだかとても楽しそうで、心底仲が良いことが伺えるからだ。
多少二人の語彙は荒いが、前任と自分以外の人間を見て、古株の部隊のみんなが人間には色々いるのだとわかれば、それでよかった。
加州は「なんか、俺よりヤバイ…? いや、でも、俺の主への想いは信仰とかじゃないし…」などとぶつぶつ呟きだしたので、花車も必死に軌道修正し始めた。
「ほ、ほら。二人とも、もうそろそろ開演時刻になるよ。観覧席に行っておこうよ。清光くんたちも、
「はい!」
「優等生の…いや、ちゃう。信者の返事や」
げんなりとしながら、背を丸めて琥珀が歩く。
刀剣男士達は審神者の観覧席とは別、刀剣男士達だけが休息する場所である磐座処へ行き、演練開始となれば石舞台に各々が集まるのだ。
清光達と手を振って別れ、二人の後ろ姿をみながら花車も続いて観覧席に歩き出すと、視界に鮮やかな金色がよぎっていった。
「…」
思わず振り返ってみれば、白のレースで作られたドミノマスクをした政府の審神者だ。長い金髪を緩くカールさせ、頭頂部で一つに括られたその姿には見覚えがある。
「キンギョソウ。金魚草さんだ」
知らぬ間に、聞こえる声量で名前を呼んでいた。
その言葉に全員が立ち止まり、擦れ違った金魚草と、その隣にいた瑠璃も振り返り、花車を見る。
じっと花車の顔を見ていた金魚草が、ポンと手を打って、口元だけで笑った。
「思い出した。ブラック本丸に駆り出された組の審神者。花車審神者だ」
「……ああ、いましたね。よく覚えていましたね、金魚さん」
「私、二回くらい? 講義したからね~」
瑠璃と金魚草が軽い会話を交わしながら、花車に近付くと、すかさず菫が走って来て三人の間に割り込み、金魚草達を睨み上げる。
「おっと~? なになに、刀剣男士じゃなくて審神者が飛び込んでくるの初めてじゃない?」
「菫ちゃん、金魚草さんだよ。ほら、政府の」
「知っています。知っているからこそです。私は政府は信用していません。同じ審神者であっても金魚草さん並びに瑠璃さんは政府直轄の審神者ですから、信用が置けません。お姉さまに近付かないでください」
金魚草と違い、白い垂れ布で顔の上半分を隠した瑠璃が、うんと頷く。
のんびりと琥珀がやってきて、へらりと笑いながら挨拶と謝罪をした。
「確かに。菫審神者の言う通り政府は信用できませんね。正しいと思います」
「おいこらぁ、政府直轄のくせになぁに言ってんのよ。自分が志願したくせにさぁ」
「いえ、私は……。いえ、此方のことはどうでもよいでしょう。それで、花車審神者は何か御用でしたでしょうか」
瑠璃に水を向けられた花車は、「ああ」と頭を振る。
特に用があったわけではなく、その透けるような金色を見止めたから思わず名前を呼んでしまっただけだった。
相変わらず菫の警戒はやまず、主に金魚草から視線を外さない。思いっきり警戒をされている金魚草は余裕そうに口元の笑みを絶やさない。
花車が特に用事がないのであればと、瑠璃が審判所へ戻ろうと金魚草へ声をかければ、金魚草が少しだけ唸って、花車に顔を寄せようとする。
当然、菫が猛反発してその腕を振り上げそうになったが、琥珀によって止められる。
「アホお前、政府直轄審神者に手ぇ出すな! 審神者クビんなりたいんか!」
「はぁ? お姉さまに近付くなって警告したのに近付くからよ!」
「あっははは、菫審神者は面白いねぇ! 私こういう子好き! 凄いねぇ、近侍みたい」
「私はお姉さまのボディーガードです。世が世なら侍女です。それ以上意味のわからない行動をするなら本当になぎなた振り回して突き刺します」
菫の冗談ではない空気に、琥珀は冷や汗をかき、花車も動悸が止まらない。
金魚草だけがニコニコして、それからスイと花車を見た。見たと言ってもドミノマスクのせいで視線を辿ることはできなかったが、顔の向き的にそうだろう。
「花車審神者、なんか知っている気がする。長く審神者をやっていると自分のこともあやふやになりかけるし、神域に長く踏みとどまるからどんどん人間ではなくなっていくんだけどさぁ……どこかでキミと
金魚草は面白おかしく、高い声で笑う。
それが嫌に耳に残り、花車は少しだけ顔を顰めてしまった。
その途端、琥珀が動いて菫の左腕を止めたが、チェーンパンチを繰り出した菫の右腕は止めきれず、それはそのまま金魚草の頬を擦って風を切り、金魚草の頬から血が流れる。
さ、と顔が青くなったのは琥珀と花車だ。
菫を花車が後ろから抱きしめるように止め、琥珀とともに何度も頭を下げて謝罪をする。
「すみません、すみません! あの、菫は悪い奴やないんです! ちょっと頭に血が上りやすいっちゅうか…!」
「本当に申し訳ありません! 私からもしっかり注意しますので、どうか解雇だけは!」
「…金魚さん」
瑠璃の硬い声が二人を静かにさせた。
とうの金魚草は自分の頬を触って血を確かめると、あっけらかんと笑い飛ばす。
「まあね、警告してるのに煽ったのは私だからね! 仕方ないよね。てか菫審神者なら私の顔面中心も行けたはずなのに、わざと逸らしてくれただけまだ理性があるよ! 大丈夫、私の行動で起こった事だから、問題にはしないよ。こっちこそごめんね」
「金魚さんが全面的に悪いです。菫審神者はまだ十代ですよ。あなた自分をいくつだと思ってるんですか、全く。ほら、貴方たちもそろそろ演練が始まります。すぐに席に戻りなさい」
瑠璃と金魚草に見逃された三人は、琥珀と花車がペコペコ頭を下げつつ観覧席に走っていった。
その後ろ姿を見届け、瑠璃が垂れ布を持ち上げて金魚草を睨む。
「え、こっわ」
「バカなことをしないでください。貴重な本丸立て直しを行った、霊力タンクの審神者達です。みすみす逃がすような真似しないでください」
「ごめんごめん。でも本当に、どこかで縁を見た気がするんだけどなぁ~…どこだったかなぁ。うちの石切丸にも相談してみようかな」
「あまりつつかないで下さい」
金魚草に文句をとばしながら、瑠璃が垂れ布を戻して審判所へ向かうと、金魚草も腑抜けた返事を返しながら瑠璃を追いかけた。