無変換だと本名は千鶴(ちづる)、審神者名は花車(はなぐるま)になります。
花車
名前変換
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――水無月某日
安定や顕現したばかりだった骨喰などの練度を上げるために、機能し始めた本丸は出陣や遠征にと活発に動き始めた。
一先ずは一番練度が高い加州清光に追いつくようにと、平均値の底上げを図るため、あまり出陣をしていなかった寵愛組も安定たちと行ってくるよう花車はケツを叩いた。
地獄の連戦を行ってきていた短刀や脇差達は一先ず近場への遠征をお願いし、出陣への恐怖を払拭するよう努めさせた。
花車は残った加州清光を、安定の代わりに近侍に任命して審神者業を行い、毎日一本の鍛刀を行い、刀装は出陣で壊れた分を補うのみにして余分は作らず、手入れ分の資材確保にまわした。
最初に政府より破格の資材投資はあったが、それはもしもの時のためにと蔵に一時保管してあるため、使用できる資材は前任からの引継ぎ数量のみで、無駄遣いはできなかった。
また、梅雨に入り夏に近付くにつれ、畑も盛大に実りだし、蔓紫や早生のトマト、エゴマや甘唐辛子などを収穫するのに、当日の畑当番達と精を出した。
もう随分と、全員が食事をすることを当たり前とし、時折花車へお願い事をすることも躊躇することがなくなった。
「主、それはどうするの? どうやって食べるの」
花車が母屋の台所でエゴマの葉を綺麗に洗って笊にあげていれば、中庭の掃除を終えた加州が寄ってきた。相変わらず可愛らしい角が右眉の上にちょこりと顔を出している。
「お疲れ様。これはねぇ、醤油漬けにする分と、今日の生春巻き用とにわけてるところだよ」
「ふぅん。醤油漬けってそれ、…ニンニク置いてあるけど、使うの?」
加州がワークトップの上にある籠の中のニンニクを見つけて、嫌そうに顔を顰めた。
加州筆頭に今剣や小狐丸、鳴狐と鶴丸が一度ニンニクの擦りおろしダレをドレッシングに混ぜたところ、その匂いで嫌悪感を剥き出しにしたのは面白かった。以外にも三日月と光忠は好ましそうにバクバク食べていたのが印象に残っている。
「醤油漬けにはね、ちょっと使うよ。無理に食べさせたりしないから大丈夫。明日食べる方が味が染みておいしいし今日は出さないしねぇ。今日のメインは生春巻きだしね」
花車は笑いながらエゴマを綺麗にすると、次にエビの下拵えに入る。花車を入れて20名、それからここ最近の鍛刀でまた数名増えた大所帯の本丸は毎日賑わしいが、食事の準備をする花車はいつも午前中から忙しい。
これが少食ばかりなら多少の大変で済むが、なにせ男ばかり、しかもわりと大食らいが多く、朝昼晩と毎食戦争なのだ。
午前中の食事だけで米を5升炊いて、夜にはまた5升の一日で10升の米を炊く。米俵一俵が約4日で消える事実に花車は思い切りゲンナリした。
なんなら満腹モットーな本丸なのに、全員の食べっぷりを見て一時は自分の食欲が落ちてしまった。食の細そうな短刀や加州、安定もしっかりと茶碗一杯とおかずをモリモリ食べる。今剣だけは好きなものしか沢山食べない。
「みんなめちゃくちゃ食べるようになって嬉しいけどさぁ、あんだけの量食べといて、なーんで太らないの? 消費量のが多いから?」
「さあね。言っても主も太ってるわけじゃないでしょ。可愛いよ」
「…オゥ、せんきゅう……。清光くん、なんか日に日にそういうのスムーズに言い出したね」
「? 事実だし、何かダメだった?」
心底きょとんとする加州に、もう何も言うまいと花車は口を噤んでエビの背ワタを取るのに集中した。
近侍として日中ほぼ一緒にいるようになってからと言うもの、こうして加州は花車のことをやたらと褒めたり可愛がったりすることが増えた。
最初の頃はそれに素直に喜んで、だらしなく頬を緩ませていたが、こうも多くなると食傷気味というか、穿ってみてしまう。それこそ今度こそ捨てられたくない、構われたいが明け透けに見える加州のこと、花車といるときに関しては特にみんな、いや安定以外はあまり触れないようにしていた。
安定はそんな加州を見て毎回首根っこを引っ掴んで花車から引き離し、道場で手合わせをしたり、畑仕事をしたり薪割りに参加させたりとその依存度を少しでも緩和できるよう動いていた。あまり効果は成していないが。
「清光くんさ、そろそろ演練も参加してみようかなって思うの。それには清光くんも参加してほしいんだけど…もしかしたら周りの審神者が嫌な視線をぶつけるかもしれない。だから、無理して参加はしなくていいの。その間、清光くんは本丸で待機してくれていてもいいし、久しぶりに出陣してもいいし…どうする?」
外見が他の加州清光とは違う。
それ自体には花車は何も思わないし、個性の一つだと認識しているが、事情を知らない周囲はそうもいかない。興味津々になるだろうし、なんなら嫌な顔をする審神者もいるだろう。
所謂、花車の本丸にいる加州清光は亜種なのだ。
人はどうしても、それこそ神格があがって俗世と切り離されたはずの審神者ですら、欲に塗れ、マイノリティを淘汰したり、はたまたマジョリティが持ち上げる希少価値があると謳われるマイノリティに群がったりする。
そんな“人間”が亜種の加州清光を見ればどう思うか。想像に難くない。花車の同期の彼らであれば特に何も思うところはないだろうけれども。
そんな花車の心境を察したのかしていないのか、加州はほんのりと首を傾げると、薄く笑う。
「大丈夫だよ。主がいいなら、俺も行く。他にどう思われようと、主がこの俺を愛してくれてるから、気にならないよ」
そう言い切った加州に、花車は背筋が寒くなる。
過去のことがあるとはいえ、加州の依存の高さは異常だ。まだ他の刀剣達と話しているだけで邪魔をしてきたりなどがないだけいいのか、それでも加州以外を褒めればあまりいい顔はしない。
いつかこれが軋轢にならないようにするにはどう修正すればいいのかと頭を抱えるが、加州と旧知の中である安定に相談しても「今のところまだ、大丈夫だよ」としか返ってこない。
その「まだ」が大変不穏なのだけれど、と思うが安定がそういうなら仕方がない。
「そう。じゃあ、清光くんを隊長にして演練向かうね。……ま、大丈夫だよ。もし変なこと言われても言い返すかぶん殴るわ」
「俺の為にそこまで…? 嬉しい」
「あ…あはは、…あー、うん」
約100匹近いエビの下処理を終わらせ、後は包むだけにするため、アボカドや人参などの下処理をし始めると、加州も横に並んで中華包丁を取り出した。
包丁のチョイスにギョッとして、花車が慌てて十徳包丁を渡して中華包丁は棚にしまった。
「皮剥けばいいの?」
「そうだけどー…アボカドはこうやって剥いてね。柔らかいから手にあんまり力は入れないで…そうそう、で、種を包丁のお尻でトンって突き刺して取り出す。上手」
簡単アボカド皮剥き講座を終えれば、花車もすさまじい速度で人参の皮を剥いて千切りにしていく。
10本ほどの人参を千切りにすれば次はキュウリ、そして加州が剥いたアボカド、それからビーフンと先程下拵えしたエビを茹でていく。
審神者業がきちんと回り始めて一ヵ月、花車は料理スキルが格段に上がったことを自覚している。もし何かあってどうしても審神者を退職しなければいけなくなったら、給食センターや住み込みの学生寮でも働けるな、と無心で野菜を切っていく。
それから同時進行でお肉モリモリのガパオライスの下拵えも行えば、横で見ていた加州は感心して嘆息した。
「さすが主、手際良いね。あ、でも米は俺が炊く。教えてもらったからもうばっちりだしね」
「本当? 助かる! じゃあ夕方前に炊飯はしはじめよっか。清光くんがお米やってくれるなら、私その間スープ作っておけるし」
「主、野菜の収穫、追加なんだが……今日も鬼気迫る台所だな」
花車が加州と野菜を切り刻んでいれば、大きな笊にトマトと蔓紫を乗せた膝丸が現れた。
ふたりの様子に片眉をあげて驚きながらも、膝丸は土間の板間に笊を置く。
「ありがとう膝丸さん。トマトも多いなぁ…けど早生のトマトはあんまり生で食べるの好きじゃないし、明日にでもトマトパスタにしよっかな。こんちゃんに大量にパスタ麺頼まないと……」
「いいね、俺パスタ好き。膝丸さんは今日のご飯のが好きそうだよ」
「そうか。因みに今日はどんなメニューなんだ。兄者も好きそうか」
「えっと……」
加州が一生懸命覚えたての言葉で食事メニューを紹介し、それをふんふんと訳知り顔で頷く膝丸。こう見るとやはり普通の加州になるからこそ、線引きが難しかった。
エスニック料理の説明で四苦八苦する加州に、それを何とか自分でも理解をしようと眉根を寄せて、食べたことのない味を考える膝丸はどこか微笑ましい。
ガパオライスに使う、肉屋ばりの量の豚肉を切り分けながら、花車はふと思い出す。
「そうだ。膝丸さんごめんね、未だに髭切さん顕現できなくって」
偏に資源が枯渇気味で、いざというときの手入れに回したいがために鍛刀配合を重くしていないのが理由だが、それは近侍との秘密だ。
今は合戦上で浮遊する髭切を、何処かの部隊の誰かが見つけてくれるのを待つ方が鍛刀よりも確率は高い。
「いや、……まあ、兄者が来るに越したことはないが、血眼で探すほどのものでもないからな。気にしないでくれ」
「そっか、でもまあ、太郎太刀さんも探さないとだし、やっぱ並行して月一くらいで配合重めに……」
「主。その辺の采配は俺に任せてよ。伊達にこの本丸の最古参やってないしね」
肉切り包丁をと豚肉を手に持ってうんうん悩みだした花車を、笑いながら落ち着かせる加州は頼もしくみえる。
事実病みだしていた加州しか見ていなかった膝丸は驚いて目を瞬かせた。
「…凄いな。主一つでこうも変わるものなのか。それとも、加州清光が影響を受けやすいのか…?」
「加州清光が影響を受けやすいんだよ。ていうか主の好意の向きや匙加減に左右されすぎなの」
大竈の横にある、正面玄関から続く引き戸を開けて入ってきたのはボロボロになった安定だ。
その後ろに同じ部隊の江雪、小狐丸、今剣、骨喰、次郎太刀が続き、花車が急いで全員分水を用意する。
「おかえりみんな。中傷なのは……安定くんと骨喰くんだけだね。すぐ手入れ部屋いっておいで。他にも軽傷以下の人でお手入れ必要なひといたら、手入れ部屋行ってね」
「うん。そうするよ。清光、あんまり主を困らせるなよ」
「わかってるし、困らせてもないっての」
しっしと追い払うように手をひらひらさせた加州に、軽く舌を出してから骨喰と連れ立って行った安定を見届け、茹でエビを摘まみ食いしようとする今剣をいなしつつ、下準備が出来たものを花車が次々と冷蔵庫にしまう。
加州が大広間に続く襖障子を開ければ、ドカリと次郎太刀が座り、次いで小狐丸が腰を下ろした。
「今日は越前の方だっけ。お疲れ様。…越前って言うとカニだなぁ…カニ食べたい」
「お、いいねぇ。カニの甲羅酒ってのはめちゃくちゃ美味しいらしいよ~」
「次郎ちゃんよく知ってるねぇ。今度できそうか調べてみるね。あ、そうだ。江雪さん、今日の鍛刀は小夜くんが来たよ。二階の左文字部屋で平野くんから
花車が小狐丸へ手ぬぐいを差し出しながら何となしに言ってのければ、のんびりと板間に腰かけていたはずの江雪が素早く立ち上がり、稀にみる機動力で二階へ駆けて行った。
揺蕩う水色の髪を見つつ、花車がぽかんとすれば「笑ってるの初めて見たなぁ」と加州がつぶやいた。
「えっ! 江雪さん笑ってたの?! めっちゃ貴重じゃん! こ、今度小夜くんと一緒のところを覗き見たら確認できるかな…」
「気付かれて絶対に見せないだろうねぇ~」
「それか、ふつうに しかられるかですね」
「そ、それはいやだな……」
ほんの少しだけ落ち込む花車に、加州が近寄ってにっこりする。
不思議そうに首を傾げれば「俺の笑顔でいいじゃん?」と宣った。
「……ぬしさま、何かあれば粛清も厭いませんので、どうぞお申しつけください」
「物騒!! 大丈夫だよ。ありがとね清光くんも。…誰かの笑顔っていうよりみんなの笑顔が自然に見れる方がいいよね」
「おおー、うまくまとめましたね」
今剣が笑いながら「きがえてきます」と言えば、次郎太刀もそれに続いて二階へ消えていき、ほんの少しだけぶすくれて頬を膨らませた加州と、それをなんとかうまく宥めようとする花車、そのやり取りを何とも言えない表情で眺める小狐丸と膝丸だけが台所に残った。
結果、夕飯の最後の一品のスープ作りは残った四人で慌てて作ることになってしまった。