無変換だと本名は千鶴(ちづる)、審神者名は花車(はなぐるま)になります。
花車
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――皐月某日
「加州清光。川の下の子。お願いだから、前の主みたいにならないでね。それから、前の主よりももっと沢山、俺のこと愛して、可愛がって」
泣き止んだと思えば、初っ端早々重めの口上を述べた加州に、花車はほんの少し口元が引くついた。
既に再契約した他のみんなはわりとフランクだったり、前を向くための口上ばかりだったのに対して、加州はガッツリ過去を引きずっている。
これは難儀なことになりそうだなぁと花車が思っていれば、小気味いい音を立てて一の間と二の間を繋ぐ襖障子が開かれた。かと思えば加州めがけて黄色の毛玉が投げ飛ばされ、それは見事に加州が顔面でキャッチする。
「近すぎ。セリフ重すぎ。まず僕を刺したことを謝れ」
「安定くん! 本当にピンピンしてる! よかったぁあ…! ていうかそのことに関しては私を庇っての事なんだから、清光くんからすれば予想外だよ。だから、私が謝らないと。ごめんね、それから庇ってくれてありがとう」
「主は悪くない。全部こいつが悪い」
「い、いつにもまして頑固でトゲトゲしてる…」
「……うるさいなあ。主から抱きしめてきてくれたんだし、主の言う通り飛び出してきたおまえが悪いでしょ」
安定へ文句を返しながら、顔面に張り付いたこんのすけを引き剥がして安定へ投げ返そうとするが、それは花車によって引き止められ、こんのすけは無事花車の手の中で目を回すだけとなった。
安定と加州は旧友の再会とばかりに、軽口をかわしあい、はたから見ればそれはそれは楽しそうに話し続ける。先程迄泣いていた加州はすっかり消え去り、心の底から楽しげに見えた。
「…清光くんは、安定くんと一緒にいる方がいいのかもね」
「そ、そうですね……。うう、ちょっと式神扱いがひどすぎます…。三半規管などないはずですのに、とても気分が悪いです…。そ、それはともかく、…コホン。これにて前月下香審神者の本丸は、全ての刀剣男士様並びに本丸神木、当主共に“花車審神者の本丸”に引継ぎを完了致しました。同期審神者様の中では最速にございます。大変優秀でございました。おめでとうございます」
こんのすけの後半の言葉は機械的で、こんのすけの言葉と言うよりは政府からの言葉に聞こえた。
花車は目の前にいるのがこんのすけではなくなったと断定して、冷めた目で「どーもー」と呟く。
「さて、花車様にはこれより大広間に移っていただきます。審神者部屋を解体された今、政府や他審神者との通信に関する座標が当本丸母屋大広間に移っておりますので、そちらの説明を致します」
「…その通信とかいうやつ、
「申し訳ありませんが、元々母屋に作られていた審神者部屋が元来の座標なので、そこから動かせるものは微々たる距離です。ご了承ください」
「あー、はいはい。わかりまーしたー! …はあ…。行こう安定くん、清光くん」
花車が諦めたように溜息を吐きながら立ち上がると、ふたりも頷いて花車の後に続く。
母屋へ向かう渡り廊下を歩きながら、先程の光忠の叫び声などの原因を聞けば、初めての内番取り決めをアミダでした結果、鯰尾が畑当番、光忠が馬当番となってしまい、鯰尾が無言で馬糞をどこからか持ち出して光忠に代わるよう迫ったせいだということだった。
「あー…それで一期さんのあの怒鳴り声に…納得〜」
花車が呆れ半分に頷き、とたとたと廊下を通り過ぎて大広間へ到達すれば、中には三日月宗近と小狐丸、心なしかげっそりした件の光忠が座っていた。
入ってきた花車を見て、光忠と小狐丸は嬉しそうにし、三日月宗近は花車の後ろにいる加州を見てやんわりと微笑んだ。
「…えらく懐いた様で僥倖だ」
「なにそれ。懐いたんじゃなくて、今度こそちゃんと愛してくれる人だから主のこと好きになっただけだし」
「熱烈告白……をされたわけじゃなくて当事者のはずなのに第三者的に聞いたこの気持ちは一体何…?」
「ふふ、加州君が元気になってよかった。それにしても、随分、かっよこく様変わりしたね」
虚無になった花車は安定が宥め、光忠は加州の額や瞳を見て目尻を下げる。
突かれた加州はほんの少しだけ視線を左右に揺らしたが、ちょんと人差し指で右眉の上にある小さな角を触る。
「…これ、そんなに目立つ? 削れるかな。触ってる感覚はないんだけど…。ねぇ、主はこれ、ないほうがやっぱりいい? あると可愛くないよね。怖い?」
「めちゃくちゃ矢継ぎ早だなぁ……別に私はそんなに気にならないよ。言うて元々の清光くんを見てないからって言うのもあるかもだけど…。うん、こんちゃん、政府的にも特に問題とかないでしょ?」
「見た目は既存の加州清光様とは差異がございますが、内包の力は審神者様のモノと元の神霊の加州清光様のモノとが混在して顕現しておりますので、政府の規定上では何ら問題はございません」
言い切ったこんのすけは広間の隅、飾り棚付近でなにやらぺたぺたと長方形の紙を張り付ける作業を始めた。
「ほらね、政府的にも問題ないなら私も何も言わないよ。見た目だって可愛くないなんてこと、思わないし。いいじゃん、なんか言われても、うちの本丸の…私の加州清光はわかんにくいけどオッドアイで、ちょっと可愛いサイズの角があるんですーいいでしょー! って胸張って蹴散らしてやるわ!」
ふん、と鼻息荒くした花車に、加州は心底嬉しそうに瞳をトロリとさせて花車を見つめる。その加州の様子を見て、安定と小狐丸はゲェと舌を出した。
「加州清光…お前、ぬしさま相手に懸想なぞするまいな」
「主をそんな目で見るなよ。主は金の亡者であって色恋あんま興味ないし割とはしたないし」
「小狐丸さんはいいとして、安定くんは私に喧嘩売ってるよね? え、買うよ?」
「だってあんまり女としての自覚もなければ、僕たちのこと異性だって思ったこともないでしょ」
「………」
安定が的確に花車の図星を突けば、何も言い返せない花車はばつが悪そうに視線を斜め下に向けたままぐっと押し黙る。
そしてスタスタと無言で小狐丸に近付いてストンと横に座った。
「……ぬしさま?」
「いやもう、私の初期刀辛辣さに磨きがかかってて、心がヤられるわ…。なんだかんだ小狐丸さんが一番、私の心を抉ってこない…。落ち着ける…初期刀怖い…」
「ちょっとなにそれ主聞き捨てならないんだけど」
「そうだそうだ! 主の一番は俺じゃないと嫌だ!」
「いや、お前、それも違うでしょ」
加州の発言に今度は加州を睨む安定に、光忠が苦笑しながら宥める。
その賑やかな様子を聞きながら、三日月は静かに茶を啜り、小狐丸も隣に座って「はしたなくは、ないもん」と影を背負う花車を見て呆れつつも、嫌がる様子は一切ない。
そんな賑わしい広間の中、「ごほん」とこんのすけが咳払いをして広間の視線を集める。
飾り棚には先程までなかった1m四方のホログラム画面が浮いていた。丸円の中に四季折々沢山の花が描かれた紋のようなものが中央に浮かんでいる。
「…すご、急に近未来感エグ……」
「こちらは花車様の待機画面となっております。基本的には花車様側から相手側へ通信を始める時は相手側の承認紋が展開されますので、花車様はご自分のこの紋を見ることはそうそうないかと思います。また、通信が傍受された際も入電の文字のみ映り、映像が切り替わります。通信をしたい際は壁に貼りました認証札に手を当てて霊力を流してください」
こんのすけがすらすらと説明し、花車も頷くが説明の大半は頭に入っておらず聞き流していた。小狐丸が小さく「わかりましたか?」と訊ねれば「およそ」と返す。
そうしている間に、花車の認証紋がブレた後、入電の文字に切り替わり、そのままどこかの本丸の室内と思わしき場所が映った。
「おや、タイミングよく入電ですね。こちら花車審神者本丸です。応答どうぞ」
『……こちら琥珀審神者本丸。どうぞお話しください、琥珀様』
画面の向こうからこんのすけの声が聞こえたかと思えば、横からひょっこりと片腕を吊るした男性が顔を出す。
その後ろには太鼓鐘貞宗がおり、光忠が「あ」と声を漏らした。
「…あー! 琥珀くん! 久しぶりだね!」
花車が立ち上がって画面前まで駆け寄ると、懐かし気に破顔して話しかける。
「…主の知ってる人?」
「うん。主の同期だよ。僕も会場で会ってるから覚えてる」
花を飛ばす花車を眉を寄せてみる加州に、安定は呆れつつも返事をしてやる。
小狐丸や三日月は初めて見る男性審神者を興味深そうに見つめ、光忠はソワソワと画面と花車を交互に確認する。
『うーす、久しぶり。花ちゃんとこ、最速修正なんやって? 凄いやん』
「わー、ありがとう。ていうか琥珀くん何その腕。大丈夫?」
琥珀は相変わらず眠そうな猫目で棒付き飴を食べてはいるが、その左腕は肩から白い包帯で固められて吊っている。
痛々しいその様子に、立て直し途中で何かあったのだろうかと、花車は不安げに伺った。
『あー、これなあ…同田貫と打ち合いしたらヒビ入ったんよなぁ』
「…え? 打ち合い? 何どういうこと?」
『主さ、立直するにあたって腑抜けた奴らばっかりだったから鍛え直してやるーっつって全員と総当たりしたんだよ! ラストが同田貫さんでさ、まあ他に比べたら割と強かったらしくて、この結果! でも勝ったんだから名誉の負傷だぜ』
太鼓鐘が琥珀の肩を組んで楽し気に自慢をするが、花車は理解が追い付かない。
刀剣男士全員と総当たりとは一体どういうことなんだと頭を抱えれば、小狐丸が「なるほど、脳筋というやつですね」とひっそり零す。
「…いくら腑抜けていたとしても刀の神様に勝てるって…琥珀くん何者なの…」
『え、俺? 剣道六段の有段者なんよなぁ。言うて最高段位ちゃうで胸張れへんけど』
『でもそれって、受審条件の経過年数と年齢制限に引っかかってるだけだって主言ってただろ? 俺が見るに実力的には最高段位だぜ!』
「え、すご…! めちゃくちゃ現代っぽいのに侍魂じゃん! つーか琥珀くん何歳よ、え、すごー」
花車が素直に褒めた時、すっと加州が後ろに立ってじっと画面を睨んだ。それに気付いた琥珀が『お?』と声を上げる。
『あれ、確か花ちゃんて初期刀、大和守安定っちゃった? つーかおいおい、めっちゃ雰囲気かっけぇな。うちのなよっちい加州清光とは大違いやん』
「初期刀は安定くんだよ。清光くんは前任さんの初期刀。色々あってかっこよくフォルムチェンジしましたあ」
どや、と緩く報告する花車に、先程までの睨み顔から一転、加州が嬉しそうにふにゃりと笑う。
それを見て琥珀が少しだけ目を細めたが、何も言わずに『そうか』と頷いた。
『派手でいいじゃん! つーかさっきから滅茶苦茶みっちゃんが見てくる! やっほー、うちの本丸にはみっちゃん顕現してないから会えてうれしいぜ!』
太鼓鐘が空気を換えるように話題転換すれば、水を向けられたソワソワしっぱなしだった光忠が思い切り体を跳ねさせた。そして無駄にきょどきょどしたかと思えば、ぐっと右手で目頭を押さえる。
勿論太鼓鐘はその様子を不審に思い、画面の向こうで光忠を気遣うが、それを三日月がのほほんと笑った。
「なに、以前の其方は折られたからなあ。久々に会えて嬉しいのだろう」
三日月の言葉に画面の向こうのふたりが凍り付いたのは言うまでもない。
あちゃーと額を押さえた花車は「前任さんが苛烈でね…」としか言えず、それでも琥珀は何かを察したのか頷いた。
『まあ色々あるわな。うちも色々あったし。花ちゃん聞いた? 同期の松じいさんとこ、半分刀解されたらしいで。菫んとこはあとちょっとで立て直し終わるっぽいけど、ここは菫が難儀やから遅れとるだけやろしな』
随分と琥珀は情報通なのだと花車は思った。それとも単純に花車が知らないだけでみんな同期同士で情報交換をしていたのだろうか。
初期に離れに閉じこもっていたのがダメだっただろうかと、悶々としていたのがわかったのか、琥珀が快活に笑った。
『俺が首突っ込みなだけやで』
「あ…そう、そっか。ていうか、さっき不穏な単語沢山だったよ。半分刀解ってどういうことなの?」
『いやー、あの爺さんなかなかのやりてらしくてなあ。松爺さんが派遣された本丸は前任のせいで仲間割れ対立しとったみたいで、前任擁護派は改善の余地なしっつーことで一斉粛清らしいわ。おれのじいちゃんじゃなくてほんまによかった』
ぶるぶるとワザとらしく震えた琥珀に、花車も顔が引きつる。
中々に松という審神者も苛烈と言うか強硬派のようだ。のんびりしたい花車とは今後一生合わないかもしれない。それに琥珀が菫のことをフランクに呼んでいるのも気にかかった。
あの最初の会場でのときは仲が良かった印象もなかったため、不思議に思う。
「菫ちゃんってあのゴスロリの子だよね?」
『そーそー。あいつの初期刀蜂須賀やったやろ? あいつの蜂須賀、なんか生徒指導並みに服装に煩いらしくて、ほぼ毎日喧嘩しとるんて。あいつの蜂須賀はゴスロリってやつが嫌いらしいわ』
「そっかあ。やっぱ性格も本丸差みたいなのあるよねえ。てか、琥珀くん、菫ちゃんとめちゃめちゃ仲良かったり?」
『いや、あー…あいつも段位つーか、菫の場合は薙刀やねんけど…てかあいつ
安定が「本当に女?」と失礼な発言をして光忠に叱られた。花車も安定と同じことを一瞬でも考えてしまったので、ばつが悪そうに乾いた笑いを零す。
小狐丸は「ぬしさまで本当に良かった」と真剣な顔で言い放ち、琥珀と太鼓鐘が爆笑した。
『ワッハッハッハッハ! 確かになあ! 同期四人でいっちゃん優しいんちゃう? 肝は座っとるやろうけど! 一番最初にブラック本丸行く言うたんも花ちゃんやったしな。金欲しいー言うてたし、どこまでやれるんかなぁ思たけど、マジでひとふりも刀解せずに立て直ししたんは驚き。事実いっちゃん凄いって瑠璃さんも言うてたしなあ』
「うへへ、褒められた。ありがと。てかさ、言うか迷ったけどさっきから背後に同田貫正国さんと思しき影がちらちらしてるよ」
『え』
太鼓鐘とふたりで勢いよく後ろを振り返った琥珀は、何事かを背後の同田貫と交わして、花車に断りを入れて通信を切った。
途端にホログラムは消え失せ、広間は一瞬静かになる。
安定が「なんか無駄に疲れた」と呟くと、机に突っ伏す。加州も目の前の花車の背中に額を押し付けて凭れた。
「前の審神者は演練でも先程の通信でも、他人とそうそう話すことをしなかったからな、新鮮だった」
「あの審神者のおかけで、ぬしさまが如何に素晴らしいのかがよくわかりましたね」
「そうだね…。さだちゃんも、審神者くんと仲がよさそうで安心したよ」
三者三様、各々が好きに感想を述べる中、花車は琥珀が最後に零した名前が誰だったのか、それだけが引っかかった。