無変換だと本名は千鶴(ちづる)、審神者名は花車(はなぐるま)になります。
花車
名前変換
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――皐月某日
結界をすり抜けた雲雀達がやかましくお喋りをして本丸の上空を飛び去る、穏やかな日中。
花車は畑の世話をしている組と、道場で手合わせをしている組にわかれている彼らの賑やかな声を聴きながら、一人で母屋にある風呂場を見て回っていた。
何分広い母屋通り、離れの風呂場とは段違いの大浴場であり、設備もしっかりとしたものだ。
大理石でできた床に五つある洗い場と、奥には総檜と思しき木材で組まれた大風呂が構えている。この風呂場を使うことが許されていたのは、寵愛を受けていた面々のみだと鶴丸から聞いていた花車は、前任に対して心の中で悪態をついた。
本来なら全てとっかえてやりたいが、そこまでの大改修をするには、この本丸にいる全員と再契約をしてからの話であることが大前提だ。
そのため、忌まわしき記憶が呼び返されそうな場所であろうとも、10振り全員プラス花車達全員が離れの浴室を使うのは非現実的なので、今は我慢してこちらの大浴場を使ってもらうしかない。
湯は温泉方式なのか、絶えず排出口から流れ落ちて大きな檜風呂を満たしている。
「ここだけ見ると本当に旅館みたい」
呟きながら花車は脱衣所の空調窓を少しだけ開けて空気の入れ替えをする。
脱衣所から出てすぐは大人数用のトイレがあり、個室が3個と男子用便器が6つ並んでいる。学校のトイレのようだと一瞬思うが、使われている建材が違いすぎる。防腐用に黒焼きされた木材を中心に組まれた空間は限りなくおしゃれだ。
ここもすべて通気のため、ドアや窓を開放してから、そのままぼうっと縁側に腰かけて庭先を見る。
大広間から続くこのくれ縁は、そのまま大浴場などのサニタリールームにつながっている。
本来は賑々しく食事をしたりのんびり過ごしつつ、好き勝手にお手洗いや湯あみを楽しめる場所として作られたのは明白だった。
そもそも本丸は審神者の意思で形作られる。
審神者が必要だと思えばその分部屋数は増え間取りは変わる。他にもほしいものがあればその霊力を持って庭や池、花々、果ては季節や天候までも左右できる。
これには一定条件の力が必要なため全員がすべてを簡単に成せるわけではないが、それでも家屋に関しては審神者なる者の全てが自分の神域でもあるこの場所であれば容易く操ることはできる。
それでいけば、この本丸の間取りや部屋数などは、前任が「こういったものがいい」と作り上げたものなのだ。
「最初は、きっと新人として頑張ってたんだろうなぁ……こんな、みんなで過ごすこと大前提の間取りなんだもん」
呟きながら、ばたりと上体を後ろの板間に預けるよう倒れ込んだ花車の視線に、花車を遠いところから見下ろす顔が入り込んだ。
驚いて飛び起きた花車は後ろを振り返って大広間に立つ男を見る。顔が遠いところにあると思っていたのは、身長が高いからであった。
黒く長い髪を下ろしたまま、花車を見ていた彼は誰であっただろうかと、頭の中で刀帳を開いて検索をかけていく。
「……次郎、太刀さん?」
「お、せいかーい」
名前を当てられた次郎太刀は嬉しそうに笑って、小さく拍手までしている。
やおらしゃがみ込んで畳に腰を落ち着けると、次郎太刀は面白そうに花車を見つめた。
「は、初めまして。後任の花車審神者です。ええっと……次郎太刀さんは、その、三日月宗近さんやこんのすけなどから何か聞いているのでしょうか?」
伺いつつも花車は次郎太刀を観察する。姿はそれなりに荒れてはいるが、比較的傷も見受けられない。
彼も大事にされていた組なのだろうかと思案するが、それでも三日月や鶴丸のように着物の裾迄綺麗とは言いにくい。
「とりあえず、さ。アタシは次郎太刀。今後ともよろしくーってね」
「どえっ、え、急!」
「あっはっは! アンタに会ったら契約してもらうって考えてたからねぇ。これで漸くアタシの中の気持ち悪い霊気も消え失せたよ」
そういうと穏やかに微笑んだ次郎太刀は、小さく咳払いをすると花車の知りたいことを答えてあげるよ、と落ち着きのある声色で話す。
「知りたいこと…?」
「そ。アンタめちゃくちゃ顔に出てるんだもん! まずはさ、前の主からアタシは重宝されてたって言えばいいかな。可愛がられてた訳じゃぁ決してないけどねぇ。ほら、大太刀って平野舞台だと割と勝手がいいじゃん? 振り回してりゃ一掃できるんだもん。だからってアタシと蛍丸のふたりは折ることも執拗に傷つけられることもなくすんでたって感じかなぁ…まぁ、蛍丸に関しては心がズタボロだったと思うけどさ」
すらすらなんともなしに言ってのける次郎太刀に、花車は開いた口が塞がらない。
ここまでで思ったことは、割かし前任の被害を被っていない刀剣たちはこの次郎太刀然り鳴狐しかり、飄々と過去を語るきらいがある。別に悪いことだとは言わないが、こうも置かれた環境が違うと性格や口数にも関わってくるものなのだと考えさせられる。
「そうなんだ……。ありがとう、話してくれて。じゃあ、次郎ちゃん、あ、ちゃん嫌?」
「へーき! うんうん。新鮮でいいね。会話ってこうやって楽しいもんであるべきだよねぇ」
「ふふ、そうだよね。仲間なんだもん、会話って気軽に楽しみたいよねー。私もあんまり堅苦しいの苦手なんだ。次郎ちゃんみたいな感じ、すごく安心するー」
いつの間にか構えていたままの姿勢をほどいて、楽に座った花車と契約口上をしてから、じりじりと座ったまま近寄った次郎太刀によって二人の距離は最初よりも遠くない。
もう板間と畳の縁一つ分といったところまで近い。
「堅苦しいの苦手~? アタシは三日月やら蛍丸やらからは結構な口達者って聞いたけど?」
「え゛っ、何それ。そうかなぁ、あれかな。初めましての時とか、ちゃんとしなきゃって時の喋り方のこと言ってるのかなぁ」
「まぁまぁ、分別できるってのはいいことじゃん! ……よかった」
一頻り話した後、次郎太刀はぐっと上に手を伸ばして大きく伸びをする。
そしてそのまま姿勢を崩して胡坐をかき、前のめりにって頬杖をついて花車を見つめる。たれ目がちの金の瞳がじっと花車から視線を外さず、花車は照れが生じてくる。
ソワソワとしだした花車に、溜まらず次郎太刀は吹き出すと花車は勢いをつけて両手で顔を隠した。
「あっははは、なぁ~に? 隠さなくってもいいじゃ~ん」
「いやだって! めっちゃ見てくるから! 恥ずかしい! 毛穴までガン見されそうですけど?! なんなの!」
指の間からきょろりと視線を彷徨わせる赤い顔の花車に、次郎太刀は満足げにすると、漸く背筋を直して顔を遠ざける。
「次がアンタで、……主がアンタでよかった。これなら心置きなく兄貴を迎え入れることができるってもんさ」
目尻を下げて、柔和に笑う次郎太刀には疲弊が見て取れた。次郎太刀は平気だと宣うが、心が擦り切れているのは蛍丸だけじゃない。
花車ははっとした。
誰もかれも、何かしらの傷を受けている。
体や精神、見てすぐにわかる者ばかりに気が取られがちだが、なんともないを装っている者も等しく前任の行いに気を病んでいるのは当たり前だった。
誰が嬉しくて仲間の苦悶の声を聴いていたいのか、そんなものを喜ぶのはだれ一人だっていない。
「そうだよ…そうだよね」
「へ?」
「……んーん。こっちの話。次郎ちゃん、わざわざ来てくれてありがとうね」
「いや、たまたまだったよ。随分家が綺麗になったし、空気も綺麗になったな~って散歩がてら見て回ってたんだよ。そしたらアンタを見つけたってわ~け。アタシもさっさと綺麗な霊気で満たしたかったから契約したかったし~? それに次郎さん、離れから漂ってくるおいしそ~な匂い、ずっと我慢してたからね! 逃がすもんかってこと!」
「ふふ、そっかぁ。じゃあ、次郎ちゃんには美味しいもの沢山ご馳走しないと!」
「お酒も付けてよ~! もうアタシ禁酒も禁酒でそっちの意味で死にそうなんだけど!」
「おっとアル中みたいな発言だなぁ……いやいいけど。ちゃんとお酒もお出ししますよー」
花車のお許しに手を叩いて喜ぶ次郎太刀を見て、花車は胸が温かくなる。
本来、みんな、こうやって屈託なく笑っているものなのだ。
生きているうえで笑顔が消えるのは、精神衛生上全く持ってよろしくない。
なんの銘柄頼もっかなーなどと妄想を膨らませる次郎太刀を尻目に、花車は静かに立ち上がると、くれ縁から大広間に入ってその中央で立ち止まる。
不思議そうに見上げてくる次郎太刀に笑顔を見せると、花車はそのまま両手を出して自分のへそを中心にするように腹に手を当てた。
「ちょっと主~? なにすんの?」
「うん。……本丸にいらっしゃる皆様!!! 本当に勝手な事を致しますが!!! どうかお許しください! いえ! 許さなくても結構ですが!!! 私は今から! 審神者部屋解体と手入れ部屋増築を行います!!!!!」
次郎太刀への返事の後、すぅっと息を吸い込んだかと思えばそう本丸中に響き渡るような大声で宣言をした花車に、隣にいた次郎太刀は目を丸くする。
その大声での宣言の最中、驚いた面々が慌てて母屋大広間に集合したのは言うまでもなかった。
足の早い今剣を筆頭に、バタバタと駆け付けて縁側に揃った面々の中から、初期刀の安定が草履を脱いで慌てて花車の足元へ転がるように滑り込んだ。
そんな安定の姿を認めつつ、花車は安定へ笑顔を向けたままへそに力を溜めるイメージをして、静かに息を吐く。
「ちょ、ちょっと主! 凄い宣言聞こえたけどなにするんだよ?! また体に負担がかかることだったら」
「大丈夫。結局何したって少なからず負担はあるよ。けどそんな私の負担なんて、過去に囚われるみんなに比べたら屁でもないって」
「女の子が屁とか言うなよ! じゃなくて!」
文句を飛ばし続ける安定を今度こそ無視して、再び真っ直ぐ視線を前にやる。
ちらりと視界に花車を
そのまま力を溜めて、溜まりきった瞬間に一気に放出された花車の薄氷色の霊力が、凄まじい速さで花車の足元から本丸全体を覆いつくす。
全員が驚いて辺りを見渡したり、渦中の花車を見つめたりとしている中、目を瞑った花車だけが額に脂汗をかいている。
その内、遠く、審神者部屋のある方角からガコン、という音がしたかと思えば、続いてガシャンドカンなどとけたたましい騒音が響き続ける。
「あ、主、主!」
堪らず安定が声を上げるが、花車には聞こえていないのか、集中しているのか何事かを口の中で呟きながら未だ目を瞑っている。
次に花車が目を開けたのは騒音が止まり、本丸中から薄氷色も無くなったときだった。
そろりと目を開けたあと、案の定膝から崩折れた花車を安定が抱え込む。体力をかなり消耗したのか、荒い息もなく静かに眠る花車をみて、安定の心中は穏やかじゃない。
「ぬしさまは平気か」
「生きてるよね?! ちゃんと息してる?!」
「いきているから まだぼくたちは けんげんできているんでしょう。ねむっているだけですよ、きっと」
縁側から小狐丸達が集まってくると、あとから三日月と鶴丸がのんびりと騒ぎの中心に近寄った。
「やれ、この審神者には驚かされるばかりだな」
三日月はほんのり笑うと、ひとまず審神者が起きてからだと珍しく率先して周りに指示誘導を始め、渋々ながらも全員が動き始めたのだった。