無変換だと本名は千鶴(ちづる)、審神者名は花車(はなぐるま)になります。
花車
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――皐月某日
「主には随分お世話になりましたな。弟たち含め本当にもう、なんとお礼を申し上げればよいのか筆舌に尽くしがたいです。私の口が利けないばかりに様々な面でご苦労ご不便をおかけしまして、そればかりか最初など全身全霊で薬研を治していただいたというのに、完全に混乱をしてしまい、あろうことか主に刃を向ける始末。それを主の寛大な御心で本来切腹、いえ刀解ものだというところを恩赦を頂いて、悉く主には感謝いたします」
声が戻った一期はつらつらと花車に語りかける。
その横で鯰尾が「いち兄うるさ」と文句を垂れつつも、どこか嬉しそうだ。
「うわ、わぁ…めっちゃ喋るリターンズだ…。キツネさんばりに喋るんだねぇ、一期さん」
「いやぁ、このような共通点は恥ずかしいですが、やはり
「……キツネは別に一期さんに所縁はない」
辛辣な一言を放った鳴狐によってキツネは「ぐはぁ!」と呻いて花車の鳩尾に収まる。
「もふもふだぁ」と花車が両の手でかいぐりかいぐりしていれば、それを見た小狐丸が不服そうな顔のまま寄ってきて、静かに花車の隣に腰を下した。
「ぬしさま、そのキツネよりも私の方が毛艶はよいかと」
「あはは、どっちも同じくらいモフモフだねぇ。私さ昔、大型犬欲しかったんだよね。キツネくん、こう、ほら、よくある物語の九尾の狐的な大きいサイズに変化とかできないの?」
「なんと! そのように変幻自在に姿を変えることが出来るのはマヤカシにございます! いえ、私めも修業を積めばそのようなもの軽いですよきっと! ええきっとですが!」
フンフンと鼻息荒くするキツネを見て、にこにこしながら花車は一期に視線をやる。
声が戻った一期を弟たちが囲み、なにやら楽しげにお喋りに花をさかせているのは、ようやく戻ってきつつある日常だった。
朗報を聞いた三日月も「僥倖僥倖」と穏やかに笑むにとどめたが、今や殆どの刀剣が離れと母屋の大広間を行き来している。
今もほぼ全員で大広間に座り、花車と一期が淹れた甜茶を飲みながら和気藹々としていれば、二階で掃除をしていた鶴丸が襖障子からひょこりと顔を出す。
「あ、掃除終わったの?」
「おう。というかお宝の手入れをしてただけだがな。それから、……ほら、来な」
お宝、と聞いて花車の頭には鶴丸がよく使っているシャベルが浮かぶが、それよりも鶴丸の後に出てきたふたりに驚いて、思わず立ち上がった。
拍子にコロリとキツネが転がり落ちてしまったが、流石の身の熟しで受け身を取って難を逃れた。
「江雪左文字と、燭台切光忠。太刀はこいつらで全員だ」
紹介されたふたりも身綺麗で、愛刀側だったのかと判断をする。
すかさず花車が頭を下げて自己紹介をすれば、ふたりも深く頭を下げて口上を述べた。
「江雪左文字と申します。以前の本丸は言いようのない悲しみと嘆きに満ちていましたが、貴方が主となり、此度はどう出るのか……どうか羽を休められる場所になるよう祈らせていただきます」
「僕は燭台切光忠。君のことはもう沢山、色々と聞いているよ。まずはそうだな、金の亡者だって聞いたけど、本当かい?」
「鶴丸さんだな! 言ったの! 大正解ですけど!」
頬を膨らませて語気を荒くするも、間違った情報ではないので怒ることはしない。
鶴丸も花車を既に理解しているのか、軽く謝罪するだけ。その光景を見て、江雪はじゃらりと数珠を鳴らして頷く。
「…主は、気の安らかな方ですね。審神者と刀剣という立場上、戦いは避けては通れないですが……主の元で和睦とは何たるか、真理を見通すことが出来れば僥倖です」
「…ごめんなさい。私、あんま頭良くないから江雪さんが言っている単語の意味、ちょっと理解できないとこあったけど…でも、うん。前任さんの時より待遇がいいのだけは保障する! 私のモットーは腹は満腹にすべしだからさ、みんなの好きなもの嫌いなもの、ちょっとずつ覚えている最中だから、ふたりも今から知っていこう。私も覚えていくね」
こくりと頷いた江雪に、次郎と蛍丸たちが手招きをして、一先ず今ある甜茶を飲んでみろと催促した。江雪がそちらへ行けば、光忠が花車に近付いてにこりと笑む。
「僕、元の主の影響で料理は少し興味があるんだ。よければ一緒に台所に立ってもいいかな?」
「も、もちろん! お料理できる要員は多いに越したことはないもん! 願ったりかなったりだよ」
「よかった! 君が来てからと言うもの、毎日美味しそうないい匂いが漂っていて、とっても気になっていたんだよね。もっと早くに、勇気を出して君に会いに行けばよかったな…」
視線を下げながら、照れたように小さく笑う光忠に、花車は案の定心を打たれて、涙目で「私こそもっと積極的に動けばよかったよぉ」と湿った声で返す。
そんなやりとりをしていれば、離れで用事をしていた安定と、久しぶりに本丸に顔を出したこんのすけが一緒になって大広間にやってきた。
大所帯になっている母屋の様子に、こんのすけは口をあんぐり開けたかと思えば、安定の肩から花車の胸の前まで飛び移り、花車が慌ててキャッチをする。
「こんちゃん、危ないよ!」
「そんなことよりも花車様! 凄まじい速さで再契約しておりますね!! このこんのすけ、花車様の本丸に担当配属されて鼻高々にございます。これで残すは三日月宗近様と、初期刀様のみと相成りました」
その言葉に、大広間で一緒に茶を飲んでいた三日月が「おや」と声を上げる。
「なんだ。もうそうであったか。それであればあやつが最後のがいいだろうな。…三日月宗近、打ち除けが多い故三日月と呼ばれる。なに、今後ともよろしく頼む」
「………は?」
「なんだ主。俺との契約口上は不服だったか?」
「いや…は? 急すぎ、っていうか三日月さん今までわざと溜めてた感じなの?!」
急な三日月の口上には、花車をはじめ全員が唖然としている。安定は「本当にマイペースじゃん」と呆れて溜息を零した。
「ま、まぁとにかく! これで残すは初期刀様のみですね」
気を取り直してこんのすけがそういえば、花車はずっと疑問であったことをぶつける。
「ねぇ、こんちゃん。ここの初期刀って結局誰なの? 刀帳みてもその期間グチャグチャになっててよくわからなかったんだよね」
「おや、お伝えしておりませんでしたか? こちらの本丸に登録いただいております初期刀様は、加州清光様にございます」
「は」
今度は安定が不審の声を上げた。
そのまま無表情で花車に近付き、花車の手の中にいるこんのすけを掴み上げる。
「ちょ、っと安定くん!」
「どういうこと。なんで最初に言わなかったわけ? あいつがここの初期刀? なにそれ、そんな馬鹿な話ある?」
「す、すみません、もうお伝えしたものとばかりに」
謝るこんのすけを、なおも強い力でわし掴む安定に、花車は「瞳孔かっぴらいてるから!」と無理矢理こんのすけを引きはがす。
なんとか安定から救出されたこんのすけは毛並みをぼさぼさにしながら、ほんの少し離れた場所に座る小狐丸の髪に隠れた。
花車に諫められた安定は、暫くこんのすけを睨んでいたが、ぐっと花車の腕を引くと広間を出ようとする。
「ちょ、ちょっと安定くん! 痛いって!」
抗議の声を上げた花車に、近くにいた光忠が安定の腕を掴み、動きを止める。
鬱陶しそうに光忠を見上げた安定へ、光忠も厳しい顔を向けたまま。
「離せよ」
「ダメだよ。折角主がいい本丸にしてくれたんだ。心機一転したここでは、もう暴力は絶対に許さない。それに、主は女性だ。安定君との力の差は歴然なんだから、赤くなるまで腕を掴むなんて、そもそもあってはならないよ」
光忠の言葉に、はっとした安定が漸く花車の腕を離すと、光忠もそっと安定の腕を離す。
離された花車の腕は確かに光忠の言う通り、赤くなっていた。
「ごめん…別に主に酷いことしようとかそんなんじゃなくって……そうじゃなくて」
薬研が近寄って花車の腕の様子を診るが、花車が大丈夫だと笑えば、薬研は安定に「頭に血が上るのはわかるが、程々にな」と苦言を呈するにとどめて、再び粟田口が集まる場所へ戻っていった。
「安定くん。ごめんね。私もちょっとはさ、勉強したからわかってるよ。ここの初期刀の、加州清光さん。安定くんの……ううん、沖田総司さんのとこで一緒にいた刀剣さんなんだよね」
「…うん。そうだよ」
「ずっと一緒にいたんなら、それってめちゃくちゃ大事なひとだよね。私もちゃんとさ、こんちゃんに踏み込んで聞けばよかった。そしたらもっと早く、探して会いに行けたから。ひどい本丸だったし、初期刀だからきっと最初からずっと前任さんを支えて頑張っていたんだと思う。刀解されず、初期刀として今でもいる時点で、きっと前任さんも何か思うところはあったのかもしれないけど。…それでも……、こんな予想なんか外れていてほしいけど、…でもやっぱひどいことされてたと思うし、怪我をしているのなら早く助けたい。…でもさ、その苛立ちをこんちゃんに当たるのは、違うと思う」
花車が滾々と安定に説き伏せるように言えば、安定は静かに頷いてこんのすけへ謝罪をする。
小狐丸の髪に隠れていたこんのすけも、白い顔を出して安定の謝罪を受け入れた。
「ね、こんちゃん。加州清光さん、どこいるかわかる?」
花車の問いかけに答えたのはこんのすけではなく、平野だった。
平野は静かに立ち上がると、花車の横に立って少し躊躇ってから、そっと手を伸ばして花車の指先に触れる。
「どうしたの?」
「…加州さんは、僭越ながら私がお世話と言いますか、様子伺いをしておりました。お会いすることは叶いませんでしたが、様子だけでもと思い…。もうずっと、二階にあるご自分のお部屋におられます」
「閉じこもってる感じなのかな…安定くん、加州清光さんってそういう内気系?」
「ぜんっぜん! むしろ自分を見て構って! みたいなタイプ。ねぇ、あいつ、怪我とかしてないんだよね?」
安定の問いに、平野含め全員が口を噤んで雰囲気が重くなる。安定の顔色がさっと悪くなると、視線だけで花車に救いを求めるようすがった。
花車は静かに膝を折って、平野と視線を合わせると優しく微笑んで、頭を撫でた。花車が平野の頭に手を伸ばした時、若干平野の肩が強張り、目を強く瞑ったことは見ないふりをした。
「ありがとうね、様子を見ててくれたんだね。怪我とかしてるなら、すぐに治してあげたいんだ。教えてくれる?」
そろりと目を開けた平野は、ほんの少しだけ視線を今剣に向けた。
それに目敏く気付いた花車は、今度は今剣に顔を向ける。
今剣はじっと赤い目で花車を見ており、ぱちりと一つゆっくりとした瞬きをすると、たたっと軽い足取りで廊下に出て立ち止まると、無表情で真っ直ぐに、花車を見つめなおした。
「ついてきてください…といいたいところですが、こんかいは ほんとうにいのちの ほしょうをできかねますよ。加州清光、あれは けがなどしていません。ただ、おちかけているんです」