無変換だと本名は千鶴(ちづる)、審神者名は花車(はなぐるま)になります。
花車
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――皐月某日
膝丸の言葉にしんとしたのは全員だった。
花車と安定は前任が狂った理由を知れることに、小狐丸と三日月はその理由を話す膝丸に無感動の視線を寄越す。
「理由、わかるの?」
「ああ。俺もそう長くこの本丸に顕現している訳ではないから、前の審神者が審神者業を始めた時がどうだったかは知らないが……可笑しくなった理由は存じている」
俯きがちに話す膝丸に、花車は気遣わし気に「別に無理に聞こうとは思ってないよ」と伝えるが、「いや、聞いておいた方がいい」と返すにとどまる。
そんな中、三日月は立ち上がると「俺は聞かずともいいのでな。下で茶でも飲んでくる」と粟田口の部屋から出て行った。
「あの人自由だなぁ、本当…」
「一期一振が茶の淹れ方をぬしさまから学んだだろう。あれを初めて飲んでからというもの、三日月が気に入ったようだからな。どうせそれを催促しに行ったのじゃろう」
安定達が呆れたように三日月の背中を見ながら嘆息を零す。
そのやりとりに花車は笑い、膝丸はどこか安堵したように大きく息をついた。
ちらりと膝丸を花車が見れば、心得たとばかりに膝丸は頷く。
「……前の審神者は、俺を手に入れたときあからさまに喜色ばんだ。最初は俺が来たことに純粋に喜んだのだと思っていた」
「顕現率が低い刀剣が好きっていうのだけ事前情報で聞いているけど……そうじゃなかったの?」
「前の審神者は、俺の兄者である髭切が欲しかったのだ。だから縁者刀である俺が来たことに対して、喜んだのだ。俺が来たのだから、次は兄者が来ると」
ぐっと下唇を巻いて目頭をきつくする膝丸に、花車はまだここでも歪むことはないだろうと思う。
所縁の刀が来るかもしれない、目当ての刀があるというのはモチベーション維持では必要だと思うが、ここでも既に歪みが来ていたのだろうか。
「前任さん、膝丸さんに会う前から可笑しくなってきていたのかな」
「……彼奴は三日月を所有してから驕りが出始めていました。天下五剣などと謳われる三日月が自身の霊力で顕現して慢心が出たのでしょうな。その後に膝丸殿が来られたので、膝丸殿は既に狂った彼奴を見ていますね」
小狐丸が忌々しそうに鼻に皴を寄せる。
「じゃあ、三日月宗近さんを顕現させてすぐに膝丸さんが顕現したから、…言い方が悪いけど、調子に乗った前任さんは、今度は髭切さんがほしくて無茶な出陣をし始めたってこと?」
天下五剣の三日月宗近を手に入れた。それが狂い初めの一歩。それまでは普通の、言い方は悪いが善良な審神者として任務を熟していたのだろう。
けれどこの段階では、ただ顕現率が低い刀剣男子を降ろしたことによる、自尊心や承認欲求の強まりが招いた強硬進軍のイメージしかない。小狐丸らから最初に聞いたものには、色に溺れた面が強かった。
「一番は演練だ」
「え?」
ぽつりと膝丸が呟く。
「演練で、別の、…前の審神者よりも若く見えた審神者が兄者を連れていたのだ。それを見て、余計に苛烈になったように思う」
「前々から私らのことを装飾品のように思っていた節はありましたが、膝丸殿が来られてからというもの確かに苛烈になっていました。その辺りくらいから侍らすことも色事も出てきた記憶があります」
「色事……いやな響きだなぁ…現代っ子の私ですら内容理解しちゃうもん…あー起き抜けにヘビーだなぁ……でも、そっか。前任さんは髭切さんがほしかったのね。それで諸々重なった結果歪んじゃったっぽいね」
花車が布団の上で正座を崩してあおむけに倒れ込む。
すかさず安定から「はしたないよ」と檄が飛ぶが、花車は聞こえないふりをして天井をじっと睨んだ。
もう外は夕刻をすぎて黄昏時になっていた。
日本家屋である本丸母屋内も薄暗くなっており、そろそろ電気をつけようかと花車が起き上がりかけた時、パチリと室内が明るくなった。
「お」
「大将。そろそろ日が落ちるが、まだ話し合いをしているかい」
粟田口の部屋の電気をつけたのは、この部屋の住人のひとりである薬研だった。その後ろに一期と厚、平野が続いている。
「あ、ごめんね、お部屋使っちゃって。粗方聞けたから私としてはもう大丈夫なんだけど」
ちらりと花車の視線が膝丸にいくと、膝丸もこくりと頷く。
小狐丸と膝丸が立ち上がり、花車達もそれに続こうと腰を上げかけた時、薬研から「ちょっと大将は待ってくれ」とストップがかかる。
素直に座り直した花車は安定に「ふたりと降りて、みんなと先に夕飯の準備、できるとこまでやっておいてくれるかな」とお願いする。
「わかった。膝丸さんは食事初めてだよね」
「ああ。ここ最近匂いだけで味と言うものを想像していたが」
「なにそれなんかちょっとだけ恐怖感じる」
軽口を交わしながらさんふりが粟田口部屋から出ていき、代わって一期と薬研、厚と平野が入って花車の前に並んで座った。
「あれ、なんか畏まってる? あれ?」
ソワソワとしながら花車が布団で姿勢を正すと、薬研が「そんなに大層な事じゃないぜ。なあ」と厚と平野の背中を押す。
二人のその顔には緊張が走っていて、花車は自然と背筋が伸びたまま様子を窺う。
暫くの沈黙のあと、厚のほうが先に口を開いた。
「…あ……厚藤四郎。兄弟の中だと鎧通しに分類される…大将、よろしく頼む」
「どぅえ」
「ひ、平野藤四郎といいます。お付きの仕事、があるかはわかりませんが…主のお役に立ちますので諸々お任せください」
「どあ」
厚と平野が立て続けに口上を述べれば、花車はそのたび奇妙に呻きながら両手で顔を覆い、最終布団に突っ伏した。そしてそのまま、「わあああああ」と布団に顔を埋めて叫ぶと、そのまま少し静かになる。
一期と平野がオロオロとして、薬研は笑いを堪えるためにぐっと口内を噛む。
厚が「お、…あ、あの」と遠慮がちに声をかけると、ガバリと顔を上げた。
「ありがとう!! めちゃくちゃ嬉しい! よろしくね、本当によろしく厚くん、平野くん!!」
涙目で頬を紅潮させ、勢いのまま目の前の厚の両手を取ってブンブン上下させる花車に、厚は圧倒されつつも恥ずかしそうに口をゆがめる。
その光景を見ていた一期から、静かな声が漏れた後、その場に居た全員が驚愕の合唱をしたのは言うまでもなかった。