無変換だと本名は千鶴(ちづる)、審神者名は花車(はなぐるま)になります。
花車
名前変換
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――皐月某日
「知らない天井だ…」
花車が目を覚ました時、そこは母屋二階の粟田口の部屋だった。
蜘蛛の巣一つない、ニス仕上げで磨き抜かれた綺麗な板の目透かし天井が花車の視界全てに広がっている、と思いきや、心配そうな顔でほんの少し顔を覗かせた一期が入り込んだ。
一期も一期で、花車が起きているとは思わなかったのか、視線がかち合ったことにとてつもなく驚いている。
「ぁ……」
ゆっくりと起き上がる花車の背中に手を回して、一期がしっかりと支える。
一期からも花車からも接触はなかったために、これが初めての接触だった。それとともに、花車は一期自ら
契約はしたものの、それは薬研を治したことに起因する、一種の服従に近いものだと花車は認識していたからだった。
「ありがとう、一期さん。…私ってどれくらい寝てたか、わかる?」
質問形式で訪ねたことにしまったと思った花車だったが、一期はジェスチャーで少し待っていてくださいと伝えると、すぐに広い室内から出て行った。
安定か、だれかを呼びに行ったのだろうと思って布団の上でぼうっとしていれば、本当にすぐにまた襖障子が開かれた。開けっ放しになったそこから見るに、向かいの部屋から出てきたようだ。
「あるじっ、主! 体どこかおかしいとことか、ない?」
転がるように入ってきたのは安定で、後ろに三日月と小狐丸も続いている。
それから、初めて見る顔があった。
「うん、大丈夫だよー。ごめんね、倒れたとこまでは覚えてる!」
「よかった…。ねぇもう、こうやって急なことばっかりするの本当にやめてくれないかなぁ?!」
顔を赤くしながら怒鳴る安定に、「ごめんなさい」と連呼しながらすぐさま軽い土下座のような格好で、布団の上で頭を下げる花車を見て、小狐丸が安定を諫める。
「その辺にしておけ。ぬしさまも頭を下げておられる。ぬしさま、どうか顔をお上げください」
「はっはっは…相変わらず愉快な審神者だなぁ」
三日月は笑いながら布団に近付き、未だ入り口で突っ立ったままの刀剣男士に手を招く。
それに釣られて、花車も入口にすいと視線をやると、「あ」と声を出した。
「初めまして! 滅茶苦茶カッコ悪いところから見られてしまいましたが、後任の花車審神者です。膝丸さん、ですよね?」
名を呼ばれた膝丸は一度こくりと頷くと、その涼しい目元を眇めて花車をじっと観察する。
このあとどう反応するのかと花車が若干ソワソワしていると、三日月がその空気を無視して口を開いた。
「しかし審神者よ。そなたは随分思い切ったことをしたなぁ」
あからさまに安定と小狐丸が三日月に「今か?」といった風な表情を向けるが、三日月はどこ吹く風でにこにこと花車を見ている。
花車も花車で膝丸からの返事を待っていたこともあって、三日月からの横槍に一瞬ガクリとなりながらも姿勢を三日月の方へ向ける。
「ちゃんとうまくいきました? まだ自分で見ていないのでどうなったかわからずで」
「そなたがハチャメチャに屋敷内を変えてから、まだ
「二時間だ。いい加減覚えたらどうだ三日月よ」
「そうだそうだ。二時間だったな。それくらいだ」
小狐丸が胡乱とした顔で三日月を見るが、三日月は無視をして小さく拍手のように手を叩く。
「いやぁ、まさかあの部屋を無くしてしまうとは思わなかったな。俺にとっては僥倖の一つだ。あの忌まわしい空間が跡形もなく消えたのだからなぁ」
コロコロと袖で口元を隠しながら心底満足そうに、楽しそうに笑う三日月に、花車はポカンとする。
最初の時のあのミステリアスな三日月はどこへやら、今の彼はマイペースに話すただの青年に見える。少々の語弊はあるが。
彼によると一先ずは花車の狙い通り、旧審神者部屋は消失したらしい。
それにほっと安堵の息を吐いていれば、安定が「ねぇちょっと」と空気を換える。
「三日月さんちょっとその辺にしといてよ。さっきから膝丸さん口開いたり閉じたりしてる。なんか話したいんだよ」
「おお、すまない。そうだ、今は今回のことでお主も話したいと言っておったな」
漸く水を向けて貰えた膝丸は、「んん」と喉の奥で咳払いをする。
先程迄三日月と花車の間を行ったり来たりしていた視線が、ようやく花車のみに留まった。
「……源氏の重宝、膝丸だ。…以前より君が行っていた全ては聞きしに及んでいる。本丸に漲る霊力、人柄ともに兄者を迎えるのに充分な主だと考えている」
「え、あ…はい。ありがとう、ございます? ……あはは、なんか…次郎ちゃんと似たようなこと言ってるなぁ」
力なく笑う花車に、膝丸は首を傾げつつ「まだ体力が戻らないのか?」などと聞くが、ふるりと花車は首を振った。
「いや、なんかもう、嬉しいなぁって。確かに体力はまだちょっとって感じだけどね。…次郎ちゃん然り、膝丸さん然り。私と再契約してくれて、しかも身内まで紹介できるって太鼓判を捺されてさぁー…いやほんと嬉しいな」
へにゃへにゃと笑いながらも花車は、膝丸をじっと見る。
次郎太刀よりも身綺麗なところを見るに、彼も三日月宗近達と同じ分類をされていたのだろうか。傷もなく、髪もぼさついてはいない。所謂前任の愛刀というのは見て取れた。
「主?」
膝丸を見たまま黙ってしまった花車を不審に思い、安定は声をかける。
見られている膝丸も居心地悪そうにしており、三日月はなぜかうれしそうに「膝丸が好みか?」などと嘯いて、小狐丸に睨まれて笑っている。
「うん……。なんか、前の人の好み、段々見えてきたなぁって思って」
「ほお?」
「綺麗な顔で、かつ大人っぽい? うーん、大人びた感じの人? 大人の余裕があるような人ってところかなぁ……。レアとかよくわかんないけど、顕現率低いだけで寵愛って感じじゃなさそうだしねぇ…。なんにせよ、どこで狂っちゃったんだろうなぁって、最近そればっかり考えちゃう」
各々思うところがあるのか、花車の考えに口を閉ざした。
三日月を筆頭に、確かに花車が言ったとおりの刀剣たちばかりが寵愛されていた。
小狐丸は忌々しそうに「フン」と鼻を鳴らしたが、膝丸だけが「知っている」と静かに呟いた。