無変換だと本名は千鶴(ちづる)、審神者名は花車(はなぐるま)になります。
花車
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────皐月某日
食べるものばかり植えても癒しになんない! と叫んだ花車によって離れの自室から見える位置に数種類の花を植えた五月頭から幾数日。
ぐんぐんと背を伸ばしたカスミソウは白く小さな花を沢山咲かせ、名前の通り白く霞んで見えるほど満開になった。窓と硝子戸を開ければ一の間二の間へと、可愛らしい花に似合わず清涼感のある香りが風にのって広がる。
カスミソウの隣で揺れるのは赤や黄色のポピーで、その近くには蕾となって今にも咲かんとするクレマチスやヤグルマギクなど、沢山の花が咲き待ちをしている。
「やや! やはり此方から瓜のような花の香りが…」
「ん?」
自室の縁側から足を下ろして数分前に塗ったフットネイルが乾くのを待っていた花車の前に一匹の狐が現れた。一瞬こんのすけかと思ったが声が違う上に顔も白くない。
狐も縁側に座る花車を確認すると驚いたのかビタリと動きを止めて、そのくりくりの真っ黒の目で花車を凝視する。
「狐だあ…。小狐丸さんのお友達かなあ…ていうか今喋ってた?」
ぼんやりと狐を見たまま呟いた花車は、両手を体の後ろでついて上体を反らせたまま顔を少し上にする。
「ねーえー! 小狐丸さーん! 狐のお友達だよー!」
花車が大きな声を出して呼ばうのはダイニングキッチンで二の間の障子を背にして正座で座り、絹サヤの筋を取っている小狐丸だ。
呼ばれた小狐丸は手に持っていた絹サヤを笊に置くと、手拭いで手を拭いてから自分の後ろ側にある障子を音もなく開けた。
「お友達とは…」
「ごめんね、お手伝いしてもらってるのに呼んじゃって。あの子知ってる? 固まっちゃったー」
指をさされた方向は縁側の外。
小狐丸の場所からは何も見えず、少しだけ頭を下げてから二の間へ足を踏み入れる。
たしたしと畳を鳴らして花車の斜め後ろへ立つと漸く外が見えた。そこにいたのは小さな狐。政府の管狐のように面妖なものではなく、よく見知った小狐だ。
「嗚呼。あれは鳴狐の御供狐です、ぬしさま」
「鳴狐? えーと…あっ、打刀の!」
「ええ、その通りでございます。しかし何故この離れへ…狐、お前一匹だけか」
小狐丸が声をかけると、漸く固まっていた御供の狐は動き出しておどおどと周りを見渡し始める。小狐丸の問いには「ええ、そのあの…ええと」と口をモゴモゴさせる。
花車は足の指の爪をトントンと軽く叩き、乾き具合をチェックすると縁側のサンダルに足を通してその場にしゃがんだ。
「怖くないですよ~。鳴狐さんもご一緒なんですか?」
「…ぅ」
「ああ、そうでした、自己紹介! 私は後任の花車です。うーん…あ! 狐さんも油揚げ好きです? 冷蔵庫にあるのでよかったら」
「ぬしさま、あれは今日の私の夕餉では…?」
「あ、ごめん。で、でもほら! こんちゃんにすぐ頼めるし!」
花車の台詞に些か悲しそうな顔をした小狐丸とそれを慌てて宥める花車。ふたりのやりとりを見ていた狐はその気の抜けた会話に目を丸くする。
漸く尻を地面につけてその場で座ると、チラリと離れの影になっている場所へ視線をやる。そこには口面をしてじっと会話に耳を澄ませている鳴狐が佇んでいる。御供の狐の視線を受けて目をぱちくりとさせた鳴狐だったが、そうっと足を花車のいる方へ踏み出した。
「お」
しゃがんだままの花車は現れた鳴狐に目を丸くして見上げ、小狐丸は縁側へ腰を下ろすとじっと鳴狐を見つめる。
比較的綺麗な身なりをしている鳴狐はすたすたと狐の元へ歩くと、ひょいとその体を抱え上げて小さく花車へお辞儀をした。
「あ、わ、初めまして。後任の花車です」
釣られて花車も立ち上がってお辞儀をするとサイドに編み込んでいた髪の束がだらりと前へ垂れる。その編み込みのヘアスタイルはなぜか鯰尾がやたらと褒めていた。
その髪の先を見ながら鳴狐は口面の中でなにかを呟き、肩に移動していた御供の狐が「え!」と大きな声をあげた。
花車が顔をあげてふたりを見つめれば、狐はふんふんと頷いてから咳払いをすると、その朗々とした声で名乗りをあげたのだ。
「ごほん! これなるは鎌倉時代の打刀、鳴狐と申します! わたくしは鳴狐のお付きの狐にございます!」
「…宜しく、お願いします」
「え! え??! こ、こ、小狐丸さん! 現実だと思う?!」
急な口上に花車は目を白黒させて小狐丸へ詰め寄れば、小狐丸は爽やかに笑いながらこくりと頷き「案外狐というのは素直なもので」と呟いた。
「ひー、嬉しい! 此方こそ宜しくお願いします! えっ、でもなんで急に」
「いやはや、鳴狐はあるじどのがこの本丸へ来られてから何度か遠目に確認をしておりました。母屋に来られた折に薬研殿を治され、本丸を美しく甦らせ、果てはなんとも言えぬ垂涎ものの香りが毎日漂ってきておれば、必然的にあるじどのへ関心が行くというもの!」
「急にめっちゃ喋るじゃん」
先程まで狼狽えていた狐と同一なのかと思える程ペラペラとよく口が回る。
自分は比較的お喋りだと思っていた花車ですら圧倒されて、しかも鳴狐本人は全く話さないのだから、随分と個性的な刀剣男士だなぁと思いながら小狐丸の横にすとりと座った。その間も御供の狐の口は回り続ける。
「そこにおられる小狐丸殿筆頭に、一癖も二癖もある本丸 の刀剣男士らと契約を結んでおられるあるじどのは、きっと悪いお方ではないだろうと思い、お会いできたら必ず名乗りあげようと思っていた所存でございますれば。いやあ、うっかり花の香りに誘われたわたくしめも随分運がようございました! ねえ鳴狐!」
「…そうだね」
漸く口を開いた鳴狐は、つり目を柔らかく下げて御供の狐へ微笑んだ。半分は口面で見えないが、その優しそうな顔に花車は疑問をぶつける。
「…なんだか、鳴狐君は他のひとと違う…? なんていうか、険が少なく思えるんだけど、気のせいかな」
「鳴狐は私が覚えているかぎり三振り目ですからね。それも私があやつの首を刎ねる、つい数週間前に顕現したばかりだったと思いますが」
花車の疑問に答えたのは大人しく座っていた小狐丸だ。
刎ねる、という単語にほんの少しギクリと肩を揺らした花車だったが「そっかあ」と漏らすに止めた。
鳴狐も小さく頷き、御供の狐はブンブンと音が鳴りそうなほど首を上下に揺らして同意する。
「幸いなことにこの鳴狐は古くからいらっしゃる他の刀剣男士の皆様とは違い、前のあるじどのから暴力は受けておらず…まあ過度な出陣はありましたし食事もなければ天下五剣のようにご寵愛を賜ることもなかったわけでありますが。それがよいのか悪いのか…」
「……でも、粟田口の少なさは驚いた」
「そうでございますなぁ! 甥に当たる短刀の彼らは打たれた数も多いので大抵どの本丸にもいらっしゃると本霊から聞いておりましたが、いやはやここは小さな彼らの賑やかな声一つなく、呻き声や叫び声が絶えずありまして。一期殿のお声が出ないことも仰天さることながら誠に悲愴で…そう言えば、顕現した折に一期殿からは、どうか目立たぬようあるじどのに逆らわぬようと一筆頂きましたな」
「うん。…あとから、意味がわかった」
鳴狐と御供の狐から出る情報は初めて聞いた俯瞰的な情報だった。
虐げられていた当事者ではなく、それを端から見ていた話。声の出ぬ一期の気遣いに花車は喉元が苦しくなる。
何れ程彼等は傷つけられたのか、そんなものを味わったことのない花車には検討もつかないし慮ることしか出来ないのが悔しかった。
「…そっか。そうかあ……」
相槌を打つ花車の声はどこか遠い。隣に座る小狐丸は気遣わしげにチラリと涼やかな目で花車を見つめ、そろりと戸惑いながら手を伸ばそうとしたがグッと押し留めて止めた。
「…ぬしさま、平気でございますか?」
「んー? あ、うん。大丈夫、ごめんね。…あのね、鳴狐君、一つ聞いても言いかな」
「…なに」
ぼけっとした表情の花車は鳴狐に視線を向けるとへらりと笑った。
「好きな食べ物、気になる食べ物ってなあに」
食べるものばかり植えても癒しになんない! と叫んだ花車によって離れの自室から見える位置に数種類の花を植えた五月頭から幾数日。
ぐんぐんと背を伸ばしたカスミソウは白く小さな花を沢山咲かせ、名前の通り白く霞んで見えるほど満開になった。窓と硝子戸を開ければ一の間二の間へと、可愛らしい花に似合わず清涼感のある香りが風にのって広がる。
カスミソウの隣で揺れるのは赤や黄色のポピーで、その近くには蕾となって今にも咲かんとするクレマチスやヤグルマギクなど、沢山の花が咲き待ちをしている。
「やや! やはり此方から瓜のような花の香りが…」
「ん?」
自室の縁側から足を下ろして数分前に塗ったフットネイルが乾くのを待っていた花車の前に一匹の狐が現れた。一瞬こんのすけかと思ったが声が違う上に顔も白くない。
狐も縁側に座る花車を確認すると驚いたのかビタリと動きを止めて、そのくりくりの真っ黒の目で花車を凝視する。
「狐だあ…。小狐丸さんのお友達かなあ…ていうか今喋ってた?」
ぼんやりと狐を見たまま呟いた花車は、両手を体の後ろでついて上体を反らせたまま顔を少し上にする。
「ねーえー! 小狐丸さーん! 狐のお友達だよー!」
花車が大きな声を出して呼ばうのはダイニングキッチンで二の間の障子を背にして正座で座り、絹サヤの筋を取っている小狐丸だ。
呼ばれた小狐丸は手に持っていた絹サヤを笊に置くと、手拭いで手を拭いてから自分の後ろ側にある障子を音もなく開けた。
「お友達とは…」
「ごめんね、お手伝いしてもらってるのに呼んじゃって。あの子知ってる? 固まっちゃったー」
指をさされた方向は縁側の外。
小狐丸の場所からは何も見えず、少しだけ頭を下げてから二の間へ足を踏み入れる。
たしたしと畳を鳴らして花車の斜め後ろへ立つと漸く外が見えた。そこにいたのは小さな狐。政府の管狐のように面妖なものではなく、よく見知った小狐だ。
「嗚呼。あれは鳴狐の御供狐です、ぬしさま」
「鳴狐? えーと…あっ、打刀の!」
「ええ、その通りでございます。しかし何故この離れへ…狐、お前一匹だけか」
小狐丸が声をかけると、漸く固まっていた御供の狐は動き出しておどおどと周りを見渡し始める。小狐丸の問いには「ええ、そのあの…ええと」と口をモゴモゴさせる。
花車は足の指の爪をトントンと軽く叩き、乾き具合をチェックすると縁側のサンダルに足を通してその場にしゃがんだ。
「怖くないですよ~。鳴狐さんもご一緒なんですか?」
「…ぅ」
「ああ、そうでした、自己紹介! 私は後任の花車です。うーん…あ! 狐さんも油揚げ好きです? 冷蔵庫にあるのでよかったら」
「ぬしさま、あれは今日の私の夕餉では…?」
「あ、ごめん。で、でもほら! こんちゃんにすぐ頼めるし!」
花車の台詞に些か悲しそうな顔をした小狐丸とそれを慌てて宥める花車。ふたりのやりとりを見ていた狐はその気の抜けた会話に目を丸くする。
漸く尻を地面につけてその場で座ると、チラリと離れの影になっている場所へ視線をやる。そこには口面をしてじっと会話に耳を澄ませている鳴狐が佇んでいる。御供の狐の視線を受けて目をぱちくりとさせた鳴狐だったが、そうっと足を花車のいる方へ踏み出した。
「お」
しゃがんだままの花車は現れた鳴狐に目を丸くして見上げ、小狐丸は縁側へ腰を下ろすとじっと鳴狐を見つめる。
比較的綺麗な身なりをしている鳴狐はすたすたと狐の元へ歩くと、ひょいとその体を抱え上げて小さく花車へお辞儀をした。
「あ、わ、初めまして。後任の花車です」
釣られて花車も立ち上がってお辞儀をするとサイドに編み込んでいた髪の束がだらりと前へ垂れる。その編み込みのヘアスタイルはなぜか鯰尾がやたらと褒めていた。
その髪の先を見ながら鳴狐は口面の中でなにかを呟き、肩に移動していた御供の狐が「え!」と大きな声をあげた。
花車が顔をあげてふたりを見つめれば、狐はふんふんと頷いてから咳払いをすると、その朗々とした声で名乗りをあげたのだ。
「ごほん! これなるは鎌倉時代の打刀、鳴狐と申します! わたくしは鳴狐のお付きの狐にございます!」
「…宜しく、お願いします」
「え! え??! こ、こ、小狐丸さん! 現実だと思う?!」
急な口上に花車は目を白黒させて小狐丸へ詰め寄れば、小狐丸は爽やかに笑いながらこくりと頷き「案外狐というのは素直なもので」と呟いた。
「ひー、嬉しい! 此方こそ宜しくお願いします! えっ、でもなんで急に」
「いやはや、鳴狐はあるじどのがこの本丸へ来られてから何度か遠目に確認をしておりました。母屋に来られた折に薬研殿を治され、本丸を美しく甦らせ、果てはなんとも言えぬ垂涎ものの香りが毎日漂ってきておれば、必然的にあるじどのへ関心が行くというもの!」
「急にめっちゃ喋るじゃん」
先程まで狼狽えていた狐と同一なのかと思える程ペラペラとよく口が回る。
自分は比較的お喋りだと思っていた花車ですら圧倒されて、しかも鳴狐本人は全く話さないのだから、随分と個性的な刀剣男士だなぁと思いながら小狐丸の横にすとりと座った。その間も御供の狐の口は回り続ける。
「そこにおられる小狐丸殿筆頭に、一癖も二癖もある
「…そうだね」
漸く口を開いた鳴狐は、つり目を柔らかく下げて御供の狐へ微笑んだ。半分は口面で見えないが、その優しそうな顔に花車は疑問をぶつける。
「…なんだか、鳴狐君は他のひとと違う…? なんていうか、険が少なく思えるんだけど、気のせいかな」
「鳴狐は私が覚えているかぎり三振り目ですからね。それも私があやつの首を刎ねる、つい数週間前に顕現したばかりだったと思いますが」
花車の疑問に答えたのは大人しく座っていた小狐丸だ。
刎ねる、という単語にほんの少しギクリと肩を揺らした花車だったが「そっかあ」と漏らすに止めた。
鳴狐も小さく頷き、御供の狐はブンブンと音が鳴りそうなほど首を上下に揺らして同意する。
「幸いなことにこの鳴狐は古くからいらっしゃる他の刀剣男士の皆様とは違い、前のあるじどのから暴力は受けておらず…まあ過度な出陣はありましたし食事もなければ天下五剣のようにご寵愛を賜ることもなかったわけでありますが。それがよいのか悪いのか…」
「……でも、粟田口の少なさは驚いた」
「そうでございますなぁ! 甥に当たる短刀の彼らは打たれた数も多いので大抵どの本丸にもいらっしゃると本霊から聞いておりましたが、いやはやここは小さな彼らの賑やかな声一つなく、呻き声や叫び声が絶えずありまして。一期殿のお声が出ないことも仰天さることながら誠に悲愴で…そう言えば、顕現した折に一期殿からは、どうか目立たぬようあるじどのに逆らわぬようと一筆頂きましたな」
「うん。…あとから、意味がわかった」
鳴狐と御供の狐から出る情報は初めて聞いた俯瞰的な情報だった。
虐げられていた当事者ではなく、それを端から見ていた話。声の出ぬ一期の気遣いに花車は喉元が苦しくなる。
何れ程彼等は傷つけられたのか、そんなものを味わったことのない花車には検討もつかないし慮ることしか出来ないのが悔しかった。
「…そっか。そうかあ……」
相槌を打つ花車の声はどこか遠い。隣に座る小狐丸は気遣わしげにチラリと涼やかな目で花車を見つめ、そろりと戸惑いながら手を伸ばそうとしたがグッと押し留めて止めた。
「…ぬしさま、平気でございますか?」
「んー? あ、うん。大丈夫、ごめんね。…あのね、鳴狐君、一つ聞いても言いかな」
「…なに」
ぼけっとした表情の花車は鳴狐に視線を向けるとへらりと笑った。
「好きな食べ物、気になる食べ物ってなあに」