無変換だと本名は千鶴(ちづる)、審神者名は花車(はなぐるま)になります。
花車
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
───皐月某日
二階に上がった花車は望み通り平野、厚と顔を会わせることが出来た。
二振りは最初平身低頭で目を合わせずに花車へ礼を言い、その手は小さく震え、審神者というものに怯えているのが見てとれた。花車はそんな二振りに静かに近付いて目の前で同じように膝をついて座ると、「お腹減ってませんか」と訊ねて二振りを呆気にさせた。
後ろに控えていた薬研がやれやれという表情をして肩を竦めたのを見た二振りは、半信半疑ながらもやおら警戒を解いて空腹を伝えたのだった。
「この台所ほんとになぁーんにも使ってないっぽいねー? なんで?? 刀剣男士の皆さんが食事させてもらってないのは今剣くんや小狐丸さんが言ってて知ってたけど、だとしても審神者は? 前任さんはなに食べてたの?? 霞? 仙人か何か?」
一階に戻った花車達はこのまま離れにすぐ戻るのもなんだからと母屋にある台所で調理器具を探していた。
食べ物はないにしても何かしら鍋などがあれば、薬研が離れに戻って食材を持ってくるつもりでいたが、食材はおろか調理器具すらも殆どなかった。
「こんだけ人数いるっぽいのに大鍋の一つもないとか信じられる? ヤバくない?」
「…あの、前の主は…自室でしかお食事をとられていませんでしたので」
おずおずと平野が敷居の側から伝えると、戸棚に頭を突っ込んで覗いていた花車がその格好のまま「なぁーるほどー?? スケゾンで頼んでた感じかー…」と返してから、盛大な音を出して頭をぶつけつつ、戸棚から顔を出すと「よし!」と叫ぶ。
「庭行こう!」
「庭??」
「うん。ここ来た時、鍛冶場の隅に何枚か瓦が積んであったの見たから、あれ使おー」
さあさあ、と声をかけながら三人の背を押して縁側へ誘導する。
薬研が「確かにあるが」と首をかしげつつ縁側への硝子戸を開けて縁台の下を覗くと手を伸ばして花車と自分以外の草履を引っ張り出した。
「マジか、そんなとこにしまってあったの?」
「毎度玄関にとり行くのも難儀なんでいくつかな。で、瓦なんざどうするんだ?」
「あー、瓦をね、鉄板代わりにするの。まあ普通におっきい鉄板がほしいから平野藤四郎さん達の分、1つ2つ作ってる間に諸々こんちゃんに持ってきてもらおうかな」
「なるほどな」
ゾロゾロと連なって歩き西の庭を通り抜けて鍛冶場へ向かうと、鍛冶場の正面から右側、道場の間にある小さな畑の隅に数十枚の瓦が平積みにされていた。それを二枚ほど手にとって側にある手押しポンプに向かう。
「洗うのか? …オレがやる」
「わあ、ほんとです? 有難う御座います」
花車が瓦を手にしたままポンプ口の下へ瓦を移動させると、志願した厚がそろそろと手押し部分に手を乗せて数回上下させ始める。暫くすると勢いよく冷たい井戸水が飛び出した。
「うあーつめたー!!」
「そりゃあ井戸水だからな。大将、濡れないように気を付けろよ」
「ふふふ…遅かったな…既に数ヵ所濡れてしまったんだぜ」
「! ご、ごめん! 悪かった、オレ」
「あー、厚藤四郎さんの責任なんもないんで謝んないでください! 大丈夫です! てか水相手だから濡れますってー」
青ざめる厚に対して瓦を擦りながらへらへら笑って返した花車は、綺麗になった瓦を見て満足そうに頷く。
厚に礼をいうとその瓦を持ってそのまま鍛冶場の中に小走りで向かい、暫くすると両腕に枯れ枝を抱え、手には洗った瓦を持って現れた。
「薬研くんと厚藤四郎さん、お願いなんだけど中にあるの持ってきてー」
「ああ」
二振りが鍛冶場の中へ消えると、花車は平野へ「悪いんですが、道場に今剣くん達がいると思うので、離れから一緒に食材を持って来てくれませんか?」と優しく話しかける。
「…はい、あの、何を」
「えーっと……キャベツ、人参、豚肉とー…あとお醤油、顆粒だし、味醂…あ! あと蓴菜とワサビも! …あ、ごめんなさい。えっと、覚えられました?」
滔々と述べた花車は慌てたように平野へ確認すると平野は何度か口の中でブツブツ呟いたあと「大丈夫です! 行ってまいります」と道場の正面へ走っていく。
その小さな背中を見送っていると、後ろからガタゴトと賑やかな音を響かせて大八車を引いた薬研らが帰って来た。
「ありがとー! 御神木の前で組み立てよ」
「ああ。しかしこの砥石どうするつもりなんだ?」
「本当はねコンクリブロックとかがよかったけどないし、代わりになにかないかなって妖精さんに聞いたら沢山あるから砥石はどう? って。火に当ててもそんなに変形ないし、もし表面がダメになっても妖精さんが面直しするからって快く!」
ニコニコしながら言う花車は御神木の前に来ると車の端に木の枝を置いてその上に綺麗な瓦を乗せると、砥石を次々と降ろしてUの字に積み上げていく。それに倣って薬研と厚も同じように並べていくと、そこへ瓦を乗せて幅を確認する。深さだけ直して、簡易な釜戸作りは終わった。
「こーんちゃーん」
呼べば来る、と言っていたこんのすけを呼べば、花車の足元に半透明のこんのすけが現れた。しゃがんでこんのすけに顔を近付けた花車は「なんで透けてるの?」と首をかしげる。
「申し訳ありません花車様、このこんのすけ、只今政府内から出れない程忙しく…なにかご要望でしたか??」
「そっかぁ、大変だね。えーとね、10人前くらい余裕で作れる鉄板がほしいのと、バーベキューセット、あ、あと焼きそば麺とソースも!」
「はいはい、今からバーベキューですか。皆様と親睦を深めるのはとてもよいことにございます! ではすぐに手配致しますが食材や日用品とは違いますので数分ほどお時間をいただきます」
「大丈夫~! 忙しいのにごめんねこんちゃん」
「いえいえ! 早速手配致しますので、…座標は神木前にしますね。では」
いつも通りの面妖な顔を深々と下げるとすぐに消えてしまったこんのすけを見送り、花車は出来上がった簡易の砥石釜戸へ木の枝を敷き詰める。
「私、鍛冶場から火を別けてもらってくるね」
「じゃあ俺っちは離れから薪と火付けの塵紙を取ってくるか。厚、どうする?」
「え、あ…と、オレ、薬研の手伝いをするよ」
そりゃまだ無理だよね、などと思いながら花車は二振りに頷き、鍛冶場へ向かった。
薬研は厚へ「大将の場合、あまり警戒しても疲れるぞ」と笑うと離れ向かって東へ歩き始める。
厚は下唇を少しだけ巻き込むと、少し離れてしまった薬研の背中を見つめ、何かを吹き飛ばすように追い掛けた。
***
ジュウジュウと焼ける音が響き、白い煙に乗ってソースの香ばしい香りが辺りに広がる。
カンカンと高い音を立てて鉄板をヘラでかき回すのは花車に髪をシニヨンにされてタオルを巻いた小狐丸。さながらその姿は的屋の大将のようだが、手元は覚えたばかりで覚束無い。
こんのすけが用意した鉄板にはこれでもかと野菜と麺が山盛りになり申し訳程度に肉やエビが見え隠れする焼きそばがテラテラと輝いている。それを先に出来ていた瓦焼きそばを食べながら厚と平野はじっと眺める。
小狐丸の横に立ってヘラの使い方を都度指導し、焦げそうな所があれば指摘して均等に火が通るように指示を出す花車は楽しそうだ。
「どう? それ美味しい?」
モソモソと瓦焼きそばを食べつつ眺める厚に話し掛けてきたのは、袖を襷掛けにした花車の初期刀という大和守安定だ。
その手には紙皿に乗せた蓴菜があり、焼きそばが出来上がるまでのつまみにしている。
縁側に座る今剣は山盛りにして食べているのを見るに焼きそばの分が入る胃の許容量は考えていないのだろう。
ごくり、と音を鳴らしながら厚は瓦焼きそばを飲み込んで頷く。平野も小さく頷いた。
「…ああ、うん。…うまいって、こんな感じなんだな」
「僕達だけ先にいただいて、すみません」
「いいよ、主が食べさせるって言ったんだし誰も反論ないしね」
ポン酢がかかった蓴菜を箸で摘まむと慌てるように口へ放り込む。まだ箸がそこまで上手くないため蓴菜のようなツルツルしたものは安定も長く摘まむことはできない。
ちら、と横目で縁側を見た安定は掻き込むようにして頬張る今剣にぎょっとする。横から骨喰が「そんな風に食べるものなのか?」と疑問を呈しているが全くその通りだ。
「で、どう?」
「…どうって」
「主。前の審神者と随分違うと思うけど、まだ警戒してる? …って手ずから作ったもの食べてる時点でそれはないよね」
「……あの方は、この本丸に流れる霊力と同じくとても清らかだと思います。きっと心根も、分け隔てなく」
「今のところは、としか言えないけどな。悪いが先の審神者も最初は普通だったと聞いてるからな」
伏せた目の奥には在りし日の審神者が浮かぶ。
天下五剣を筆頭に古刀を侍らし色に放蕩した審神者は、いつだって自分が一番愛されていなければ気が済まなかった。愛を返すことはしなかった。顕現した厚の前で他の兄弟が折られる様は意味がわからず、声なき慟哭を上げる一期を見て衝撃を受けた。
なにかを思い出すようにほぼ空になった瓦をじっと見る二振りに安定は目を細める。嫌な過去はそれとして、花車は花車として見ることが出来れば幾分肩の力は抜けるだろうにと口を開きかける。
「小狐丸さんもういいよ~、お疲れ様! ありがとう! みんな食べよう~」
花車の和やかな声が中庭に響いた。ハッとして安定は自分の口を噤む。なにも知らない自分が手痛い日々を受けてきた彼らに何が言えるというのだ。紙皿の上に残った蓴菜を今剣のように掻き込んだ。
花車の声が聞こえたのか、道場にいた蛍丸と明石も顔を出して寄ってくる。香ばしい匂いに釣られてか大きなシャベルを担いだまま鶴丸もふらりと現れると、縁側にいた鯰尾が「ちゃんと埋めましたー? 骨喰が落ちたら怒りますよ!」と紙皿を持ったまま咎めた。
「…やっとできた。僕もうお腹ペコペコだから貰ってくるね。厚も平野もまだ食べれるんなら来なよ。遠慮しないでさ」
安定は空になった紙皿を持ったまま二振りへヒラヒラと手を振って花車達の元へ焼きそばを貰いに行く。さっさと全て丸く収まれよと心の中でほんのり毒づきながら。
二階に上がった花車は望み通り平野、厚と顔を会わせることが出来た。
二振りは最初平身低頭で目を合わせずに花車へ礼を言い、その手は小さく震え、審神者というものに怯えているのが見てとれた。花車はそんな二振りに静かに近付いて目の前で同じように膝をついて座ると、「お腹減ってませんか」と訊ねて二振りを呆気にさせた。
後ろに控えていた薬研がやれやれという表情をして肩を竦めたのを見た二振りは、半信半疑ながらもやおら警戒を解いて空腹を伝えたのだった。
「この台所ほんとになぁーんにも使ってないっぽいねー? なんで?? 刀剣男士の皆さんが食事させてもらってないのは今剣くんや小狐丸さんが言ってて知ってたけど、だとしても審神者は? 前任さんはなに食べてたの?? 霞? 仙人か何か?」
一階に戻った花車達はこのまま離れにすぐ戻るのもなんだからと母屋にある台所で調理器具を探していた。
食べ物はないにしても何かしら鍋などがあれば、薬研が離れに戻って食材を持ってくるつもりでいたが、食材はおろか調理器具すらも殆どなかった。
「こんだけ人数いるっぽいのに大鍋の一つもないとか信じられる? ヤバくない?」
「…あの、前の主は…自室でしかお食事をとられていませんでしたので」
おずおずと平野が敷居の側から伝えると、戸棚に頭を突っ込んで覗いていた花車がその格好のまま「なぁーるほどー?? スケゾンで頼んでた感じかー…」と返してから、盛大な音を出して頭をぶつけつつ、戸棚から顔を出すと「よし!」と叫ぶ。
「庭行こう!」
「庭??」
「うん。ここ来た時、鍛冶場の隅に何枚か瓦が積んであったの見たから、あれ使おー」
さあさあ、と声をかけながら三人の背を押して縁側へ誘導する。
薬研が「確かにあるが」と首をかしげつつ縁側への硝子戸を開けて縁台の下を覗くと手を伸ばして花車と自分以外の草履を引っ張り出した。
「マジか、そんなとこにしまってあったの?」
「毎度玄関にとり行くのも難儀なんでいくつかな。で、瓦なんざどうするんだ?」
「あー、瓦をね、鉄板代わりにするの。まあ普通におっきい鉄板がほしいから平野藤四郎さん達の分、1つ2つ作ってる間に諸々こんちゃんに持ってきてもらおうかな」
「なるほどな」
ゾロゾロと連なって歩き西の庭を通り抜けて鍛冶場へ向かうと、鍛冶場の正面から右側、道場の間にある小さな畑の隅に数十枚の瓦が平積みにされていた。それを二枚ほど手にとって側にある手押しポンプに向かう。
「洗うのか? …オレがやる」
「わあ、ほんとです? 有難う御座います」
花車が瓦を手にしたままポンプ口の下へ瓦を移動させると、志願した厚がそろそろと手押し部分に手を乗せて数回上下させ始める。暫くすると勢いよく冷たい井戸水が飛び出した。
「うあーつめたー!!」
「そりゃあ井戸水だからな。大将、濡れないように気を付けろよ」
「ふふふ…遅かったな…既に数ヵ所濡れてしまったんだぜ」
「! ご、ごめん! 悪かった、オレ」
「あー、厚藤四郎さんの責任なんもないんで謝んないでください! 大丈夫です! てか水相手だから濡れますってー」
青ざめる厚に対して瓦を擦りながらへらへら笑って返した花車は、綺麗になった瓦を見て満足そうに頷く。
厚に礼をいうとその瓦を持ってそのまま鍛冶場の中に小走りで向かい、暫くすると両腕に枯れ枝を抱え、手には洗った瓦を持って現れた。
「薬研くんと厚藤四郎さん、お願いなんだけど中にあるの持ってきてー」
「ああ」
二振りが鍛冶場の中へ消えると、花車は平野へ「悪いんですが、道場に今剣くん達がいると思うので、離れから一緒に食材を持って来てくれませんか?」と優しく話しかける。
「…はい、あの、何を」
「えーっと……キャベツ、人参、豚肉とー…あとお醤油、顆粒だし、味醂…あ! あと蓴菜とワサビも! …あ、ごめんなさい。えっと、覚えられました?」
滔々と述べた花車は慌てたように平野へ確認すると平野は何度か口の中でブツブツ呟いたあと「大丈夫です! 行ってまいります」と道場の正面へ走っていく。
その小さな背中を見送っていると、後ろからガタゴトと賑やかな音を響かせて大八車を引いた薬研らが帰って来た。
「ありがとー! 御神木の前で組み立てよ」
「ああ。しかしこの砥石どうするつもりなんだ?」
「本当はねコンクリブロックとかがよかったけどないし、代わりになにかないかなって妖精さんに聞いたら沢山あるから砥石はどう? って。火に当ててもそんなに変形ないし、もし表面がダメになっても妖精さんが面直しするからって快く!」
ニコニコしながら言う花車は御神木の前に来ると車の端に木の枝を置いてその上に綺麗な瓦を乗せると、砥石を次々と降ろしてUの字に積み上げていく。それに倣って薬研と厚も同じように並べていくと、そこへ瓦を乗せて幅を確認する。深さだけ直して、簡易な釜戸作りは終わった。
「こーんちゃーん」
呼べば来る、と言っていたこんのすけを呼べば、花車の足元に半透明のこんのすけが現れた。しゃがんでこんのすけに顔を近付けた花車は「なんで透けてるの?」と首をかしげる。
「申し訳ありません花車様、このこんのすけ、只今政府内から出れない程忙しく…なにかご要望でしたか??」
「そっかぁ、大変だね。えーとね、10人前くらい余裕で作れる鉄板がほしいのと、バーベキューセット、あ、あと焼きそば麺とソースも!」
「はいはい、今からバーベキューですか。皆様と親睦を深めるのはとてもよいことにございます! ではすぐに手配致しますが食材や日用品とは違いますので数分ほどお時間をいただきます」
「大丈夫~! 忙しいのにごめんねこんちゃん」
「いえいえ! 早速手配致しますので、…座標は神木前にしますね。では」
いつも通りの面妖な顔を深々と下げるとすぐに消えてしまったこんのすけを見送り、花車は出来上がった簡易の砥石釜戸へ木の枝を敷き詰める。
「私、鍛冶場から火を別けてもらってくるね」
「じゃあ俺っちは離れから薪と火付けの塵紙を取ってくるか。厚、どうする?」
「え、あ…と、オレ、薬研の手伝いをするよ」
そりゃまだ無理だよね、などと思いながら花車は二振りに頷き、鍛冶場へ向かった。
薬研は厚へ「大将の場合、あまり警戒しても疲れるぞ」と笑うと離れ向かって東へ歩き始める。
厚は下唇を少しだけ巻き込むと、少し離れてしまった薬研の背中を見つめ、何かを吹き飛ばすように追い掛けた。
***
ジュウジュウと焼ける音が響き、白い煙に乗ってソースの香ばしい香りが辺りに広がる。
カンカンと高い音を立てて鉄板をヘラでかき回すのは花車に髪をシニヨンにされてタオルを巻いた小狐丸。さながらその姿は的屋の大将のようだが、手元は覚えたばかりで覚束無い。
こんのすけが用意した鉄板にはこれでもかと野菜と麺が山盛りになり申し訳程度に肉やエビが見え隠れする焼きそばがテラテラと輝いている。それを先に出来ていた瓦焼きそばを食べながら厚と平野はじっと眺める。
小狐丸の横に立ってヘラの使い方を都度指導し、焦げそうな所があれば指摘して均等に火が通るように指示を出す花車は楽しそうだ。
「どう? それ美味しい?」
モソモソと瓦焼きそばを食べつつ眺める厚に話し掛けてきたのは、袖を襷掛けにした花車の初期刀という大和守安定だ。
その手には紙皿に乗せた蓴菜があり、焼きそばが出来上がるまでのつまみにしている。
縁側に座る今剣は山盛りにして食べているのを見るに焼きそばの分が入る胃の許容量は考えていないのだろう。
ごくり、と音を鳴らしながら厚は瓦焼きそばを飲み込んで頷く。平野も小さく頷いた。
「…ああ、うん。…うまいって、こんな感じなんだな」
「僕達だけ先にいただいて、すみません」
「いいよ、主が食べさせるって言ったんだし誰も反論ないしね」
ポン酢がかかった蓴菜を箸で摘まむと慌てるように口へ放り込む。まだ箸がそこまで上手くないため蓴菜のようなツルツルしたものは安定も長く摘まむことはできない。
ちら、と横目で縁側を見た安定は掻き込むようにして頬張る今剣にぎょっとする。横から骨喰が「そんな風に食べるものなのか?」と疑問を呈しているが全くその通りだ。
「で、どう?」
「…どうって」
「主。前の審神者と随分違うと思うけど、まだ警戒してる? …って手ずから作ったもの食べてる時点でそれはないよね」
「……あの方は、この本丸に流れる霊力と同じくとても清らかだと思います。きっと心根も、分け隔てなく」
「今のところは、としか言えないけどな。悪いが先の審神者も最初は普通だったと聞いてるからな」
伏せた目の奥には在りし日の審神者が浮かぶ。
天下五剣を筆頭に古刀を侍らし色に放蕩した審神者は、いつだって自分が一番愛されていなければ気が済まなかった。愛を返すことはしなかった。顕現した厚の前で他の兄弟が折られる様は意味がわからず、声なき慟哭を上げる一期を見て衝撃を受けた。
なにかを思い出すようにほぼ空になった瓦をじっと見る二振りに安定は目を細める。嫌な過去はそれとして、花車は花車として見ることが出来れば幾分肩の力は抜けるだろうにと口を開きかける。
「小狐丸さんもういいよ~、お疲れ様! ありがとう! みんな食べよう~」
花車の和やかな声が中庭に響いた。ハッとして安定は自分の口を噤む。なにも知らない自分が手痛い日々を受けてきた彼らに何が言えるというのだ。紙皿の上に残った蓴菜を今剣のように掻き込んだ。
花車の声が聞こえたのか、道場にいた蛍丸と明石も顔を出して寄ってくる。香ばしい匂いに釣られてか大きなシャベルを担いだまま鶴丸もふらりと現れると、縁側にいた鯰尾が「ちゃんと埋めましたー? 骨喰が落ちたら怒りますよ!」と紙皿を持ったまま咎めた。
「…やっとできた。僕もうお腹ペコペコだから貰ってくるね。厚も平野もまだ食べれるんなら来なよ。遠慮しないでさ」
安定は空になった紙皿を持ったまま二振りへヒラヒラと手を振って花車達の元へ焼きそばを貰いに行く。さっさと全て丸く収まれよと心の中でほんのり毒づきながら。