無変換だと本名は千鶴(ちづる)、審神者名は花車(はなぐるま)になります。
花車
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───卯月某日
畑の土を起こし、初夏に収穫が見込める野菜類を一通り撒き、トマトや胡瓜などの苗木の方が楽にできるものはスケゾン経由で数種類の苗を購入して畑へ植えた。
本丸に赴任した二日めに必要品として数種類の本も幾つかこんのすけにお願いしていたのだが、その中に野菜図鑑があり、居間に置いてあったそれを読んでいた今剣は茄子の花を気に入り茄子の苗木をねだった。そのため一株だけ購入して一の間の広縁と渡り廊下の間の庭の隅に茄子の鉢が置かれることとなった。
当の今剣は収穫よりも花ばかりが気になるようで、日光や水をたっぷりあげなければ鉢植えだと実がならないと花車が伝えても「はながさけばいいんです」の一点張りで半日陰に置かれたまま動かされることはなかった。時折、小狐丸が鉢を陽当たりのよい場所へ動かして日光浴をさせていたが。
本丸の畑から収穫が見込めるまでの間は、米や肉類とともにスケゾンでいくつも野菜類を頼み離れの全員で団欒と食事を楽しむ。
種蒔きと同時に軍鶏も雌三羽雄一羽と購入し、畑の近くに鶏小屋を設置するとまだ馬の世話が出来ないと嘆いていた鯰尾が嬉々としてそこに入り浸っていた。優秀な軍鶏だったのか、来て早々に卵を二つ恵んでくれていた。
「漬物どんな感じー?」
ごそごそと漬物の壺を覗いていた安定に花車が声をかければ、安定は驚いたように肩をあげて振り向いた。
「びっくりした。えーと、うん、いい感じ。糠漬けなんて初めてしたからよくわからないけど」
「そっか。まあ言って私も初めてしたからわかんないんだけどねー…あのねー今日はさぁ、まあこっちの離れでの生活も落ち着いたし、ちょっと母屋に行こうかなって」
壺を土間の日陰へ戻して立ち上がった安定は「いきなり行って大丈夫なの?」と呟く。
花車は漬物壺を見ながら梅雨時期になれば冷蔵庫へ移動させなければと思いつつ首を横に緩く振った。
「こんちゃんにお手紙お願いしたー。そっちに行ってお話ししたいんですけど的なやつ」
「ふーん。それで朝からこんのすけいなかったんだ」
「うん。そろそろお返事来るかなぁーって。私と、初期刀の安定君は一緒に来てほしいんだけどさー…へーき?」
その問いに呆れた顔をした安定は溜め息を軽く吐き出し、花車の額にピシンとデコピンを繰り出した。「いて」と言いながらへらへら笑って額を押さえる花車は安定からの「当たり前だろ」という言葉に今よりもっと口の端をふやけさせる。
「ありがとーマジで助かるー。向こうには既に明石さんがいるし、蛍丸さんも一応私の力が流れてるから刀向けられることはないと思うけど、そもそも何振りいるかもわかんないしさぁ、やっぱ不安だよねー」
畑の方から「水は野菜にやれ」だの「うごかないでください」だの騒がしい声が聞こえる。声から察するに鯰尾と今剣が骨喰と小狐丸に水をかけて遊んでいるのだろう。
花車は知らずの内に笑いをこぼした。
安定も花車が笑った理由を察して「早くもっと賑やかになればいいね」と柔らかく告げ、こんのすけが戻るまでお茶でも用意をしようと動き出したときに件の狐色が玄関より毛玉が転がるように入ってきた。
「た、ただいま戻りました花車様ぁ~…! 書状は三日月宗近様並びに他認識判断ができるものへ渡しまして、」
「おかえりこんちゃん。初期刀さんはいなかったの?」
話すこんのすけを遮る。
花車は状況判断ができて多方面に頭が柔らかい刀剣、並びに此処の大株とも言える初期刀へ手紙を渡すように託けていた。
刀帳を確認しても初期刀配属される五振りの打刀全てが登録されておりどの刀が初期刀なのかはわからなかったのでこんのすけの報告に期待をしていたのだが、こんのすけは耳を萎れさせて目を垂れさせた。
「はい。お探ししましたが見当たらず、皆様にお訊ねしてもわからずじまいで…お力になれず申し訳ありません」
「そっかあ…まあしょーがない。それで皆さんなんて?」
萎れていた耳がピンと立つ。
「はい! 是非お話しがしたいと! いやいや花車様が来られるまでは次の審神者なぞ、などと仰っていた皆様が受け入れてくださる姿勢を見せていただきこんのすけは感無量で」
「ちょっと静かにしようね。…主、向こうの居住空間にのこのこ行くことはないよ。精霊のいる手入れ部屋か西の庭の御神木前で会うことにしよう」
安定の手に口を押さえられてふがふが暴れるこんのすけを尻目に淡々と、それでいて強い目で安定が提案をする。
花車は少し考えてから、小さく頷いた。そのまま玄関から外へ出て、畑へ回るとわいわい騒ぎながら手入れをしている四振りに「おーい」と叫ぶ。
すぐに手を止めて今剣を先頭に走り寄ってきてくれた彼等へ笑顔を向けると、腰に手を当てて「ごほん」と咳払いをする。
「えー、まずは畑のお世話ご苦労様です! そろそろお昼時なのでキリが良いとこで切り上げてお昼ごはんを食べてね」
こんのすけを抱えたまま、安定が花車の斜め後ろに並んだ。
「今から私と安定君は母屋へお話しに行ってきます! なので、お昼は冷蔵庫にある朝食の残りと、お鍋に煮物があるのでそれを温めて食べてくださーい。ご飯は朝炊いたものがまだあるからそれを完食する勢いで食べちゃってね」
「え、あ、はい、…え!! 母屋へ行くんですか!?」
突然つらつらと言われたことに全員がポカンとしていたが、鯰尾が生返事をしたあとにハッと気付いて驚きの声を上げる。それに続いて今剣が首をかしげる。
「ぼくたちも いきますよ?」
「そうです。ぬしさまと大和守だけでは些か不安がありますが」
「んーん、いきなり大人数で行くと喧嘩しに来たのかあ? あん? ってなるかもじゃん? だから皆にはお留守番しててほしいんだよね。何かあれば駆けつけてくれると嬉しいけど!」
漸く安定の手から離れたこんのすけが「ぷはぁ!」と息を吐いて「主である審神者に何か異変や、または大きな怪我でもすれば霊力を受けて降ろされた刀剣は察することができます!」と高い声を出す。
花車以外の全員が知らなかったという顔をして、またそのこんのすけの答えを聞いて納得をする。それを確認した花車はパンと掌を打って空気を引き締めると、「じゃあいってきまーす」と緩い顔のまま安定の手を引いた。
背中を見届ける四振りは花車達が築山庭から母屋の縁側へ入っていったのを確認すると、ゾロゾロと不安げながらも離れへ戻り昼の用意をしだすのだった。
築山庭から続く縁側から、母屋へ入った花車は安定の脇に抱えられたままのこんのすけへ「手入れ部屋でお話ししたいですって伝えてきてくれない?」とお願いをする。
頷き駆けていったこんのすけを見送り、花車は審神者部屋を見ようともせずにそのまま隣の小さな手入れ部屋を開け放ち、中を確認する。
中は静かで綺麗なままで、小祠には精霊がわらわらと集まってなにやら飲んで騒いでいる。手入れする刀がいない時はのんびりとしているのだろう。主である花車を確認すると小さな手を上げて目を細め挨拶のようなものをしたあとまた仲間同士でわいわいと楽し気にしだす。
「はーかーわいいー…昔さぁ、シルバニアファミリーってミニチュアハウスのコレクション魂を擽る玩具があって、滅茶苦茶好きだったんだけど、妖精さん見てるとその懐かしい感じを思い出させてくれる~…今度小さいご飯作ろ…」
「ふーん。大半の言葉がよくわからなかったけど、主は小さいものが好きなの?」
これから話し合いだというのにへらへらと緊張感なく笑う花車に、入り口を見ながら正座をした安定も気の抜けた会話を続ける。
「そ~。ちっちゃいの可愛くない? 赤ちゃんとか神秘すぎない? 同じ手や爪なのに私よりも倍以上に小さいの。それで生きて動くの。可愛すぎて食べたくなるくらいなんだけど」
花車の発言に若干引いていた安定は廊下を見ていた目を少しだけ丸くして「あ」と小さく呟いた。
「主さんって人肉食べるの趣味なの? 悪趣味っていうか悪食って感じ。まあ蛍も肉食なんだけどさ」
「悪食どころか引くしかあれへんやろ。普通に怖いわー。食べやんといてや?」
安定以外のゆるゆると間延びした声が聞こえた花車は緩く結んだ髪先が翻る速度で振り向いた。
手入れ部屋の入り口にはいつぞやかの二振りがのんびりとした佇まいで存在し、そのまま手入れ部屋へ入ってきた。
「明石さん! 蛍丸さん! お久し振りって、えっ!! さっきなんか聞き間違えです!!? ある、あるじさんって!」
喜んで手を叩いた花車はすぐにきょどきょどとしながら安定へ確認すると安定も「もう一回聞いてみなよ」と笑顔のまま促す。
それに落ち着いた花車は蛍丸へ向き直り「あの、あの…改めまして、審神者の花車です」と顔を赤くしながら話す。
明石と蛍丸は安定の向かい、花車の斜め前に座って息をつく。
蛍丸が帽子を外し翡翠の目を左右へウロウロと決まり悪そうに動かしたあと、ふーっと息を長く吐いてからしっかりと花車を見つめた。
「阿蘇神社にあった蛍丸でーす。…真打ち程度には強いから…えっと、…これからよろしくね、主さん」
「…ぅ、うう…これからよろしくです此方こそです宜しく蛍丸君…!!」
「あーもー泣かないでよ。俺に説教かました主さんはどこいったの? ていうかなんかここ暑くない? ねえ国行」
「ええー? そうか? …張り切って言えたでっちゃう?」
パタパタと取った帽子で自分の顔を扇ぎながらほんのり血色をよくした蛍丸が恥ずかしそうに隣に座る明石へ軽く蹴りを入れる。
「よかったね主」
「うん! うん! なんかもうここに来た目的達成みたいな感じしてきたから帰ってもいい気がする~」
「いやまだやろ。あかんやろ。今から三日月宗近やら鶴丸国永やらが来るんやで」
その言葉のすぐあと、開け放していた障子から白い髪が見え、ひょこりと肌の白い顔を見せて鶴丸が現れ、後ろに三日月、一期一振が続いて入ってきた。
へらへら笑っていた花車の顔は一気に引き締まり、彼等三振りが入口付近で横並びに座るのを見届けると、静かに頭を下げた。
「お初にお目にかかります。わざわざご足労いただきありがとうございます。政府より、後継審神者と任ぜられた花車と申します」
先程までのふざけた態度を一変させた花車に、蛍丸はウンウンと頷き帽子をかぶり直す。
彼等が帯刀していないのに気付いた安定は、自然と力が入って鞘を握っていた手を開き、静かに膝へ置いた。
頭を下げた花車を見てから、最初に口を開いたのは三日月宗近。
「この本丸に於いて我らを呼び立てるとは中々剛毅な審神者かと思えば、まだまだひよっこの女子か」
美しいと謳われる天下五剣の一振、三日月宗近はその美しい顔を崩すことなく口元だけを上げて笑む。
三日月は楽座、鶴丸は胡座で肘を膝へつけて上体を前へ倒して気だるげにし、一期は背筋を伸ばして正座の状態で目線は畳をじっと見ていた。
「御呼び立てしたのは、私があなた方の居住空間でもある場所へ行くのは何かと憚られるものがあるかと思ってです。以前のことは、……あらましは小狐丸さんや今剣君、鯰尾君から聞きました」
鯰尾、の名前に俯いていた一期がピクリと反応した。
「…そなたの所に、今三条の二振りと粟田口の脇差がいるのだな」
「それから、その二振りとー…大和守安定はその審神者の刀か?」
確認する鶴丸に、安定は無言で頷く。花車が頭を静かに上げて遠く正面に座る三日月を見た。
「此方の大和守安定は私の初期刀です。現在私はこの本丸の北にある離れにて生活をしていまして、離れには封印されていた小狐丸さん、自ら歩いて来られた鯰尾君、今剣君。それから、北東の蔵にて鯰尾君からお願いされて顕現した骨喰君がいます。明石さんは離れにて閉じ込められているところを、蛍丸君は此方の手入れ部屋にて襲撃を受け、その後契約となりました」
存外話が通じていることに多少なりとも驚きつつ、花車は淡々と近況を報告する。
存在していることすら、もっと激昂されると思っていたからだ。
しかし何を考えているのかわからない涼しい顔のまま、三日月は花車の話を聞いている。帯刀をしていないところを見るに端から敵意を剥き出しと言うわけではなさそうではあるが。
「成る程。審神者殺しの小狐丸が大人しく従う理由はさもありなん。この本丸もそなたの涼やかな霊気に包まれていて在りし日のように正常な家屋を保っているからな…毎日掃除をしていた一期一振も気が楽になったのではないか?」
口元を青い狩衣の袖で隠しながら濃藍 色とも紺青 色とも取れる眼を細めて隣の一期一振を流し見る。釣られて花車も一期へ目線をやり、埃のない綺麗な床の理由はこの方だったのかと合点がいった。
「……」
しかし振られた一期は一言も発さずぎゅうっと正座の上の拳に強く力をいれて畳をじっと見たまま不動。はあ、と溜め息を溢したのは鶴丸だった。
「おい三日月。意地の悪いことをするな」
「おお、そうだったな。そなたは声が消えたのであった」
いや失敬、と眼を細ませた三日月に蛍丸が「悪趣味だよじいさん」と詰る。
「いやぁ…すまんな。して花車とやら。この本丸をどうするつもりだ? 管狐から粗方は聞いておるが、立て直すのだとか」
「俺達と再契約をして再び稼働するっつーことはこんのすけから聞いたが、全員が納得するのは難しいぜ?」
花車は一期の声がないことにショックを受けつつ、質問にはきちんと答えなければ今後に差し支えると萎れそうな心を叱咤して三日月へ向き合った。
「…、確かに私は立て直す名目で此方へ来ましたが、全ての刀剣の皆様と契約を結ぶつもりはありません。なんならしなくたってもいいと思っています。私は、……国家職員の審神者のお給料目当てに審神者に成ったものです。私が政府と結んだ契約には、【本丸を立て直し再び遡行軍と戦え。叶えば給金は通常の倍。既存の刀剣を破壊若しくは刀解した場合は特別手当ては無し】…このようなものです。つまりお金が必要な私からすれば、あなた方を誰一振とも刀解することもなければ破壊などすることもありません。契約を結ばなくても新たに私が刀剣の皆様を降ろし、その方々に遡行軍と対峙していただくこともできます。なので、結ぶ結ばないはあなた方に全て委ねます」
言い切った花車に、その場は少し静寂が流れた。
破ったのは鶴丸の笑い声だ。肩を震わせてゲラゲラ笑うと膝に肘をついたまま手で顔半分を覆い、花車を涙目で見つめる。
「こいつはいい。面白い審神者だなぁ! 前任が欲の亡者なら今回は金の亡者か! まあでもスッキリしてんのはあんたの方だ。俺は好きだぜそういうの」
「そうですか? 褒められたと認識して受けとりますね。ありがとうございます。…ただ、契約は別にいいのですが、一つだけお願いがあります」
やんわりと緩みかけていた空気が「お願い」の一言でまたピリピリと引き締まった。笑っていた鶴丸は笑顔を引っ込めて鷹のような目をして花車を見つめる。
「…私はここに来て、鯰尾君を見るまでこの本丸の実態をよくわかっていませんでした。…あんな、大怪我…惨くて酷い仕打ちは、…見ていられません。私には自己犠牲の精神なんてものはありませんが怪我を負っている者がいるのを知って無視することはできません。なので、軽傷重傷問わず、手入れをさせてほしいのです」
脳裏には初めて見た鯰尾の姿がまざまざと思い浮かべることが出来る。赤黒く腫れた瞼に血だらけの頭部、欠けた耳、刃こぼれが起きていた満身創痍の刀身は今にも消え入りそうだった。
鯰尾の話によればまだ怪我をしているものはいるし、鯰尾よりも酷い刀剣もいるとのことだった。そんなものは早々に無くさなくてはいけない。
どうか、と頭を下げた花車を見て、じっと動かずにいた三日月は静かに立ち上がる。
安定も慌てて立ち上がると花車の前へ立った。相手が刀を持っていないので安定も腰の刀には手を添えなかったが警戒するに越したことはない。
そんな風にピリピリとする安定をちらりと見てから、ここへ来て初めて三日月は緩く微笑んだ。その顔は安定にしか見えなかったが。
「そう警戒せずともなにもしない。審神者よ、ついてこい」
踵を返し、手入れ部屋を後にした三日月に慌てて花車も立ち上がり鶴丸と一期の間を抜けて追い掛ける。笑みを向けられ少しばかり呆けていた安定も、動き出した花車に釣られてカルガモの親子のように花車の背後にピタリと添い歩きだした。
三日月は後ろを確認することなくすいすいと廊下を歩き、母屋西側へ向かうとそのまま土間を通りすぎて近くにあった広くゆったりとした幅のある階段を軽い音を立てて上っていく。
キョロキョロと辺りを見渡したいのをぐっと堪えて、花車も三日月の青い背中を追い掛ける。
総檜なのだろうか、床板はピカピカと午後の光を受けて艶めいている。階段も同じ材質のようで分厚い床板は抜けることはなさそうだ。
幅広の十五段程の階段を上がりきると、三日月はまた静かに二階廊下を進み、奥へと向かう。
「…二階、障子ばっかり」
「多分、刀剣達の部屋だと思うよ。ほら、材木柱に紋札が下がってるから」
安定が指差した方向には確かに墨で描かれた紋の木札がいくつか下がっていた。
二階の間取りは階段から上がって正面は行き止まりで、そのすぐ右手に廊下が伸びている。その廊下正面階段横の部屋は紋からいけば堀川国広の部屋のようだ。
「いる気配みたいなのは感じないけど……今はそれより三日月宗近さんだよね。行こう安定君」
「うん」
歩いていた足を思わず堀川国広の部屋前で止めてしまったが、後回しにして今はあの背中を追うことにした。
まだまだ信用もなにもない段階なので、今意思に反する事をしてしまえば上手くいくものもいかなくなってしまう。仲良く食卓を囲めるまでは誠心誠意彼等の言葉に耳を傾ける事を誓った花車は、三日月宗近が立ち止まっている部屋前まで早足で近付いた。
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畑の土を起こし、初夏に収穫が見込める野菜類を一通り撒き、トマトや胡瓜などの苗木の方が楽にできるものはスケゾン経由で数種類の苗を購入して畑へ植えた。
本丸に赴任した二日めに必要品として数種類の本も幾つかこんのすけにお願いしていたのだが、その中に野菜図鑑があり、居間に置いてあったそれを読んでいた今剣は茄子の花を気に入り茄子の苗木をねだった。そのため一株だけ購入して一の間の広縁と渡り廊下の間の庭の隅に茄子の鉢が置かれることとなった。
当の今剣は収穫よりも花ばかりが気になるようで、日光や水をたっぷりあげなければ鉢植えだと実がならないと花車が伝えても「はながさけばいいんです」の一点張りで半日陰に置かれたまま動かされることはなかった。時折、小狐丸が鉢を陽当たりのよい場所へ動かして日光浴をさせていたが。
本丸の畑から収穫が見込めるまでの間は、米や肉類とともにスケゾンでいくつも野菜類を頼み離れの全員で団欒と食事を楽しむ。
種蒔きと同時に軍鶏も雌三羽雄一羽と購入し、畑の近くに鶏小屋を設置するとまだ馬の世話が出来ないと嘆いていた鯰尾が嬉々としてそこに入り浸っていた。優秀な軍鶏だったのか、来て早々に卵を二つ恵んでくれていた。
「漬物どんな感じー?」
ごそごそと漬物の壺を覗いていた安定に花車が声をかければ、安定は驚いたように肩をあげて振り向いた。
「びっくりした。えーと、うん、いい感じ。糠漬けなんて初めてしたからよくわからないけど」
「そっか。まあ言って私も初めてしたからわかんないんだけどねー…あのねー今日はさぁ、まあこっちの離れでの生活も落ち着いたし、ちょっと母屋に行こうかなって」
壺を土間の日陰へ戻して立ち上がった安定は「いきなり行って大丈夫なの?」と呟く。
花車は漬物壺を見ながら梅雨時期になれば冷蔵庫へ移動させなければと思いつつ首を横に緩く振った。
「こんちゃんにお手紙お願いしたー。そっちに行ってお話ししたいんですけど的なやつ」
「ふーん。それで朝からこんのすけいなかったんだ」
「うん。そろそろお返事来るかなぁーって。私と、初期刀の安定君は一緒に来てほしいんだけどさー…へーき?」
その問いに呆れた顔をした安定は溜め息を軽く吐き出し、花車の額にピシンとデコピンを繰り出した。「いて」と言いながらへらへら笑って額を押さえる花車は安定からの「当たり前だろ」という言葉に今よりもっと口の端をふやけさせる。
「ありがとーマジで助かるー。向こうには既に明石さんがいるし、蛍丸さんも一応私の力が流れてるから刀向けられることはないと思うけど、そもそも何振りいるかもわかんないしさぁ、やっぱ不安だよねー」
畑の方から「水は野菜にやれ」だの「うごかないでください」だの騒がしい声が聞こえる。声から察するに鯰尾と今剣が骨喰と小狐丸に水をかけて遊んでいるのだろう。
花車は知らずの内に笑いをこぼした。
安定も花車が笑った理由を察して「早くもっと賑やかになればいいね」と柔らかく告げ、こんのすけが戻るまでお茶でも用意をしようと動き出したときに件の狐色が玄関より毛玉が転がるように入ってきた。
「た、ただいま戻りました花車様ぁ~…! 書状は三日月宗近様並びに他認識判断ができるものへ渡しまして、」
「おかえりこんちゃん。初期刀さんはいなかったの?」
話すこんのすけを遮る。
花車は状況判断ができて多方面に頭が柔らかい刀剣、並びに此処の大株とも言える初期刀へ手紙を渡すように託けていた。
刀帳を確認しても初期刀配属される五振りの打刀全てが登録されておりどの刀が初期刀なのかはわからなかったのでこんのすけの報告に期待をしていたのだが、こんのすけは耳を萎れさせて目を垂れさせた。
「はい。お探ししましたが見当たらず、皆様にお訊ねしてもわからずじまいで…お力になれず申し訳ありません」
「そっかあ…まあしょーがない。それで皆さんなんて?」
萎れていた耳がピンと立つ。
「はい! 是非お話しがしたいと! いやいや花車様が来られるまでは次の審神者なぞ、などと仰っていた皆様が受け入れてくださる姿勢を見せていただきこんのすけは感無量で」
「ちょっと静かにしようね。…主、向こうの居住空間にのこのこ行くことはないよ。精霊のいる手入れ部屋か西の庭の御神木前で会うことにしよう」
安定の手に口を押さえられてふがふが暴れるこんのすけを尻目に淡々と、それでいて強い目で安定が提案をする。
花車は少し考えてから、小さく頷いた。そのまま玄関から外へ出て、畑へ回るとわいわい騒ぎながら手入れをしている四振りに「おーい」と叫ぶ。
すぐに手を止めて今剣を先頭に走り寄ってきてくれた彼等へ笑顔を向けると、腰に手を当てて「ごほん」と咳払いをする。
「えー、まずは畑のお世話ご苦労様です! そろそろお昼時なのでキリが良いとこで切り上げてお昼ごはんを食べてね」
こんのすけを抱えたまま、安定が花車の斜め後ろに並んだ。
「今から私と安定君は母屋へお話しに行ってきます! なので、お昼は冷蔵庫にある朝食の残りと、お鍋に煮物があるのでそれを温めて食べてくださーい。ご飯は朝炊いたものがまだあるからそれを完食する勢いで食べちゃってね」
「え、あ、はい、…え!! 母屋へ行くんですか!?」
突然つらつらと言われたことに全員がポカンとしていたが、鯰尾が生返事をしたあとにハッと気付いて驚きの声を上げる。それに続いて今剣が首をかしげる。
「ぼくたちも いきますよ?」
「そうです。ぬしさまと大和守だけでは些か不安がありますが」
「んーん、いきなり大人数で行くと喧嘩しに来たのかあ? あん? ってなるかもじゃん? だから皆にはお留守番しててほしいんだよね。何かあれば駆けつけてくれると嬉しいけど!」
漸く安定の手から離れたこんのすけが「ぷはぁ!」と息を吐いて「主である審神者に何か異変や、または大きな怪我でもすれば霊力を受けて降ろされた刀剣は察することができます!」と高い声を出す。
花車以外の全員が知らなかったという顔をして、またそのこんのすけの答えを聞いて納得をする。それを確認した花車はパンと掌を打って空気を引き締めると、「じゃあいってきまーす」と緩い顔のまま安定の手を引いた。
背中を見届ける四振りは花車達が築山庭から母屋の縁側へ入っていったのを確認すると、ゾロゾロと不安げながらも離れへ戻り昼の用意をしだすのだった。
築山庭から続く縁側から、母屋へ入った花車は安定の脇に抱えられたままのこんのすけへ「手入れ部屋でお話ししたいですって伝えてきてくれない?」とお願いをする。
頷き駆けていったこんのすけを見送り、花車は審神者部屋を見ようともせずにそのまま隣の小さな手入れ部屋を開け放ち、中を確認する。
中は静かで綺麗なままで、小祠には精霊がわらわらと集まってなにやら飲んで騒いでいる。手入れする刀がいない時はのんびりとしているのだろう。主である花車を確認すると小さな手を上げて目を細め挨拶のようなものをしたあとまた仲間同士でわいわいと楽し気にしだす。
「はーかーわいいー…昔さぁ、シルバニアファミリーってミニチュアハウスのコレクション魂を擽る玩具があって、滅茶苦茶好きだったんだけど、妖精さん見てるとその懐かしい感じを思い出させてくれる~…今度小さいご飯作ろ…」
「ふーん。大半の言葉がよくわからなかったけど、主は小さいものが好きなの?」
これから話し合いだというのにへらへらと緊張感なく笑う花車に、入り口を見ながら正座をした安定も気の抜けた会話を続ける。
「そ~。ちっちゃいの可愛くない? 赤ちゃんとか神秘すぎない? 同じ手や爪なのに私よりも倍以上に小さいの。それで生きて動くの。可愛すぎて食べたくなるくらいなんだけど」
花車の発言に若干引いていた安定は廊下を見ていた目を少しだけ丸くして「あ」と小さく呟いた。
「主さんって人肉食べるの趣味なの? 悪趣味っていうか悪食って感じ。まあ蛍も肉食なんだけどさ」
「悪食どころか引くしかあれへんやろ。普通に怖いわー。食べやんといてや?」
安定以外のゆるゆると間延びした声が聞こえた花車は緩く結んだ髪先が翻る速度で振り向いた。
手入れ部屋の入り口にはいつぞやかの二振りがのんびりとした佇まいで存在し、そのまま手入れ部屋へ入ってきた。
「明石さん! 蛍丸さん! お久し振りって、えっ!! さっきなんか聞き間違えです!!? ある、あるじさんって!」
喜んで手を叩いた花車はすぐにきょどきょどとしながら安定へ確認すると安定も「もう一回聞いてみなよ」と笑顔のまま促す。
それに落ち着いた花車は蛍丸へ向き直り「あの、あの…改めまして、審神者の花車です」と顔を赤くしながら話す。
明石と蛍丸は安定の向かい、花車の斜め前に座って息をつく。
蛍丸が帽子を外し翡翠の目を左右へウロウロと決まり悪そうに動かしたあと、ふーっと息を長く吐いてからしっかりと花車を見つめた。
「阿蘇神社にあった蛍丸でーす。…真打ち程度には強いから…えっと、…これからよろしくね、主さん」
「…ぅ、うう…これからよろしくです此方こそです宜しく蛍丸君…!!」
「あーもー泣かないでよ。俺に説教かました主さんはどこいったの? ていうかなんかここ暑くない? ねえ国行」
「ええー? そうか? …張り切って言えたでっちゃう?」
パタパタと取った帽子で自分の顔を扇ぎながらほんのり血色をよくした蛍丸が恥ずかしそうに隣に座る明石へ軽く蹴りを入れる。
「よかったね主」
「うん! うん! なんかもうここに来た目的達成みたいな感じしてきたから帰ってもいい気がする~」
「いやまだやろ。あかんやろ。今から三日月宗近やら鶴丸国永やらが来るんやで」
その言葉のすぐあと、開け放していた障子から白い髪が見え、ひょこりと肌の白い顔を見せて鶴丸が現れ、後ろに三日月、一期一振が続いて入ってきた。
へらへら笑っていた花車の顔は一気に引き締まり、彼等三振りが入口付近で横並びに座るのを見届けると、静かに頭を下げた。
「お初にお目にかかります。わざわざご足労いただきありがとうございます。政府より、後継審神者と任ぜられた花車と申します」
先程までのふざけた態度を一変させた花車に、蛍丸はウンウンと頷き帽子をかぶり直す。
彼等が帯刀していないのに気付いた安定は、自然と力が入って鞘を握っていた手を開き、静かに膝へ置いた。
頭を下げた花車を見てから、最初に口を開いたのは三日月宗近。
「この本丸に於いて我らを呼び立てるとは中々剛毅な審神者かと思えば、まだまだひよっこの女子か」
美しいと謳われる天下五剣の一振、三日月宗近はその美しい顔を崩すことなく口元だけを上げて笑む。
三日月は楽座、鶴丸は胡座で肘を膝へつけて上体を前へ倒して気だるげにし、一期は背筋を伸ばして正座の状態で目線は畳をじっと見ていた。
「御呼び立てしたのは、私があなた方の居住空間でもある場所へ行くのは何かと憚られるものがあるかと思ってです。以前のことは、……あらましは小狐丸さんや今剣君、鯰尾君から聞きました」
鯰尾、の名前に俯いていた一期がピクリと反応した。
「…そなたの所に、今三条の二振りと粟田口の脇差がいるのだな」
「それから、その二振りとー…大和守安定はその審神者の刀か?」
確認する鶴丸に、安定は無言で頷く。花車が頭を静かに上げて遠く正面に座る三日月を見た。
「此方の大和守安定は私の初期刀です。現在私はこの本丸の北にある離れにて生活をしていまして、離れには封印されていた小狐丸さん、自ら歩いて来られた鯰尾君、今剣君。それから、北東の蔵にて鯰尾君からお願いされて顕現した骨喰君がいます。明石さんは離れにて閉じ込められているところを、蛍丸君は此方の手入れ部屋にて襲撃を受け、その後契約となりました」
存外話が通じていることに多少なりとも驚きつつ、花車は淡々と近況を報告する。
存在していることすら、もっと激昂されると思っていたからだ。
しかし何を考えているのかわからない涼しい顔のまま、三日月は花車の話を聞いている。帯刀をしていないところを見るに端から敵意を剥き出しと言うわけではなさそうではあるが。
「成る程。審神者殺しの小狐丸が大人しく従う理由はさもありなん。この本丸もそなたの涼やかな霊気に包まれていて在りし日のように正常な家屋を保っているからな…毎日掃除をしていた一期一振も気が楽になったのではないか?」
口元を青い狩衣の袖で隠しながら
「……」
しかし振られた一期は一言も発さずぎゅうっと正座の上の拳に強く力をいれて畳をじっと見たまま不動。はあ、と溜め息を溢したのは鶴丸だった。
「おい三日月。意地の悪いことをするな」
「おお、そうだったな。そなたは声が消えたのであった」
いや失敬、と眼を細ませた三日月に蛍丸が「悪趣味だよじいさん」と詰る。
「いやぁ…すまんな。して花車とやら。この本丸をどうするつもりだ? 管狐から粗方は聞いておるが、立て直すのだとか」
「俺達と再契約をして再び稼働するっつーことはこんのすけから聞いたが、全員が納得するのは難しいぜ?」
花車は一期の声がないことにショックを受けつつ、質問にはきちんと答えなければ今後に差し支えると萎れそうな心を叱咤して三日月へ向き合った。
「…、確かに私は立て直す名目で此方へ来ましたが、全ての刀剣の皆様と契約を結ぶつもりはありません。なんならしなくたってもいいと思っています。私は、……国家職員の審神者のお給料目当てに審神者に成ったものです。私が政府と結んだ契約には、【本丸を立て直し再び遡行軍と戦え。叶えば給金は通常の倍。既存の刀剣を破壊若しくは刀解した場合は特別手当ては無し】…このようなものです。つまりお金が必要な私からすれば、あなた方を誰一振とも刀解することもなければ破壊などすることもありません。契約を結ばなくても新たに私が刀剣の皆様を降ろし、その方々に遡行軍と対峙していただくこともできます。なので、結ぶ結ばないはあなた方に全て委ねます」
言い切った花車に、その場は少し静寂が流れた。
破ったのは鶴丸の笑い声だ。肩を震わせてゲラゲラ笑うと膝に肘をついたまま手で顔半分を覆い、花車を涙目で見つめる。
「こいつはいい。面白い審神者だなぁ! 前任が欲の亡者なら今回は金の亡者か! まあでもスッキリしてんのはあんたの方だ。俺は好きだぜそういうの」
「そうですか? 褒められたと認識して受けとりますね。ありがとうございます。…ただ、契約は別にいいのですが、一つだけお願いがあります」
やんわりと緩みかけていた空気が「お願い」の一言でまたピリピリと引き締まった。笑っていた鶴丸は笑顔を引っ込めて鷹のような目をして花車を見つめる。
「…私はここに来て、鯰尾君を見るまでこの本丸の実態をよくわかっていませんでした。…あんな、大怪我…惨くて酷い仕打ちは、…見ていられません。私には自己犠牲の精神なんてものはありませんが怪我を負っている者がいるのを知って無視することはできません。なので、軽傷重傷問わず、手入れをさせてほしいのです」
脳裏には初めて見た鯰尾の姿がまざまざと思い浮かべることが出来る。赤黒く腫れた瞼に血だらけの頭部、欠けた耳、刃こぼれが起きていた満身創痍の刀身は今にも消え入りそうだった。
鯰尾の話によればまだ怪我をしているものはいるし、鯰尾よりも酷い刀剣もいるとのことだった。そんなものは早々に無くさなくてはいけない。
どうか、と頭を下げた花車を見て、じっと動かずにいた三日月は静かに立ち上がる。
安定も慌てて立ち上がると花車の前へ立った。相手が刀を持っていないので安定も腰の刀には手を添えなかったが警戒するに越したことはない。
そんな風にピリピリとする安定をちらりと見てから、ここへ来て初めて三日月は緩く微笑んだ。その顔は安定にしか見えなかったが。
「そう警戒せずともなにもしない。審神者よ、ついてこい」
踵を返し、手入れ部屋を後にした三日月に慌てて花車も立ち上がり鶴丸と一期の間を抜けて追い掛ける。笑みを向けられ少しばかり呆けていた安定も、動き出した花車に釣られてカルガモの親子のように花車の背後にピタリと添い歩きだした。
三日月は後ろを確認することなくすいすいと廊下を歩き、母屋西側へ向かうとそのまま土間を通りすぎて近くにあった広くゆったりとした幅のある階段を軽い音を立てて上っていく。
キョロキョロと辺りを見渡したいのをぐっと堪えて、花車も三日月の青い背中を追い掛ける。
総檜なのだろうか、床板はピカピカと午後の光を受けて艶めいている。階段も同じ材質のようで分厚い床板は抜けることはなさそうだ。
幅広の十五段程の階段を上がりきると、三日月はまた静かに二階廊下を進み、奥へと向かう。
「…二階、障子ばっかり」
「多分、刀剣達の部屋だと思うよ。ほら、材木柱に紋札が下がってるから」
安定が指差した方向には確かに墨で描かれた紋の木札がいくつか下がっていた。
二階の間取りは階段から上がって正面は行き止まりで、そのすぐ右手に廊下が伸びている。その廊下正面階段横の部屋は紋からいけば堀川国広の部屋のようだ。
「いる気配みたいなのは感じないけど……今はそれより三日月宗近さんだよね。行こう安定君」
「うん」
歩いていた足を思わず堀川国広の部屋前で止めてしまったが、後回しにして今はあの背中を追うことにした。
まだまだ信用もなにもない段階なので、今意思に反する事をしてしまえば上手くいくものもいかなくなってしまう。仲良く食卓を囲めるまでは誠心誠意彼等の言葉に耳を傾ける事を誓った花車は、三日月宗近が立ち止まっている部屋前まで早足で近付いた。
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