無変換だと本名は千鶴(ちづる)、審神者名は花車(はなぐるま)になります。
花車
名前変換
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───卯月某日
「ではみなさーん、あーけまーすよー」
「はーい」
花車はその場にいる全員に聞こえるよう掛け声をかけてから、本来南京錠でもかけていたと思われる何も下がっていないツマミ部分を一の字にして掛金錠を開く。すると観音開きの扉の両側に立っていた小狐丸と安定は目配せをして、ゴゴンと重い音を立てて漆喰の扉を開いた。
花車の後ろでは今剣と鯰尾がどぎまぎとした表情で開かれる土蔵の中を目を見開いて見ている。
限界まで開ききった扉の裏側は渋墨塗りが施された板張りとなっていた。その奥には網格子が貼られた板引戸が嵌められていて、その前に沓抜石がある。
花車は板引戸に鍵がかかっていないことを確認してガラリと一も二もなく開けた。
入り口からしか明かりが入らず暗い中、春先にも関わらず冷たすぎる空気が足元を通りすぎる。
立ち竦む花車の脇からひょこりと今剣が顔を出した。
「まっくらですね。ぼくがあかりをいれるので あるじさま ひをかしてください」
「ありがと~助かるよぉ。じゃあこれマッチね、擦ったら火が点くからあのぶら下がってる…いや多分あれ電灯かな」
よく目を凝らそうとすれば、鯰尾が「暗いときはあそこの灯りを回してました!」と言うのでマッチはポシェットにしまった。
今剣が花車の手を引き転んだりぶつかったりしないよう誘導して電灯の下へ行き、花車が今剣を抱き上げると今剣が電灯の傘の上にあるつまみを捻る。
ジジ、ポッと独特の音を立てて柔らかな橙色が広がった。
蔵内が明るくなり、漸く安定と小狐丸が入ってきて中を物色する。
「此処には政府から送られてきて使いきれなかった分の小判や物資が置いてありました。刀は二階です」
鯰尾が呟くように言えば安定が「勿体無い使い方」と毒づく。
確かにこの広さであれば収穫したアレコレなどを入れて冬を越すことも可能だし、花車の考え通り米蔵として使用できる。鼠が入りそうな箇所はなく、通気孔や窓は鼠の体格より細かな金網が貼られているので万全なのだ。
隅にある木製の単純な作りの階段を上がれば、光が届かないために一階より薄暗い。
安定が窓の板を外せば午前中の眩しい光が薄暗さを消した。
ぐるりと見渡せば不自然に枯草が積まれた所があり、花車がそれを掻き分けて奥を見ればゴロゴロと無造作に刀が転がっていた。
「これ? 随分と…」
「喚ばれない限り意識という意識はないから多少乱雑でも平気だよ。あ、僕もある」
安定は少しだけ嬉しそうに自分を握ると他には、と目配せをする。
二階へ上がってきた鯰尾に骨喰はどれかと花車が訊ねればにべもなく壁際で乾し草にうっすらと覆われて転がっていた一振りを掴み持ってきた。
「これです! お願い主!」
「うんうん任せて~。……? …はっ! 私初顕現では!! き、気合い入っちゃうぜ~……おぉし、お出でませ!」
「何そのキャラ」
安定の突っ込みは無視をして、花車が渡された脇差を両手で掲げて力を込めれば刀に薄氷色が覆う。
階段から今剣が顔を出していたが顕現の光を見て小狐丸のいる一階へ戻っていった。
顕現の光が二階一体に広がり、花車が持っていた脇差が消えると同時に一人と二振りの前に鯰尾と同じ大きさの光の粒子が顕れ、パンと高い音がしたと思えば綺麗な銀髪を微かに揺らして骨喰藤四郎が顕現した。
「骨喰藤四郎。すまない、記憶が……鯰尾?」
「…骨喰…っ骨喰!!!」
契約の口上を述べきる前に、鯰尾が飛び出した。
転がるように突っ込んだ鯰尾と共に骨喰は縺れて倒れ、目を白黒させながら花車を見上げる。
状況を説明してほしい、そう眼差しで訴えられ花車が人差し指で頬を掻きながら「んーと」とヘラリと笑う。
「審神者の花車です。えーと、骨喰君はめっっちゃくちゃ望まれて顕現した…って感じかなぁ。ここ、わりと特殊なんだよね」
「特殊…? 鯰尾はどうして泣いているんだ」
「ないてない…! あー嬉しい! 骨喰がちゃんといる…凄い。綺麗、怪我がない、骨喰だ…」
転がったまま離れない鯰尾の肩を押しつつ骨喰がよろけながらも立てば、安定が小さく会釈をして挨拶をした。
それから感極まった状態のまま鯰尾が骨喰の腕に絡み付いたまま下の階に誘導し、小狐丸と今剣にも挨拶をすると骨喰は漸くここが土蔵の中だと言うことに気付いたらしく、銀に縁取られた大きな目で訝しげに鯰尾を見る。
涙目のままではあったが鯰尾はやっと骨喰から離れて「ちょっと色々嫌なことがあって骨喰とは久し振りに会うんだ。主も引き継ぎ」と簡単に告げる。
「…そうか…あんたは前の審神者を知っているのか?」
「んーん、知らないよ。何があったかは聞いたけど、その人は知らない。何であんなことしたのか聞いてみたいけど、もういないしね~」
「まだ主はこの本丸の全振りとは契約してないんだけど、この場にいる僕達はみんな、主の刀。僕は主の初期刀だからこの本丸のことはよくわからないけど、気になるなら今後鯰尾とかに聞いたらいいんじゃない?」
安定は暗に「主に詳細は聞くな」と伝えたが、骨喰はそれをきちんと読み取ったのかパチリと目を一瞬丸くしてから黙った。
それから花車の方に体を向けて小さく頭を下げる。
「…改めて、これから宜しく頼む」
「はぁい。それよりお腹はすかない? 顕現したばかりってどんな感じなのかなぁ」
「…腹?」
「そうそ~。うちはねぇ、満腹こそ幸福を信条に掲げる本丸だからね~、みんなで美味しいご飯を食べることに重きを置いております!」
えっへん、と花車が腰に手を当てて胸を反らす。
その場にいた骨喰を除く全員が「え、そんな信条あったの?」「しりませんでしたね」「事あるごとに腹具合を確かめてはきましたが」「確かに。すぐお腹すいてない? って聞いてきますよね主は」とざわつく。
ざわめきを無視して「あ、それから」と花車が手を打ち、鯰尾へ疑問を口にした。
「なんであんな感じになってたの? まるで隠してるみたいな」
「その通りで、隠していたんです。蔵に普通に置いていて万が一見つかれば折られるか顕現して欠片になるまで戦場へ引きずり回されますから…それは、嫌なので」
藁の中に埋もれる刀達はあと何振りあるのか。さっさと顕現させるべきなのは理解できるがそれをするには今現在本丸に存在している刀剣達に意を聞かないといけない。
花車は自分一人で意思決定が出来ないことを歯痒く思いながらも、先程訊ねられてから熟考していた骨喰が「そう言えば腹の具合は可笑しい。これが空腹ということであればそうなるのだろうか」と言うので土蔵をさっさと出ることに決めた。
一階をウロウロしていた小狐丸と今剣に何か忘れ物はないか聞くと特にないと首を振る。
「初めて入りましたが、立派な造りの割に何とも寂しい中ですね…。ぬしさま、此処に何か運び込むことは致しますか?」
「んー本来は米蔵だろうから、お米がいいけど…田圃作るか考えたんだけどさー、でも何振りいるかわからない大所帯の本丸の米を賄えるほどの田圃とか何面いるのよ…畑で手一杯になるから米はスケゾンに頼むし、此処には冬に持ち越せそうな野菜とかかなぁ。あと、二階の刀は追々移動させるから、二階には鍛冶場に入りきらない資材を置くよ」
「じゃあさ、僕だけでも持っていこうよ。いずれしなきゃいけないんだから。僕を重ねること」
安定は足取り軽く再び二階に戻り、大和守安定を選別しにいく。
その背中を見送りつつ花車は骨喰へ食べてみたいものを訊ね、顕現したばかりの骨喰はなんでもいいと素っ気なく返す。
横から鯰尾が「酒! 酒飲みましょう! 昨日言いましたもんね?!」と嬉々として叫んだ。
「そっか、お酒だー。じゃあ骨喰君顕現と、みんなとの出会いも此処等で祝して今日はパーティーにしよ! お祝い!」
「やったー! ぱーてぃー! ってなんです?」
「え、お祝いの…宴! 宴だよ!」
「ぬしさま、なれば私は手伝いがしてみたいのですが。ぬしさまも人数が増えて大変でしょうから」
「わ、助かる!」
安定が二階から大和守安定を抱えて降りてくると、近くにいた今剣に「宴するの?」と聞けば今剣は頷き、「だからはやくかえりましょう」と安定の背を押して漆喰の扉へ向かわせる。
それに続きながら花車達がパーティーに出す食事は何を作るかとわいわい騒ぎながら土蔵の外へ出る。
全員が出たあと、安定が板引戸を閉めようとしたその手を花車はそっと止めた。
「このままでいーよ。作物があるわけでもないし二階にはまだ何振りか寝てるから風を通しとこ」
安定は一瞬目を丸くしたが、じわじわと口元に笑みを浮かべると柔らかく笑った。
「…うん、そうだね。それがいいよ」
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