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花車
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──卯月某日
花車と安定と、小狐丸の三人で朝食を囲む。
あれから蛍丸に付きっきりなのか、明石は離れに戻ってくることはなかった。
花車はさして気にせず「何かあれば来るでしょ~」と放っておいたが、夜に政府から戻っていたこんのすけはそわそわと気にして結局母屋へ様子を見に行ったようで朝から見掛けない。
昨夜の夕飯時に油揚げ入りの味噌汁を出したところ、小狐丸が口に入れた瞬間目を輝かせたため今朝の食卓にははんぺんの油揚げ包みが並んだ。安定は浅漬けの胡瓜をお気に召したようでそればかりを好んで食べる。然り気無く花車が安定の皿へ雑魚入りの卵焼きを乗せた。
最後の白米を一口食べ終えた花車は食器を片付けて湯釜からお湯を掬い茶葉を入れてあった土瓶へ流し入れて再び黒樫の机へ戻る。
その間に二振りも食べ終えて花車と同じく洗い場へ食器を片付ける。
「あ、つけといてくださーい。後で纏めてあらーう。それよりお茶飲む人~?」
「僕は冷たいの飲む」
安定は返事を返しながら冷蔵庫へ向かい冷えた麦茶の入ったティーボトルを取り出す。
小狐丸が小さく手を上げて飲むアピールをすれば、花車は鷹揚に頷いて机の上に伏せて置いてあった湯飲み2つを上へ向けてお茶を淹れる。
席に戻った小狐丸は自分の前に置かれた湯気の立つお茶をじっと見たあと、静かに手に取って飲み始める。
花車に五色の封印を解かれ顕現をしてから小狐丸はこうやって普通に飲み食いをするようになった。好みも苦手も覚えてきた。
小狐丸は決して「これが好きです」「これは好みません」などとは言わないが、少しの顔の機微や箸進みで花車が好物を把握していく。
自分を鎮める為とは言え半ば無理矢理霊力を流し込んで来たあれ以来、その言葉通り花車は何も深い干渉はしてこない。
付かず離れず、適度な距離をとりつつ世話をする。それがなんだか妙に胸をむず痒くさせ、前の人間はこうではなかったと眠る前に毎夜思案していた。
安定が小狐丸に言った通り、人間は個々各々で性格も何もかもが違うのであり一概に枠に当て嵌めて考えるのは早計なのやも知れぬなどと、少しだけ花車へ対しての考えを柔らかくしつつある小狐丸は、ちらりと対面に座る花車を見る。
花車はそんなことを考えられているとも知らずにノートを取り出してボールペンで畑へ植え付けるものを書き出している。
卯月と書いた下に大根から書き出し、アスパラ、ほうれん草、カボチャと続く。別の頁に丸で囲まれた壬生菜の文字があり、その横に夏終わり頃の文字が荒く書き込まれている。
「小狐丸さんは、なにか食べてみたいものあります?」
ノートから顔は上げず、花車は小狐丸に訊ねる。
湯飲みから手を離し、小狐丸は少し考える。
この数日で食べたほうれん草、人参、大根、キャベツなど野菜を思い浮かべるがそこまで執着できる味はなかった。強いて言えば。
「…揚げ…」
「え?」
「油揚げ? 野菜じゃないでしょ」
グラスに入れた麦茶を持った安定が小狐丸の言葉を掬いとる。
ボールペンで顎をテシテシ叩きながら花車は「んー」と唸ったあと「あっ」とペンを持った手を上げた。花車の横に座ってお茶を飲んでいた安定は少しだけ体を傾けてその手を避ける。
「大豆だよ。油揚げは豆腐から出来るんだけど、その豆腐は大豆から出来てるの。つまり大豆を作れば油揚げ用の豆腐を作ることができて、それを揚げれば油揚げが出来るよ」
「へぇー。主は物識りだね。じゃあ油揚げの元の元になる大豆を作ればいいんだね」
「うへへ、大学に農学科があってそこで色々教えてもらったのよね~。家で油揚げ作るの難しいけど、そんなの慣れだし。…小狐丸さん、大豆でいいですか?」
花車はノートへ大豆の文字を書いてニコニコと小狐丸へ笑顔を見せる。
目の前でポンポンと弾む会話に内心で目を瞬きながらも外面は無表情の面を張り付けたまま「元の元…」と呟く。
「でも大豆は確か梅雨前、暖かくなってから蒔いていたと思うんですよね~…だから今すぐはちょっと無理ですけど…暖かくなったらすぐ蒔きましょ」
「…ええ、はい」
「主、壬生菜もそれくらい? もっと先?」
「壬生菜は秋前に種蒔きかなぁ…冬から春にかけての収穫で一番美味しいからね~。ビニールハウスとか作っちゃえば季節関係なく色々出来るんだけどそれだと旬感がないし」
忙しくなくノートに書き込む花車と、それを横で見守りながら軽い会話を交わす安定。
少し冷めたお茶を飲み込み、小狐丸は以前の主を思い出す。恐怖政治とまでは行かないまでもこのように軽口を交わせる人間ではなかった。
否、語弊がある。軽口のようなものを交わせる刀剣がいるにはいたが、それは三日月宗近を筆頭に極僅かだった。しかしそれも花車達のようにお互い気を許した会話ではなく、機嫌を伺うような、これ以上なにもされないようにと保身からくる愛想での会話だった。
小狐丸もその内の一振りではあったが、“会話”とはこんなにも楽に交わすものであったのかと瞠目する。
「一先ずは、このリストに書き出したもの蒔くよ~。野菜の収穫が確実にできるまではお米と一緒にスケゾンに頼むとして…卵もほしいから鶏飼えないかこんちゃんが帰ってきたら聞いてみよ」
「軍鶏?」
「なんで??」
「沖田君達新撰組がよく角屋で軍鶏鍋食べてたから」
「捌かないし絞めないよ…やだよ…卵って言ったじゃん…肉加工はスケゾンに頼むよぉ…」
「なんだ、そっか」
安定の妙な食いつきに若干引きながら花車はべそべそと返事を返し、ノートに卵を書く。
小狐丸は花車の手元の湯飲みに残る茶が少なくなっているのに気付き、目をうろうろとさ迷わせてから、恐る恐る手を伸ばして土瓶の上手を握ると爆発でもするのかと見まごう程の手つきで花車の湯飲みへ追加の茶を注いだ。
それに対して目を輝かせて喜びを表しつつも大きくはしゃがず花車は「ありがとう」と呟くに止めた。
「花車様ーー!!!」
ほんわりとした空気の中に突然玄関の引き戸が開かれたと思えば叫びながら毛玉が飛び込んできた。
それは朝から母屋へ明石の様子を見に出掛けていたこんのすけで、その面妖な顔は忙しない。
ボールペンを持ったまま手を上げて「こんちゃんおかえり~聞きたいことがあるの~」と返す花車に、こんのすけは毛を逆立ててケンケン喚きながら花車の前に飛び込んだ。
「何を呑気な! そんなことより花車様! 花車様にお話があるとのことで表にて鯰尾藤四郎様と今剣様がお待ちでございます!」
「え」
持っていたボールペンを落として固まった花車だったが、それでもすぐに椅子を倒す勢いで立ち上がると沓抜石に常時置いた状態にしてあるサンダルスリッパを履いて、こんのすけが入ってきた状態の少しだけ開いた引き戸を勢いよく開けた。
「っ、ぁ」
離れの玄関アプローチには花車を見て目を見開く鯰尾と、その後ろに少しだけ隠れるようにして窺い見る今剣が立っていた。
その姿は重傷そのもので鯰尾は大事そうに本体である脇差を抱き締めている。今剣は怪我はしているものの鯰尾よりは軽傷の部類で、赤い目には多少の戸惑いが浮かんではいるが鯰尾よりもしっかりと花車を見上げていた。
「あ、わぁ…ようこそ…? あ、えっと初めまして、後任の花車です」
しどろもどろになりつつ自己紹介をした花車の後ろから、安定が珍しく警戒もなにもせずにのんびりと歩いて近付くと玄関に仁王立ち状態の花車を押して通れるスペースを作る。
「はいはい、こんなとこで立ち話は可哀想でしょ。中で話せば?」
「そうじゃんね! ごめんなさい気付かなくて。えーと、どうぞ~…歩けますか?」
安定と花車が横にずれて二振りが通れるようにすると、おずおずと足を摺り足ぎみに動かして土間へ入った。
二振りが中へ入ると引き戸を閉めて花車が先に上がり框へ向かう。
今剣はキョロキョロと室内を見渡し、羽釜が嵌められた竈や水桶に浸けられた食器などを見てから框の板間にある黒樫のダイニングテーブルに座す小狐丸を見ると目を見開いた。驚かれた小狐丸本人は何も気にせず湯飲みから茶を飲み続けている。
「えっと、どうぞどうぞ。お茶飲みます? 冷たいのがいいですか?」
椅子を引きながら花車が鯰尾達に話し掛けるが、鯰尾は本体をぎゅっと抱き締めたまま大きな目を伏せて返事をしない。
その右目は大きく腫れ、赤黒く腫れた瞼が眼球を覆ってしまっていて視界は悪そうだ。艶やかであった筈の黒髪も頭部からの出血で肌へ張り付き、所々乾いた血がペリペリと剥げ落ちては毛先に赤い破片が絡み付く。左耳は耳介部分が削げて失くなり辛うじて耳朶の残りがフェイスラインの始まりにちまりと残っている。
抱えられた本体は鯰尾の凄惨な体を表すように刃こぼれが起こっており、鞘に戻すのも恐ろしいらしく刀身が剥き出しのまま鯰尾の小刻みに震える腕に収まっていた。
対して一緒に来ていた今剣は多少の擦り傷はあるものの比較的外傷と言う外傷は見受けられない。
花車は椅子から手を離し、板間から土間へ降りてゆっくり鯰尾へ近付き、視線を合わせる。身長は殆ど同じくらいの鯰尾に、掌を上に向けた状態で両手を伸ばしそっと指先で腕を触る。
びくりと身を固くして多少の身動ぎをした鯰尾だったが、逃げ出すこともなくまだしっかりと開く左目で花車を見つめ返す。
「先に、治しましょう。ね、痛かったですよね」
この二振りが離れへ自ら来た理由はまだ解らないが、きっと治療、手入れが必要で来たのではないか。彼ら自らの意思なのか、それとも斥候として送られたのかは定かではないが、花車は自分より若く見える少年の姿の鯰尾が血みどろのままなのは耐え難かった。
返事はなかった。
しかし小さく小さく頷いた鯰尾に笑みをこぼしそっとそのまま腕を掌で触ると「治れ治れ」と祈りながら力を込めて鯰尾へ流し入れる。
笑った顔はぎこちなくなかっただろうか、悲しみでひきつりそうだったが隠せていただろうかと思いながら花車は治癒を続ける。手入れ部屋は直っているのでそちらで直すほうが綺麗だし不備もないだろうが、速さは直接流し込んだほうが早い。
毛先が浮いて血の破片がひらひらと空中に消えていくのに合わせて欠けた刃がじわじわと修復され新しい鋼が顕れて鯰尾藤四郎の綺麗な曲線と反りを象っていく。
今剣は鯰尾が治されていく過程をじっと見つめ、切っ先までピンと綺麗に修復され、欠けて消えていた左耳が綺麗に外耳を象るのをしっかりと赤い目で見つめる。
最後に瞼の腫れや擦り傷を治して鯰尾を覆っていた薄氷の光は消えた。
「よーし、直った治った。大丈夫ですか? 違和感あるとこあります?? 初めてこんな重傷者治したから不安だなぁ…」
鯰尾からそっと手を離して腰を反らした花車に、大人しく見ていた安定が「お疲れ」と声をかける。いつの間にか黒樫のダイニングテーブルへ座って麦茶を飲んでいた。
光が消えた鯰尾は暫く呆けていたが、恐る恐る本体を見て綺麗になったのを確認するとボロボロと涙を落とす。
「……っり、がと…ありがとう…!」
とうとう膝を折って冷たい三和土へくずおれて泣く鯰尾に、花車はポンポンと頭を撫でて抜き身の刀をそっと腕から離させて腰の鞘へ戻した。
それから静かにしっかりと鯰尾を抱き締める。抵抗がないのを確認すると徐々に力を込めてぎゅうぎゅうする。
「ここまでよく来てくれました。痛かったですよね、頑張りました。沢山泣いたらお茶でも飲みましょう」
鯰尾は呻き声のような叫び声のような声をあげ、それがか細い啜り泣きに変わるまで花車の胸の中でわんわんと泣き続けた。
大人しくなった鯰尾を覗き見ると目尻を赤くし頬も顎もテラテラと濡らしたままで眠っていた。
「…ねむってますね」
花車の真横で今剣がぼそりと呟けば、椅子を鳴らして小狐丸が立ち上がり土間へ降りる。そして三和土に座り込んだ状態で花車へ寄り掛かって眠る鯰尾を抱え上げて板間へ戻っていく。
その様子を見た安定が何も言わずに自分達が眠っている一の間への障子を開けて、隅に畳んで積み上げている布団を敷くと、また何も言わずに机へ戻る。
小狐丸は鯰尾を抱えたまま器用に履き物を脱ぐとスタスタと安定が敷いた布団へ向かい、それは丁寧に鯰尾を寝かした。こんのすけが眠る鯰尾へタオルケットを咥えて引っ張り出し、それを胸の辺りまでかけ終わるとじっと枕元で顔を眺めるように座る。
花車も小狐丸が鯰尾を抱えたときに立ち上がり、今度は隣に立つ今剣へ手を差し出す。
差し出された今剣は驚くこともせずにじっと見たあと素直に手を重ねた。軽傷も軽傷だったのでその手繋ぎだけで一瞬にして今剣の細かい傷は綺麗に消えた。
「んー? 今剣さんは、鯰尾さんとちょっと雰囲気というか、なんか違いますね?」
「そうですね。ぼくは そんなにひどいしうちを うけていなかったので」
今剣は繋がれた手を離すと、ダイニングテーブルへ走って行き小狐丸の飲んでいた茶に手を伸ばすと止める間もなくぐいと一気に飲み干した。
湯飲みを机に置いたタイミングで小狐丸がごつりと今剣の頭に軽い拳骨を落とす。
「断りを入れてください」
「小狐丸、おいしそうだったのでもらいましたよ」
「遅いです」
呆れた小狐丸にさして悪く思っていない飄々とした今剣を見て、安定は「なんだ、案外大丈夫そうじゃん」と呟いた。
花車はヘラヘラと顔を緩めながら板間へ上がり、今剣の分の湯飲みを食器棚から取り出し、机へ並べると飲み干された小狐丸の分も含めて茶を淹れる。
席についた小狐丸の前に淹れ直した茶を置き、その隣の席に今剣分の小さな湯飲みを置くと自分もやっと席へついた。大人しく小狐丸の隣に座って自分の茶を飲み始める今剣。
安定も自分の麦茶を一口飲み喉を潤すと頬杖をついて三条の二振りを眺める。
「いまのとこ、ここの元々の刀五振りに会ったけどなぁんか統一感というかそういうのないよね」
「それはあたりまえです。みんな あつかわれかたが ちがったので」
「扱われ方? ん~…前の人のことあんまちゃんと聞いてないからアレだけど…珍しい刀が好きだったのかな…比較的顕現しやすい鯰尾さんが初めての重傷者だったからピンと来た感じだけど」
閉じ込められていたとはいえ明石も顕現しにくく、他の蛍丸は勿論小狐丸、今剣も顕現率が低く珍しい。その四振りが無傷または軽傷となっていて顕現しやすい鯰尾が重傷だったのはつまりそういうことなのだろうと花車は推測する。
小狐丸が淹れ直された茶を舐めるように小さく飲み、ふうと息を大きく吐き出して正面に座る花車を見た。
赤く鋭い目で見詰められた花車は前任の事を考えていたままの険しい顔で視線を絡める。
「…大きいけれど小狐丸。相槌を打ったのが狐故、小狐丸と申します」
険しい顔はきょとりと呆けて、それからみるみると目を見開いて破顔した。
「このタイミングで?」
「いいんだよぉ安定君! 口上契約は意思が大事だもん、わ~! ありがとう!」
「なんだ やっぱりまだ だったんですね。…ぼくは 今剣。よしつねこうの まもりがたなだったんですよ」
立て続けに今剣も顕現口上を述べれば花車はふにゃふにゃとほどけるような顔になる。
両頬を両手で支えるようにしてゆるゆるの口許を隠さずに花車は「花車です~宜しくです~ひぇ~!」と嬉しさが隠しきれない顔で自分も審神者名を名乗る。
鯰尾の枕元にいたこんのすけが敷居から顔を出して「三条の刀剣二振りも! おめでとうございまする!」と可愛らしい声で叫んだが、すぐに安定に「しいー!」と諌められた。
「…これでもう、私はぬしさまの刀です。…契約一つのことだと言うのに、こうも胸が涼やかになるものなのですね。ぬしさまの霊力が色同様涼やかであるからでしょうか」
「契約した途端誉め殺しです!? わぁーん小狐丸さんそりゃないよ~私心が死にそう…」
「たしかに まえのひとより あるじさまのほうが せいりょうかんが ありますね。まえのひとは どろりとしていました」
「どろりって。え、なに…怖い表現」
両手は頬に当てたまま、ぎゅ、と下にやると口角も同じように下がって花車の顔が歪む。
安定はその顔を見て眉をひそめるが何も突っ込むことはなく、小狐丸に視線をやって「そろそろ何があったか教えてよ」と頬杖のままで口を尖らせた。
「…いいでしょう。私は前の審神者に好かれていた刀の一振りです。前の審神者は私や他の古刀をレア刀と呼び可愛がり、顕現しやすい刀を使い捨てにしました」
「アレはずいぶん ゆがんでいましたよ。ここをじぶんの す だとおもっていたのか わらはの すがたのものは ことごとく きらっているようでしたし」
「わらはって?」
花車は難しい顔をして質問をすると小狐丸が僅かに笑う。
「子供の事ですぬしさま」
「成る程。え…じゃあ主に短刀は嫌われていたってこと? 昨日の夜に刀帳は確認したんだけど、ここ短刀と脇差は今政府が実装させている刀剣全て顕現させてあったけど」
夜のうちにこんのすけによってタブレットを渡されて政府への報告を昨夜からしていた花車は、そこでついでに刀帳確認もしていた。
自分が鍛刀したとしてもなるべく被らない方が良いし、もし被ったとしても顕現さえさせなければ刀の姿のまま連結をさせることができるからであった。
心苦しくならないため、その為の確認だったが、この本丸の刀帳は既に大半が記入されていた。
短刀や脇差は実装分きちんと顕現されていたし、打刀も比較的揃っている。他刀種も流石と言うべきか三日月宗近から鶯丸、岩融、巴形、膝丸と記載があった。
花車からすれば、狂う必要性もない立派な本丸にしか見えなかったが、前任・月下香には何があったと言うのだろうか。
「顕現させるだけさせて使い捨てです。私は短刀始め入手が楽なモノ達を四日と見た覚えがありません」
「ていれをするより つぎをけんげんさせたほうが いいとはんだんされた ものは こわれるまで つかわれました。それでも いやだとか ていれをしてほしいとか つたえると きょうだいがたな がこわされます」
「確か、明石国行は顕現をしてからすぐに、愛染国俊への手入れや無茶な出陣を審神者に咎めて此処へ閉じ込められていたはずです。その明石国行を出してくれと縋った愛染国俊は蛍丸によって折られていましたが」
「待って、想像以上に下劣すぎて吐きそうなにその審神者ほんとに人間? もしや人間ではなかった…? ゴミクズ…?」
「わかる。本当クズだねそいつ。てことは僕もいたのかな、その使い捨て側に。わりと僕は顕現しやすいって本霊から聞いたことがあるし」
安定は麦茶をずるずると音を立てて飲み干した。その目は忌々しげでもあり、硝子玉のような目でもあった。
手入れ部屋で蛍丸の襲撃があったとき、確かに蛍丸は「何度も国俊を折った」と言っていたがそんな理由があったとは知らなかった。審神者に縋る愛染国俊を折るのは審神者の命令であったにせよ決してしたくはなかったはず。
強固な言霊で縛られていたのかと花車は政府への報告書に認める内容を頭に構築していく。
審神者が殺されたことと無茶な出陣等があったと言うこと以外この本丸で何があったのかは政府は把握していない。それは刀剣達が口をつぐむ上に話す姿勢も持たないからであった。
その内容を解き明かすことも同意書には記載があった。
胸糞悪い話しなど聞きたくはないが、それをしなければ給金は支払われない。
対価のために花車は仕方がなく歯噛みする思いで小狐丸達の話を聞き続けた。
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花車と安定と、小狐丸の三人で朝食を囲む。
あれから蛍丸に付きっきりなのか、明石は離れに戻ってくることはなかった。
花車はさして気にせず「何かあれば来るでしょ~」と放っておいたが、夜に政府から戻っていたこんのすけはそわそわと気にして結局母屋へ様子を見に行ったようで朝から見掛けない。
昨夜の夕飯時に油揚げ入りの味噌汁を出したところ、小狐丸が口に入れた瞬間目を輝かせたため今朝の食卓にははんぺんの油揚げ包みが並んだ。安定は浅漬けの胡瓜をお気に召したようでそればかりを好んで食べる。然り気無く花車が安定の皿へ雑魚入りの卵焼きを乗せた。
最後の白米を一口食べ終えた花車は食器を片付けて湯釜からお湯を掬い茶葉を入れてあった土瓶へ流し入れて再び黒樫の机へ戻る。
その間に二振りも食べ終えて花車と同じく洗い場へ食器を片付ける。
「あ、つけといてくださーい。後で纏めてあらーう。それよりお茶飲む人~?」
「僕は冷たいの飲む」
安定は返事を返しながら冷蔵庫へ向かい冷えた麦茶の入ったティーボトルを取り出す。
小狐丸が小さく手を上げて飲むアピールをすれば、花車は鷹揚に頷いて机の上に伏せて置いてあった湯飲み2つを上へ向けてお茶を淹れる。
席に戻った小狐丸は自分の前に置かれた湯気の立つお茶をじっと見たあと、静かに手に取って飲み始める。
花車に五色の封印を解かれ顕現をしてから小狐丸はこうやって普通に飲み食いをするようになった。好みも苦手も覚えてきた。
小狐丸は決して「これが好きです」「これは好みません」などとは言わないが、少しの顔の機微や箸進みで花車が好物を把握していく。
自分を鎮める為とは言え半ば無理矢理霊力を流し込んで来たあれ以来、その言葉通り花車は何も深い干渉はしてこない。
付かず離れず、適度な距離をとりつつ世話をする。それがなんだか妙に胸をむず痒くさせ、前の人間はこうではなかったと眠る前に毎夜思案していた。
安定が小狐丸に言った通り、人間は個々各々で性格も何もかもが違うのであり一概に枠に当て嵌めて考えるのは早計なのやも知れぬなどと、少しだけ花車へ対しての考えを柔らかくしつつある小狐丸は、ちらりと対面に座る花車を見る。
花車はそんなことを考えられているとも知らずにノートを取り出してボールペンで畑へ植え付けるものを書き出している。
卯月と書いた下に大根から書き出し、アスパラ、ほうれん草、カボチャと続く。別の頁に丸で囲まれた壬生菜の文字があり、その横に夏終わり頃の文字が荒く書き込まれている。
「小狐丸さんは、なにか食べてみたいものあります?」
ノートから顔は上げず、花車は小狐丸に訊ねる。
湯飲みから手を離し、小狐丸は少し考える。
この数日で食べたほうれん草、人参、大根、キャベツなど野菜を思い浮かべるがそこまで執着できる味はなかった。強いて言えば。
「…揚げ…」
「え?」
「油揚げ? 野菜じゃないでしょ」
グラスに入れた麦茶を持った安定が小狐丸の言葉を掬いとる。
ボールペンで顎をテシテシ叩きながら花車は「んー」と唸ったあと「あっ」とペンを持った手を上げた。花車の横に座ってお茶を飲んでいた安定は少しだけ体を傾けてその手を避ける。
「大豆だよ。油揚げは豆腐から出来るんだけど、その豆腐は大豆から出来てるの。つまり大豆を作れば油揚げ用の豆腐を作ることができて、それを揚げれば油揚げが出来るよ」
「へぇー。主は物識りだね。じゃあ油揚げの元の元になる大豆を作ればいいんだね」
「うへへ、大学に農学科があってそこで色々教えてもらったのよね~。家で油揚げ作るの難しいけど、そんなの慣れだし。…小狐丸さん、大豆でいいですか?」
花車はノートへ大豆の文字を書いてニコニコと小狐丸へ笑顔を見せる。
目の前でポンポンと弾む会話に内心で目を瞬きながらも外面は無表情の面を張り付けたまま「元の元…」と呟く。
「でも大豆は確か梅雨前、暖かくなってから蒔いていたと思うんですよね~…だから今すぐはちょっと無理ですけど…暖かくなったらすぐ蒔きましょ」
「…ええ、はい」
「主、壬生菜もそれくらい? もっと先?」
「壬生菜は秋前に種蒔きかなぁ…冬から春にかけての収穫で一番美味しいからね~。ビニールハウスとか作っちゃえば季節関係なく色々出来るんだけどそれだと旬感がないし」
忙しくなくノートに書き込む花車と、それを横で見守りながら軽い会話を交わす安定。
少し冷めたお茶を飲み込み、小狐丸は以前の主を思い出す。恐怖政治とまでは行かないまでもこのように軽口を交わせる人間ではなかった。
否、語弊がある。軽口のようなものを交わせる刀剣がいるにはいたが、それは三日月宗近を筆頭に極僅かだった。しかしそれも花車達のようにお互い気を許した会話ではなく、機嫌を伺うような、これ以上なにもされないようにと保身からくる愛想での会話だった。
小狐丸もその内の一振りではあったが、“会話”とはこんなにも楽に交わすものであったのかと瞠目する。
「一先ずは、このリストに書き出したもの蒔くよ~。野菜の収穫が確実にできるまではお米と一緒にスケゾンに頼むとして…卵もほしいから鶏飼えないかこんちゃんが帰ってきたら聞いてみよ」
「軍鶏?」
「なんで??」
「沖田君達新撰組がよく角屋で軍鶏鍋食べてたから」
「捌かないし絞めないよ…やだよ…卵って言ったじゃん…肉加工はスケゾンに頼むよぉ…」
「なんだ、そっか」
安定の妙な食いつきに若干引きながら花車はべそべそと返事を返し、ノートに卵を書く。
小狐丸は花車の手元の湯飲みに残る茶が少なくなっているのに気付き、目をうろうろとさ迷わせてから、恐る恐る手を伸ばして土瓶の上手を握ると爆発でもするのかと見まごう程の手つきで花車の湯飲みへ追加の茶を注いだ。
それに対して目を輝かせて喜びを表しつつも大きくはしゃがず花車は「ありがとう」と呟くに止めた。
「花車様ーー!!!」
ほんわりとした空気の中に突然玄関の引き戸が開かれたと思えば叫びながら毛玉が飛び込んできた。
それは朝から母屋へ明石の様子を見に出掛けていたこんのすけで、その面妖な顔は忙しない。
ボールペンを持ったまま手を上げて「こんちゃんおかえり~聞きたいことがあるの~」と返す花車に、こんのすけは毛を逆立ててケンケン喚きながら花車の前に飛び込んだ。
「何を呑気な! そんなことより花車様! 花車様にお話があるとのことで表にて鯰尾藤四郎様と今剣様がお待ちでございます!」
「え」
持っていたボールペンを落として固まった花車だったが、それでもすぐに椅子を倒す勢いで立ち上がると沓抜石に常時置いた状態にしてあるサンダルスリッパを履いて、こんのすけが入ってきた状態の少しだけ開いた引き戸を勢いよく開けた。
「っ、ぁ」
離れの玄関アプローチには花車を見て目を見開く鯰尾と、その後ろに少しだけ隠れるようにして窺い見る今剣が立っていた。
その姿は重傷そのもので鯰尾は大事そうに本体である脇差を抱き締めている。今剣は怪我はしているものの鯰尾よりは軽傷の部類で、赤い目には多少の戸惑いが浮かんではいるが鯰尾よりもしっかりと花車を見上げていた。
「あ、わぁ…ようこそ…? あ、えっと初めまして、後任の花車です」
しどろもどろになりつつ自己紹介をした花車の後ろから、安定が珍しく警戒もなにもせずにのんびりと歩いて近付くと玄関に仁王立ち状態の花車を押して通れるスペースを作る。
「はいはい、こんなとこで立ち話は可哀想でしょ。中で話せば?」
「そうじゃんね! ごめんなさい気付かなくて。えーと、どうぞ~…歩けますか?」
安定と花車が横にずれて二振りが通れるようにすると、おずおずと足を摺り足ぎみに動かして土間へ入った。
二振りが中へ入ると引き戸を閉めて花車が先に上がり框へ向かう。
今剣はキョロキョロと室内を見渡し、羽釜が嵌められた竈や水桶に浸けられた食器などを見てから框の板間にある黒樫のダイニングテーブルに座す小狐丸を見ると目を見開いた。驚かれた小狐丸本人は何も気にせず湯飲みから茶を飲み続けている。
「えっと、どうぞどうぞ。お茶飲みます? 冷たいのがいいですか?」
椅子を引きながら花車が鯰尾達に話し掛けるが、鯰尾は本体をぎゅっと抱き締めたまま大きな目を伏せて返事をしない。
その右目は大きく腫れ、赤黒く腫れた瞼が眼球を覆ってしまっていて視界は悪そうだ。艶やかであった筈の黒髪も頭部からの出血で肌へ張り付き、所々乾いた血がペリペリと剥げ落ちては毛先に赤い破片が絡み付く。左耳は耳介部分が削げて失くなり辛うじて耳朶の残りがフェイスラインの始まりにちまりと残っている。
抱えられた本体は鯰尾の凄惨な体を表すように刃こぼれが起こっており、鞘に戻すのも恐ろしいらしく刀身が剥き出しのまま鯰尾の小刻みに震える腕に収まっていた。
対して一緒に来ていた今剣は多少の擦り傷はあるものの比較的外傷と言う外傷は見受けられない。
花車は椅子から手を離し、板間から土間へ降りてゆっくり鯰尾へ近付き、視線を合わせる。身長は殆ど同じくらいの鯰尾に、掌を上に向けた状態で両手を伸ばしそっと指先で腕を触る。
びくりと身を固くして多少の身動ぎをした鯰尾だったが、逃げ出すこともなくまだしっかりと開く左目で花車を見つめ返す。
「先に、治しましょう。ね、痛かったですよね」
この二振りが離れへ自ら来た理由はまだ解らないが、きっと治療、手入れが必要で来たのではないか。彼ら自らの意思なのか、それとも斥候として送られたのかは定かではないが、花車は自分より若く見える少年の姿の鯰尾が血みどろのままなのは耐え難かった。
返事はなかった。
しかし小さく小さく頷いた鯰尾に笑みをこぼしそっとそのまま腕を掌で触ると「治れ治れ」と祈りながら力を込めて鯰尾へ流し入れる。
笑った顔はぎこちなくなかっただろうか、悲しみでひきつりそうだったが隠せていただろうかと思いながら花車は治癒を続ける。手入れ部屋は直っているのでそちらで直すほうが綺麗だし不備もないだろうが、速さは直接流し込んだほうが早い。
毛先が浮いて血の破片がひらひらと空中に消えていくのに合わせて欠けた刃がじわじわと修復され新しい鋼が顕れて鯰尾藤四郎の綺麗な曲線と反りを象っていく。
今剣は鯰尾が治されていく過程をじっと見つめ、切っ先までピンと綺麗に修復され、欠けて消えていた左耳が綺麗に外耳を象るのをしっかりと赤い目で見つめる。
最後に瞼の腫れや擦り傷を治して鯰尾を覆っていた薄氷の光は消えた。
「よーし、直った治った。大丈夫ですか? 違和感あるとこあります?? 初めてこんな重傷者治したから不安だなぁ…」
鯰尾からそっと手を離して腰を反らした花車に、大人しく見ていた安定が「お疲れ」と声をかける。いつの間にか黒樫のダイニングテーブルへ座って麦茶を飲んでいた。
光が消えた鯰尾は暫く呆けていたが、恐る恐る本体を見て綺麗になったのを確認するとボロボロと涙を落とす。
「……っり、がと…ありがとう…!」
とうとう膝を折って冷たい三和土へくずおれて泣く鯰尾に、花車はポンポンと頭を撫でて抜き身の刀をそっと腕から離させて腰の鞘へ戻した。
それから静かにしっかりと鯰尾を抱き締める。抵抗がないのを確認すると徐々に力を込めてぎゅうぎゅうする。
「ここまでよく来てくれました。痛かったですよね、頑張りました。沢山泣いたらお茶でも飲みましょう」
鯰尾は呻き声のような叫び声のような声をあげ、それがか細い啜り泣きに変わるまで花車の胸の中でわんわんと泣き続けた。
大人しくなった鯰尾を覗き見ると目尻を赤くし頬も顎もテラテラと濡らしたままで眠っていた。
「…ねむってますね」
花車の真横で今剣がぼそりと呟けば、椅子を鳴らして小狐丸が立ち上がり土間へ降りる。そして三和土に座り込んだ状態で花車へ寄り掛かって眠る鯰尾を抱え上げて板間へ戻っていく。
その様子を見た安定が何も言わずに自分達が眠っている一の間への障子を開けて、隅に畳んで積み上げている布団を敷くと、また何も言わずに机へ戻る。
小狐丸は鯰尾を抱えたまま器用に履き物を脱ぐとスタスタと安定が敷いた布団へ向かい、それは丁寧に鯰尾を寝かした。こんのすけが眠る鯰尾へタオルケットを咥えて引っ張り出し、それを胸の辺りまでかけ終わるとじっと枕元で顔を眺めるように座る。
花車も小狐丸が鯰尾を抱えたときに立ち上がり、今度は隣に立つ今剣へ手を差し出す。
差し出された今剣は驚くこともせずにじっと見たあと素直に手を重ねた。軽傷も軽傷だったのでその手繋ぎだけで一瞬にして今剣の細かい傷は綺麗に消えた。
「んー? 今剣さんは、鯰尾さんとちょっと雰囲気というか、なんか違いますね?」
「そうですね。ぼくは そんなにひどいしうちを うけていなかったので」
今剣は繋がれた手を離すと、ダイニングテーブルへ走って行き小狐丸の飲んでいた茶に手を伸ばすと止める間もなくぐいと一気に飲み干した。
湯飲みを机に置いたタイミングで小狐丸がごつりと今剣の頭に軽い拳骨を落とす。
「断りを入れてください」
「小狐丸、おいしそうだったのでもらいましたよ」
「遅いです」
呆れた小狐丸にさして悪く思っていない飄々とした今剣を見て、安定は「なんだ、案外大丈夫そうじゃん」と呟いた。
花車はヘラヘラと顔を緩めながら板間へ上がり、今剣の分の湯飲みを食器棚から取り出し、机へ並べると飲み干された小狐丸の分も含めて茶を淹れる。
席についた小狐丸の前に淹れ直した茶を置き、その隣の席に今剣分の小さな湯飲みを置くと自分もやっと席へついた。大人しく小狐丸の隣に座って自分の茶を飲み始める今剣。
安定も自分の麦茶を一口飲み喉を潤すと頬杖をついて三条の二振りを眺める。
「いまのとこ、ここの元々の刀五振りに会ったけどなぁんか統一感というかそういうのないよね」
「それはあたりまえです。みんな あつかわれかたが ちがったので」
「扱われ方? ん~…前の人のことあんまちゃんと聞いてないからアレだけど…珍しい刀が好きだったのかな…比較的顕現しやすい鯰尾さんが初めての重傷者だったからピンと来た感じだけど」
閉じ込められていたとはいえ明石も顕現しにくく、他の蛍丸は勿論小狐丸、今剣も顕現率が低く珍しい。その四振りが無傷または軽傷となっていて顕現しやすい鯰尾が重傷だったのはつまりそういうことなのだろうと花車は推測する。
小狐丸が淹れ直された茶を舐めるように小さく飲み、ふうと息を大きく吐き出して正面に座る花車を見た。
赤く鋭い目で見詰められた花車は前任の事を考えていたままの険しい顔で視線を絡める。
「…大きいけれど小狐丸。相槌を打ったのが狐故、小狐丸と申します」
険しい顔はきょとりと呆けて、それからみるみると目を見開いて破顔した。
「このタイミングで?」
「いいんだよぉ安定君! 口上契約は意思が大事だもん、わ~! ありがとう!」
「なんだ やっぱりまだ だったんですね。…ぼくは 今剣。よしつねこうの まもりがたなだったんですよ」
立て続けに今剣も顕現口上を述べれば花車はふにゃふにゃとほどけるような顔になる。
両頬を両手で支えるようにしてゆるゆるの口許を隠さずに花車は「花車です~宜しくです~ひぇ~!」と嬉しさが隠しきれない顔で自分も審神者名を名乗る。
鯰尾の枕元にいたこんのすけが敷居から顔を出して「三条の刀剣二振りも! おめでとうございまする!」と可愛らしい声で叫んだが、すぐに安定に「しいー!」と諌められた。
「…これでもう、私はぬしさまの刀です。…契約一つのことだと言うのに、こうも胸が涼やかになるものなのですね。ぬしさまの霊力が色同様涼やかであるからでしょうか」
「契約した途端誉め殺しです!? わぁーん小狐丸さんそりゃないよ~私心が死にそう…」
「たしかに まえのひとより あるじさまのほうが せいりょうかんが ありますね。まえのひとは どろりとしていました」
「どろりって。え、なに…怖い表現」
両手は頬に当てたまま、ぎゅ、と下にやると口角も同じように下がって花車の顔が歪む。
安定はその顔を見て眉をひそめるが何も突っ込むことはなく、小狐丸に視線をやって「そろそろ何があったか教えてよ」と頬杖のままで口を尖らせた。
「…いいでしょう。私は前の審神者に好かれていた刀の一振りです。前の審神者は私や他の古刀をレア刀と呼び可愛がり、顕現しやすい刀を使い捨てにしました」
「アレはずいぶん ゆがんでいましたよ。ここをじぶんの す だとおもっていたのか わらはの すがたのものは ことごとく きらっているようでしたし」
「わらはって?」
花車は難しい顔をして質問をすると小狐丸が僅かに笑う。
「子供の事ですぬしさま」
「成る程。え…じゃあ主に短刀は嫌われていたってこと? 昨日の夜に刀帳は確認したんだけど、ここ短刀と脇差は今政府が実装させている刀剣全て顕現させてあったけど」
夜のうちにこんのすけによってタブレットを渡されて政府への報告を昨夜からしていた花車は、そこでついでに刀帳確認もしていた。
自分が鍛刀したとしてもなるべく被らない方が良いし、もし被ったとしても顕現さえさせなければ刀の姿のまま連結をさせることができるからであった。
心苦しくならないため、その為の確認だったが、この本丸の刀帳は既に大半が記入されていた。
短刀や脇差は実装分きちんと顕現されていたし、打刀も比較的揃っている。他刀種も流石と言うべきか三日月宗近から鶯丸、岩融、巴形、膝丸と記載があった。
花車からすれば、狂う必要性もない立派な本丸にしか見えなかったが、前任・月下香には何があったと言うのだろうか。
「顕現させるだけさせて使い捨てです。私は短刀始め入手が楽なモノ達を四日と見た覚えがありません」
「ていれをするより つぎをけんげんさせたほうが いいとはんだんされた ものは こわれるまで つかわれました。それでも いやだとか ていれをしてほしいとか つたえると きょうだいがたな がこわされます」
「確か、明石国行は顕現をしてからすぐに、愛染国俊への手入れや無茶な出陣を審神者に咎めて此処へ閉じ込められていたはずです。その明石国行を出してくれと縋った愛染国俊は蛍丸によって折られていましたが」
「待って、想像以上に下劣すぎて吐きそうなにその審神者ほんとに人間? もしや人間ではなかった…? ゴミクズ…?」
「わかる。本当クズだねそいつ。てことは僕もいたのかな、その使い捨て側に。わりと僕は顕現しやすいって本霊から聞いたことがあるし」
安定は麦茶をずるずると音を立てて飲み干した。その目は忌々しげでもあり、硝子玉のような目でもあった。
手入れ部屋で蛍丸の襲撃があったとき、確かに蛍丸は「何度も国俊を折った」と言っていたがそんな理由があったとは知らなかった。審神者に縋る愛染国俊を折るのは審神者の命令であったにせよ決してしたくはなかったはず。
強固な言霊で縛られていたのかと花車は政府への報告書に認める内容を頭に構築していく。
審神者が殺されたことと無茶な出陣等があったと言うこと以外この本丸で何があったのかは政府は把握していない。それは刀剣達が口をつぐむ上に話す姿勢も持たないからであった。
その内容を解き明かすことも同意書には記載があった。
胸糞悪い話しなど聞きたくはないが、それをしなければ給金は支払われない。
対価のために花車は仕方がなく歯噛みする思いで小狐丸達の話を聞き続けた。
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