無変換だと本名は千鶴(ちづる)、審神者名は花車(はなぐるま)になります。
花車
名前変換
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──卯月某日
築山庭から離れへ繋がる渡り廊下の細工床から渡し板を外してそのまま横断し、西の庭へ向かった花車達は荒れ地広がる場所にゾッとした。
人が歩く場所は土肌が見えて所々抉れ、踏み入れない場所は枯れ腐った何かの植物が倒れている。
中央にある大きな楠は御神木らしく、紙垂 が吊るされた注連縄が巻かれていて太い幹は立派ではあるがその根本には落葉が重なり新芽も心許ない。
政府からの霊力がこの御神木へ送られていると花車は聞いていたのでもう少し生き生きとしているであろうと思っていたのもあって、余計に寂しい雰囲気に見えてしまう。
御神木の前にある小さな祠は力が行き届いていないのか小さな屋根は落ちて崩れていた。
「…や、やーいおまえんちーおっばけやーしきー…てやつ…」
「荒れてるね。あれが道場で…あっちが鍛冶場かな?」
安定が指で指し示した方向を見れば、長らく使用されていないであろう鍛冶場の入り口と、蔦が絡まり廃屋のようになった大きな道場が北西の隅にいた。その西隣は畑のようで、道場の隣と鍛冶場近くには各々井戸らしきものも見える。
「えー、まずは御神木の霊力を私に上書きする…確か書類にそんなことが書いてあった。うん。今思い出したけどそれ初日にやんないといけなかったような?? まあ一日とか誤差でしょ」
呟きながら御神木の前へ行き、雑に足で落葉を掻き分けると花車はぴたりと木肌に両手を添える。
すると御神木はみるみるうちに青葉が繁り、薄黄色の小花をつけて枝葉を揺らした。
途端に本丸全体の空気が澄んだような気がして、安定は思わず空を見上げる。
今何かの鳥が飛んで行った気がして、漸くこの本丸の時間が正常に動き出したのだと認識した。
「うおー!! 安定君ちょっと! これ見てヤバ!」
「なに?」
花車の興奮した声に少しだけ驚きつつも平静を装って安定が視線を空から花車へ戻す。
すると興奮した理由がわかった。
「え…凄い。これは…」
生命力を感じさせる御神木の周囲から順に、地面や建物が綺麗に直されていく。
花車は何も力を込めていないようで、現に御神木から手を離して指先だけで拍手をしてはしゃいでいる。
崩れかけた祠、道場、鍛冶場、荒れた畑、澱んだ井戸、腐った植物、果ては左手南側に位置する母屋の外壁や硝子戸までも美しく立派に蘇った。
柔らかい風が整えられた庭を抜け、何処からか馬の嘶きも聞こえる。
「すっごーー! 初日に御神木へってこう言うことかぁ!! 私てっきり自分で全部直していかなきゃいけないと思ってたからマジで安心…! 嘘ー! 滅茶苦茶よい日本家屋じゃないですかぁ!」
「主、馬も喚び戻せたみたいだね。声が聞こえる。池も復活してるのかな」
「みたいだね! わー、住める! 住めるよー! 安定君鍛冶場いこ!」
はやく、と安定の手を引いて少し駆け足気味に庭を抜けて鍛冶場の前へやって来ると、パチパチと火が爆ぜる音がする。
安心しきって緩む頬をそのままに花車がゆっくりと木戸をスライドさせれば、中では鍛冶精霊達が待っていましたとばかりに小さな手をわっと広げて歓迎した。
「妖精さんもういるー! 可愛いー! 嬉しいー! 初めまして後任の花車審神者です~ひぇーおててちっちゃぁ~!」
「…あの御神木から主の力が作用したおかげで、この本丸は生き返ったんだね。よかったね主」
「うん! さてさて、えーと今日は鍛刀をしにきたんじゃなくて刀装作りに来ました!」
花車が敬礼をして精霊へ伝えれば、精霊達は小さな手を伸ばして鍛冶場入り口付近の扉を指さす。
安定が素直にそこを開けば中は一畳ほどのスペースが広がり、その天井付近には神棚が祀られ、中央には四つの木箱が置かれていた。
「そこが刀装を作る部屋?」
「うん、そうみたいだね。じゃあ主は配合だけ考えて。この小部屋は僕達刀剣男士しか入れないから」
「お。わかった、ん~…最初だし、全部50ずつでいいや」
「了解。じゃあ作ってくるからちょっと待ってて。母屋には近付かないでね」
「りょ~。頑張って~」
ヒラヒラと手を振って刀装部屋へ入った安定を見送ると、花車は鍛冶場をくるりと見渡す。
御神木のお陰で全て綺麗になっている室内は居心地がよく、それが綺麗な部屋のお陰なのか自分の力が充満しているからなのかは解らないが来たときよりも随分とよい雰囲気であった。
部屋の隅には大きな木箱があり、その中には玉鋼がごろごろと積まれていて横の木箱には砥石が懐紙に包まれて整然と並んでいる。
確か資源は政府が暫くは毎日2000ずつ支給をすると書いてあったなと頭の中に契約同意書の文面を思い浮かべた花車は鍛冶精霊へ「今鍛刀はできる?」と訊ねる。
精霊は小さな頭を大きく振り、どうぞと言わんばかりに胸を叩いた。
「んー…本当は鍛刀するつもりなかったけど…というかなるべくこの本丸にいない刀を喚ばないとだよねぇ……待って!? 私把握してなくない!? や、やっぱ刀帳確認してからにするね、ごめんね妖精さん」
手を鼻っ面で合わせて精霊へ謝る花車の後ろから、手に金色に輝く小さな玉を持って出てきた安定が首をかしげる。
「なにやってるの?」
「えー? いや刀帳確認しないと…って凄い! 綺麗だねぇ!」
「うん、初めてにしては上手く装備ができたよ」
「本当に凄いね安定君。じゃああとは私が…うりゃ」
特上の刀装を安定から受け取った花車は、ぎゅっと力を込めて両手で玉を包む。
すると一瞬だけ柔らかに光った刀装の中で小さな馬に乗った武者姿の精霊が玉の中に現れて元気よく刀を振って笑顔を見せた。
「よーしこれで軽騎兵完成だね。じゃあこれは安定君へ!」
「え? いいの?」
「うん。これでちょっとは攻撃されてもクッションになってくれたらいいなぁ」
「…へへ、ありがとう。強くなれるといいな」
はにかんだ笑顔を見せて安定は花車から刀装を受けとると鍔の櫃穴へ一つ、嵌め込んだ。
それに満足そうに頷くと、花車は精霊へ「じゃあまた、今度は鍛刀しに来るね」と伝えて鍛冶場を出る。
少し薄暗かった鍛冶場から外へ出れば太陽は真上を少し過ぎており、知らずの内に昼は過ぎていた。
「安定君、お腹はすいてない?」
聞くと自分の腹がすいた気がして、聞かなければよかったと花車は後悔する。
安定は少し考えてから「特には」と呟くと花車に同じ質問をした。それに対して花車は少しだけ恥ずかしそうに笑いながら「ちょっとすいてきた」と頬をかく。
「じゃあ、帰る? 手入れ部屋は直した…というか御神木のおかげで本丸は直ったし、刀装も作ったから目的は達成したようなものだと思うし」
「んー…あ、道場の入り口開けて、畑見てから帰ろ」
「うん。じゃあそうしようか」
「畑さぁ、一先ずなに作るか悩まないとね~。帰ってからみんなで考えようね」
鍛冶場の出入口から左に折れると鍛冶場の壁沿いに手押しポンプの井戸があり、その前に二つ目の畑があった。
離れ縁側から見える一つ目の畑よりもこぢんまりとした畑の土は黒く柔らかで、畝もきちんと蘇っている。あとは種を蒔いたり植え付けたりすればよいだけの完成された畑だった。
「この分だと、向こうの大きい畑もこんな感じになってるかな~」
花車は畑の前にしゃがんで土を摘まみパラパラと落としながら、植えるラインナップを考える。
審神者の力が働く空間で作る作物は基本的に失敗はないため、手間暇のかかるものでも上手く作れる上、最終的には大所帯になるこの本丸の人数を賄える野菜類を作らなければならない。
一先ずは根菜類や葉物優先か、と花車は手を叩き土を落として立ち上がる。
「安定君は何か作りたい…ん~食べてみたい野菜はある?」
「僕? そうだな…沢庵と壬生菜漬けを…食べてみたい、かも」
「…お漬け物?? 思ってたより渋いね~」
畑から離れてその横に続く立派な道場の前に立ち、二人でゆっくりと力を入れながら観音開きの扉を引き開いた。
中はしんと静まり返り、両壁には様々な長さの木で模された刀や薙刀が並んでいる。
入り口から左手北側に掛軸が二幅掛けられた神床には剣の神と武の神の文字が荘厳に踊っていた。
花車と安定は一度頭を下げてから静かに道場の中へ入り汗も熱気もない床板を踏み締めて二人がかりで手分けをして大きな通気木戸を開けていく。
西側の木戸をスライドさせて開ければ畑が見え、花車は大きく伸びをして息を吸い込んだ。
「いい道場だね」
大きく伸びをして昼下がりの日差しを目一杯体に浴びる花車を見ながら安定が隣へ歩いてくる。
「うん。綺麗過ぎるのは、直ったせいなのか使ってなかったからなのか、そこまではわかんないけど…立派な場所だね」
「はやく使いたいな」
「そうだねぇ。…そうだ、どうしてお漬け物が食べたいの?」
少しだけ悩んだ顔をしたあと、安定はゆるりと口許を緩めて花車の隣に座る。
それにならって花車も静かにしゃがんだ。
目の前に広がる何も植わっていない畑に、結界をすり抜けた雀が蚯蚓でも探しに来たのか降り立った。
「僕が僕としてうっすらと霊魂が産まれたとき、それは沖田君が食事をしているときだったんだよ。その時に沖田君が食べていたのが、真っ白な沢庵とシャキシャキ音を立てていた壬生菜漬けだったんだ」
何かを思い出すようにはにかみながら大事に言葉を紡ぐ安定の頭の中には、その記憶が蘇っているのだろう。
花車は政府から試験へ挑む前の講義で聞いた現存しない刀剣の苦い話を思い出して心の中に小さな後ろめたさが広がった。
しかしここで言うことではないと思いとどまり、安定の話に頷き笑顔を見せる。
「…そっか。それで食べてみたいんだね。真っ白な沢庵は、べったら漬けかなぁ。私もあれ好き。じゃあ大根と、壬生菜は植え付けないとな~」
「育てられる? ここで出来るの?」
「うん。出来るよ~任せて! 元々私、家庭菜園をやっていたし、こんだけ立派な畑があるから農家も目じゃないくらいの作れるよ~」
ニコニコと花車が笑顔で答えれば、安定はそれはとても嬉しそうに目を細めて笑った。
バタバタと土を嘴で掘り返していた雀は諦めたのか飛び去っていった。
「じゃあ、帰ろう。小狐丸さんや明石さんにも聞かないと」
「うん。明石さんは、帰ってくるかわかんないけどね」
「あー…まあ、それならそれでいいよ~仕方がないもん」
さて、と膝に手をついて立ち上がり、畑側の木戸を閉める。
万が一にも土埃が入らないようにではあるが、本丸は審神者の神域に等しく審神者の心が荒れさえしなければ台風すら来ない。
しかしこの本丸は花車が自然そのものであれと願っているためか、時おり柔らかな春先特有の風が吹く。そのため木戸を閉めた。
安定も空気の入れ換えは充分と思ったため他の木戸も閉めていき、再び道場内は静かに空気が止まった。
二人は神床の前へ揃って並び頭を下げると、道場の入り口扉を片方だけ閉めて静かなままの道場を後にした。
「なんだかんだやってたらもうだいぶ日が傾いたね」
「ね。今何時だろ~。今後は腕時計必須だなぁ…暗くなる前に明日の朝分の薪割り終わらせて、ご飯の用意しないと~! 現代の楽さが身に染みるぜ…」
「誰の真似なの? …あ! 僕、昨日入ってないからお風呂にも入ってみたい!」
「そうじゃんね! 色々帰ってからもやらないとねぇ~」
御神木の前を通り、付け枝分として落葉と共に落ちていた細枝を拾いながら離れへ足を向ける。
西の庭を抜けて渡り廊下を横切るとすぐそこは離れの玄関だ。
土間先に大きな白狐がそわそわとして待っていることに花車達が気付くのはあと少し。
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築山庭から離れへ繋がる渡り廊下の細工床から渡し板を外してそのまま横断し、西の庭へ向かった花車達は荒れ地広がる場所にゾッとした。
人が歩く場所は土肌が見えて所々抉れ、踏み入れない場所は枯れ腐った何かの植物が倒れている。
中央にある大きな楠は御神木らしく、
政府からの霊力がこの御神木へ送られていると花車は聞いていたのでもう少し生き生きとしているであろうと思っていたのもあって、余計に寂しい雰囲気に見えてしまう。
御神木の前にある小さな祠は力が行き届いていないのか小さな屋根は落ちて崩れていた。
「…や、やーいおまえんちーおっばけやーしきー…てやつ…」
「荒れてるね。あれが道場で…あっちが鍛冶場かな?」
安定が指で指し示した方向を見れば、長らく使用されていないであろう鍛冶場の入り口と、蔦が絡まり廃屋のようになった大きな道場が北西の隅にいた。その西隣は畑のようで、道場の隣と鍛冶場近くには各々井戸らしきものも見える。
「えー、まずは御神木の霊力を私に上書きする…確か書類にそんなことが書いてあった。うん。今思い出したけどそれ初日にやんないといけなかったような?? まあ一日とか誤差でしょ」
呟きながら御神木の前へ行き、雑に足で落葉を掻き分けると花車はぴたりと木肌に両手を添える。
すると御神木はみるみるうちに青葉が繁り、薄黄色の小花をつけて枝葉を揺らした。
途端に本丸全体の空気が澄んだような気がして、安定は思わず空を見上げる。
今何かの鳥が飛んで行った気がして、漸くこの本丸の時間が正常に動き出したのだと認識した。
「うおー!! 安定君ちょっと! これ見てヤバ!」
「なに?」
花車の興奮した声に少しだけ驚きつつも平静を装って安定が視線を空から花車へ戻す。
すると興奮した理由がわかった。
「え…凄い。これは…」
生命力を感じさせる御神木の周囲から順に、地面や建物が綺麗に直されていく。
花車は何も力を込めていないようで、現に御神木から手を離して指先だけで拍手をしてはしゃいでいる。
崩れかけた祠、道場、鍛冶場、荒れた畑、澱んだ井戸、腐った植物、果ては左手南側に位置する母屋の外壁や硝子戸までも美しく立派に蘇った。
柔らかい風が整えられた庭を抜け、何処からか馬の嘶きも聞こえる。
「すっごーー! 初日に御神木へってこう言うことかぁ!! 私てっきり自分で全部直していかなきゃいけないと思ってたからマジで安心…! 嘘ー! 滅茶苦茶よい日本家屋じゃないですかぁ!」
「主、馬も喚び戻せたみたいだね。声が聞こえる。池も復活してるのかな」
「みたいだね! わー、住める! 住めるよー! 安定君鍛冶場いこ!」
はやく、と安定の手を引いて少し駆け足気味に庭を抜けて鍛冶場の前へやって来ると、パチパチと火が爆ぜる音がする。
安心しきって緩む頬をそのままに花車がゆっくりと木戸をスライドさせれば、中では鍛冶精霊達が待っていましたとばかりに小さな手をわっと広げて歓迎した。
「妖精さんもういるー! 可愛いー! 嬉しいー! 初めまして後任の花車審神者です~ひぇーおててちっちゃぁ~!」
「…あの御神木から主の力が作用したおかげで、この本丸は生き返ったんだね。よかったね主」
「うん! さてさて、えーと今日は鍛刀をしにきたんじゃなくて刀装作りに来ました!」
花車が敬礼をして精霊へ伝えれば、精霊達は小さな手を伸ばして鍛冶場入り口付近の扉を指さす。
安定が素直にそこを開けば中は一畳ほどのスペースが広がり、その天井付近には神棚が祀られ、中央には四つの木箱が置かれていた。
「そこが刀装を作る部屋?」
「うん、そうみたいだね。じゃあ主は配合だけ考えて。この小部屋は僕達刀剣男士しか入れないから」
「お。わかった、ん~…最初だし、全部50ずつでいいや」
「了解。じゃあ作ってくるからちょっと待ってて。母屋には近付かないでね」
「りょ~。頑張って~」
ヒラヒラと手を振って刀装部屋へ入った安定を見送ると、花車は鍛冶場をくるりと見渡す。
御神木のお陰で全て綺麗になっている室内は居心地がよく、それが綺麗な部屋のお陰なのか自分の力が充満しているからなのかは解らないが来たときよりも随分とよい雰囲気であった。
部屋の隅には大きな木箱があり、その中には玉鋼がごろごろと積まれていて横の木箱には砥石が懐紙に包まれて整然と並んでいる。
確か資源は政府が暫くは毎日2000ずつ支給をすると書いてあったなと頭の中に契約同意書の文面を思い浮かべた花車は鍛冶精霊へ「今鍛刀はできる?」と訊ねる。
精霊は小さな頭を大きく振り、どうぞと言わんばかりに胸を叩いた。
「んー…本当は鍛刀するつもりなかったけど…というかなるべくこの本丸にいない刀を喚ばないとだよねぇ……待って!? 私把握してなくない!? や、やっぱ刀帳確認してからにするね、ごめんね妖精さん」
手を鼻っ面で合わせて精霊へ謝る花車の後ろから、手に金色に輝く小さな玉を持って出てきた安定が首をかしげる。
「なにやってるの?」
「えー? いや刀帳確認しないと…って凄い! 綺麗だねぇ!」
「うん、初めてにしては上手く装備ができたよ」
「本当に凄いね安定君。じゃああとは私が…うりゃ」
特上の刀装を安定から受け取った花車は、ぎゅっと力を込めて両手で玉を包む。
すると一瞬だけ柔らかに光った刀装の中で小さな馬に乗った武者姿の精霊が玉の中に現れて元気よく刀を振って笑顔を見せた。
「よーしこれで軽騎兵完成だね。じゃあこれは安定君へ!」
「え? いいの?」
「うん。これでちょっとは攻撃されてもクッションになってくれたらいいなぁ」
「…へへ、ありがとう。強くなれるといいな」
はにかんだ笑顔を見せて安定は花車から刀装を受けとると鍔の櫃穴へ一つ、嵌め込んだ。
それに満足そうに頷くと、花車は精霊へ「じゃあまた、今度は鍛刀しに来るね」と伝えて鍛冶場を出る。
少し薄暗かった鍛冶場から外へ出れば太陽は真上を少し過ぎており、知らずの内に昼は過ぎていた。
「安定君、お腹はすいてない?」
聞くと自分の腹がすいた気がして、聞かなければよかったと花車は後悔する。
安定は少し考えてから「特には」と呟くと花車に同じ質問をした。それに対して花車は少しだけ恥ずかしそうに笑いながら「ちょっとすいてきた」と頬をかく。
「じゃあ、帰る? 手入れ部屋は直した…というか御神木のおかげで本丸は直ったし、刀装も作ったから目的は達成したようなものだと思うし」
「んー…あ、道場の入り口開けて、畑見てから帰ろ」
「うん。じゃあそうしようか」
「畑さぁ、一先ずなに作るか悩まないとね~。帰ってからみんなで考えようね」
鍛冶場の出入口から左に折れると鍛冶場の壁沿いに手押しポンプの井戸があり、その前に二つ目の畑があった。
離れ縁側から見える一つ目の畑よりもこぢんまりとした畑の土は黒く柔らかで、畝もきちんと蘇っている。あとは種を蒔いたり植え付けたりすればよいだけの完成された畑だった。
「この分だと、向こうの大きい畑もこんな感じになってるかな~」
花車は畑の前にしゃがんで土を摘まみパラパラと落としながら、植えるラインナップを考える。
審神者の力が働く空間で作る作物は基本的に失敗はないため、手間暇のかかるものでも上手く作れる上、最終的には大所帯になるこの本丸の人数を賄える野菜類を作らなければならない。
一先ずは根菜類や葉物優先か、と花車は手を叩き土を落として立ち上がる。
「安定君は何か作りたい…ん~食べてみたい野菜はある?」
「僕? そうだな…沢庵と壬生菜漬けを…食べてみたい、かも」
「…お漬け物?? 思ってたより渋いね~」
畑から離れてその横に続く立派な道場の前に立ち、二人でゆっくりと力を入れながら観音開きの扉を引き開いた。
中はしんと静まり返り、両壁には様々な長さの木で模された刀や薙刀が並んでいる。
入り口から左手北側に掛軸が二幅掛けられた神床には剣の神と武の神の文字が荘厳に踊っていた。
花車と安定は一度頭を下げてから静かに道場の中へ入り汗も熱気もない床板を踏み締めて二人がかりで手分けをして大きな通気木戸を開けていく。
西側の木戸をスライドさせて開ければ畑が見え、花車は大きく伸びをして息を吸い込んだ。
「いい道場だね」
大きく伸びをして昼下がりの日差しを目一杯体に浴びる花車を見ながら安定が隣へ歩いてくる。
「うん。綺麗過ぎるのは、直ったせいなのか使ってなかったからなのか、そこまではわかんないけど…立派な場所だね」
「はやく使いたいな」
「そうだねぇ。…そうだ、どうしてお漬け物が食べたいの?」
少しだけ悩んだ顔をしたあと、安定はゆるりと口許を緩めて花車の隣に座る。
それにならって花車も静かにしゃがんだ。
目の前に広がる何も植わっていない畑に、結界をすり抜けた雀が蚯蚓でも探しに来たのか降り立った。
「僕が僕としてうっすらと霊魂が産まれたとき、それは沖田君が食事をしているときだったんだよ。その時に沖田君が食べていたのが、真っ白な沢庵とシャキシャキ音を立てていた壬生菜漬けだったんだ」
何かを思い出すようにはにかみながら大事に言葉を紡ぐ安定の頭の中には、その記憶が蘇っているのだろう。
花車は政府から試験へ挑む前の講義で聞いた現存しない刀剣の苦い話を思い出して心の中に小さな後ろめたさが広がった。
しかしここで言うことではないと思いとどまり、安定の話に頷き笑顔を見せる。
「…そっか。それで食べてみたいんだね。真っ白な沢庵は、べったら漬けかなぁ。私もあれ好き。じゃあ大根と、壬生菜は植え付けないとな~」
「育てられる? ここで出来るの?」
「うん。出来るよ~任せて! 元々私、家庭菜園をやっていたし、こんだけ立派な畑があるから農家も目じゃないくらいの作れるよ~」
ニコニコと花車が笑顔で答えれば、安定はそれはとても嬉しそうに目を細めて笑った。
バタバタと土を嘴で掘り返していた雀は諦めたのか飛び去っていった。
「じゃあ、帰ろう。小狐丸さんや明石さんにも聞かないと」
「うん。明石さんは、帰ってくるかわかんないけどね」
「あー…まあ、それならそれでいいよ~仕方がないもん」
さて、と膝に手をついて立ち上がり、畑側の木戸を閉める。
万が一にも土埃が入らないようにではあるが、本丸は審神者の神域に等しく審神者の心が荒れさえしなければ台風すら来ない。
しかしこの本丸は花車が自然そのものであれと願っているためか、時おり柔らかな春先特有の風が吹く。そのため木戸を閉めた。
安定も空気の入れ換えは充分と思ったため他の木戸も閉めていき、再び道場内は静かに空気が止まった。
二人は神床の前へ揃って並び頭を下げると、道場の入り口扉を片方だけ閉めて静かなままの道場を後にした。
「なんだかんだやってたらもうだいぶ日が傾いたね」
「ね。今何時だろ~。今後は腕時計必須だなぁ…暗くなる前に明日の朝分の薪割り終わらせて、ご飯の用意しないと~! 現代の楽さが身に染みるぜ…」
「誰の真似なの? …あ! 僕、昨日入ってないからお風呂にも入ってみたい!」
「そうじゃんね! 色々帰ってからもやらないとねぇ~」
御神木の前を通り、付け枝分として落葉と共に落ちていた細枝を拾いながら離れへ足を向ける。
西の庭を抜けて渡り廊下を横切るとすぐそこは離れの玄関だ。
土間先に大きな白狐がそわそわとして待っていることに花車達が気付くのはあと少し。
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