無変換だと本名は千鶴(ちづる)、審神者名は花車(はなぐるま)になります。
花車
名前変換
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──卯月某日
「では! 参ります!」
「おー…?」
「なんやねんなその気合い」
朝食を取り終えた花車達は離れの渡り廊下で留守番の小狐丸と別れた。
朝食では小狐丸が焼き鯖を、明石が海苔を巻いた卵焼きを好みの味だときちんと進言してくれたため思わず花車は涙ぐんだ。
渡り廊下の先は朝だと言うのにどんよりと暗く、明るく綺麗になった離れとは大違いの様子に明石は少なからず顔を強張らせた。
「敵陣と変わらないからだよ~! 気合い! いれて! いきます!! …ダメだこのネタわかんないのばっかじゃん」
「なに? 本かなにか?」
「同級生がやってた艦隊指揮系ゲームの女の子の台詞ー! 外界とインターネット回線繋げるんだったら遊べるはず…こんちゃんに今度確認しよ」
軽口を叩きながら花車は綺麗な渡り廊下から母屋へ足を踏み入れた。
相変わらず埃一つ無い床を不思議に思いつつ、一先ず玄関へ向かう。
渡り廊下から直線上にある玄関に踏み入れれば、靴が脱いだときと同じ場所にきちんと揃っていた。
それを回収し、持ってきていた手提げに入れて花車は懐から地図を取り出す。
「んー…審神者部屋は事件現場だから後回しでしょー…あ、そうだ。明石さんは此方にいたことあります?」
地図を回転させて見る花車に安定が呆れて地図を奪い正しい方角で地図を持ち直す。
西の方向をじっと見ていた明石は襟足を緩く掻きながら頷いた。
安定の持つ地図を覗き込んだ明石は細長い指で紙の上を指し示す。
「ああ…えーと…ここがでっかい広間になっとって、その奥に風呂場やらがあるわ。ほんでこの玄関の西側が土間で、こっち、東側が手入れ部屋や」
「なるほどなるほどー…じゃあまず手入れ部屋見よ。治すとこ直さないと出陣もしんどいからねえ~」
「でも主は直接僕らを治せるじゃん」
安定が壁に凭れて澱みがこびりついた天井板をじっと睨むように見つめながら呟く。
「出来るけどさあ、出陣のたびにやってたら私死んじゃう。大太刀とか薙刀は滅茶苦茶疲れるし重傷になると神経磨り減るもーん。手入妖精さんにお任せする方が安全安心」
澱みは動かないが、念のためと安定の親指は鍔を押し上げて警戒をする。
それを横目で確認しながらも明石はだらりと両腕を下げたまま花車の前に出て玄関から右、東側の廊下を進み出した。それに続いて花車と、花車の少し後ろから安定が並ぶ。
「出陣先からそのまま楽に運べるようにって、近くに作ったらしいんやけど…そうそう使われることはあらへんだなぁ」
そう言いながらギシギシと鳴る廊下を少し進んだ先、審神者部屋と玄関の間に小ぢんまりと障子が嵌まっていた。
二枚しかない障子の上部には第一部屋と第二部屋のみ使用刀剣の木札が掛けられるようになっていて部屋面積の小さい理由が窺えた。
「審神者部屋削れば第三から第四部屋も解放できそうだけど、まあしゃあないことですわぁ」
「下手な関西弁やめてくれへん? それ関西人には地雷やで」
「ごめんなさい」
初めて見る明石の冷ややかな眼差しに素直に謝った花車は、ぺたりと手入れ部屋の障子に両手をつける。
「此処だけ、やればできるこ」と呟いてすぐに薄氷色の霊力が障子全体を覆い、それは数十秒で収まった。
「おし! 綺麗でしょ!!」
口を開くと同時にスパンと障子も開いた。突拍子のない行動に慣れたのか安定は鯉口を切ったまま花車と一緒に手入れ部屋の中へ入る。
明石だけがポカンとしていたが、慌てて二人の後を追った。
「うんうん綺麗になってる~妖精さん消滅してないかなぁ…」
花車が手入れ部屋の畳まれた布団や手入道具の精霊を祀る小祠を覗き込んだりとしているなか、安定が明石を呼んだ。
鯉口を切ったままの状態で花車に背中を向け、明石の後ろにある、築山のある庭園を望む濡れ縁側を睨んでいる。
ただならぬ様子の安定に明石は首をかしげる。
「…なんやの?」
「気付かない? 誰かが偵察に来てる。…手入れ部屋直すのに霊力使ったから、驚きでもしたかな…」
明石は驚き直ぐに柄に手を添えたままぐるりと振り返り部屋の外を警戒し、安定は柄に手をかけたまま少しだけ足を開く。
その気配は薄く、絶つのが上手い短刀かと思い浮かべていれば、後ろから花車が呑気な声で「ちゃんと生きてる~!」と喜び手入精霊を呼び出した。
「っ!!」
束の間、花車でも解るほどの気配が部屋前に現れ、それは直して綺麗にしたばかりの障子を轟音を立てて薙ぎ払った。
見えた刃はボロボロであり、審神者が見れば一目で中傷疲労状態だと解るものだった。
明石が部屋へ突き出てきた太く大きな刃を太刀で薙ぎ、上部へ逸らすと切っ先は鴨居へ突き刺さる。
「…っ嘘や! この刀身…!」
安定は後ろへ飛び退いて花車の横へ駆けると「後ろにいて」と呟き背後へ隠した。
パラパラと障子の木枠が畳へ落ち、和紙が室内に舞う。
安定は密かに感じていた薄い気配がこの大太刀が現れたのと同時に消えたのを感じ不審に思ったが、一先ずはこの大太刀と対峙するのが先決だと天井から視線を明石の向こうへ戻す。
「大太刀…? 一体誰が…」
「蛍丸!!!」
花車が荒れた室内に舞う破片や埃が消えた時よく目を凝らそうとしたらば、先に対峙していた明石が慟哭のように名を叫んだ。
名を叫ばれた蛍丸は、切っ先を鴨居から無理矢理に外して軽々とその大太刀を肩へ乗せると、窶れたような顔に嵌まる翡翠色の目を大きく見開いた。
「……ぁ……くにゆき? …国行っ …! 折れて、なかったんだね…!」
明石が太刀を鞘へ戻し、慌てて蛍丸へ近付くと腰を折ってペタペタとその顔を覆うように触れた。
されるがままの蛍丸は少しくすぐったそうにしたあと、視線を明石の後ろにいる花車達にやると鋭くし、明石を押し退けるようにして前へ出る。
当然安定は刀を抜いて構える。
「…ちょ、ちょお待ち! 蛍、よぉ聞いてや」
「何を? また審神者が来たってことでしょ? …国行、あの審神者と契約してるみたいだけどどうして。無理矢理結ばされたの? 俺が殺してあげるよ」
荒い息を吐いて肩の大太刀をゆっくりと構えようとすれば、明石が慌てて蛍丸の手首を握り、振り下ろそうとするのを止める。
もだもだとしている二振りを見ていた花車が、その隙に突然の襲撃に竦んでいた足を叱咤し一歩前へ出た。安定の右横に立った花車は少しだけ咳払いをすると「蛍丸さん!」と聞こえるように叫ぶ。
途端に蛍丸から冷えた目が花車へ向けられる。
それに心を縮ませつつも「あの」と言葉を必死に紡ぐが、その左手はそろそろと隣にいる安定の袖を小さく握っていた。
「私、昨日付けで後任となりました審神者の花車です。この本丸で起こったことは大雑把にしか聞いてないのでよく知りません、けど…明石さんは口上契約、自らの意思でしてくれたのでそこは否定をさせてほし」
「はあ? 俺そんなことどうだっていいの。審神者がむり。きらい。うざい。だから殺す。これ普通なんでしょ? おまえ達審神者がやってきたことでしょ。じごーじとくってやつ」
「せ、台詞遮られた…し、なにその持論!! え、前任ヤバい奴では?! ヒトラーなんです!? 独裁者にも程があるよぉ! に、人間みんなそんな感じじゃないですからね!」
「蛍丸、自分の意思で契約したんや。蛍丸の心配するようなことはなんもあらへんよ。それに…この通り前の審神者とはだいぶとちゃう人間やし、殺気づかんでも大丈夫や」
明石は余裕あるように蛍丸の腕を掴んでいるが、単純に力だけで言えば蛍丸の方が幾分か強い。
蛍丸が本気で振り払えば簡単に腕は飛ばされ、大太刀の刃が花車を両断するのは容易に想像できる。
安定はもしもに備えてすぐに動けるようじりじりと足を動かすが圧倒的に相手の方が練度は上で、起動で勝っても受け切れられず自分もろとも花車が斬られるのは必至だ。
たらりと嫌な汗がこめかみを伝う。
明石の説得でなんとか丸く収まればと熱意を込めて明石を見た安定には気付かないまま、明石は力の入っていない緩い蛍丸の腕を下げさせていく。
「ええ子やから刀下ろし。そんなボロボロんなって…主はんに治してもらお。そのまんまやと折れてまう」
明石の言葉で、ゆるゆると下げていた腕はぴたりと止まった。
翡翠の目は自分の前にいる明石を睨み上げるようにして光る。
「っ、国行はさぁ…見てないからだよ…。何回も、何回も何回も何回も!! 俺の前で折られる国俊を! 俺の刀で! 叩き折られる国俊を!! だからそんな呑気なこと言えるんでしょ!? そうだよ! 国行は顕現してすぐどっか行ったじゃん! 俺は国行も国俊みたいに折られたんだって思った! それか三日月宗近達みたいに可愛がられてんのかなって! 思って…たのに…こんな……おれ…ばかじゃんか……」
激昂した蛍丸は腕を振り払い、ボロボロの刀身の大太刀を振りかぶるが、言葉と共にその勢いは死んで刃が畳へ食い込んで落ちた。
柄から手を離した蛍丸はふるふると小刻みに震える両手で顔を覆い、傷だらけの生足を折ると畳へ尻を落とす。
「…蛍…」
「……おれ、もういやだ。国俊を殺したくない。国俊、笑うから、いっつも、いつだって、なんども……怖いのに、嫌なはずなのに、大丈夫って…。やめてって、俺が代わるからって審神者に言ったのに俺は、珍しいから、強いから、残されてるって…そんなんだったら俺、強くなくていい……!」
小さな掌の向こうからくぐもった声を出す蛍丸は消えてしまいそうだった。
明石は蛍丸の頭を抱き寄せるが言葉に詰まったように目をさ迷わせて眉を寄せる。
「…本当に強いのは、その国俊さんですね」
呟いた花車は制止する安定に頷きだけを返して一歩ずつゆっくりと前へ進み、畳へ落とされたままの大太刀の刃に人差し指をつけて少しだけその傷を直す。
それに伴って蛍丸の腕についていた傷が消えた。
「…なに、勝手に…」
「これで一先ず折れる心配はなくなりましたね。手入れ部屋を綺麗にしたので、あとは妖精さんに任せます…っても出入口が先ですね…うう、やられるかなぁって思ってたけどマジにやられるとしんど…いや頑張れ私! …それと、蛍丸さん。慰める言葉は薄っぺらに聞こえるので私はなにも言えません、けど…前任は確かに屑の極みです。でも全ての人間がそうではないので気が向いたら離れまでどうぞ」
「……は…?」
ぽかりと口を開けて花車を見上げる蛍丸と本体の側に、喚び戻された手入精霊がちまちまと動きどうするのかと様子を窺っている。
唖然としたままの蛍丸や明石を放っておいて、花車はちゃっちゃと壊された出入口に霊力を巡らせて直していくと、安定を呼んだ。
呼ばれた安定は漸く刀を鞘へ戻して明石へ一度だけ目線をやってから花車の隣へ向かう。
「明石さん、私はこのまま庭を抜けて西の庭へ向かいますね。あっちにはなにがあります?」
「え、あ…えーと、確か道場と鍛冶場やらなんやら…」
「オッケーです! 鍛冶場いいですね! 安定君一回刀装作ってみよ」
「うん、いいよ」
では、と濡れ縁廊下へ出た花車が手提げから先程回収した靴を取り出して沓抜石におろす。
安定の分も並べて履こうとしたとき、蛍丸が叫んだ。
「なにそれ!! 契約せまるもんじゃないの!? 勝手に入ってきて治してそれで言葉のひとつもかけずに出て行くってどういう神経してるんだよ!」
靴を履いて爪先を石へトントン叩いたあと、視線は築山へ向けたまま花車が「んー」と唸って口を開く。
「現存する刀剣男士が折れなければ私の任務は遂行なので契約は絶対ではありませ~ん。こんちゃん聞いてたら怒鳴られるけど、正直心の傷って時間と自分でしかなんとかできないし他人がどうこう言っても無理だもん。怒りとか哀しみとか昇華するのって他人の言葉とかでは難しいから。それに私は、気が向いたらおいでって言いました。蛍丸さんがお腹へったら、ご飯はだしますよ。でもそれ以上は踏み込まないし、折れなければそれでいいです。他の方にも機会があればそう伝えてください…さ、安定君行こ~」
空になった手提げを振り回し、揚々と歩き出す花車を少し見送ってから、安定は二振りを振り返る。
「まあさぁ、そういうことだし、ああいう主だからあんま深く考えないでよ。僕も主に危害加えなければ黙ってるから。それから明石さんは、一応主の刀だけどなんか色々あるだろうし暫くそっちにいていいよ。…またね」
穏やかに伝えるだけ伝えた安定の背後から「やーすさーだくーん! おーい!」と花車の呼ぶ声が響く。
それに対して安定は「はーい、今いくよ!」と張り上げて返し二振りに背中を向けて小走りに花車の元へ向かった。
明石は一先ず完全に治してもらおうと、手入精霊へ刀を預けるように蛍丸を促す。
「…なんか、…なにあの審神者。いみわかんないな、ほんと」
「せやろ。まあ、なんや…悪い人間やないってことは確かやで」
「変な人間…。……あーあ、国俊がいたらなぁ……」
消え去りそうな声で最後を呟いた蛍丸は本体を精霊へ預けるとそのままゆっくりと目を閉じる。
明石は眠りに入った蛍丸の白いパサついた髪を撫でて悲しそうに頷いた。
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「では! 参ります!」
「おー…?」
「なんやねんなその気合い」
朝食を取り終えた花車達は離れの渡り廊下で留守番の小狐丸と別れた。
朝食では小狐丸が焼き鯖を、明石が海苔を巻いた卵焼きを好みの味だときちんと進言してくれたため思わず花車は涙ぐんだ。
渡り廊下の先は朝だと言うのにどんよりと暗く、明るく綺麗になった離れとは大違いの様子に明石は少なからず顔を強張らせた。
「敵陣と変わらないからだよ~! 気合い! いれて! いきます!! …ダメだこのネタわかんないのばっかじゃん」
「なに? 本かなにか?」
「同級生がやってた艦隊指揮系ゲームの女の子の台詞ー! 外界とインターネット回線繋げるんだったら遊べるはず…こんちゃんに今度確認しよ」
軽口を叩きながら花車は綺麗な渡り廊下から母屋へ足を踏み入れた。
相変わらず埃一つ無い床を不思議に思いつつ、一先ず玄関へ向かう。
渡り廊下から直線上にある玄関に踏み入れれば、靴が脱いだときと同じ場所にきちんと揃っていた。
それを回収し、持ってきていた手提げに入れて花車は懐から地図を取り出す。
「んー…審神者部屋は事件現場だから後回しでしょー…あ、そうだ。明石さんは此方にいたことあります?」
地図を回転させて見る花車に安定が呆れて地図を奪い正しい方角で地図を持ち直す。
西の方向をじっと見ていた明石は襟足を緩く掻きながら頷いた。
安定の持つ地図を覗き込んだ明石は細長い指で紙の上を指し示す。
「ああ…えーと…ここがでっかい広間になっとって、その奥に風呂場やらがあるわ。ほんでこの玄関の西側が土間で、こっち、東側が手入れ部屋や」
「なるほどなるほどー…じゃあまず手入れ部屋見よ。治すとこ直さないと出陣もしんどいからねえ~」
「でも主は直接僕らを治せるじゃん」
安定が壁に凭れて澱みがこびりついた天井板をじっと睨むように見つめながら呟く。
「出来るけどさあ、出陣のたびにやってたら私死んじゃう。大太刀とか薙刀は滅茶苦茶疲れるし重傷になると神経磨り減るもーん。手入妖精さんにお任せする方が安全安心」
澱みは動かないが、念のためと安定の親指は鍔を押し上げて警戒をする。
それを横目で確認しながらも明石はだらりと両腕を下げたまま花車の前に出て玄関から右、東側の廊下を進み出した。それに続いて花車と、花車の少し後ろから安定が並ぶ。
「出陣先からそのまま楽に運べるようにって、近くに作ったらしいんやけど…そうそう使われることはあらへんだなぁ」
そう言いながらギシギシと鳴る廊下を少し進んだ先、審神者部屋と玄関の間に小ぢんまりと障子が嵌まっていた。
二枚しかない障子の上部には第一部屋と第二部屋のみ使用刀剣の木札が掛けられるようになっていて部屋面積の小さい理由が窺えた。
「審神者部屋削れば第三から第四部屋も解放できそうだけど、まあしゃあないことですわぁ」
「下手な関西弁やめてくれへん? それ関西人には地雷やで」
「ごめんなさい」
初めて見る明石の冷ややかな眼差しに素直に謝った花車は、ぺたりと手入れ部屋の障子に両手をつける。
「此処だけ、やればできるこ」と呟いてすぐに薄氷色の霊力が障子全体を覆い、それは数十秒で収まった。
「おし! 綺麗でしょ!!」
口を開くと同時にスパンと障子も開いた。突拍子のない行動に慣れたのか安定は鯉口を切ったまま花車と一緒に手入れ部屋の中へ入る。
明石だけがポカンとしていたが、慌てて二人の後を追った。
「うんうん綺麗になってる~妖精さん消滅してないかなぁ…」
花車が手入れ部屋の畳まれた布団や手入道具の精霊を祀る小祠を覗き込んだりとしているなか、安定が明石を呼んだ。
鯉口を切ったままの状態で花車に背中を向け、明石の後ろにある、築山のある庭園を望む濡れ縁側を睨んでいる。
ただならぬ様子の安定に明石は首をかしげる。
「…なんやの?」
「気付かない? 誰かが偵察に来てる。…手入れ部屋直すのに霊力使ったから、驚きでもしたかな…」
明石は驚き直ぐに柄に手を添えたままぐるりと振り返り部屋の外を警戒し、安定は柄に手をかけたまま少しだけ足を開く。
その気配は薄く、絶つのが上手い短刀かと思い浮かべていれば、後ろから花車が呑気な声で「ちゃんと生きてる~!」と喜び手入精霊を呼び出した。
「っ!!」
束の間、花車でも解るほどの気配が部屋前に現れ、それは直して綺麗にしたばかりの障子を轟音を立てて薙ぎ払った。
見えた刃はボロボロであり、審神者が見れば一目で中傷疲労状態だと解るものだった。
明石が部屋へ突き出てきた太く大きな刃を太刀で薙ぎ、上部へ逸らすと切っ先は鴨居へ突き刺さる。
「…っ嘘や! この刀身…!」
安定は後ろへ飛び退いて花車の横へ駆けると「後ろにいて」と呟き背後へ隠した。
パラパラと障子の木枠が畳へ落ち、和紙が室内に舞う。
安定は密かに感じていた薄い気配がこの大太刀が現れたのと同時に消えたのを感じ不審に思ったが、一先ずはこの大太刀と対峙するのが先決だと天井から視線を明石の向こうへ戻す。
「大太刀…? 一体誰が…」
「蛍丸!!!」
花車が荒れた室内に舞う破片や埃が消えた時よく目を凝らそうとしたらば、先に対峙していた明石が慟哭のように名を叫んだ。
名を叫ばれた蛍丸は、切っ先を鴨居から無理矢理に外して軽々とその大太刀を肩へ乗せると、窶れたような顔に嵌まる翡翠色の目を大きく見開いた。
「……ぁ……くにゆき? …国行っ …! 折れて、なかったんだね…!」
明石が太刀を鞘へ戻し、慌てて蛍丸へ近付くと腰を折ってペタペタとその顔を覆うように触れた。
されるがままの蛍丸は少しくすぐったそうにしたあと、視線を明石の後ろにいる花車達にやると鋭くし、明石を押し退けるようにして前へ出る。
当然安定は刀を抜いて構える。
「…ちょ、ちょお待ち! 蛍、よぉ聞いてや」
「何を? また審神者が来たってことでしょ? …国行、あの審神者と契約してるみたいだけどどうして。無理矢理結ばされたの? 俺が殺してあげるよ」
荒い息を吐いて肩の大太刀をゆっくりと構えようとすれば、明石が慌てて蛍丸の手首を握り、振り下ろそうとするのを止める。
もだもだとしている二振りを見ていた花車が、その隙に突然の襲撃に竦んでいた足を叱咤し一歩前へ出た。安定の右横に立った花車は少しだけ咳払いをすると「蛍丸さん!」と聞こえるように叫ぶ。
途端に蛍丸から冷えた目が花車へ向けられる。
それに心を縮ませつつも「あの」と言葉を必死に紡ぐが、その左手はそろそろと隣にいる安定の袖を小さく握っていた。
「私、昨日付けで後任となりました審神者の花車です。この本丸で起こったことは大雑把にしか聞いてないのでよく知りません、けど…明石さんは口上契約、自らの意思でしてくれたのでそこは否定をさせてほし」
「はあ? 俺そんなことどうだっていいの。審神者がむり。きらい。うざい。だから殺す。これ普通なんでしょ? おまえ達審神者がやってきたことでしょ。じごーじとくってやつ」
「せ、台詞遮られた…し、なにその持論!! え、前任ヤバい奴では?! ヒトラーなんです!? 独裁者にも程があるよぉ! に、人間みんなそんな感じじゃないですからね!」
「蛍丸、自分の意思で契約したんや。蛍丸の心配するようなことはなんもあらへんよ。それに…この通り前の審神者とはだいぶとちゃう人間やし、殺気づかんでも大丈夫や」
明石は余裕あるように蛍丸の腕を掴んでいるが、単純に力だけで言えば蛍丸の方が幾分か強い。
蛍丸が本気で振り払えば簡単に腕は飛ばされ、大太刀の刃が花車を両断するのは容易に想像できる。
安定はもしもに備えてすぐに動けるようじりじりと足を動かすが圧倒的に相手の方が練度は上で、起動で勝っても受け切れられず自分もろとも花車が斬られるのは必至だ。
たらりと嫌な汗がこめかみを伝う。
明石の説得でなんとか丸く収まればと熱意を込めて明石を見た安定には気付かないまま、明石は力の入っていない緩い蛍丸の腕を下げさせていく。
「ええ子やから刀下ろし。そんなボロボロんなって…主はんに治してもらお。そのまんまやと折れてまう」
明石の言葉で、ゆるゆると下げていた腕はぴたりと止まった。
翡翠の目は自分の前にいる明石を睨み上げるようにして光る。
「っ、国行はさぁ…見てないからだよ…。何回も、何回も何回も何回も!! 俺の前で折られる国俊を! 俺の刀で! 叩き折られる国俊を!! だからそんな呑気なこと言えるんでしょ!? そうだよ! 国行は顕現してすぐどっか行ったじゃん! 俺は国行も国俊みたいに折られたんだって思った! それか三日月宗近達みたいに可愛がられてんのかなって! 思って…たのに…こんな……おれ…ばかじゃんか……」
激昂した蛍丸は腕を振り払い、ボロボロの刀身の大太刀を振りかぶるが、言葉と共にその勢いは死んで刃が畳へ食い込んで落ちた。
柄から手を離した蛍丸はふるふると小刻みに震える両手で顔を覆い、傷だらけの生足を折ると畳へ尻を落とす。
「…蛍…」
「……おれ、もういやだ。国俊を殺したくない。国俊、笑うから、いっつも、いつだって、なんども……怖いのに、嫌なはずなのに、大丈夫って…。やめてって、俺が代わるからって審神者に言ったのに俺は、珍しいから、強いから、残されてるって…そんなんだったら俺、強くなくていい……!」
小さな掌の向こうからくぐもった声を出す蛍丸は消えてしまいそうだった。
明石は蛍丸の頭を抱き寄せるが言葉に詰まったように目をさ迷わせて眉を寄せる。
「…本当に強いのは、その国俊さんですね」
呟いた花車は制止する安定に頷きだけを返して一歩ずつゆっくりと前へ進み、畳へ落とされたままの大太刀の刃に人差し指をつけて少しだけその傷を直す。
それに伴って蛍丸の腕についていた傷が消えた。
「…なに、勝手に…」
「これで一先ず折れる心配はなくなりましたね。手入れ部屋を綺麗にしたので、あとは妖精さんに任せます…っても出入口が先ですね…うう、やられるかなぁって思ってたけどマジにやられるとしんど…いや頑張れ私! …それと、蛍丸さん。慰める言葉は薄っぺらに聞こえるので私はなにも言えません、けど…前任は確かに屑の極みです。でも全ての人間がそうではないので気が向いたら離れまでどうぞ」
「……は…?」
ぽかりと口を開けて花車を見上げる蛍丸と本体の側に、喚び戻された手入精霊がちまちまと動きどうするのかと様子を窺っている。
唖然としたままの蛍丸や明石を放っておいて、花車はちゃっちゃと壊された出入口に霊力を巡らせて直していくと、安定を呼んだ。
呼ばれた安定は漸く刀を鞘へ戻して明石へ一度だけ目線をやってから花車の隣へ向かう。
「明石さん、私はこのまま庭を抜けて西の庭へ向かいますね。あっちにはなにがあります?」
「え、あ…えーと、確か道場と鍛冶場やらなんやら…」
「オッケーです! 鍛冶場いいですね! 安定君一回刀装作ってみよ」
「うん、いいよ」
では、と濡れ縁廊下へ出た花車が手提げから先程回収した靴を取り出して沓抜石におろす。
安定の分も並べて履こうとしたとき、蛍丸が叫んだ。
「なにそれ!! 契約せまるもんじゃないの!? 勝手に入ってきて治してそれで言葉のひとつもかけずに出て行くってどういう神経してるんだよ!」
靴を履いて爪先を石へトントン叩いたあと、視線は築山へ向けたまま花車が「んー」と唸って口を開く。
「現存する刀剣男士が折れなければ私の任務は遂行なので契約は絶対ではありませ~ん。こんちゃん聞いてたら怒鳴られるけど、正直心の傷って時間と自分でしかなんとかできないし他人がどうこう言っても無理だもん。怒りとか哀しみとか昇華するのって他人の言葉とかでは難しいから。それに私は、気が向いたらおいでって言いました。蛍丸さんがお腹へったら、ご飯はだしますよ。でもそれ以上は踏み込まないし、折れなければそれでいいです。他の方にも機会があればそう伝えてください…さ、安定君行こ~」
空になった手提げを振り回し、揚々と歩き出す花車を少し見送ってから、安定は二振りを振り返る。
「まあさぁ、そういうことだし、ああいう主だからあんま深く考えないでよ。僕も主に危害加えなければ黙ってるから。それから明石さんは、一応主の刀だけどなんか色々あるだろうし暫くそっちにいていいよ。…またね」
穏やかに伝えるだけ伝えた安定の背後から「やーすさーだくーん! おーい!」と花車の呼ぶ声が響く。
それに対して安定は「はーい、今いくよ!」と張り上げて返し二振りに背中を向けて小走りに花車の元へ向かった。
明石は一先ず完全に治してもらおうと、手入精霊へ刀を預けるように蛍丸を促す。
「…なんか、…なにあの審神者。いみわかんないな、ほんと」
「せやろ。まあ、なんや…悪い人間やないってことは確かやで」
「変な人間…。……あーあ、国俊がいたらなぁ……」
消え去りそうな声で最後を呟いた蛍丸は本体を精霊へ預けるとそのままゆっくりと目を閉じる。
明石は眠りに入った蛍丸の白いパサついた髪を撫でて悲しそうに頷いた。
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