無変換だと本名は千鶴(ちづる)、審神者名は花車(はなぐるま)になります。
花車
名前変換
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──卯月某日
花車はあの後一度も起きることはなく、安定達は大机を動かし広縁側の障子に立て掛けて一の間に三組の布団を敷いて床についた。
花車が目を覚ましたとき室内は薄暗く、のそりと布団から起き上がると濡れ縁側の障子を開けた。
朝ぼやけの中、枯れ木の先にある朝露が光っている。春先だからだろうか、まだ少し肌寒くて花車は思わず肩を震わせて障子を閉めた。
「ぅー…お腹へった…寒い…お風呂入りたい…化粧したまま寝てしまった…ヤバすぎる…」
ぶつぶつと文句を言いながら花車は布団の上に掛けてあった浅葱色の羽織に気付くとそれを手に取る。
「安定君のだ」
言いながら、花車は肌寒さに耐えれず浅葱色を羽織った。数センチの身長差のわりに羽織は安定が羽織っていたときより幾分大きく感じつつ、花車は布団を畳むと襖をそろりと小さく開ける。
一の間には小狐丸を広縁側にして明石を真ん中、安定が襖の前で眠っていた。
安定の枕元で丸くなっていたこんのすけが気配に気付いたのか眠気眼のまま顔をあげて花車をうつうつと見上げる。
くあ、と大きく欠伸をすると目一杯体を前に後ろに伸ばして足を震わせ「お早う御座います花車様」と頭を下げた。
「おはよー。ごめんねこんちゃん、私あのままずっと寝てたみたいだねー」
「いえ、離れを直されたのと太刀二振りを初日に上書きされたのです。疲れも溜まるでしょう…ところで、お食事はいかがいたしますか?」
「食べる! お腹ペコペコでござる~」
話しながらこんのすけが安定を踏まないようにしながら花車の元へよたよたと近付く。
花車はこんのすけを二の間へ招き入れて手早く髪を纏め直すと連れ立って土間へ降りる。
「およ」
昨日との変わりように花車は驚き、動き回って確認する。
黒樫のダイニングテーブルの近くには食器棚が設置され、竃 の近くには冷蔵庫や釜や鍋などから始まり調理器具が一通り揃って整理されていた。
「すごー。え、これ昨日みんなでやってくれたの?」
「勿論! お三振りともとてもよい働きぶりでございました! 食料品やその他女性に必要なものに関しては花車様に直接聞いて取り寄せるつもりでしたのでその辺りはまだ揃っておりませんが…」
「お、お気遣いありがとうございます…こんちゃん高性能式神すぎて審神者辞めてもほしいくらい…」
「いやいやそれほどでもありますねぇ!」
狐らしからぬ顔を血色よくして照れて笑うこんのすけに少し引きつつも、花車は取り寄せてほしいものを粗方伝える。
少し肌寒いので何か暖房器具もほしい、と伝えれば電気で動くものか日本家屋に似合うものかと選択肢を並べられた花車は、少し悩みつつも一先ず景観に合うものを選択した。
「あ、あと私の荷物も。確か説明会の受付に預けっぱなしだったと思う…」
「そうでした! 本当は本丸に着いた時点で取り出すべき手荷物でしたのに私としたことがすっぱり忘れておりました…」
「こんちゃんうっかりさんかわよ…とりあえず私はお風呂に入るので荷物一通りこの机周辺に置いといてくーださい」
花車はそれだけ伝えると二の間に戻り押し入れを確認してバスタオルやハンドタオルを取り出す。
下着類はこんのすけが転送するのを待つことにし、巫女服が桐箪笥にしまわれていたため一先ずそれを引っ張り出して纏めて二の間を出た。
沓抜石には昨日の内に送られていたのか鼻緒のないサンダル草履が用意されていたので有り難く思いながらそれを履いて浴室へ向かうと、脱衣所のカーテンをしっかりと引いて遮断しサニタリールームを区切る。
これで誰かがトイレに起きても心配ないと花車は手早く服を脱いで脱衣籠へ放り込み、鏡で一度自分の顔を覗き込んだ。
寝起き特有のぼうっとした顔にメイクがよれていてなんとも情けない。
浴室と脱衣所を区切る竹細工のアコーディオンドアを開けて中へ入ると、きちんと石鹸類が並んでいて、その横にメイク落としと数種類の洗顔が棚違いに並んでいた。
「うぅ…こんちゃん女子力高くて嬉しみしかない…」
花車がふざけたことを言いながら風呂に入っている間、一の間では安定がのそりと起き出していた。
花車が起きたときより太陽は顔を出していて、雀の声が聞こえた安定は下ろした髪をがしがしと掻き乱しながら土間へ続く障子を開けて固まった。
「…なにこの…大量の荷物」
「やや! お早う御座います大和守安定様! この手荷物が花車様のお荷物で、他半分以上が食料とその他花車様がご所望になりました品物でございます」
「主、起きてるの」
「ええ。只今湯浴み中でございます」
こんのすけが彼方へ此方へと動かせるものを鼻で押して移動させていると、見かねた安定がひょいひょい抱えて食料とそれ以外を分けていく。
肉や魚などの生物だと認識できるものは冷蔵庫へしまったが、それ以外をどうすればいいのかわからなかった安定は一先ず冷蔵庫付近に固めておいた。
花車の手荷物は所望品だと言っていた段ボールの上に乗せて持ち上げ、二の間へ運び入れてとしていれば浴室のドアが開いてタオルで髪を拭きながら巫女服姿の花車が現れる。
「わ、おはよー安定君」
「おはよう主。一応仕分けたけど間違ってたらごめんね。ほらちゃんと髪拭いて。僕は顔を洗ってくるから」
「ありがとー! とても助かるよ~、あとこれ。羽織もありがとうね…シワとかなんか気になったら言って! アイロン取り寄せて手入れするから。こんちゃんも洗顔ラインナップ助かったです…マジで有能か…?」
浴室へ向かう安定に羽織を返すと、式台に足をつけたまま上がり框へ腰掛けて一息ついた花車は改めて土間内を見渡す。
冷蔵庫が稼働し、竈と玄関の間には水道がついた洗い場がある。天井は太い梁が組み交い和紙で出来た丸い大きなランプシェードがぶら下がるが、所々の柱に小さな台が張り出してその上に手燭が乗り、装飾性の無い手燭には小さな和蝋燭が刺さっている。
近現代が混ざったような空間に、真新しいような懐かしいような不思議な気持ちになった花車はなんとなく実家を思い出した。
一ヶ月に一度の手紙のやり取りは許可されている。そこへ心配をかけないような内容を書けるように頑張らねばと花車は自分の頬を叩いて喝を入れると、漸く履き物を脱ぎ捨てて二の間へ向かう。
安定が入れてくれていた荷物をほどき、下着類や自分好みの緩いシルエットの洋服をしまうと、今度は自分の旅行バッグを隅にひっそりと置いてあった文机へ持っていき中をテキパキと出して並べる。
文机の裏にコンセントを見つけ、そこへヘアドライヤーとヘアアイロンのプラグを挿し込み試しにスイッチを押すと通電した。ドライヤーでそのまま髪を乾かしながらヘアアイロンは適温まで温め続けるよう放置し、その間片手間で化粧品や置き鏡を並べて漸く身支度を始める。
「主はーん、入りますよー?」
「はぁいー、お化粧中ですけどどーぞー」
髪を乾かし終えて後ろで一つ縛りにしてベースメイクをしているときに、隣の部屋から襖越しに声をかけられた花車は返事を返す。
明石は少し息を飲んでから「化粧しとるとこは見せたらあかんやろ…」と言って襖を開けることはしなかった。
何か話があるのかもしれないといつもより手早く化粧を終えて、髪を巻いて下準備するのをやめて編み込みシニヨンにちゃっちゃとすると急いで襖を開ける。
そこには綺麗に畳まれた三組の布団しかなく、花車は襖を開け放ってから土間へ向かった。
「あ、主はんおはようさん。声かける時悪ぅてどーもすんません」
土間のダイニングテーブルには明石がだらりと腰掛けており、ヒラヒラと手を振って花車を見る。
「おはよー、平気だよ。みんなは?」
花車は返事をしながら袖を襷掛けし、三和土へ降りると釜戸に嵌めたままの茶釜を持ち上げて横の洗い場から水を汲むと、腕を震わせながら再び釜戸へ戻す。
下を覗くと薪はおろか木切れすらなかった。
「外にいますわ…主はんお湯沸かしたいんやったらもうちょい待っとったら…」
明石の言葉のすぐ後に玄関がガラリと開き、安定と小狐丸が薪や木切れを持って帰って来た。
二振りの足元にいたこんのすけが竃前に立つ花車へ走り寄り咥えていたマッチを渡す。
「丁度いいね、主、火を興そう」
「ほんと、タイミングよかったー。小狐丸さん、おはよーございまーす」
安定が薪を横窓から数本入れて組み真ん中へ木切れを入れると花車がマッチで枝先へ火をつけて放り込む。
小狐丸は挨拶に頷きだけを返して持っていた薪を竃近くへ積み終わると、上がり框へ座って小さく燃え始めた炉の中を見つめた。
「お二振りに薪割りをお願いしておりました。まだ外に組んだ状態でありますので都度必要であれば補充をしてください」
「ありがとーね。お湯沸いたらさあ、お茶淹れてご飯炊いて朝御飯にしたら母屋に行こうと思うの」
「構いませんが…十分にお気をつけくださいね。私は今より一度政府へ戻り処々の報告と準備をしなければなりませんので」
そう言うとこんのすけはしゅるんと音を立てていなくなり、代わりに不思議な形の和紙札がぺらりと舞った。
それを拾って懐にしまうと、パチパチと音を立てて燃え始めたのを聞いて一度竃から離れて冷蔵庫へ放置されたままの野菜や卵を片付ける。
「主、母屋に行って何するつもり? 建物でも直すの?」
「んー、一先ず正面玄関に置きっぱの靴を回収します! 安定君も藁草履じゃなくて自分の草履回収しないとね~」
野菜室は春先の野菜で埋まり、冷蔵室には未開封の麦茶や卵、調味料などが片付けられる。
終わると戸棚から茶筒を、食器棚から人数分の湯飲みと急須を取り出して盆に乗せ竃横の作業台へ置いた。
「明石さん達はどうするの? ここにいてもらうの?」
安定は延焼が順調なことを確認して追加で薪を押し込み、火箸で炉の中を整える。
「え? どうするって…好きにしていいですよ。此処にいたければいていいですし、ついて来られるなら一緒にどーぞですし」
空の羽釜を持って三和土に置かれた状態の米袋から一先ず四合分、米を掬い入れて洗い場で米を研ぐ。
パタパタと休みなく動き続ける花車の背中を見ていた明石は大きく伸びをすると「ほな自分は行きますわ」と眠そうな顔で言った。
思わず花車の米を研いでいた手が止まる。
「…明石さんは、てっきりここにいるんだと思ってましたよ」
「僕も」
「なんや酷いなー自分ら。言うて自分、もう契約もしてますし主はんの刀やし…あとはまあ、見たいもんちゅうか、確認したいもんもあるしな…」
米を研ぎ終わると羽釜を釜戸へ直しそこへ水を汲み入れて木蓋をすると、安定が横の炉から火を分けた。
茶釜は煙を出して沸騰したので一度火から下ろして作業台へ五徳を用意してからその上へ乗せ、急須へ茶葉を入れて湯を落としお茶の準備をする。
「安定君、お茶飲も」
「うん」
盆を持って机に向かい、明石と安定の前へ湯飲みを置いてお茶を淹れ、上がり框に座ったままの小狐丸の横へ自分も座ると盆の上でお茶を淹れて片方を小狐丸の方へ寄せ、もう片方を一口飲む。
「なんかやっと口に入れた…昨日からなんにも食べてない飲んでないとか死んじゃう…審神者は人間ですよぉ」
花車が上がり框の板間にばたりと倒れ込むと、安定が「はしたないよ」と咎める。
ひらひらと手を振って返していると、小狐丸がぽつりと呟いた。
「…お茶とは、苦味と甘味があるものなのですね…」
その言葉に、ガバッと身を起こした花車は小狐丸と、それから椅子に座る明石を見る。
「…も、もしかして…今まで飲んだことなかったんですか?」
「あーまぁ、せやなぁ。水はたまに飲んどったけど食いもんは勿体ないとかなんやらで。正直有機体を食わんでも霞食って空腹紛らわせられんでなぁ」
明石の言葉にショックを受けた花車は顔を白くさせ口に手を当てて眉を寄せる。
「え、安定君は顕現したばかりだからそれはわかるけど、え!!!?? 小狐丸さんと明石さんは随分経ってますよね!?」
「主声大きいよ」
「だって安定君!! これは一大事!! 生きとし生けるもの全て腹も減るし喉も渇く! 生まれたときは無機物の刀であっても今は神様! 神が生きていなければ秩序は保たれないって神道学で習ったもの! 神様は生きてるつまり飢渇する可能性もある!!」
力説する花車はその内に小狐丸の手を取りぎゅうっと両手で握り締める。
湯飲みを置いて距離を取ろうとしていた小狐丸は目を白黒させて花車を嫌そうに見た。
「うぅ…可哀想に…今日から沢山食べましょうね…好きな味も嫌いな味も見つけましょう…」
涙目の花車に引きながら小狐丸は自分の軽率な呟きを恥じると同時になにか別の思いも生まれたことを感じとる。首をかしげつつも必死な花車に「ああ…まあ…ああ…」と微妙な返事をなんとか返す。
「そうと決まれば! 早速朝食のおかずは気合い入れましょう! はやく飯よ炊けるんだ!!」
両手を離した花車はピョイと身軽に沓抜石のサンダル草履を履いて薄煙を出し始めた羽釜の前に向かう。
木蓋の感覚を確かめてまだ開け頃でないと判断すると冷蔵室へ向かい卵、ほうれん草、味噌、豆腐諸々と出して洗い場と作業台、竃を忙しなく動き始めた。
その背中を見つめる安定は「主って変なとこあるよね」と呟く。
「熱心な主はんってことやろ。なんや自分は、主はん見とると最初のが随分と当たり悪かったんやなぁって思うわ…」
「…妙な人間じゃ」
小狐丸の少し突き出された口を見て、安定と明石はにんまりとする。
その反応へギャンギャンと吠える小狐丸に花車が「もうすぐできますよ!! お腹減りましたねー!」と頓珍漢な言葉をかけて諌めるまであと数十秒。
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花車はあの後一度も起きることはなく、安定達は大机を動かし広縁側の障子に立て掛けて一の間に三組の布団を敷いて床についた。
花車が目を覚ましたとき室内は薄暗く、のそりと布団から起き上がると濡れ縁側の障子を開けた。
朝ぼやけの中、枯れ木の先にある朝露が光っている。春先だからだろうか、まだ少し肌寒くて花車は思わず肩を震わせて障子を閉めた。
「ぅー…お腹へった…寒い…お風呂入りたい…化粧したまま寝てしまった…ヤバすぎる…」
ぶつぶつと文句を言いながら花車は布団の上に掛けてあった浅葱色の羽織に気付くとそれを手に取る。
「安定君のだ」
言いながら、花車は肌寒さに耐えれず浅葱色を羽織った。数センチの身長差のわりに羽織は安定が羽織っていたときより幾分大きく感じつつ、花車は布団を畳むと襖をそろりと小さく開ける。
一の間には小狐丸を広縁側にして明石を真ん中、安定が襖の前で眠っていた。
安定の枕元で丸くなっていたこんのすけが気配に気付いたのか眠気眼のまま顔をあげて花車をうつうつと見上げる。
くあ、と大きく欠伸をすると目一杯体を前に後ろに伸ばして足を震わせ「お早う御座います花車様」と頭を下げた。
「おはよー。ごめんねこんちゃん、私あのままずっと寝てたみたいだねー」
「いえ、離れを直されたのと太刀二振りを初日に上書きされたのです。疲れも溜まるでしょう…ところで、お食事はいかがいたしますか?」
「食べる! お腹ペコペコでござる~」
話しながらこんのすけが安定を踏まないようにしながら花車の元へよたよたと近付く。
花車はこんのすけを二の間へ招き入れて手早く髪を纏め直すと連れ立って土間へ降りる。
「およ」
昨日との変わりように花車は驚き、動き回って確認する。
黒樫のダイニングテーブルの近くには食器棚が設置され、
「すごー。え、これ昨日みんなでやってくれたの?」
「勿論! お三振りともとてもよい働きぶりでございました! 食料品やその他女性に必要なものに関しては花車様に直接聞いて取り寄せるつもりでしたのでその辺りはまだ揃っておりませんが…」
「お、お気遣いありがとうございます…こんちゃん高性能式神すぎて審神者辞めてもほしいくらい…」
「いやいやそれほどでもありますねぇ!」
狐らしからぬ顔を血色よくして照れて笑うこんのすけに少し引きつつも、花車は取り寄せてほしいものを粗方伝える。
少し肌寒いので何か暖房器具もほしい、と伝えれば電気で動くものか日本家屋に似合うものかと選択肢を並べられた花車は、少し悩みつつも一先ず景観に合うものを選択した。
「あ、あと私の荷物も。確か説明会の受付に預けっぱなしだったと思う…」
「そうでした! 本当は本丸に着いた時点で取り出すべき手荷物でしたのに私としたことがすっぱり忘れておりました…」
「こんちゃんうっかりさんかわよ…とりあえず私はお風呂に入るので荷物一通りこの机周辺に置いといてくーださい」
花車はそれだけ伝えると二の間に戻り押し入れを確認してバスタオルやハンドタオルを取り出す。
下着類はこんのすけが転送するのを待つことにし、巫女服が桐箪笥にしまわれていたため一先ずそれを引っ張り出して纏めて二の間を出た。
沓抜石には昨日の内に送られていたのか鼻緒のないサンダル草履が用意されていたので有り難く思いながらそれを履いて浴室へ向かうと、脱衣所のカーテンをしっかりと引いて遮断しサニタリールームを区切る。
これで誰かがトイレに起きても心配ないと花車は手早く服を脱いで脱衣籠へ放り込み、鏡で一度自分の顔を覗き込んだ。
寝起き特有のぼうっとした顔にメイクがよれていてなんとも情けない。
浴室と脱衣所を区切る竹細工のアコーディオンドアを開けて中へ入ると、きちんと石鹸類が並んでいて、その横にメイク落としと数種類の洗顔が棚違いに並んでいた。
「うぅ…こんちゃん女子力高くて嬉しみしかない…」
花車がふざけたことを言いながら風呂に入っている間、一の間では安定がのそりと起き出していた。
花車が起きたときより太陽は顔を出していて、雀の声が聞こえた安定は下ろした髪をがしがしと掻き乱しながら土間へ続く障子を開けて固まった。
「…なにこの…大量の荷物」
「やや! お早う御座います大和守安定様! この手荷物が花車様のお荷物で、他半分以上が食料とその他花車様がご所望になりました品物でございます」
「主、起きてるの」
「ええ。只今湯浴み中でございます」
こんのすけが彼方へ此方へと動かせるものを鼻で押して移動させていると、見かねた安定がひょいひょい抱えて食料とそれ以外を分けていく。
肉や魚などの生物だと認識できるものは冷蔵庫へしまったが、それ以外をどうすればいいのかわからなかった安定は一先ず冷蔵庫付近に固めておいた。
花車の手荷物は所望品だと言っていた段ボールの上に乗せて持ち上げ、二の間へ運び入れてとしていれば浴室のドアが開いてタオルで髪を拭きながら巫女服姿の花車が現れる。
「わ、おはよー安定君」
「おはよう主。一応仕分けたけど間違ってたらごめんね。ほらちゃんと髪拭いて。僕は顔を洗ってくるから」
「ありがとー! とても助かるよ~、あとこれ。羽織もありがとうね…シワとかなんか気になったら言って! アイロン取り寄せて手入れするから。こんちゃんも洗顔ラインナップ助かったです…マジで有能か…?」
浴室へ向かう安定に羽織を返すと、式台に足をつけたまま上がり框へ腰掛けて一息ついた花車は改めて土間内を見渡す。
冷蔵庫が稼働し、竈と玄関の間には水道がついた洗い場がある。天井は太い梁が組み交い和紙で出来た丸い大きなランプシェードがぶら下がるが、所々の柱に小さな台が張り出してその上に手燭が乗り、装飾性の無い手燭には小さな和蝋燭が刺さっている。
近現代が混ざったような空間に、真新しいような懐かしいような不思議な気持ちになった花車はなんとなく実家を思い出した。
一ヶ月に一度の手紙のやり取りは許可されている。そこへ心配をかけないような内容を書けるように頑張らねばと花車は自分の頬を叩いて喝を入れると、漸く履き物を脱ぎ捨てて二の間へ向かう。
安定が入れてくれていた荷物をほどき、下着類や自分好みの緩いシルエットの洋服をしまうと、今度は自分の旅行バッグを隅にひっそりと置いてあった文机へ持っていき中をテキパキと出して並べる。
文机の裏にコンセントを見つけ、そこへヘアドライヤーとヘアアイロンのプラグを挿し込み試しにスイッチを押すと通電した。ドライヤーでそのまま髪を乾かしながらヘアアイロンは適温まで温め続けるよう放置し、その間片手間で化粧品や置き鏡を並べて漸く身支度を始める。
「主はーん、入りますよー?」
「はぁいー、お化粧中ですけどどーぞー」
髪を乾かし終えて後ろで一つ縛りにしてベースメイクをしているときに、隣の部屋から襖越しに声をかけられた花車は返事を返す。
明石は少し息を飲んでから「化粧しとるとこは見せたらあかんやろ…」と言って襖を開けることはしなかった。
何か話があるのかもしれないといつもより手早く化粧を終えて、髪を巻いて下準備するのをやめて編み込みシニヨンにちゃっちゃとすると急いで襖を開ける。
そこには綺麗に畳まれた三組の布団しかなく、花車は襖を開け放ってから土間へ向かった。
「あ、主はんおはようさん。声かける時悪ぅてどーもすんません」
土間のダイニングテーブルには明石がだらりと腰掛けており、ヒラヒラと手を振って花車を見る。
「おはよー、平気だよ。みんなは?」
花車は返事をしながら袖を襷掛けし、三和土へ降りると釜戸に嵌めたままの茶釜を持ち上げて横の洗い場から水を汲むと、腕を震わせながら再び釜戸へ戻す。
下を覗くと薪はおろか木切れすらなかった。
「外にいますわ…主はんお湯沸かしたいんやったらもうちょい待っとったら…」
明石の言葉のすぐ後に玄関がガラリと開き、安定と小狐丸が薪や木切れを持って帰って来た。
二振りの足元にいたこんのすけが竃前に立つ花車へ走り寄り咥えていたマッチを渡す。
「丁度いいね、主、火を興そう」
「ほんと、タイミングよかったー。小狐丸さん、おはよーございまーす」
安定が薪を横窓から数本入れて組み真ん中へ木切れを入れると花車がマッチで枝先へ火をつけて放り込む。
小狐丸は挨拶に頷きだけを返して持っていた薪を竃近くへ積み終わると、上がり框へ座って小さく燃え始めた炉の中を見つめた。
「お二振りに薪割りをお願いしておりました。まだ外に組んだ状態でありますので都度必要であれば補充をしてください」
「ありがとーね。お湯沸いたらさあ、お茶淹れてご飯炊いて朝御飯にしたら母屋に行こうと思うの」
「構いませんが…十分にお気をつけくださいね。私は今より一度政府へ戻り処々の報告と準備をしなければなりませんので」
そう言うとこんのすけはしゅるんと音を立てていなくなり、代わりに不思議な形の和紙札がぺらりと舞った。
それを拾って懐にしまうと、パチパチと音を立てて燃え始めたのを聞いて一度竃から離れて冷蔵庫へ放置されたままの野菜や卵を片付ける。
「主、母屋に行って何するつもり? 建物でも直すの?」
「んー、一先ず正面玄関に置きっぱの靴を回収します! 安定君も藁草履じゃなくて自分の草履回収しないとね~」
野菜室は春先の野菜で埋まり、冷蔵室には未開封の麦茶や卵、調味料などが片付けられる。
終わると戸棚から茶筒を、食器棚から人数分の湯飲みと急須を取り出して盆に乗せ竃横の作業台へ置いた。
「明石さん達はどうするの? ここにいてもらうの?」
安定は延焼が順調なことを確認して追加で薪を押し込み、火箸で炉の中を整える。
「え? どうするって…好きにしていいですよ。此処にいたければいていいですし、ついて来られるなら一緒にどーぞですし」
空の羽釜を持って三和土に置かれた状態の米袋から一先ず四合分、米を掬い入れて洗い場で米を研ぐ。
パタパタと休みなく動き続ける花車の背中を見ていた明石は大きく伸びをすると「ほな自分は行きますわ」と眠そうな顔で言った。
思わず花車の米を研いでいた手が止まる。
「…明石さんは、てっきりここにいるんだと思ってましたよ」
「僕も」
「なんや酷いなー自分ら。言うて自分、もう契約もしてますし主はんの刀やし…あとはまあ、見たいもんちゅうか、確認したいもんもあるしな…」
米を研ぎ終わると羽釜を釜戸へ直しそこへ水を汲み入れて木蓋をすると、安定が横の炉から火を分けた。
茶釜は煙を出して沸騰したので一度火から下ろして作業台へ五徳を用意してからその上へ乗せ、急須へ茶葉を入れて湯を落としお茶の準備をする。
「安定君、お茶飲も」
「うん」
盆を持って机に向かい、明石と安定の前へ湯飲みを置いてお茶を淹れ、上がり框に座ったままの小狐丸の横へ自分も座ると盆の上でお茶を淹れて片方を小狐丸の方へ寄せ、もう片方を一口飲む。
「なんかやっと口に入れた…昨日からなんにも食べてない飲んでないとか死んじゃう…審神者は人間ですよぉ」
花車が上がり框の板間にばたりと倒れ込むと、安定が「はしたないよ」と咎める。
ひらひらと手を振って返していると、小狐丸がぽつりと呟いた。
「…お茶とは、苦味と甘味があるものなのですね…」
その言葉に、ガバッと身を起こした花車は小狐丸と、それから椅子に座る明石を見る。
「…も、もしかして…今まで飲んだことなかったんですか?」
「あーまぁ、せやなぁ。水はたまに飲んどったけど食いもんは勿体ないとかなんやらで。正直有機体を食わんでも霞食って空腹紛らわせられんでなぁ」
明石の言葉にショックを受けた花車は顔を白くさせ口に手を当てて眉を寄せる。
「え、安定君は顕現したばかりだからそれはわかるけど、え!!!?? 小狐丸さんと明石さんは随分経ってますよね!?」
「主声大きいよ」
「だって安定君!! これは一大事!! 生きとし生けるもの全て腹も減るし喉も渇く! 生まれたときは無機物の刀であっても今は神様! 神が生きていなければ秩序は保たれないって神道学で習ったもの! 神様は生きてるつまり飢渇する可能性もある!!」
力説する花車はその内に小狐丸の手を取りぎゅうっと両手で握り締める。
湯飲みを置いて距離を取ろうとしていた小狐丸は目を白黒させて花車を嫌そうに見た。
「うぅ…可哀想に…今日から沢山食べましょうね…好きな味も嫌いな味も見つけましょう…」
涙目の花車に引きながら小狐丸は自分の軽率な呟きを恥じると同時になにか別の思いも生まれたことを感じとる。首をかしげつつも必死な花車に「ああ…まあ…ああ…」と微妙な返事をなんとか返す。
「そうと決まれば! 早速朝食のおかずは気合い入れましょう! はやく飯よ炊けるんだ!!」
両手を離した花車はピョイと身軽に沓抜石のサンダル草履を履いて薄煙を出し始めた羽釜の前に向かう。
木蓋の感覚を確かめてまだ開け頃でないと判断すると冷蔵室へ向かい卵、ほうれん草、味噌、豆腐諸々と出して洗い場と作業台、竃を忙しなく動き始めた。
その背中を見つめる安定は「主って変なとこあるよね」と呟く。
「熱心な主はんってことやろ。なんや自分は、主はん見とると最初のが随分と当たり悪かったんやなぁって思うわ…」
「…妙な人間じゃ」
小狐丸の少し突き出された口を見て、安定と明石はにんまりとする。
その反応へギャンギャンと吠える小狐丸に花車が「もうすぐできますよ!! お腹減りましたねー!」と頓珍漢な言葉をかけて諌めるまであと数十秒。
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