無変換だと本名は千鶴(ちづる)、審神者名は花車(はなぐるま)になります。
花車
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
──卯月某日
「安定君! 凄いよー、目の前荒れ地だー!」
「それ喜んで言うことなの?」
離れ二の間の障子を開けた濡れ縁から外は広大な荒れ地となっていた。
外用の靴を母屋の玄関に置いたままのため外に出ることは叶わないが、目線の先には目隠しがわりであっただろう枯れ木と、その奥に手入れも何もされていない放置された土原が広がっている。土原の北東には土蔵が建っていてそこで北東側の敷地は終わるように土塀で囲まれていた。
「あれってあれかなぁ、畑」
「主にはあれが畑に見えるの?」
「いや、どちらかと言えば思いっきりドッジボールしたあとの運動場って感じ…?」
「なにそれわかんないよ」
一人でうんうん頷く花車に安定は呆れつつ返事をするが、すぐに視線を鋭くして後ろを振り向き、渡り廊下の方面をじっと見た。同じように花車も部屋の中を振り返って無言で見続ける。
そこにはまだ真ん中に小狐丸が突っ立っていたが、一人と一振りに倣うように渡り廊下方面を見る。
暫くそのままでいたが、花車がやおら気を抜いて伸びをし、二の間へ戻った。
「主」
「んー、まあこんだけわっちゃわちゃと直してたらそりゃ気にするよねーって」
「…気配に聡いのは向こうの方だから、あんまり悠長に構えてられないよ。多分、ずっと見てたんだと思う」
濡れ縁からの障子を閉めながら安定が注意を促すが、花車は「そうねー」とのんびり言いながら今度は二の間東側の障子に向かって歩きこれまたスパンと開け放った。
「およ、こっちは土間続きのキッチンダイニングっぽい」
二の間から東の障子の先は板間が続き、そこに黒樫のテーブルと椅子が五つ並んでいる。
「こっちも広いね…きっちんだいにんぐ? って厨 のことか」
安定は呟きつつ一の間二の間の土間へ続く障子を開けていく。
小狐丸が静かに二の間の障子付近に座って二人の動きを見つめる。
板間は右手に延びて一の間からも出入りが出来るようになっており、板間から三和土 に降りれば釜戸が四つ並んで複合の大きな竈 として居座っていた。
その右手、南側にはこの離れの玄関と思われる硝子格子の引戸がある。
板間から沓抜石を覗けば草履が三足並んでいる。
「…んー…ちょっと安定君と小狐丸さん、明石さんは…寝てるからいいや。二振りは目を瞑るか向こう向いててくださーい」
急なことに疑問を浮かべつつも、安定は素直に後ろを振り向き座る小狐丸の前に立って視界を遮る。
小狐丸も訝しげにしつつ言うことを聞いているつもりなのか安定の顔から視線を天井へ向けた。
その隙に花車は薄手のニットワンピースの裾から手を入れてストッキングをずり下げて脱ぎ、真ん中で折って一本にするとコンパクトに畳んでいく。それを椅子の上へ置いて「もういいよー」と声を掛けると同時に沓抜石にあった草履に足を突っ込んでいた。
「何してたの?」
安定が小狐丸の前から移動して同じ様に草履に足袋の履いた足を入れて竈の左にある押し扉を眺める花車の横に立つ。
「ストッキング履いてると草履履けなかったから脱いだの。流石に見られてるのに脱ぐのは恥ずかしいじゃんか」
「…そうだね。それから…すとっきんぐが何かわからないけど、もう少し自分の性別考えて発言しようよ。主の時代の女子はみんなそんな感じなの?」
「いやー清楚な人もいるよぉ」
喋りながらもペタペタと押し扉を触り、特に何も呪 いが施されていないのを確認すると金の取っ手を下げて扉を押し開いた。
扉の中、右手すぐに個室があり正面には壁付けの洗面台、その奥に細竹の壁で仕切られて浴槽がある。
「なるほどね~お風呂と、こっちの個室がトイレかー。住める住める余裕」
「わりとキチンとした離れだったんだね」
安定もぐるりと浴室内を見渡し、洗面台の鏡を覗き込んで自分の前髪を少しだけ触った。
「ね、凄いねぇ…さて、皆にはキッチン…えーとさっき安定君何て言ってた?」
「厨」
「それ。厨の机に集まってもらお~」
花車が浴室から出て土間のテーブルへ向かいストッキングを右ポケットに突っ込んでから、未だに仕切りの近くに座ったままの小狐丸を「椅子へどうぞ」と呼ばう。小狐丸は返事を返すことはなかったが静かに椅子に着席する。
安定は一の間でだらける明石と明石に抱え込まれたこんのすけを引き連れて土間の椅子へ座った。
「さて! なんやかんやとありましたが、改めまして本日より此方の本丸へ後継審神者として就任しました花車と言います。本名は仲良くなったら教えます多分」
緩く始まった話し合いに、こんのすけが「教えては駄目です!」と激を飛ばす。
それをスルーして花車はこんのすけから貰っていた間取り図を左のポケットから取り出しテーブルの上へ広げる。
「えーと、本丸のことは粗方しか聞いてないですけど、兎に角ヤバイことがあったことは認識してます。母屋となる此方、南東にある居室が審神者部屋と記載ありますけど、前任さんがなんだかんだとやらかしたり殺られたりしたので使いたくはありませんので離れを拠点とします」
指先で審神者部屋を丸くなぞりながら淀みなく述べる花車の言葉に小狐丸が少しだけ引き眉を動かしたが、花車はそれに触れることなく話を進める。
「小狐丸さんとバトった時にちょっと言いましたけど、大前提として私はお給料のためにここに来たと認識お願いします。マジでそうなので」
「はい。主はん、お家貧乏なん?」
「火の玉ストレートすぎるよ明石さーん。まあでもそんな感じです家庭の事情ですー!」
花車は、えーんと泣き真似をしたがすぐさま真顔でピンと人差し指を立てる。
「あと、私が生きていないとお給料が支払ってもらえませんので、再建するために頑張りますが当面の作戦はいのちだいじに、です。現在此方の本丸で顕現している刀剣の皆様も折れたり刀解になった場合は特別ボーナスが貰えないっぽいのでそれも無しの方向で進みます」
「…成る程、ですから私を刀解しないのですね」
「です! それで、本日はもう廊下直したり離れ直したり内に眠る反射神経を呼び覚ましたりとMP肉体ともに疲弊してるので明日から離れ以外を見て回ります、ので! 今日は二の間で私は寝ます。押し入れ漁っても布団なかったらこんちゃんなんとかなります?」
椅子の背もたれにだらりと背中を預けて疲れきった顔を浮かべる花車に、こんのすけは必需品に関してはなんとかなると伝える。
その答えに安心したのか一気に顔からテーブルに倒れ込み俯せになった花車は此処で初めて大きな溜め息をついて静かになる。
急に黙り込み動かなくなった花車に、安定が恐る恐る手を伸ばして肩を揺する。
「主…? ちょっと、大丈夫?」
「ん~…本当はご飯とかお風呂とか部屋割りとか決めないとだけど…本当にちょっと疲れたから寝そう…直すの…めっちゃ疲れる…」
それだけ言うと花車は瞼を降ろして糸の切れた人形のようにだらりと意識を飛ばす。
寝入りの早さに驚きつつも、このままではダメだと考えた安定が二の間の押し入れを確認するために席を立つ。
「いやぁ、確かに主はんやないけど今日はえらいしんどいわ…小狐丸はん、主はん連れて行ってくれへん? 自分はほら、ひ弱なもんで落としたらかなわんやろ?」
わざとらしく眉を下げて懇願する明石に、小狐丸は不快そうに引き眉を寄せる。
しかしこんのすけも同じ様にテーブルの上から小さな頭を下げてお願いをすれば、渋々と言った風に溜め息をついて座ったまま寝こける花車を俵抱きにして二の間へ運んだ。
押し入れに花車が一緒に直していたのか真新しいと思える布団があり、それを出して敷いていた安定は小狐丸の運び方に目を見開き「運び方考えてよ!」と叫ぶ。
小狐丸はムッとした顔付きのまま「運んだだけありがたいと思うのが先じゃろう」と返し花車を敷かれたばかりの布団へ乱雑に転がした。
「あのさぁ、一応主の前でも猫被ってくれてるっぽいけどさ、あー…じゃなくて、前の審神者と何があったかは知らないし出来れば知りたくもないけど…その感情を主にまでぶつけるのはやめてくれない? 僕たち“刀”が顕現するにあたって色々性格や外見が違うのと同じで、人間だって同じだろ」
転がされてもなお寝息を立てる花車の体を優しい手付きできちんとした仰向けの体勢に整え、枕を頭の下に差し入れて掛け布団をかけた安定が花車の寝顔を見つめながら小狐丸へ苦言を呈する。
同じ様に眠る花車の顔を見ながら小狐丸は舌打ちをひとつ。
何かを言い返そうと口を開いたが、こんのすけの「お二振りともー!」の声で遮られた。
返事をしながら安定が立ち上がり、小狐丸の体を押して二の間から押し出すように土間へ向かう。
丁寧に後ろ手で二の間の障子を閉めると小狐丸から手を離してこんのすけがいるテーブルの前の椅子に座った。
「花車様がお休みになられましたのでその間、夜になる前にこの離れへ生活に必要なものを私が召喚いたします。既に政府が輸送紋を繋げて待っておりますので後は此方が繋げれば物品が現れます。つきましてはお三振りには配置などをお手伝いいただきたく…」
快く頷いたのは安定のみで明石は文句を言いつつ「しゃあないなぁ」と片腕を振り、小狐丸に至っては無視を決め込んだ。
その現状に面妖な顔をさらに面妖にしつつこんのすけは土間の三和土へ降りると間取り図を出したときのように縦に一回転。
しゅぼん、と間抜けな音とともに大型サイズの冷蔵庫が現れる。それを皮切りに次々と家電や服装品、日用品が現れた。
「では小狐丸様と明石国行様は冷蔵庫をそちらの壁へ。大和守安定様は此方のトイレットペーパーを厠へ。終わりましたら次に洗濯機、食器棚、文机他諸々細々したものの整理整頓です! 食料品に関しては一先ず花車様が起床されたらにいたしましょう!」
「…嘘、滅茶苦茶刀使い荒くない?」
「自分寝起きみたいなもんやのにめっちゃ動かせるやん…鬼…鬼狐…」
「…もしや、己 は封印されたままの方がよかったのではないか…?」
「つべこべおっしゃらず! 動いてください!」
ケンケンと鳴き喚くこんのすけにぶつぶつ文句を言いつつ男達は動き出す。
小狐丸が冷蔵庫は一人で行ける、と言えば明石はサボろうとしたがすぐに見付かり一人で洗濯機を防水パンの上へ設置するように言われて疲労感を露にしながらガコガコと持っていく。再び「引き摺らない!」と叱られていた。
「ねぇこんのすけ、といれっとぺーぱー終わったよ。洗剤とかその辺りも棚にしまった。衣類品とか主が寝てるところの押し入れでしょ? 僕が行く」
「はい! では宜しくお願い致します!」
安定が二の間の障子をそっと開けて中の様子を伺い、花車が寝ているのを確認するとホッと息をついてこんのすけに頷く。
こんのすけも同じく頷いてから一回転、間抜けな音と共に現在いる三振り分の布団一式と数枚の巫女服や衣類、大小様々なタオル類を転送した。
やりきったと言わんばかりのこんのすけは「お願い致しますね」と頭を下げて部屋を出ると土間でまた二振りへああだこうだと激を飛ばし始めた。
鬼監督よろしいこんのすけを見送ってから安定は花車を起こさないよう気を付けつつ押し入れを開けて下段の押し入れ収納箪笥へ衣類やタオル類を運んでは整理して入れていく。
布団はどうせ使うだろうと踏んで一の間に運び入れた。
「…ふう…」
一通り終わった安定は布団を背もたれにして座り、じっと寝入る花車を見つめる。
土間の方から「斜めになっています!」「小うるさい管狐じゃのう」「あかん疲れたわ」などと騒ぐ声が聞こえて安定は思わず此処が普通の本丸かと錯覚を起こしそうになった。
しかし濡れ縁で感じたあの気配と少しの殺気は紛れもなく同じ刀剣のもので、動ける短刀か脇差しが様子を伺いに来ていたことは明白だった。
安定は四つん這いになると畳の上を静かにそのまま移動して花車の横に行き、綺麗に寝ている花車の茶色い前髪をそっと撫でわける。
「…頑張ろうね、主」
静かに微笑んだ安定は自分の浅葱色の羽織を脱いで、眠る花車の掛け布団の上へ広げて重ねる。
バタバタしていていつの間に昼になっていたのか、朝の日差しから濡れ縁から射す光が午後特有の濃いものになっていた。
安定はふと同じ時代に同じ主の元で一緒だった打刀を思い出す。
この本丸にいるのかどうか、把握はしていないがいなければいいと思った。
「ねぇ主、僕の相方みたいなのがいるんだけど…あいつ、精神弱いからこんなとこいないといいなって思うよ。…もし、いたらさあ…ちゃんと救ってやってよね」
安定は最後に寝ている花車の頬を撫でると、まだ皿の位置がどうのと騒いでいる土間へ応援に行くべく二の間を後にした。
→
「安定君! 凄いよー、目の前荒れ地だー!」
「それ喜んで言うことなの?」
離れ二の間の障子を開けた濡れ縁から外は広大な荒れ地となっていた。
外用の靴を母屋の玄関に置いたままのため外に出ることは叶わないが、目線の先には目隠しがわりであっただろう枯れ木と、その奥に手入れも何もされていない放置された土原が広がっている。土原の北東には土蔵が建っていてそこで北東側の敷地は終わるように土塀で囲まれていた。
「あれってあれかなぁ、畑」
「主にはあれが畑に見えるの?」
「いや、どちらかと言えば思いっきりドッジボールしたあとの運動場って感じ…?」
「なにそれわかんないよ」
一人でうんうん頷く花車に安定は呆れつつ返事をするが、すぐに視線を鋭くして後ろを振り向き、渡り廊下の方面をじっと見た。同じように花車も部屋の中を振り返って無言で見続ける。
そこにはまだ真ん中に小狐丸が突っ立っていたが、一人と一振りに倣うように渡り廊下方面を見る。
暫くそのままでいたが、花車がやおら気を抜いて伸びをし、二の間へ戻った。
「主」
「んー、まあこんだけわっちゃわちゃと直してたらそりゃ気にするよねーって」
「…気配に聡いのは向こうの方だから、あんまり悠長に構えてられないよ。多分、ずっと見てたんだと思う」
濡れ縁からの障子を閉めながら安定が注意を促すが、花車は「そうねー」とのんびり言いながら今度は二の間東側の障子に向かって歩きこれまたスパンと開け放った。
「およ、こっちは土間続きのキッチンダイニングっぽい」
二の間から東の障子の先は板間が続き、そこに黒樫のテーブルと椅子が五つ並んでいる。
「こっちも広いね…きっちんだいにんぐ? って
安定は呟きつつ一の間二の間の土間へ続く障子を開けていく。
小狐丸が静かに二の間の障子付近に座って二人の動きを見つめる。
板間は右手に延びて一の間からも出入りが出来るようになっており、板間から
その右手、南側にはこの離れの玄関と思われる硝子格子の引戸がある。
板間から沓抜石を覗けば草履が三足並んでいる。
「…んー…ちょっと安定君と小狐丸さん、明石さんは…寝てるからいいや。二振りは目を瞑るか向こう向いててくださーい」
急なことに疑問を浮かべつつも、安定は素直に後ろを振り向き座る小狐丸の前に立って視界を遮る。
小狐丸も訝しげにしつつ言うことを聞いているつもりなのか安定の顔から視線を天井へ向けた。
その隙に花車は薄手のニットワンピースの裾から手を入れてストッキングをずり下げて脱ぎ、真ん中で折って一本にするとコンパクトに畳んでいく。それを椅子の上へ置いて「もういいよー」と声を掛けると同時に沓抜石にあった草履に足を突っ込んでいた。
「何してたの?」
安定が小狐丸の前から移動して同じ様に草履に足袋の履いた足を入れて竈の左にある押し扉を眺める花車の横に立つ。
「ストッキング履いてると草履履けなかったから脱いだの。流石に見られてるのに脱ぐのは恥ずかしいじゃんか」
「…そうだね。それから…すとっきんぐが何かわからないけど、もう少し自分の性別考えて発言しようよ。主の時代の女子はみんなそんな感じなの?」
「いやー清楚な人もいるよぉ」
喋りながらもペタペタと押し扉を触り、特に何も
扉の中、右手すぐに個室があり正面には壁付けの洗面台、その奥に細竹の壁で仕切られて浴槽がある。
「なるほどね~お風呂と、こっちの個室がトイレかー。住める住める余裕」
「わりとキチンとした離れだったんだね」
安定もぐるりと浴室内を見渡し、洗面台の鏡を覗き込んで自分の前髪を少しだけ触った。
「ね、凄いねぇ…さて、皆にはキッチン…えーとさっき安定君何て言ってた?」
「厨」
「それ。厨の机に集まってもらお~」
花車が浴室から出て土間のテーブルへ向かいストッキングを右ポケットに突っ込んでから、未だに仕切りの近くに座ったままの小狐丸を「椅子へどうぞ」と呼ばう。小狐丸は返事を返すことはなかったが静かに椅子に着席する。
安定は一の間でだらける明石と明石に抱え込まれたこんのすけを引き連れて土間の椅子へ座った。
「さて! なんやかんやとありましたが、改めまして本日より此方の本丸へ後継審神者として就任しました花車と言います。本名は仲良くなったら教えます多分」
緩く始まった話し合いに、こんのすけが「教えては駄目です!」と激を飛ばす。
それをスルーして花車はこんのすけから貰っていた間取り図を左のポケットから取り出しテーブルの上へ広げる。
「えーと、本丸のことは粗方しか聞いてないですけど、兎に角ヤバイことがあったことは認識してます。母屋となる此方、南東にある居室が審神者部屋と記載ありますけど、前任さんがなんだかんだとやらかしたり殺られたりしたので使いたくはありませんので離れを拠点とします」
指先で審神者部屋を丸くなぞりながら淀みなく述べる花車の言葉に小狐丸が少しだけ引き眉を動かしたが、花車はそれに触れることなく話を進める。
「小狐丸さんとバトった時にちょっと言いましたけど、大前提として私はお給料のためにここに来たと認識お願いします。マジでそうなので」
「はい。主はん、お家貧乏なん?」
「火の玉ストレートすぎるよ明石さーん。まあでもそんな感じです家庭の事情ですー!」
花車は、えーんと泣き真似をしたがすぐさま真顔でピンと人差し指を立てる。
「あと、私が生きていないとお給料が支払ってもらえませんので、再建するために頑張りますが当面の作戦はいのちだいじに、です。現在此方の本丸で顕現している刀剣の皆様も折れたり刀解になった場合は特別ボーナスが貰えないっぽいのでそれも無しの方向で進みます」
「…成る程、ですから私を刀解しないのですね」
「です! それで、本日はもう廊下直したり離れ直したり内に眠る反射神経を呼び覚ましたりとMP肉体ともに疲弊してるので明日から離れ以外を見て回ります、ので! 今日は二の間で私は寝ます。押し入れ漁っても布団なかったらこんちゃんなんとかなります?」
椅子の背もたれにだらりと背中を預けて疲れきった顔を浮かべる花車に、こんのすけは必需品に関してはなんとかなると伝える。
その答えに安心したのか一気に顔からテーブルに倒れ込み俯せになった花車は此処で初めて大きな溜め息をついて静かになる。
急に黙り込み動かなくなった花車に、安定が恐る恐る手を伸ばして肩を揺する。
「主…? ちょっと、大丈夫?」
「ん~…本当はご飯とかお風呂とか部屋割りとか決めないとだけど…本当にちょっと疲れたから寝そう…直すの…めっちゃ疲れる…」
それだけ言うと花車は瞼を降ろして糸の切れた人形のようにだらりと意識を飛ばす。
寝入りの早さに驚きつつも、このままではダメだと考えた安定が二の間の押し入れを確認するために席を立つ。
「いやぁ、確かに主はんやないけど今日はえらいしんどいわ…小狐丸はん、主はん連れて行ってくれへん? 自分はほら、ひ弱なもんで落としたらかなわんやろ?」
わざとらしく眉を下げて懇願する明石に、小狐丸は不快そうに引き眉を寄せる。
しかしこんのすけも同じ様にテーブルの上から小さな頭を下げてお願いをすれば、渋々と言った風に溜め息をついて座ったまま寝こける花車を俵抱きにして二の間へ運んだ。
押し入れに花車が一緒に直していたのか真新しいと思える布団があり、それを出して敷いていた安定は小狐丸の運び方に目を見開き「運び方考えてよ!」と叫ぶ。
小狐丸はムッとした顔付きのまま「運んだだけありがたいと思うのが先じゃろう」と返し花車を敷かれたばかりの布団へ乱雑に転がした。
「あのさぁ、一応主の前でも猫被ってくれてるっぽいけどさ、あー…じゃなくて、前の審神者と何があったかは知らないし出来れば知りたくもないけど…その感情を主にまでぶつけるのはやめてくれない? 僕たち“刀”が顕現するにあたって色々性格や外見が違うのと同じで、人間だって同じだろ」
転がされてもなお寝息を立てる花車の体を優しい手付きできちんとした仰向けの体勢に整え、枕を頭の下に差し入れて掛け布団をかけた安定が花車の寝顔を見つめながら小狐丸へ苦言を呈する。
同じ様に眠る花車の顔を見ながら小狐丸は舌打ちをひとつ。
何かを言い返そうと口を開いたが、こんのすけの「お二振りともー!」の声で遮られた。
返事をしながら安定が立ち上がり、小狐丸の体を押して二の間から押し出すように土間へ向かう。
丁寧に後ろ手で二の間の障子を閉めると小狐丸から手を離してこんのすけがいるテーブルの前の椅子に座った。
「花車様がお休みになられましたのでその間、夜になる前にこの離れへ生活に必要なものを私が召喚いたします。既に政府が輸送紋を繋げて待っておりますので後は此方が繋げれば物品が現れます。つきましてはお三振りには配置などをお手伝いいただきたく…」
快く頷いたのは安定のみで明石は文句を言いつつ「しゃあないなぁ」と片腕を振り、小狐丸に至っては無視を決め込んだ。
その現状に面妖な顔をさらに面妖にしつつこんのすけは土間の三和土へ降りると間取り図を出したときのように縦に一回転。
しゅぼん、と間抜けな音とともに大型サイズの冷蔵庫が現れる。それを皮切りに次々と家電や服装品、日用品が現れた。
「では小狐丸様と明石国行様は冷蔵庫をそちらの壁へ。大和守安定様は此方のトイレットペーパーを厠へ。終わりましたら次に洗濯機、食器棚、文机他諸々細々したものの整理整頓です! 食料品に関しては一先ず花車様が起床されたらにいたしましょう!」
「…嘘、滅茶苦茶刀使い荒くない?」
「自分寝起きみたいなもんやのにめっちゃ動かせるやん…鬼…鬼狐…」
「…もしや、
「つべこべおっしゃらず! 動いてください!」
ケンケンと鳴き喚くこんのすけにぶつぶつ文句を言いつつ男達は動き出す。
小狐丸が冷蔵庫は一人で行ける、と言えば明石はサボろうとしたがすぐに見付かり一人で洗濯機を防水パンの上へ設置するように言われて疲労感を露にしながらガコガコと持っていく。再び「引き摺らない!」と叱られていた。
「ねぇこんのすけ、といれっとぺーぱー終わったよ。洗剤とかその辺りも棚にしまった。衣類品とか主が寝てるところの押し入れでしょ? 僕が行く」
「はい! では宜しくお願い致します!」
安定が二の間の障子をそっと開けて中の様子を伺い、花車が寝ているのを確認するとホッと息をついてこんのすけに頷く。
こんのすけも同じく頷いてから一回転、間抜けな音と共に現在いる三振り分の布団一式と数枚の巫女服や衣類、大小様々なタオル類を転送した。
やりきったと言わんばかりのこんのすけは「お願い致しますね」と頭を下げて部屋を出ると土間でまた二振りへああだこうだと激を飛ばし始めた。
鬼監督よろしいこんのすけを見送ってから安定は花車を起こさないよう気を付けつつ押し入れを開けて下段の押し入れ収納箪笥へ衣類やタオル類を運んでは整理して入れていく。
布団はどうせ使うだろうと踏んで一の間に運び入れた。
「…ふう…」
一通り終わった安定は布団を背もたれにして座り、じっと寝入る花車を見つめる。
土間の方から「斜めになっています!」「小うるさい管狐じゃのう」「あかん疲れたわ」などと騒ぐ声が聞こえて安定は思わず此処が普通の本丸かと錯覚を起こしそうになった。
しかし濡れ縁で感じたあの気配と少しの殺気は紛れもなく同じ刀剣のもので、動ける短刀か脇差しが様子を伺いに来ていたことは明白だった。
安定は四つん這いになると畳の上を静かにそのまま移動して花車の横に行き、綺麗に寝ている花車の茶色い前髪をそっと撫でわける。
「…頑張ろうね、主」
静かに微笑んだ安定は自分の浅葱色の羽織を脱いで、眠る花車の掛け布団の上へ広げて重ねる。
バタバタしていていつの間に昼になっていたのか、朝の日差しから濡れ縁から射す光が午後特有の濃いものになっていた。
安定はふと同じ時代に同じ主の元で一緒だった打刀を思い出す。
この本丸にいるのかどうか、把握はしていないがいなければいいと思った。
「ねぇ主、僕の相方みたいなのがいるんだけど…あいつ、精神弱いからこんなとこいないといいなって思うよ。…もし、いたらさあ…ちゃんと救ってやってよね」
安定は最後に寝ている花車の頬を撫でると、まだ皿の位置がどうのと騒いでいる土間へ応援に行くべく二の間を後にした。
→