無変換だと本名は千鶴(ちづる)、審神者名は花車(はなぐるま)になります。
花車
名前変換
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──卯月某日
ガキン!ともガィン!とも取れる鈍い金属音が二の間に響いた。
花車は安定に肩を押されて畳に尻餅をつき、目を見開いて上を見上げる。
鍔鳴りがするそれは安定が小狐丸からの一太刀を刀で受け止めて拮抗しているからであった。
安定がいつ崩れてもいいようにか、花車の前に明石が立って切っ先を小狐丸に向けている。
「殺した…殺したはずじゃ…何故 審神者がまだ生きておるのか…殺した…この手で…この私で…何故 …」
紅い眼を妖しく光らせて小狐丸はぶつぶつと呟く。
「ぐ…! 力、つよ…!」
「やっ、安定君だめ!」
何かに気付いた花車は慌てて起き上がり明石の腕を支えに勢いを付けて安定を突き飛ばすように押し倒す。支えにされた明石は少し体勢を崩すもよろめきつつ刀を横一文字に構えて小狐丸の前へ躍り出て安定の代わりに刀を受け止めた。
「いっ…た! …なに、なんなの?!」
突き飛ばされた安定が尻餅をついた状態で上にのし掛かる花車を睨みあげる。
顔を青くしながら花車は安定の刀を握る手を自分の手でやわりと覆った。
「痛かった?! ごめんね。でも、あのままだと安定君が折れちゃうと思って…」
「…折れ…」
花車の言葉にちらりと安定が眼を刀へ向けると確かに刀身には薄く罅が入っている。あのまま力の強い小狐丸と鍔迫り合いをしていたら刀身中頃からばきりと折れていたのが容易に想像できた。
安定は少し座りが悪くなって視線を逸らしながら「…ありがとう」と呟いた。
返事に満足そうに頷いた花車はすぐに安定の上から退いて明石と小狐丸を見つめると太刀同士で激しく打ち合いをしているのを確認する。
そして少し離れた場所で縮み上がっているこんのすけの所へ四つん這いで近付いた。
「こんちゃん!」
「花車様ぁ! やはり無理ですよ! 再封印致しましょう! このままでは再建もままならぬまま強制終了となってしまいます! 小狐丸様に関しては最悪の場合刀解しても構わないと上司から申し伝えられておりますし!」
「それは…、本当の本当の最後の最悪でしょ! 刀解せず現存の刀剣の神様達と和解して再建すれば特別報酬一億も辞さないって同意書に書いてあったの! 私は、…お金が必要なんだから絶対刀解しない! 何のために審神者に志願したと思ってるのよ!」
こんのすけを睨みながら叫んだ花車に、後ろで窺っていた安定は思い切り力が抜ける。お金のために! と炎を燃やす花車に「主って…」と緊迫の状況なはずなのに遠い目になった。
金銭反論をされたこんのすけはあんぐりと口を開けて花車を見上げ固まる。
「よし! そうと決まれば……」
激しい剣戟を広げる二振りを振り替えると、クラウチングスタートの体勢をとってじっと見つめた。
ギン! ガギン! と荒々しい音が聞こえ、小狐丸の怨み言と二振りの荒い息が二の間に広がる。
「ちょ、ちょっと主?! 何するつもり? 主は生身の人間ってことわかってる!?」
心配でがなる安定は罅で脆くなった刀身を庇いつつ鞘に戻し、花車の左腕を掴む。
「…大丈夫。絶対死なないからね」
「は!?」
安定の制止を振り切って花車は二振りから視線を外さず勢いよく走り出す。
クラウチングスタートの状態から飛び出した花車は足首のバネで素早く二振りに近付くと明石の体が少し小狐丸からズレた瞬間に畳を蹴り、白刃の間に飛び込んだ。
「な…にしてんのや自分!」
驚く明石は振り下げる寸前で刃を止めて慌てて後退る。
小狐丸は明石からの一太刀を受け止めるよう横に構えている状態で、飛び込んできた花車を見て眼を見開く。
そのまま花車は勢いを殺さず小狐丸の胴体へ体当たりをかましてしがみついた。
慌てたのは安定達で、刀を持ち直して手首を返しそのまま花車の背中を突き刺そうとした小狐丸の手首を明石が掴んで止め、安定がその腕にしがみついて動かせないよう足を踏ん張る。
「ごめんなさい、ほんとごめんなさい! あとでいくらでも怒られるから…!」
小狐丸の腰にしがみつきながら花車はぎゅうっと眼を瞑って自分の審神者の力を解放するイメージを浮かべる。
脳内では試験の時の記憶が甦っていた。あの時は、刀剣の手入れを審神者の力を媒介して治す妖精に任せず、自分の手で触れずに治していた。
それをトップの秀判定で合格して自分は此処にいる、と花車は自分を自分で鼓舞する。
先程の明石の件で解ったことであるが、修復の力はそのまま刀剣の神を降ろす霊力の上書きとなる。
出力を最大にして、花車は自分の霊力で小狐丸を包み込み大きな罅を埋めていくイメージをし続けた。
「…これ…主の霊力…」
しがみつきながら安定は自分の体も綺麗になっていくのを感じる。刀身の罅が直ったのだろう。
二の間の室内は既に花車の薄氷 色の霊力で埋め尽くされた。
徐々に小狐丸の腕から力が抜け、刀を握る手が下がり指が柄から離れていく。
太刀が落ちる手前で明石がそれを受け取り、警戒しながらも手首を離した。しがみついていた安定も腕から力を抜いて俯く小狐丸の顔を確認する。
「………ぁ……? ぁ……わ、私は……私……?」
小狐丸は紅い瞳の中の獣のような瞳孔を丸く開き、憑き物が落ちた顔で腰にしがみつく花車の頭頂部を見つめていた。
その瞳が小刻みに震え、何かを確かめるようにゆっくりと瞬きを繰り返すと、ぼろりと涙を流す。
安定は静かに腕から離れて様子を窺うように花車の背後に控えた。
「…?」
ポタポタと旋毛に滴が落ちてくることに気付いた花車が、漸く眼を開いて力の解放をやめた。
そろりと上を向けば小狐丸が唖然とした顔のまま花車を見つめてボロボロと涙を落とし続けている。驚いた花車が腰から顔を離して身長が倍も高い小狐丸の顔へ背伸びをして手を伸ばし、ゆっくりとその眼窩下を涙を拭うように撫でる。
小狐丸は少しだけ身動ぎをしたが、大人しくその手を甘受する。
「大丈夫ですか? 苦しかったですか? もう苦しくないですか?」
「………私は………貴方は……」
涙を流し続けるも瞬きはせず、溢れ出るものを全て出す勢いで大粒の滴を落とす。
それを拭い続ける花車の手を、小狐丸は恐々手を伸ばして握り止める。触れれば壊れる細工物を扱うようにそっと止めた動きで漸く明石は肩の力を抜き、安定は鍔に掛けていた指を戻した。
花車は刺激しないようゆっくりと腰から体を離し、握られた手はそのままに小狐丸の視線から目を離さないようじっと見る。
「凄い…花車様が本当に小狐丸様を鎮められるとは…」
こんのすけの間抜けた感想がはらはらと涙を流し続ける小狐丸の耳に入ったのか、ぱちりと緩やかに瞬きをして次々に出てくる涙を漸く止めた。
握った手に少し力を込めて、花車の顔を食い入るように見つめる小狐丸に、花車は首をかしげる。
何か可笑しいことでもあっただろうかと訊ねようとして口を開き掛けた時、小狐丸が先にその薄い唇を開けた。
「……花車…それは、貴方の名ですか」
「え? 名前? 名前と言えばそうですけど、審神者名ってやつです。本名じゃないですね」
「…成る程……。私の中に、貴方の霊力が溢れています。貴方が、新しい審神者なのですね」
「まあ、そうなりますね。それより体は大丈夫ですか? さっきはビックリしましたけど、急に力が入れ替わったから、不調や苦しさはなかったですか?」
淡々とした口調で体を気遣う花車に、安定は「苦しくないってそういう…」と大きなため息をつき、明石は「主はんは天然なん? 言葉足らずちゃう?」と安定に訊ねる。
背後での微妙な会話に花車が反論しようとして小狐丸から視線を外すと、ぐい、と握られたままの手を引かれた。
「何故、私の封印を解いたのですか。私が何をしたのか、聞いた上で此方へ来たのでしょう」
「…んー…面倒だから包まず言いますと、私は本丸再建計画の審神者として此方の石見国…ええとなんだったかな…そう、旧月下香 審神者本丸が機能停止したのでその後任として就任となりました。再建なので私は貴方達と和解して本丸を引き継がないといけないんですよねぇ」
「引き継ぎ…」
ぐ、と手首を握り込む小狐丸に、力を入れられて指が食い込んで痛みを覚えたのか花車が顔をしかめる。
安定がそれに気付いて花車の肩に手を置いて後ろへ引き、握り込まれた手首を外すように小狐丸の手の上に自分の手を置いた。
「悪いけど、痛がってるからやめてあげてくれない?」
「…審神者の刀か」
「そうだけど、なに」
訊ねられた安定は小狐丸を睨むように見上げる。
小狐丸は静かに花車の手首から手を離した。
漸く解放された手を振ればじわじわと指先が温かくなるのを感じ、花車はわりと強く握られていたことを実感する。
その様子を気遣わしげに見てくる安定に笑顔を見せ、安定の後ろから小狐丸を見上げる。
小狐丸は無感動な瞳で花車を見返す。
「あのですね、再建やら引き継ぎやら言いましたけど、基本的に無理強いはしたくないし私はそんなに自己犠牲の正義感を持ち合わせてる訳でもないんです。だから、この本丸の皆さんが嫌なら私と再契約は結ばなくて平気です」
「花車様!」
思わぬ言葉にこんのすけが咎めるが、気にせず花車は言葉を続ける。
明石が空気を読んでか、こんのすけを抱き上げて口を手で覆った。こんのすけはもがもがと叫ぶ。
「勿論皆さんの手入れをして全快させて遡行軍と戦って遠征行ってもらってとか諸々出来るなら私の出来高として特別報酬が増えますが、まあ私が生きてこの本丸に居続け新しい神様を降ろして出陣してもらっても通常通りのお給料は頂けるので問題はないんですよね…だから正直私を殺そうとしなければ無干渉でもいいかなって思うんです」
「…おかしな、審神者ですね…今度の審神者は、差し詰め金の亡者ということでしょうか」
「あー、まあそう思ってもらっても構わないです。実際お金は大事なので…さて、ねえ、安定君。安定君達は再契約の際、私の力が依り代に充満していても口上さえ述べなければ契約はできない感じ?」
「ぅえっ? …えーあー、うん、そうだよ」
急に水を向けられて驚きつつも安定はこくりと頷く。
花車はその答えに満足そうに笑うと、切り替わりに目を丸くしている小狐丸へ「契約、無理強いはしませんので! 霊力に関しては私の霊力が入ってると確か、私へ攻撃はできないとか習ったからなんで、そこは目を瞑ってください」とチャキチャキ伝えると漸く二の間をぐるりと見渡す。
ぽかんとした小狐丸は放置で、花車は左手にある押し入れを見つつ真っ直ぐ正面に進んで荒組障子をスパンと勢いよく開けると、その先にある濡れ縁へ出て行った。
「…なんじゃ…あの審神者は…」
「まあ、前の主はんとだいぶちゃう人間っちゅうことだけ覚えとったらええんちゃいます? あー…小狐丸はんが怪我させはる心配なくなったんやし、自分寝とってええやろか」
「別にいいけど、この離れ座敷から母屋には行かないでよね。明石さんは特に。もう主の刀なんだから」
安定の呆れた言葉に適当に返事をしながら掴んだままのこんのすけを引き連れて一の間に戻ると再び床柱へ背中を預けてだらりと座り込む。
安定は一の間と二の間を繋ぐ襖を全て開け放って一つの部屋にすると、二の間真ん中で立ち尽くす小狐丸をちらりと見てから何も言わずに濡れ縁へ出ていった花車を追い掛けた。
→
ガキン!ともガィン!とも取れる鈍い金属音が二の間に響いた。
花車は安定に肩を押されて畳に尻餅をつき、目を見開いて上を見上げる。
鍔鳴りがするそれは安定が小狐丸からの一太刀を刀で受け止めて拮抗しているからであった。
安定がいつ崩れてもいいようにか、花車の前に明石が立って切っ先を小狐丸に向けている。
「殺した…殺したはずじゃ…
紅い眼を妖しく光らせて小狐丸はぶつぶつと呟く。
「ぐ…! 力、つよ…!」
「やっ、安定君だめ!」
何かに気付いた花車は慌てて起き上がり明石の腕を支えに勢いを付けて安定を突き飛ばすように押し倒す。支えにされた明石は少し体勢を崩すもよろめきつつ刀を横一文字に構えて小狐丸の前へ躍り出て安定の代わりに刀を受け止めた。
「いっ…た! …なに、なんなの?!」
突き飛ばされた安定が尻餅をついた状態で上にのし掛かる花車を睨みあげる。
顔を青くしながら花車は安定の刀を握る手を自分の手でやわりと覆った。
「痛かった?! ごめんね。でも、あのままだと安定君が折れちゃうと思って…」
「…折れ…」
花車の言葉にちらりと安定が眼を刀へ向けると確かに刀身には薄く罅が入っている。あのまま力の強い小狐丸と鍔迫り合いをしていたら刀身中頃からばきりと折れていたのが容易に想像できた。
安定は少し座りが悪くなって視線を逸らしながら「…ありがとう」と呟いた。
返事に満足そうに頷いた花車はすぐに安定の上から退いて明石と小狐丸を見つめると太刀同士で激しく打ち合いをしているのを確認する。
そして少し離れた場所で縮み上がっているこんのすけの所へ四つん這いで近付いた。
「こんちゃん!」
「花車様ぁ! やはり無理ですよ! 再封印致しましょう! このままでは再建もままならぬまま強制終了となってしまいます! 小狐丸様に関しては最悪の場合刀解しても構わないと上司から申し伝えられておりますし!」
「それは…、本当の本当の最後の最悪でしょ! 刀解せず現存の刀剣の神様達と和解して再建すれば特別報酬一億も辞さないって同意書に書いてあったの! 私は、…お金が必要なんだから絶対刀解しない! 何のために審神者に志願したと思ってるのよ!」
こんのすけを睨みながら叫んだ花車に、後ろで窺っていた安定は思い切り力が抜ける。お金のために! と炎を燃やす花車に「主って…」と緊迫の状況なはずなのに遠い目になった。
金銭反論をされたこんのすけはあんぐりと口を開けて花車を見上げ固まる。
「よし! そうと決まれば……」
激しい剣戟を広げる二振りを振り替えると、クラウチングスタートの体勢をとってじっと見つめた。
ギン! ガギン! と荒々しい音が聞こえ、小狐丸の怨み言と二振りの荒い息が二の間に広がる。
「ちょ、ちょっと主?! 何するつもり? 主は生身の人間ってことわかってる!?」
心配でがなる安定は罅で脆くなった刀身を庇いつつ鞘に戻し、花車の左腕を掴む。
「…大丈夫。絶対死なないからね」
「は!?」
安定の制止を振り切って花車は二振りから視線を外さず勢いよく走り出す。
クラウチングスタートの状態から飛び出した花車は足首のバネで素早く二振りに近付くと明石の体が少し小狐丸からズレた瞬間に畳を蹴り、白刃の間に飛び込んだ。
「な…にしてんのや自分!」
驚く明石は振り下げる寸前で刃を止めて慌てて後退る。
小狐丸は明石からの一太刀を受け止めるよう横に構えている状態で、飛び込んできた花車を見て眼を見開く。
そのまま花車は勢いを殺さず小狐丸の胴体へ体当たりをかましてしがみついた。
慌てたのは安定達で、刀を持ち直して手首を返しそのまま花車の背中を突き刺そうとした小狐丸の手首を明石が掴んで止め、安定がその腕にしがみついて動かせないよう足を踏ん張る。
「ごめんなさい、ほんとごめんなさい! あとでいくらでも怒られるから…!」
小狐丸の腰にしがみつきながら花車はぎゅうっと眼を瞑って自分の審神者の力を解放するイメージを浮かべる。
脳内では試験の時の記憶が甦っていた。あの時は、刀剣の手入れを審神者の力を媒介して治す妖精に任せず、自分の手で触れずに治していた。
それをトップの秀判定で合格して自分は此処にいる、と花車は自分を自分で鼓舞する。
先程の明石の件で解ったことであるが、修復の力はそのまま刀剣の神を降ろす霊力の上書きとなる。
出力を最大にして、花車は自分の霊力で小狐丸を包み込み大きな罅を埋めていくイメージをし続けた。
「…これ…主の霊力…」
しがみつきながら安定は自分の体も綺麗になっていくのを感じる。刀身の罅が直ったのだろう。
二の間の室内は既に花車の
徐々に小狐丸の腕から力が抜け、刀を握る手が下がり指が柄から離れていく。
太刀が落ちる手前で明石がそれを受け取り、警戒しながらも手首を離した。しがみついていた安定も腕から力を抜いて俯く小狐丸の顔を確認する。
「………ぁ……? ぁ……わ、私は……私……?」
小狐丸は紅い瞳の中の獣のような瞳孔を丸く開き、憑き物が落ちた顔で腰にしがみつく花車の頭頂部を見つめていた。
その瞳が小刻みに震え、何かを確かめるようにゆっくりと瞬きを繰り返すと、ぼろりと涙を流す。
安定は静かに腕から離れて様子を窺うように花車の背後に控えた。
「…?」
ポタポタと旋毛に滴が落ちてくることに気付いた花車が、漸く眼を開いて力の解放をやめた。
そろりと上を向けば小狐丸が唖然とした顔のまま花車を見つめてボロボロと涙を落とし続けている。驚いた花車が腰から顔を離して身長が倍も高い小狐丸の顔へ背伸びをして手を伸ばし、ゆっくりとその眼窩下を涙を拭うように撫でる。
小狐丸は少しだけ身動ぎをしたが、大人しくその手を甘受する。
「大丈夫ですか? 苦しかったですか? もう苦しくないですか?」
「………私は………貴方は……」
涙を流し続けるも瞬きはせず、溢れ出るものを全て出す勢いで大粒の滴を落とす。
それを拭い続ける花車の手を、小狐丸は恐々手を伸ばして握り止める。触れれば壊れる細工物を扱うようにそっと止めた動きで漸く明石は肩の力を抜き、安定は鍔に掛けていた指を戻した。
花車は刺激しないようゆっくりと腰から体を離し、握られた手はそのままに小狐丸の視線から目を離さないようじっと見る。
「凄い…花車様が本当に小狐丸様を鎮められるとは…」
こんのすけの間抜けた感想がはらはらと涙を流し続ける小狐丸の耳に入ったのか、ぱちりと緩やかに瞬きをして次々に出てくる涙を漸く止めた。
握った手に少し力を込めて、花車の顔を食い入るように見つめる小狐丸に、花車は首をかしげる。
何か可笑しいことでもあっただろうかと訊ねようとして口を開き掛けた時、小狐丸が先にその薄い唇を開けた。
「……花車…それは、貴方の名ですか」
「え? 名前? 名前と言えばそうですけど、審神者名ってやつです。本名じゃないですね」
「…成る程……。私の中に、貴方の霊力が溢れています。貴方が、新しい審神者なのですね」
「まあ、そうなりますね。それより体は大丈夫ですか? さっきはビックリしましたけど、急に力が入れ替わったから、不調や苦しさはなかったですか?」
淡々とした口調で体を気遣う花車に、安定は「苦しくないってそういう…」と大きなため息をつき、明石は「主はんは天然なん? 言葉足らずちゃう?」と安定に訊ねる。
背後での微妙な会話に花車が反論しようとして小狐丸から視線を外すと、ぐい、と握られたままの手を引かれた。
「何故、私の封印を解いたのですか。私が何をしたのか、聞いた上で此方へ来たのでしょう」
「…んー…面倒だから包まず言いますと、私は本丸再建計画の審神者として此方の石見国…ええとなんだったかな…そう、旧
「引き継ぎ…」
ぐ、と手首を握り込む小狐丸に、力を入れられて指が食い込んで痛みを覚えたのか花車が顔をしかめる。
安定がそれに気付いて花車の肩に手を置いて後ろへ引き、握り込まれた手首を外すように小狐丸の手の上に自分の手を置いた。
「悪いけど、痛がってるからやめてあげてくれない?」
「…審神者の刀か」
「そうだけど、なに」
訊ねられた安定は小狐丸を睨むように見上げる。
小狐丸は静かに花車の手首から手を離した。
漸く解放された手を振ればじわじわと指先が温かくなるのを感じ、花車はわりと強く握られていたことを実感する。
その様子を気遣わしげに見てくる安定に笑顔を見せ、安定の後ろから小狐丸を見上げる。
小狐丸は無感動な瞳で花車を見返す。
「あのですね、再建やら引き継ぎやら言いましたけど、基本的に無理強いはしたくないし私はそんなに自己犠牲の正義感を持ち合わせてる訳でもないんです。だから、この本丸の皆さんが嫌なら私と再契約は結ばなくて平気です」
「花車様!」
思わぬ言葉にこんのすけが咎めるが、気にせず花車は言葉を続ける。
明石が空気を読んでか、こんのすけを抱き上げて口を手で覆った。こんのすけはもがもがと叫ぶ。
「勿論皆さんの手入れをして全快させて遡行軍と戦って遠征行ってもらってとか諸々出来るなら私の出来高として特別報酬が増えますが、まあ私が生きてこの本丸に居続け新しい神様を降ろして出陣してもらっても通常通りのお給料は頂けるので問題はないんですよね…だから正直私を殺そうとしなければ無干渉でもいいかなって思うんです」
「…おかしな、審神者ですね…今度の審神者は、差し詰め金の亡者ということでしょうか」
「あー、まあそう思ってもらっても構わないです。実際お金は大事なので…さて、ねえ、安定君。安定君達は再契約の際、私の力が依り代に充満していても口上さえ述べなければ契約はできない感じ?」
「ぅえっ? …えーあー、うん、そうだよ」
急に水を向けられて驚きつつも安定はこくりと頷く。
花車はその答えに満足そうに笑うと、切り替わりに目を丸くしている小狐丸へ「契約、無理強いはしませんので! 霊力に関しては私の霊力が入ってると確か、私へ攻撃はできないとか習ったからなんで、そこは目を瞑ってください」とチャキチャキ伝えると漸く二の間をぐるりと見渡す。
ぽかんとした小狐丸は放置で、花車は左手にある押し入れを見つつ真っ直ぐ正面に進んで荒組障子をスパンと勢いよく開けると、その先にある濡れ縁へ出て行った。
「…なんじゃ…あの審神者は…」
「まあ、前の主はんとだいぶちゃう人間っちゅうことだけ覚えとったらええんちゃいます? あー…小狐丸はんが怪我させはる心配なくなったんやし、自分寝とってええやろか」
「別にいいけど、この離れ座敷から母屋には行かないでよね。明石さんは特に。もう主の刀なんだから」
安定の呆れた言葉に適当に返事をしながら掴んだままのこんのすけを引き連れて一の間に戻ると再び床柱へ背中を預けてだらりと座り込む。
安定は一の間と二の間を繋ぐ襖を全て開け放って一つの部屋にすると、二の間真ん中で立ち尽くす小狐丸をちらりと見てから何も言わずに濡れ縁へ出ていった花車を追い掛けた。
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