3話:ナカムラ、ヒーロー辞めるってよ……ってそこまでは言ってない!

…………………




「…………そうか」


部屋には月音と俺のふたり。

先ほどの暖かい雰囲気とはうってかわり、しんみりとした空気が辺りを支配した。


俺も自分の傷を自分で開いているので当然辛いものがある。


あの災害で家族を失い、駅の子と呼ばれ蔑まれ、そして孤児院に拾われて………。

そして、その孤児院もアンゲロスによって壊されたことも何もかも話した。


途中でみっともなく泣きじゃくってしまったけど、彼女は黙って聞いていてくれた。



「………俺を育ててくれた孤児院の先生が言ってた言葉で忘れられないことがある」


「なんだ?」


「俺が“歴史の勉強なんかしなくていい”って言った時に、先生は呆れながら言ってた言葉だ。

『どれだけ綺麗な言葉を並べても、残念ながら棒で人を殴ることには堪らない愉悦がある。

その事を受け入れて、その欲求とどう向き合うか、そして生涯かけてどう付き合うか。

それを俺たちは一個人の経験だけではなく、個人の経験の集積………すなわち“歴史”から学ばなければならねぇんだ』


………ってさ」


「凄いんだな、お前の先生って………」


「あぁ、本当に凄かった………尊敬してた。大好きだった。

でももう会えない。合わせる顔もない。


アイツらに嘘ついて、一緒になってアンゲロス狩りして…………。
今になって俺はこの言葉の重みに押し潰されそうになってる」


“先生”は大人たちの怒りの捌け口にされ、荒んでしまった俺たち駅の子に教えてくれたのは暴力の虚しさだった。

だからこそ先生は“棒で人を殴ることには堪らない愉悦がある”と言った上でその本質とどう向き合うか、どう付き合うか……それを勉強の合間に教えてくれた。


でも俺たちの孤児院が……霧継院がなくなって俺はその教えとは真逆の……『暴力の肯定』をしてしまったのだ。

しかも孟や亨多に嘘までついて。



「………本当に先生のいう通りだと思う。

大人たちは不満や怒りを俺たち子供にぶつけて、俺たちもアンゲロス狩りって形でやりきれない想いを、アイツらにぶつけてるんだ。


現に仲間たちも最初の頃は嫌がってたのに、途中から楽しそうに笑うようになっていったよ。


“俺が正義だ”、“これが希望だ”………

そんな事恥ずかしげもなく言えるのは余程の世間知らずか、ただのバカだけ。



どれだけお題目を並べても、どれだけ綺麗事を並べても………

結局、差別も憎悪も暴力も…………自分自身と縁がなけりゃただの娯楽なんだ。


現に俺たちの動画もそうやって人気になっていったし、テレビのヒーローも……それこそ仮面ライダーたちだって。

正義だとか自由だとか希望だとかのたまってるけど、結局はドングリの背比べ。

やってることはただの暴力だ……怪人と何一つ変わらない」


「……」


「………ネットの影響力も、その関心も相当強いのは知ってる。

それが“最悪の結末”をもたらすことも。


でも、その咎を受ける覚悟だって、出来てる」


箸を握る手が強くなる。

視界が滲んでいく。

声が震えて………詰まって。


俺の嘘を信じた仲間たちが歪んでいくことも、自分が憎しみに呑まれていくことも、そして自分が迷ってるのも後悔しているのも解っている。

だって、その辛さをその醜さを知っていながら俺も暴力に訴えることしか出来なかったのだから。



「それでも、もう見たくないんだ………アンゲロスに食われる人たちを。


俺のようにみすぼらしい子供が……汚い子供が、それよりも汚い街で死んでいくのも………

アンゲロスになった人たちが泣きながら大切な人たちを食っているのを見るのも…………何もかも…………!

だから………俺は報われなくたっていい。

報われるつもりなんて…………」


「もういい………!」


我ながら情けなかった。

この数時間で何回彼女の前で泣いたのだろう。


もう数えられないくらいだろう。


月音は何を思ったのか、自分の皿に盛られていたハンバーグをひとつ俺の皿に乗せてきた。



「もういいから、黙って食べろ。

今は全部、忘れていいから…………」


「ごめん…………ごめんな………」


泣きながらハンバーグを頬張った。

少し塩っ辛くなって、冷めたハンバーグ。

それでも美味しかったし、忘れられない味だった。



皿を洗い次の日の予定を立てるまで、彼女は何も聞いてこなかったし、俺も自分のことはそれ以上話さなかった。


滲んだ視界の向こうの彼女はどんな顔をしていたのか、わからない。


でも、彼女は優しい子だった。


しきりに俺の背中をさする彼女の声が震えていたのは……鼻声だったのは今でも忘れない。
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