3話:ナカムラ、ヒーロー辞めるってよ……ってそこまでは言ってない!

どういう訳か、大浴場は私と千花のふたりきりだった。

このだだっ広い浴場は、ふたりでは当然もて余してしまう。


でも…………なんか嬉しい。


だって誰も邪魔する人がいないから。

やっとふたりきりでゆっくり………出来るのだから。



「「………」」


互いに互いを見つめる。


………暑い。浴場の中が暑くて仕方ない。

そのせいか千花の顔は先ほどより赤く……みえる。



そうだよ。暑いだけだ。
やましいことはひとつもないはずだ。


……でも、妙にドキドキする。

そのせいで息も荒れるし、頭もボーッとする。




“ふたりきり”。



今の状況を意識すればするほど、心臓が激しく鼓動する。




「おふろ………入っちゃおっか」


「う、うん…………」


どこかぎこちなくなってしまう。


おかしいよね……さっきまで普通に話せていたのに。



私は、何を……期待してるのだろう。




私たちはかけ湯をすると、湯船に浸かる。


檜で作られた浴槽からは木のいい香りが漂ってくる。

そして肝心のお湯は『白濁湯』。


源泉の成分や酵素が沈殿しており、お湯を白く染め上げ、トロリとした感触をお湯に与える。



「気持ちいい…………」


浴槽の底にたまった酵素を掬い上げ、腕や足に塗りたぐってみる。

サラリとした肌触りが心地いい。



「気持ちいいね………」


千花も同じように酵素を掬い上げ、自分の四肢に塗りたぐり、余ったものを自分の胸元に垂らしていく。


白濁の酵素が彼女の胸元を流れ落ちて湯船へと流れていく。



……………ダメだ。彼女から目を反らせない。



心臓がバクバクと鳴り響き、なんか“普段うずかないところ”がしきりに疼く。

息も荒くなる。


でも……もう……


───我慢しなくていいんだよね。




「…………千花」


「どうしたの………?ノゾミお姉ちゃん………ッ」


私は彼女を抱き寄せた。

お湯よりも暖かい彼女のぬくもりがダイレクトに伝わる。

私と同じくらい高鳴る胸の鼓動も。

彼女の荒い吐息も、何もかも。


私は自分の胸を彼女の胸に押し付け、擦り付ける。



「………私が塗ってあげる」


………酵素を塗るというのは、ただの口実。


本当の目的は………ただひとつ。



彼女も私を拒絶しない。

私に全てを委ねたのた。



彼女は………桜ノ宮千花は『私にとって都合のいい女』。

でも彼女もバカではない。

それを分かっている。


分かった上で『都合のいい女』を演じてくれている。


私は彼女の想いを利用していたんだ。




でも、私の奥底から溢れるこの想いには……もう抗えない。

……抗う理由もない。







「んんッ………ノ、ゾミお姉ちゃっ………!」



「千花ぁ………っ!」




──私は最低だ。

誰よりも純粋な女の子の、私への純粋な想いを踏みにじってしまった。



彼女を汚してしまった。

そして、私自身も汚れてしまった。







──────私は、最低だ。


頭では分かってるのに、本能に抗えないのだから。


本能に、抗おうとしなかったのだから。
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