Episode.11 DESPAIR

───暗転。

重い瞼をゆっくりと開ける。

視界に飛び込んできたのは見知った天井。


目だけを動かし辺りを見回してみると、いろんな備品が積み上げられた棚がところ狭しと並んでいる。


……あぁ、俺の部屋か。

どうやらあの後気絶して夢をみていたようだ。


ふと体を起こそうとすると、俺の上半身に重みを感じた。

体を動かすのをやめ、視線を下にやるとそこにはルーシーが眠っているかのように突っ伏している姿が。

それにしてもロボットも眠るのか。
いや、この場合は消費電力節約のためのスリープモードと呼ぶべきなんだろうな。



「ルーシー……」

思えばこの子にも迷惑をかけてしまった。
俺の自分勝手な無茶のせいで困らせてしまった。


俺はブランケットから手を出すとルーシーの頭を撫でてやる。

柔らかい髪の毛の感触が心地よい。

ロボットなんだし、この髪もウィッグに使われているような人工繊維なんだろうけど、本当によく出来ている。

人間と寸分違わない……いや、人間そのものじゃないか。


だからルーシーの全身には機械を思わせるスリットが刻まれているのか……

ルーシーという少女がロボットと分からせるために。
……いいや、むしろロボットであることを忘れないために……か。



「……んっ」


俺が頭を撫でたことでルーシーのスリープモードが解除され、起動音と共に両耳のモジュールが点灯した。

ルーシーは頭や体を起こすことなく、近場にあったタオルを掴むと、俺の方に投げるかのように手を高く上げた。

これを投げるつもりなのかと一瞬身構えたが、寝落ちしたかのようにタオルを握る手が力なく落ち、再びモジュールが消灯する。



「る、ルーシー………?」


そんなにスリープモードを解除されるのが嫌だったのだろうか。

起こされるのが嫌で、無言で近場にあるものを投げてくる女を“俺は知っている”。



「はっ!」


妙に人間くさいルーシーの仕草に思わず苦笑いしてしまうが、しかしそんな心配は余所にルーシーは驚いたような声を上げると上体を起こした。 



「お父さん……?」


俺の方に顔を向けるや否や、ルーシーは涙ぐんだ。

ロボットなのに涙ぐむのか……そんなことがあるのかと一瞬思ったが、おそらく動力部の冷却水がルーシーの感情の昂りに反応するかのように目元から漏れ出したのだろう。

そしてルーシーは号泣しながら俺に抱きついてきた。


「お父さん!お父さぁぁんっ!」



「アーーーーーーーーッ!!」


いつもなら女の子に抱きつかれれば速攻で気絶する。

それは緊張からだ。

さすがに抱きつかれれば、ルーシー相手でもそうなると思っていた……いや、そう思いたかった。


可愛らしい女の子の姿をしてるんだ。
流石に一発だろ、と。


だが、俺は気絶などしなかった。
いや、出来なかったのだ。



何故ならば………




「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬゥゥ!!!」


コルプスのスーツを着ていた時と比べても遜色ないほどの力で抱き締められたからだ。

どれだけ人間くさくてもやっぱりルーシーはロボット。

膂力は人間のそれをはるかに上回るようだ。



「心配したんですよぉ!ずっと寝たままだし、目覚まさないし!

死んじゃったんじゃないかって!!」



「わかったわかった!心配かけて悪かった!

だから腕を緩めてくれ!このままじゃホントに死ぬ!ホントに死ぬから!!」


「嫌です!嫌っ!!」


「アッーーーーーーーーーーー!!」


ルーシーは子供のように駄々をこねると更に腕の力を強めた。
俺の体からはバキバキと何かが軋む音が聞こえる。

あー……これは俺の骨が軋んでるんだな。


これは………アレなの?
諦めてルーシーに骨を砕かれればいいのか俺は?


いやいやいやいや……さすがにそれはねぇ………。



「あぁぁぁぁぁぁ!

ルーシー落ち着けェ!泣くなァァ!

動力部から冷却水が漏れてる!
このまま垂れ流しにしてたらオーバーヒートするぞ!?」


「グスッ……大丈夫ですもん!
どうせ水道水を経口摂取すればすぐに解決しますから!!」



「なにそれ!?ハイテクすぎね……ギャーーーーーーーーーーー!!!」



──こうしてルーシーによる拷問(?)は理緒がやってきてルーシーをなだめるまでの間ずっと続いた。


体を休めるはずが更に体を痛める結果となってしまった。


あぁ、こういうのをきっと泣きっ面に蜂というんだろうな。
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