Episode.11 DESPAIR

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壁も天井も真っ白な、何もない部屋。


そこに“俺”はいた。

目の前には俺の母。


黒いスーツに白衣を羽織った母は、普段からよく知る優しい母とは違う。

どこか冷たく、機械的にすら感じてしまう。


まるで母と同じ姿をしているだけの別人のようで……俺は仕事をしているときの母だけは好きにはなれなかった。
怖くて仕方なかったのだ。



そして母は、何かの薬品が入ったカートリッジを注射器に装填すると俺の左腕に打ち込んだ。


歪む視界。

ベッドに沈んでいく体。


ダメだ、目が開けられない。



母の背後のデスクにはコルプスレイザーのバックルが見えた。


俺は……一体どうなっちまうんだ?



誰もその答えを教えてはくれない。














───────






───












「………っ!」


──暗転。


気がつけばあの白い部屋とは対象的な真っ暗な部屋にいた。


……いや、俺は最初からここにいた。

どうやら夢を見ていたようだ。


ここは俺、椿勝利とその愉快な仲間たちが根城にしている間借りした古びたバーの跡地。

帰る家すらない俺たちはそれぞれ布団を敷き、床に雑魚寝して夜を明かしている。




「……嫌な夢だな」


窓の外をふと見てみる。
真夜中の空には小さな星だけが輝いている。

夜明け前の夜は最も暗い。
草木も眠る丑三つ時という奴だろうか。

何れにしても、夜は長そうだ。




「ホント、なんなんだろうな」


……もう6年も前のことだが、記憶の中の俺の母はもっと優しい人だった。

確かに母は科学者で、俺に護身用のコルプスレイザーをくれた。

それに子供の頃に母が俺に何かの薬品のようなものを注射していたのは覚えているけど……俺の母だった女性があんなに冷たい顔をするはずがない。


だけどアンゲロス狩りをするようになってからあの夢を見るようになった。

最近はあまり見なくなったと思っていたが、昨日の昼間……いやもう2日前か。
あのジルとかいうチビと出会ったせいなんだろうな。


ノエルのことを何か知ってそうだけど、なんかアイツからは得体の知れない何かを感じる。

なんていうか、こう……すごく嫌な感じがする。

黒くでドロッとした何かが身体中に絡み付いてくるような……そんな感じ。





それに、あの時俺は確かに…………。








………いいや、考えても仕方ないことは考えないことにしよう。



今俺がやるべきことはノエルの記憶の手がかりを探し、無事に家族のところに送り届けてやることだ。

来栖さんたちや……特にあのジルとかいうチビから護らなければ。


今は理緒たちがいるからノエルも寂しくはないだろうけどやっぱり家族の人たちも心配してるだろうし……。



それに勇騎さんたちのこともある。


訳も分からずにこの世界に放り出され、元の世界に帰る術すらない。

今ではBATTLERのお店でなんとか生計たててるみたいだけど……いつまでもそればかりとはいかないだろう。


勇騎さんたちが元の世界に帰るためにはノエルの力が必要だって言ってたけどさ……ノエルの秘密にたどり着けば勇騎さんたちも、ノエルも元の居場所に帰れるのならその手がかりを探すだけだ。


…………帰る場所があるのに帰れないってのも辛いもんな。

待たせてる奴も、待ってる奴も。



俺たちにはもう帰る場所なんてないけども……それは分かる。


だから、力になってやりたい。




「………ってガラじゃねぇな、こんなこと考えるのも」


……いつから俺は“善人”になったんだ、ガラでもない。

アンゲロスを狩って、動画投稿して、金稼いで。


ノエルと出会ってからいろんな事があったけど、ノエルたちがいなくなったらまた三人だけの生活に戻るだけ。

俺もいつもどおりにアンゲロス狩りをやるだけ。


そうやってこの汚い大人の蔓延る汚い街で汚く生きていくだけ。

それだけの事だ。



だけど、心の何処かで今までの生活に……勇騎さんたちやノエルのいない生活に戻りたくないってそう思ってる。



──あぁ、きっと疲れてるんだな俺も。


きっと疲れのせいだ。

俺は薄手のブランケットに身をくるむと煎餅布団に横たわりそのまま目を閉じた。
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