Episode.9 HOPE

「人工知能特別法………?」


「人間が人工知能……私たちヒューマギアを運用するに当たって定められた法律……。

その中の一文にはね、こうあるの。


“本人の許可がない場合、実在する人物と同じ容姿のヒューマギアを製造してはならない”

………って」


「まさか…………!」


ローラさんは人気のある女優をモデルに作られたヒューマギア。

人間たちの欲望のために産み出された存在。

“そういう職業のヒューマギア”として産み出された以上、モデルになった女優さんが許可なんて出すとは思えない………。


じゃあローラさんは……!



「そう、私は………私たちのような、風俗店で働かされていたヒューマギアはみんな違法ヒューマギア。

マスターの私利私欲のために作られて、そして人間の作った法律で壊される」


「………そんな………!」


──なんでこんな事が平然と出来るのだろうか。

人間の都合で産み出されて、人間の都合で捨てられる。


……それじゃなんのためにローラさんは産まれてきたの?


なんで………!


私は沸き上がってきた怒りや悲しみに拳を強く握りしめた。



「でも仕方ないの……だって実在する人間に似せたヒューマギアが犯罪に利用されたら大変なことになるでしょ?

人間を守るためなら仕方ないよ」


「でも!」


「………どこまで行ってもヒューマギアは『人間の道具』。

夢だとか希望だとか語っておきながら結局、現実はこれ………。


でも私たちはその宿命を受け入れるしかなかった。

実際に私以外の仲間はマスターの犯罪が明るみに出て、お店が潰れてマスターが逮捕されるまでの間にみんな廃棄処分されてしまった………」


「………ごめんなさい」


声を絞り出すように出し、服の裾を握るローラさん。

あぁ、こんな事なら聞かなければ良かった。


彼女を傷つけるくらいなら、彼女に辛いことを思い出させるくらいなら…………


悔しくて、悲しくて涙が溢れてくる。


私はもう、謝ることしか出来ない。



「………いいの。私はこうして今ここにいるから。

親方が……彰一さんが捨てられそうになった私を助けてくれたから」


「………」


「私にローラって名前と新しい“顔”をくれて、私を『女優のコピー』でなく『私自身』として見てくれた……」


私は涙をぬぐい、彼女の横顔を見る。

先ほどの暗い顔ではなく、優しい穏やかな顔がそこにはあった。


ほんのり顔を赤らめているこの横顔を私は知っている。


………そう。恋する女性の顔なんだ。


そっか………ローラさんは彰一さんが好きなんだ。



「初めて知ったの……暖かくて優しい気持ち。

でも彼を想う度に胸が締め付けられて人間でもないのに涙が出そうになるこの気持ち。


きっとこれが“愛”というものなんだって………」


「伝えないんですか?彰一さんに」


───いてもたってもいられなかった。

なんとかしたい。ローラさんのこの想いを。


人間の私利私欲で作られて人間の都合で捨てられそうになって………そんな辛い想いをしてきた彼女を少しでも救ってあげたいと思った。


笑いたければ笑えばいい。私が愚かだというならそれでいい。


私は……彼女に想いを伝える気があるのか聞いた。



「ダメよ………彰一さんには奥さんがいるもの。それにお子さんも。


それに私はヒューマギアであの人は人間…………」


「そんなの関係ないですよ!!」


私は彼女の言葉を遮るように叫ぶ。

通行人が何事かと私を二度見するがそんなこと、知ったことではない。



「ヒューマギアだとか人間だとか、そんなのどうだっていいじゃないですか!

ローラさんは彰一さんが好きなんでしょ!?

だったらちゃんとその想いを伝えるべきです!」


「ノゾミちゃん…………気持ちは嬉しいけど……」


「貴女には“心”があるじゃないですか!

人間と何も変わらない……だからもう人間に振り回されなくたっていいんです!


ヒューマギアが夢を見ちゃいけない理由なんてわからない!


だから…………


だからぁっ…………!


お願いだからローラさんも………ローラさんのために生きて…………!」


───言ってて情けなくなった。


必死に言葉を紡ごうと普段使わない頭をフル回転させているのに支離滅裂な言葉しか紡げない。

薄っぺらい言葉しか紡げない。


涙が次から次に溢れてきてローラさんの姿が滲んで見えなくなる。



「………ありがとね、ノゾミちゃん」


しかし、ローラさんはそんな情けない私を抱き締めてくれた。

ロボットとは思えない優しい温もりを私にくれる。


その温もりが更に涙を溢れさせた。




「うっ………!うわぁぁぁぁぁぁん!!」


「ごめんね………ノゾミちゃん。ありがと…………」


小さな子供のようにしがみつき泣き叫ぶ。

本当に私、バカみたい。



励ますはずだったのに、逆に慰められてる。





あぁ、私って………本当にバカだ…………!
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