Episode.9 HOPE

──SHOICHI SIDE ──


「……やっと眠ったな」


「ですね………」


ようやく安心出来たのだろう、ノゾミが眠った所で俺、百瀬 彰一(ももせ しょういち)は介護用ヒューマギアであるローラと共に部屋を出る。


無論、ノゾミが途中で起きてもいいように電気は全てつけっぱなしだ。



廃墟となっているエスポワールの街で、余程怖い想いをしたのだろう。

ノゾミは夜に電気を消しただけでも錯乱するほどの有り様だ。



もう一人の方……セッテのほうは、もはやそれどころではないのだが。




「親方………やっぱり引き摺ってもノゾミちゃんをセッテちゃんに会わせるべき、ですよね……?」


「本当ならそうすべきなんだろうな」


ノゾミが眠る部屋の隣………セッテがいる部屋の扉をあける。


この街……いや、“この国”には日本を代表する先進国のような整った医療設備はない。

故に負傷者もこうして各々の家屋で面倒を見ているという有り様だ。




「…………セッテの様子はどうだ?」


「相変わらずッスよ親方………」


「そうか」


俺はセッテの様子を交代で介抱させていたヒューギアが話しかけてくる。


逆立った髪と浅黒い肌が特徴の男性型ヒューマギアだ。

名前は『リク・トリニティ』。


トリニティの名前の通りリクには『カイ』と『クウ』というふたりの兄弟がおり、リクはその長男にあたるヒューマギアだ。



「………解毒は弟のカイが成功させたんですが、何よりも解毒するのが遅すぎたせいで体の損傷が進行しすぎたのが足を引っ張ってるッスね。

正直、今こうして生きてるのが奇跡なくらいッスわ」


淡々と、そして緊張感なさげに話すリク。

こんな事実、ノゾミが聞いたら酷くショックを受けるのだろうがこれが現実だ。


全身に包帯を巻いてあるのだが、セッテの全身の皮膚は腐食性の毒に蝕まれ爛れており、内臓機関もやられているらしく、血便を頻繁に垂れ流している。


それをローラが毎日取り返えながら、この国で出来る限りの延命処置を行っているのだが……正直この国の医療では限界があるし、セッテを担いで医療が発達した国に連れていくことも限りなく不可能に近い。


手足に何かの機械が埋めこまれている、または四肢の内部が機械に置き換わっているのが分かるのだが……それもどうにかしなければならない。



正直あまり言いたくはないが、セッテの命はもって数日……というのが我々の見立てだ。



我々も最後まで諦めるつもりはないが、助からないのならせめてノゾミに会わせてやりたい。



「ノゾ…………ミ…………」


「…………」


──ずっとこの調子なのだ。

耐え難い激痛に苛まれ、全身から滲む血にまみれながらもそれでも親友に会うために必死で命を次の日に繋いでいる。


そんな彼女の前に、ノゾミを連れてきてやりたい。

連れてこなければならないのだ。
ローラでもないがそれこそ引き摺ってでも。



でもノゾミの方は完全にセッテを避けている。

よほど会いたくない……いや、会わせる顔がないのだろう。


あの子は優しい子だ。
自分のせいでもないのにずっと自分を責めつづけている。

あの子の気持ちは分かるが……正直難しい話ではある。



だが断言するのであれば、セッテの傷は俺たちには………この国の医療では治せない所まで来てしまった。




もっとセッテの発見が早ければ……

もっと現場への到着が早ければ………




実に悔やまれるところである。





「セッテちゃん………ノゾミちゃん、すぐに来るから」


ローラが皮膚が爛れて血が滲む包帯に包まれたセッテの手を握る。


ヒューマギアであるローラも思うところがあるのだろう。




「…………俺も覚悟の決め時なのかもしれねぇな」



ここ数日、ノゾミやセッテを診てきた。


エスポワールの街で何があったか、そしてなんでセッテがエスポワールの街で倒れていたかは、なんでノゾミが崖の中に生き埋めになっていたのかは分からない。

ノゾミも生きていたのが不思議なレベルで怪我をしていた。
ただノゾミの体の方は恐ろしい勢いで回復していたが。


ただ、ノゾミの方もセッテの方も深く傷ついている。




だが、ノゾミが塞ぎこんでいる間にも、セッテの命も失われようとしているのが現実だ。






──誰も傷つかない選択肢があるのなら俺だってそれを選びたいさ。






だが、そんなもの………どこにもないんだよな。
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