Episode.6 RAINY

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『……ッ!何するのさ!?』


夕焼けが照らす夏の終わりの教室。
日中の日差しが和らぎ、少しだけ涼しくなった時間、巴ちゃんがボクをひっぱたいた。

目の前の巴ちゃんの、その目には涙。

巴ちゃんに魔人の力に手を出したその経緯を話した時、思わず『ボクも死ねばよかった』って口走ってしまったんだ。



『理緒……ごめんなさい。

でも……自分も死ねばよかったなんて言わないでよ。

確かにあなたは魔人の力に手を出した。
でも今のあなたは違うでしょ?

ウルトラマンか仮面ライダーかは、その……私は詳しく知らないけど……

大好きなヒーローになるんでしょ?
私と約束したでしょ?』


──そうだ、あの時ボクは巴ちゃんと約束したんだ。

たったひとつだけの、忘れちゃいけない約束………。



『……仮面ライダーでもウルトラマンでもないもん。
やっぱりボクにとってのヒーローは巴ちゃんだよ。
君のようになりたいってそう想ってるのに、ボクは相変わらずダメな子なんだ……。

魔人になったところでへっぽこだったもん………』


『あーもう!言った傍からこれか!この陰キャ女!
だったら私と約束して!』


『ひっ!?』


涙をポロポロと溢しながら巴ちゃんはボクの両肩を掴む。

言いぐさもなかなか酷いし、両肩を掴む手も地味に痛い。

巴ちゃんは見た目は大和撫子そのものなのに血の気がやたらと多くて口より先に手が出ることも多々あるのだ。



『聞いて理緒……貴女は私になんかならなくていい。
て言うか、ポンコツな理緒には私の真似なんて出来ないだろうし』


『地味に酷いよ巴ちゃん………』


『でもね、その代わり貴女は幸せになって。
それこそ私の分も……
他の誰でもなく村瀬理緒として……!

それが私の唯一の願い。

ちょっとオタク気質だけど、すごく優しい貴女の事を私は愛してる。

だからこのお願いだけは聞いて……


今まで辛い想いをした分まで貴女は幸せになって………!

私よりずっと幸せに…………』




─────


「巴、ちゃん……」


雨音とボリュームを下げたラジオの音が鳴り響く喫茶店。

頬を張り飛ばされた痛みと衝撃が蘇り、あの日の記憶が去来していた。


……なんでボクは忘れようとしてたのだろう?

大事なことだったはずなのに。

大切な想いがそこにあったはずなのに。


蘇った頬の痛みが消えると、頬を……頬に触れた手を涙が伝うのがわかった。



……あぁ、ボクは本当にバカだ。


思い出す度に涙が止まらなくなるから。
悲しくて……悲しくて仕方なくてなにも出来なくなるから。


だから自分の気持ちに蓋をして忘れようとしていたんだ。



でも、どれだけ思い出すのが辛くても……忘れてしまうことの方がよっぽど悲しいじゃないか。


大好きだった人が……大好きだと言ってくれた人が残してくれたその想いを。



「……もう我慢しなくていいんだよ」


そういって勝利くんはコーヒーの入ったマグカップを渡してくる。

ボクがボケッとしている間に淹れたのだろう。


ボクは徐にマグカップを受け取って一口啜る。


……苦い。て言うか塩辛い。

そういえば、巴ちゃんのためにボクが初めて淹れたコーヒーもこんな感じだったっけ……。



「………美味しくない」


「そっか」


「全然っ………

全然……美味しくないんだよ………。

ボクの……ボクなんかの真似をしてもっ……!」


「そっか………」


勝利くんはボクのとなりに座るとボクの背中を擦る。
勝利くんの掌から伝わる優しいぬくもり。

巴ちゃんもボクが落ち込んでる時、そうやって慰めてくれた。


そのぬくもりが、その優しい声色が涙を溢れさせてくる。




「……うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


久しぶりだったと思う。
こんなに泣いたのは。

ただひたすら泣いた。
とにかく泣いた。

コップを席に置いて、隣でボクの背中を擦る彼の胸に飛び込んで。


自分でも訳が分からなくなった。
抑え込んでいた感情が爆発したかのように。


自分の中で渦巻くあらゆる感情が涙と共に溢れてくる。



──ごめんね、巴ちゃん。

忘れようとしてた。逃げようとしてた。

ボクのことを大好きだって、愛してるって言ってくれたのに。


でも……もう逃げない。もう忘れない。

巴ちゃんの願いを叶えるためにも、ボク自身の夢のためにも、ボクは生きていく。



だから、見守っててね……巴ちゃん。
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